ロベルトの結婚

生産リーダーのロベルト(32歳男性)の結婚式に参列してきた。従業員の結婚式に参加するのはこれで3回目になるが今回は特に感慨深い。彼が創立直後の当社に就職した2年前、ロベルトが無事結婚できるか疑っていた。1年前はロベルトと今も雇用関係を結んでいるか怪しかったし、雇用関係があったとしても結婚式に招かれることはないだろうと確信していた。

 

(昼休み中のロベルトと同僚)

 

そんなロベルトはいまでは営業部長のアイレス君と並ぶ最古メンバーだ。決して勘が良いとは言えないけど、時間をかけてブリケット形成機や破砕機の保守に関する知識を蓄えてきた。モザンビークには代わりがいない技術者だ。

ロベルトを一言で表すと『正直』だと思う。モザンビークにいると無意味に些細なものからバレバレのものまで様々な嘘に出会う。『嘘も方便』ということわざがあるが、嘘をつくことについての文化的視点が日本とは違うのかもしれない。でもロベルトにはそれはない。彼は時に愚直なまでに正直でそして心優しく、市場で買い物する時に値切るのもモザンビーク人のくせに苦手だ。生産リーダーとして10人あまりを束ねる、ロベルトのそんな正直さを私達はかなり重宝している。

ロベルトは真面目で有名な某系統のキリスト教の信者で、若いのに牧師のような要職を任されている。その背景は彼の人柄にピッタリとハマる。でも、仕事中に賛美歌をかけたりしないのがいい。JAZZが大好きでJohn Legendのピアノ曲やBob MarleyのJAZZアレンジなどかける彼の選曲が私は好きだ。

そんなロベルトの解雇を真剣に考えたこともあった。彼が入社半年ほど経った頃、私は『効率』と『優先順位』の概念を身につけてもらえるよう心を砕いていた。2-3ヶ月経っても変化のない彼を見て私は困惑し、彼も私からのプレッシャーに参っていた。仕事を休みがちになったロベルトを見て私は集中教育のさじを投げた。

生産ラインの要である破砕機を壊したこともあった。炭屑をリサイクルする際に鉄くずやゴミを取り除くのだが、混入はどうしてもある。鉄くずが破砕機に混入すると独特の異音がするので『すぐに機械を止める』よう徹底している。でも何故かその時ロベルトは異音がしはじめてから10秒あまり時が止まったように呆然としていた。小さな異音はただごとならない騒音に変わった。中を開けるとハンマーの1つが取れて内部を破壊し、衝撃でシャフトやベアリングハウスも壊れていた。私は怒った。多分創業してから一番怒ったと思う。金切り声を上げた訳ではないけど、感情的に流されてひどいことも言った。そして私はロベルトの教育をパートナーに押し付け、契約更新をたった6ヶ月に留めた。

それから1年、ロベルトは変わった。私達の関係も変わった。中国から購入した形成機には使用マニュアルのようなものはなく、試行錯誤を重ね機械の機嫌を肌感覚で感じ取るような側面がある。4ヶ月ほど調子の悪かった機械のベアリングを変え、ネジを変え、遂に正常に戻った時それはロベルトの発見だった。インプット投入口の羽の角度を調整して圧力を高めるのだが、それを発見して機械が直った時、ロベルトは興奮していた。そして興奮して目を輝かせているロベルトを見て、私は密かに目の奥が熱くなった。

ロベルトの悩みは仕事のストレスだけではなかった。結納金である。モザンビークの伝統で、花婿は”ロボロ”という結納金を花嫁の父親に支払わなければいけない。昔は牛だったそうだが、今は現金だ。額面を決めるのは花嫁の父親で払えないはらば結婚はない。ロベルトの給料でいえば、4−6ヶ月分は払ったのではないだろうか。彼は入社時からこの”ロボロ”をどう工面しようか悩んでいた。

