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新たなインターンシップの募集開始

昨日、新たにインターンの募集を開始しました。

現在、現地従業員5-6名に加えて、日本からの学生インターンを3名受け入れています。これまで社会人インターンも含めて7名程度の方が弊社に関わって頂きました。

現在募集のインターンの方には、来月からスタート予定の新しい事業(宅配便サービスを利用したオンラインマーケットプレイスの運営)にも拘わて頂く予定です。

以下、弊社の新しい事業を含めた紹介文となります。

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従業員に言われて嬉しかった事

本日、スタッフ(宅配事業で雇っているバイクドライバーの一人)に言われて嬉しかった事をシェアさせてください。

1か月ほど半前に入社してくれたバイクのドライバーJさん。
最近、色々とアレンジが必要な宅配注文が増えてきており、小さなミスが増えてきておりました。その度に、ミスについて指摘し、ミスの根本原因を時間をかけて一緒に発見させ、その改善策を自分から導くようにトレーニングをしてきました。

時に就業時間を終えて3時間以上も残業をし、私にクドクド詰められながらの反省会が続いていました。
彼からは『もう、自分では解決策は分からないから、これをやれ!と命令してくれ。』と言われ、
『嫌だ。その方が楽なのは分かる。でも、それでは自分が成長しない。それでは新しい問題が起きた時に自分で対処できない。うちの会社にはLabor(労働者)は要らない。うちに必要なのはProfessionalだけだ!』と言い、あくまで自分が当事者であり、責任をもって対処するように伝えてきました。

私が、人材育成のトレーナーで経験した事を元に、基本的にどんなスタッフに指示を出す時もレビューをする時も、単なる作業指示はしないようにしています。目的を伝え、自分で考え相談指せるようにしています。その上で、失敗したら、自分の責任としてできるだけ尻拭いをさせ、原因を追究させ、改善策を策定できるように導くようにしています。(もちろん、時間のない時は疲れている時はこの限りではありません。。)

そのため、スタッフによっては、当然『いい加減にしてくれ!』と嫌気の指す方もいます。これまでそれが原因で辞めてしまった方もおりました。
これが原因で、そこで辞めてもらっては困るので、さじ加減の調整はしますが、基本的には上記のスタンスで説明しています。

最近、彼へのレビューが多いので、そろそろ嫌気がさしてきた頃かな?と心配していたのですが、どうやら、違ったようです。

本日、営業先へ一緒にいき、応接室で待っている時の事。突然彼から
『Junには感謝をしている。これまでの上司は、そんなに色々と教えてくれなかった。教える事に時間をかけてくれなかった。あなたは、私を成長させようとしてくれているのが分かる。これまで、ミスをした時にそんなに質問を投げかけてくれる人はいなかった。ありがとう。』

というような言葉を貰いました。
これ以上厳しくしたら辞めちゃうかな?と心配していた矢先だったので、とても嬉しかったです。

これで喜んでいた矢先、来月あたりに『やっぱり辞めます。』とか言われないように、精進したいと思います 笑

 

言語から見る東アフリカ (1)ウガンダ

これから数回にわけて、言語の違いから見る東アフリカ諸国の政治・文化・経済について書きたいと思います。私はこれらの専門家ではないため、専門の方から見たら、突っ込みどころがあるかもしれませんが、各国でビジネスや調査をする中で、私なりに感じた違いをお伝えできたらと思います。
第一回目は私の事業拠点であるウガンダ。

ウガンダの公用語は、英語とルガンダ(ガンダ語)になります。ルガンダは、主に首都カンパラのあるセントラルと呼ばれる地域で使われる言葉です。元々、首都カンパラを含むセントラル地域を統治していた(している?)ブガンダ王国で使われていた言葉です。

ただし、このルガンダ。ウガンダ全国隅々で使える言葉ではありません。元々いくつかの王国から成り立つウガンダでは、地域により話されている言語が異なります。アチョリやニャンコレなど、地域により日常会話に使われる言葉は異なります。
全国の小学校でルガンダの勉強はするようですが、地方にいけば、ルガンダが使える人はぐっと減るようです。
以前に、中西部出身(Fort portal)の政府の役人、北部出身(Kitgum)のエンジニアと3人でカンパラ郊外の出張に行った際に、道に迷った事があります。

