Load More

南アフリカでの生活


一昨日ルームメイトだった南アフリカ人2人とご飯を食べました。2人とは3ヶ月一緒に同じアパートで暮らし、色々お世話になりました。

左のロングの子はコンテンポラリーダンスの先生でクールな雰囲気の子です。身長が170ちょいあり見た目はやや近寄りがたい雰囲気がありますが、観葉植物や日向ぼっこが好きな子でかなりギャップがあります。優しいです。

右のショートの子はケープタウン大学で英文学のレクチャーをしています。トレイルランやマラソンをしたりかなりアクティブで、左の子とは対照的で元気でよく喋るタイプです。彼女にはよくご飯を作ってもらいました。いたずらっぽい子です。

以下当時の生活を通して僕が感じたことや2人が僕に感じたことを書きます。

【すごいオープン】
南アフリカというとアパルトヘイトですがむしろかなりオープンに感じました。アパートの清掃員のおばちゃんにわざわざお茶を出したり、帰りのバス代がないと頼む黒人にお金を渡したりコミュニティの意識が強いように感じました。正直バス代なんかはザンビアの経験がなまじあるので、典型的にお金を騙し取ろう?としてるようにしか初めは感じませんでした。

【シェア文化】
僕自身も冬服を買いたくなかった事もあり、今でも2人から借りたままの服があったり、頻繁に夕飯を分けてもらったりかなりお世話になっています。思えば不在時でも寝室のドアはいつも開きっぱなしでした。いい意味で人種、職業、バックグラウンドについて何も考えていない人達と感じました。

【割り箸の再利用】
ただ僕の振る舞いで引かれていた事もあったと思います。お金や時間の問題からか僕はよく割り箸を洗って使いまわしたり、フライパンから直接ご飯を立ち食いしたり結構行儀が悪かったです。一昨日も正直引いてたよねと聞いてみると別に引いてないとフォローされましたが、当時のリアクション的には完全に引いていました、、

【それぞれの趣味】
ケープタウン大学の子がマラソンやトレイルランをやって、もう一人の子はスコティッシュダンス、そして僕は何でもやるという具合に皆身体を動かすことが好きでした。その為か食べるものも素朴で普通の物がみな多く共通点は多かったと思います。ただ調理方法は不思議と生派、茹でる派、フライ派で合うようで合わない感じでした。

【家賃など】
水道代光熱費インターネットなど全て込みで月45,000円でした。場所はケープタウンの中心地で、基本的に徒歩で何でも済ませられるエリアです。家は木のぬくもりがする暖かい感じの家でテープルマウンテンを一望できました(家の動画をインスタにあげました)。また僕は急に国外への出張の可能性があったため、柔軟な対応をしてもらえた事が1番大きかったです(2日後退去しますなど)。

【女の子の夜歩き】
大学のレクチャーをやってる子の方が夜でも一人で歩きます。嫌だったことを挙げる話で唯一この話が出ました。僕はやめろと言い続け軽く喧嘩になってましたが、彼女にはそれは過保護だとご飯の時も言われました。大抵2人で揉めてるともう1人のダンサーの子が考え込むような顔をして僕らを見守っています。

【よく歌う】
日本の文化などで驚いた事があれば教えてと聞いてみると、パソコンに集中しながらストレッチをすること、よく歌っていること、新しいものへの関心が強いことなどを挙げていました。正直文化の違いでは全くないので、一応日本人はそんな事はしないと伝えておきました、、

【和の精神】
一方で自分自身の和の精神的なものも感じました。相当自分勝手だと思ってましたが2人の為には自然と多くの事をやっていたと思います。和を乱さない精神は重要だと感じました。

アフリカというと黒人のイメージですが、彼女達も生まれた時から普通にアフリカにいるアフリカ人です。ただ南アフリカは日本からあまり人が来ない一方で、イメージでは語られる事の多い国だと思います。この2人に限りませんが、南アフリカに暮らす黒人も白人も、人種など良い意味で考えていないようにも感じます。

はじめに

はじめに
はじめまして。ザンビアでISSHIN CONSULTINGという会社をやらせて頂いています。丸西と申します。

私は立命館アジア太平洋大学時代のルームメイトだったザンビア人の友人が縁となり、その父親とザンビアで事業を始めました。

元々日本に普通に暮らしていきなりザンビアではありましたが、日本に長期滞在していたその友人家族がいたので、自然とアフリカに溶け込めこむ事が出来ました。

友達の家族とは1年ほどザンビアで衣食住を共にし、夕食は毎晩素手で芋虫やザンビア伝統のシマを食べていました。

正直に言うと別に好きではなかったですが現地の人と同じものを食べ、同じものを見て、同じ時を過ごしたので次第にアフリカの感覚へとチューニングされていったと思います。


・友人宅にて友人弟(普通にフォークですが、、)


初アフリカ時の衝撃

私は大学時代1番仲が良かった友人に会いに行く為アフリカへ行きました。

そもそも彼はどんな所で育ってどんな生活をしてたんだろうという感じです。

ビジネスカンファレンスに出席するわけでもなく人助けをしたいという志もなくただの興味でした。

思えば大学を休学した頃ザンビアの空港に初めて降り立ち、入国審査に手間取りながらも友人と心配そうなお父さんに迎えられました。

そして内心何故かひげを生やしている友人に驚きつつも、疲れていたのでスルーし、友人宅へ向かうためお父さんの車に早々と乗り込み、初めて見るアフリカの街並みをぼんやり眺めていました。

22時間にわたるフライトのせいだとは思いますが、その時今でも何故か鮮明に覚えているのが、なんでこんな黒人が多いんだろうという事です。

その後、外ではアフリカの洗礼を見事浴びつつも、家に戻れば日本文化を知るザンビア人家族に温かく迎えられ、無事ザンビア生活を送っていきました。


ミッション

弊社は自動技術の社会実装をミッションに掲げ設立されました。ドローン、セルフドライビングカー、ソーラー、ブロックチェーンなどの自動技術をアフリカのコミュニティ、規制機関、企業と有機的に統合します。

異なる様々な構成要素を最適な形で結合する事をPaypal創業者のピーターティール氏はコンプレックスコーディーネーションと呼びました。その例としてアップル、テスラ、スペースX社などを挙げています。

弊社では自動技術のコンプレックスコーディネーターとして、現地の知識・経験・ネットワークを有効活用し、アフリカの開発を推進します。

合わせて土台と成るBOP・インフラ関連のコーディネーターも行っております。


現在

目下はより喫緊の課題に奮闘中です。

南アフリカはケープタウンでアフリカ企業の輸出商材をアシストしています。

ケープタウンは都市でありながらも街の中心から山と海の両方に10分ほどでアクセスする事が出来ます。

昼休みに気軽にテーブル・マウンテンに登り山の中腹から流れる水を飲みに行ったり、風を感じながらビーチを走ったりかなり気持ちの良い街です。

こういったケープタウンのライフスタイルも合わせて伝えられたらと思います。