モザンビークの結婚はお金がかかる。結納の儀式”ロボロ”をしたあと、花婿側の家族友人との結婚式、花嫁側の家族友人との結婚式というのがフルメニューだ。行政の結婚手続きにもお金がかかる。その為か多くのモザンビーク人が結婚式を先延ばしにする。子供がいる夫婦が連れ添って10-20年後に貯金ができた時点で『結婚』するのは珍しくない。子供ができる前に結婚式をするケースの方が少ないのではないか。(何故か『結婚』と『結婚式』を切り離すという全く発想はないようである。だから当社の子持ちスタッフは全員登記上”未婚” である。)だが、婚前交渉を禁ずるロベルトの教会ではそれは許されていない。質素でもなんでもいいからまず正式に『結婚』しなければいけない。しかし、花嫁の父親は別の宗派の信者だからそんなロベルトの事情はお構いなしでキチンとした結婚式を求めていた。

 

   

(参列者は200人あまり。第2日目の花嫁側の家での挙式に招かれました。)

 

ロベルトの結婚式は良かった。ライトグレーのスーツは細身のロベルトにとても似合っていたし、花嫁のリンダも白いドレスが美しかった。ロベルトとリンダはJohn Legendの曲で踊り、結婚の心得について聖書を開いて学んだ。2人はロベルトの育ったアパートのビルのルーフトップに小さな部屋を建て、しばらくそこで暮らすそうだ。狭くても風通しの良い部屋にはリンダとロベルトの好きなオシャレな音楽がいつもかかっているんだろう。いつか自分たちだけの小さな家を建てるのかもしれない。そんなロベルトのライフ・プロジェクトをまた見守ることができればいいなと思う。

 

おめでとう!

Journey to Mozambique (後編)行動指針5箇条

こんにちは。Verde Africaの有坂です。前回はJornery to Mozambique の皆さんとの取り組みを前編として紹介させて頂きました。今回は後編です。

Jorney to Mozambique とのディスカッションのプロセスを経て、Verde Africaの行動指針を改めて練り直す機会を得ました。モザンビークで何がやりたいのか自分たちの心の奥深くまで掘り起こしてもらったうえで作り上げた行動指針はやっぱり説得力が違います。JORNEYの最終日にはこの行動指針と営業100日プランをスタッフ全員に発表して、BBQパーティーで締めました。全行程のクライマックスになったのは各スタッフに一番大切だと思うものを選んでもらって、その理由を発表してもらった時です。

Verde Africa 行動指針5箇条】

1,Respect your customers,Respect your work mates (お客さんを尊重し、一緒に働く仲間を尊重する)

2,Be proud of being a force to make Mozambique a better place (モザンビークをより良い場所にする仕事をしている事にプライドをもつ)

3,We value honesty and sincerity in ourselves,and in our product  (仕事に対して誠実かつ真摯に臨み、それを製品の品質に反映させる)

4,I believe in a world which my efforts are paid off inside and outside of Verde Africa (会社の外でも中でも、自分の努力が報われる世界を信じて作り上げる)

5,Verde Africa wants to grow with you,and stand together along with your life   (社員と一緒に成長し、社員の人生に寄り添う会社であること)

 

例えば、生産スタッフのアルミナ(22歳女性)は3番の『仕事に対して誠実かつ真摯に臨み、それを製品の品質に反映させる』を選びました。その理由は『お客さんに説明する時、嘘をついて後ろめたい気持ちではなく、胸を張って勧められるものを作りたいから』と言ってくれていました。私は『そう!まさにそれだよ!アルミナすごいじゃん。』という気持ちで一杯でした。生産スタッフのエリジオ(19歳男性)は5番の『社員と一緒に成長し、社員の人生に寄り添う会社であること』を選び、『Verde Africa で働くようになってからいろいろ自分も成長できていると思うし、これからもVerde Africaが大きくなるように沢山生産したい』と言っていました。スタッフ全員の素直で温かい気持ちが伝わってきて、基本的に斜めに構えている私ですら嬉しくて泣きそうになりました。

 

(スタッフの発表の後に撮った全体写真  写真:佐藤匠

 