道端のおばちゃんに、私が調子にのってルガンダ語で聞いたところ、当然ルガンダ語で返答が帰ってきました。その際に、二人に尋ねたところ、『いや、私たちもあんまり分かってない 苦笑』と言われました。

首都カンパラでさえ、教育を受けた人でなければ、英語を理解したり、流暢に話せません。(逆にいえば、高校くらいまで出ていれば、英語でのコミュニケーション、読み書きは全く問題ない。)
もう一つの公用語であるルガンダでも、全国で通じる言葉ではないようです。。

日本のような単一言語の国にいると不思議ですが、ウガンダでは国民の多くが理解できる言語はないようです。
このことが、政治上、経済活動上に不利なのは言うまでもありません。。

※ちなみに、お隣ケニアも多くの民族・言語がありますが、スワヒリ語という共通語があり、全国津々浦々、スワヒリ語で概ねコミュニケーションが取れます。

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ウガンダの人材採用 (3)スローライフの最先端を行く国民性

これまで、東アフリカを中心に、ウガンダ以外では、ケニア、タンザニア、エチオピア、ルワンダ、マラウイなどで仕事をしてきましたが、ウガンダ人の大きな特徴に、スローライフがあるかと思います。

”ハングリー精神”と”タフネス”

ウガンダに来て、”ハングリー精神”と”タフネス”は大きく違うのだと認識させられました。
ウガンダも貧困国なので、収入が少なく、我々からすると大変な生活をしている人は多くいます。まぁ、タフだなーといつも感心します。それは他の国でも同じ。

ただ、そういう環境にいると、特に若者などから『俺は、xxで頑張って、この環境を変えて、Bigになるんだ!』とか『私はこの村の貧しい状況を変えたい。そのためにこの活動をしているんだ!』という大きな夢を持った人に出会い、彼らは死にもの狂いで寝る間も惜しんで頑張ります。そういう姿をみて、結構勇気づけられる事もありました。

例えば、もう6年来のケニア人の友人(サンブル族というマサイ族に近いユニークな民族)などは、出会った当時は、オーナーから乗用車を借りて運転するタクシー運転手でした。

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ウガンダの人材採用 (2)起業家の多いウガンダ

前回は人材採用の手段や面接で起こった事などをシェアしました。

今回は、ここ数年の実体験から感じるウガンダ人の人生や仕事に対する価値観について述べたいと思います。

起業家がとても多いウガンダ

人口に占める起業家の割合が世界でも有数に多いウガンダ。色々なレポートがありますが、例えばこの記事では、起業家の占める割合が28%。二位のタイの16%を抑えて断トツの一位です。

起業家が多いというと皆さんどんなイメージを持ちますか?日本では、ハングリー精神と熱い想いをもって世の中にインパクトを出すべく、学生であれば大企業の内定を蹴ってまで起業し、若手社会人であれば輝くキャリアを飛び出して起業する。そんなイメージではないでしょうか?

では、ウガンダの起業家とはどんな人達でしょうか?
私の周りにも多くの起業家がいますが、上記のイメージとは大きくかけ離れています。

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私がアフリカで起業に至った経緯(後編)

起業に至る経緯について、前半はアフリカに至るきっかけまでを記載しました。

後編は、2010年末にケニアから帰国後、会社を辞めて2014年1月に東アフリカへ移住するまでを書きたいと思います。

※前半はこちら:http://entre-africa.jp/jun_ito/1006.html

 

帰国後、アフリカへの想いを募らせながら悶々とした日々
2010年末に帰国後、英語力も向上し、グローバルの多様性の中でのコミュニケーションやプロジェクトマネジメントへの自信がついて、グローバル・プロジェクトで仕事をする機会がぐっと増えました。

ケニアに行く前は、グローバルで働くといっても、漠然と欧米で仕事をしてみたいと思っていたのですが、アジア、ヨーロッパ、アメリカ、中東などに出張する機会が増える中で、先進国よりもダイナミックでポテンシャルのある途上国でのビジネスに強く惹かれていきました。また、同じ途上国でもアジアとアフリカの違いを大きく感じることになりました。その中で、ケニアで漠然と感じていたアフリカへの可能性は徐々に確信に変わっていきました。