ここで得られたスタッフとの一体感は本当にかけがえのないもので、それを日々維持していくよう引き続き努力して行きたいと思っています。その後も下記のように幾つかの前向きな変化がありました。現在私達が一番力を入れて取り組んでいることが営業100日プランの実行です。次回のブログではこちらについてご紹介します。

 

【その後の変化】

1,レストランや養鶏場など新規顧客が増加したこと。営業マネージャーのアイレス君もステップアップした様子です。

2,工場のスタッフが仕事に前向き。日次1トン生産を達成できる日が増えています。

3,やるべきことが明確になって経営陣の気持ちが晴れやかになったこと。

, 営業努力に伴い、売上も増加中。

 

また、Journey to Mozambique のチームより共有イベントも開催される予定ですので、12月2日に東京におられる方は是非ご参加ください。私達もスカイプで参加します!

【イベント情報】

場所: BOOKS WORK & MEETING LOUNGE

〒101-0041 東京都千代田区神田須田町2-1-1 ザ・パークレックス神田須田町ビル3F

時間: 14:30〜17:00

イベントページが完成次第当社Facebookやインスタグラムで共有致します。

(スタッフに仕事に対する意識についてインタビューをしているJourneyのメンバー) 

 

Journey to Mozambique の皆さんありがとう!(前編)

ボア・タルデ!こんにちは。Verde Africaの有坂です。今回は8月に弊社を訪問してくれたお客さんについて書きたいと思います。

Journey to Mozambique は様々なキャリアバックグラウンドを持った合計9名のチーム(スタッフも含む)で、Verde Africaのオペレーションを知ったうえで改善に向けたアドバイスをすることを目的にした合計7日間のツアーでした。8月11日~18日まで観光もそこそこにVerde Africaに密着してくれました。

(プログラム初日に行ったポンタ・ド・オウロのビーチ)

このプログラムは私の前職の先輩(現在は株式会社ルバートの代表)が企画しました。メンバーはマーケティング、経営戦略、組織開発コンサルタント、機器メーカーのエンジニア、会計士、プロコーチ、フォトグラファー、学生(半年前まで弊社でインターンしてくれていた方)という豊富なバックグラウンドを持ったスーパー集団でした。モザンビークに渡航する前から私達へのヒアリングを含む入念な準備をして、モザンビークでも販売先の市場に同行したり工場での肉体労働を手伝ったり『折角のお盆休みに…』と思ってしまうくらい真摯にVerde Africaの仕事を理解しようとしてくれたのが印象的でした。

 

(スタッフと一緒になって肉体労働に励むJOURNEYのメンバー)

訪問中はVerde Africaの仕事体験、販売先の市場の視察、経営チームとのディスカッション、スタッフへのヒアリングが繰り返された後に幾つかのアクションプランが提案されました。プログラムのタイミングも丁度私達が課題を抱えている時期にピッタリと合い、彼らのアドバイスによる大きな変化を実感することができました。

【提案されたアクション】

1,営業100日プランの実行 ⇒ 年内に絶対に営業収支黒字化を達成させるための本気プラン。詳しくは次次回のブログで。

2,優良顧客へのスタンプカード配布 ⇒ 10月1日から開始しました。リピーターを優遇する。

3,売上管理を紙+エクセルからアプリに移行する ⇒ アプリ制作中。

4,スタッフの仕事に関する意識・意見を月次でヒアリングする ⇒ 9月末に実施。やって良かったです。

5,生産歩合給に加えて、チームとして一緒に喜べるインセンティブを設ける ⇒ 週5000キロ生産できたら、金曜日の終礼でコーラを出すことに。

6,ターゲットに対する生産高を可視化する ⇒ 10月からグラフを工場に貼りだします。

JOURNEYのチームから学んだことは沢山あるのですが私が一番感銘したことは、相手の考えを良く聞いてそれをアクション・プランにまとめるスキルです。私達(私とパートナー)の頭の中には常日頃のオペレーションから認識される課題ややるべきことについてのアイデアが混在しているのですが、それをまとめて合意して行動に移すというプロセスが滞るときがあります。チームの皆さんは私達2人だけでなく従業員全員から熱心に話を聞いて、それを私達2人に確認し、再度練り直したうえでアクション・プランに落とし込んでくれました。そのプロセスに自分がしっかり巻き込まれているからこそ、提案されたプランはどれも納得できるものばかりだったのだと思います。特に7月と8月は自分の頭の中にある課題や問題意識を行動プランに落とし込み、スタッフに周知して実行してもらうということができずもがいていたので、JOURNEYのチームの皆さんの力添えは本当に貴重でした。自分が苦闘していた課題が目の前でどんどん進められていく過程を目の当たりにして、大変勉強になったのと同時にロジカルシンキングの有効さを実感しました。