また、帰国後から日本のそして世界の社会起業への関心も強くなり、SVP東京という社会起業家への支援・協働を行う団体に所属することにもなりました。

SVP東京などの活動を通して、日本の社会課題の解決に人生をかける起業家の方々と多く出会い、そこからアメリカ、インド、中国、東南アジアの社会課題を解決している世界中の起業家と接する機会を多く持つ事ができました。
また、そうしたネットワークを通して、同じようにアフリカの可能性を感じ起業した方々、組織の中からアフリカの事業・活動に関わっている方々と多く出会うようになりました。自然と、彼らと時間を共にする機会が多くなっていきました。

この頃から、少しずつ起業して自分の好きなことに人生を捧げるのも良いかなと思い始めるようになりました。しかし、具体的にアフリカでやりたいことは日本にいていくら考えてみても出てきませんでした。まずは、アフリカに長期滞在し現場の中でニーズを探ることから始めようと考え、そこに繋がる道を模索することにしました。

日本企業のアフリカ駐在から、外資系企業のアフリカオフィスへの転職、現地アフリカ企業への転職、そして国際機関や開発機関への転職も含め、様々なチャンスを模索しました。

例えば、アフリカ各国に事務所を構えるコンサルティング会社、グローバル企業へ直接履歴書を送って応募したり、インターネットでアフリカ現地企業の求人を見つけて応募するなど、50社以上へ応募し、道を探ってみました。

一方、社内でもアフリカオフィスへの転籍が出来ないか?探り始めました。社内のイントラネットから各アフリカオフィスの人事部長宛にメールを送り、『今は案件がない。』『日本人をわざわざ雇う理由はない。』など言われながら、定期的にポジションがないか?自分が価値を出せる分野はないか?を探っていました。
再度手にしたアフリカで働くチャンス
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私がアフリカで起業に至った経緯(前半)

2013年末に、8年半ほど勤めた起業をやめて、2014年1月に東アフリカへ移住し、半年ほどの調査をへて同年6月にウガンダで起業をしました。

学生自体には、アフリカにも起業にも社会起業にも国際開発などにも全く関心がなかった僕が、なぜ、アフリカでの起業に至ったのか、その経緯をお話したいと思います。

 

思い返せばそれは、偶然に偶然が重なり、人とのご縁が何重にも積み重なった結果生まれたものでした。元来、人付き合いが苦手な自分が(今も得意ではないですが)、たくさんの人に応援頂き、助けられて、今の事業をスタートすることが出来ました。

乗り物が好きで、エンジニアを目指していた高校・大学時代
小さい頃、私は勉強もスポーツも全然出来ない子供でしたが、算数と理科だけは好きでした。小さいころから自動車や電車、飛行機などが好きな男の子でした。そのままエンジニアになりたいと思い、大学受験では機械工学科一本で受験し、念願のエンジニアへの第一歩に踏み出しました。

早くから実践を積みたいと思った私は、大学時代には、F-SAEという学生だけでレースカーを製作し競うというアメリカ発の競技会があり、1年次からその活動に参加していました。普段の大学の講義では味わえないような実践的な経験が得られる大変有意義な場でした。

幸か不幸か、その実践的な場に居続けたことで、大学3年生になるの頃には、自分がエンジニアとしては向いていない。そして、一生かけて自分が追い求めるものではないのかもしれないと気づくようになっていました。

当初は大学院に行って研究を続けるつもりでしたが、エンジニア以外の道も探り、就職活動をした結果、より幅広く色々なことを学びたいと思い、紆余曲折を経て、外資系のコンサルティング会社に就職することになりました。

当時、英語は全く出来なかったのですが(大学卒業時のTOEICは400点台)、将来は海外を飛び回る仕事がしたいというのもあり、2005年に外資系コンサルティング会社に就職しました。

入社後は、当初想定した以上に様々な業界の事、ビジネスの事を幅広く経験させて頂き、非常に有意義な日々を過ごしていました。

 

 

大きな怪我がアフリカへと繋がった
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ウガンダの人材採用 (1)履歴書って?

これまで2年ほどやっていた人材育成事業(現地の社会人向けトレーニング)に加えて、7月から宅配事業を始めています。ウガンダでの人材採用について、自身の経験から数回にわけて記事を投稿できたらと思います。

4月くらいから、様々な方法を使って、営業職やオペレーター(サービス開発)などのホワイトカラー、ドライバーなどのブルーカラーの方々を採用するために、様々な方法を試してきました。

ウガンダでのホワイトカラーの採用チャネルは色々ありますが、一般的なのは以下でしょうか。

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