   

(売上改善の為の計画をディスカッション)

そして、プログラムのクライマックスは Verde Africa 5か条の共有でした。

(後編  Verde Africa 5か条 に続く)

アフリカ起業と安全

こんにちは。マプトでは少しずつ雨が多くなってきており、季節の変わり目を感じています。

7月中旬にモザンビークに帰って来てから、いろいろなことがありすぎてブログの更新ができていませんでしたが、生活が落ち着いてきたので少しずつご報告させてください。

まず、ここ最近の出来事で思うことは「安全について」です。

私と夫はザンビアでの青年海外協力隊時代から数えると6年間ほど南部アフリカの国に住んでいることになりますが、これまで一度も空き巣や強盗や引ったくりに会ったことがありませんでした。

最初にアフリカに降り立った時はものすごく怖い場所を想像していましたが、ザンビアやモザンビーク南部(注:北部は個人的に行ったことがないので)にはゆったりとした空気が流れ、道行く人々は親切で人懐こく、安心して暮らすことができる国でした。他のアフリカの国を旅行したときも、公共交通機関を愛用し、庶民の市場でご飯を食べてきました。下町のエネルギーを感じるのが好きなんだと思います。

でも8月に工場に隣接する我が家が盗難に会いました。犯人は敷地内の複数の民家の中でも特に我が家をターゲットにして情報収集や準備を経てから実行に移したようです。そのかなり計画的なやり方を見て、安全について考えさせられました。

安全を守るために大切なことの一つに「情報」があります。私達は外国人がほとんど住まない郊外の人口密度が少ないエリアに工場を構えました。人が多い場所は家賃が高く、工場の操業許可が下りないうえに近所からの苦情も出やすいのです。そんなエリアに工場を構え、隣接した家で暮らし、炭を売ること1年。私達の存在は地域でかなり有名になっていたようです。それは地域密着型で炭を売りたいという意図でもあったのですが、良いことばかりではありませんでした。

途上国では外国人というだけで(現実はともかく、そして肌の色に関わらず)「お金持ちに違いない」と思われる場合が多いです。それに加えて、会社を経営しているというだけでもっとお金があると思われているのです。これまで私達はともすると協力隊員時代よりも質素な暮らしをしていたかもしれません。でも、周りからは”会社を経営している外国人”として超お金持ちのイメージで見られていたのです。

もう一つ大切なことは住居と仕事場を分けることです。工場と住居が同じ敷地内にあると、家賃を安く抑えられ、夜や休日でも問題が発生すればすぐ駆けつけることができ、忘れ物も少ないという数々の利点があります。一方で、会社と住居が同じ場所にあるということは、泥棒にとって”そこに確実に現金がある”ということを意味します。会社に隣接しているなら、住居を知られないようにすることも難しく、プライベートな情報が流出しやすくなります。

 

(そんな訳で1年住んだモザンビーク2軒目の家とお別れしました。)

 

アフリカは危険な場所だと言われますが、大部分は真面目で穏やかな日本人と同じような良い人達が暮らしています。ザンビアやモザンビークでは、海外旅行の基本的な留意点を気を付けていれば安全に過ごせるのでもっと沢山の日本人の方達にアフリカを見てほしいと思います。一方で今回は、起業とするとなると安全への投資も必須ということを身をもって学んだのでこれからの方達の参考になればと思い書かせてもらいました。

本を出しました!

こんにちは。Verde Africaの有坂純子です!

この度、事業パートナーであり夫の有坂之良(ゆきよし)が本の出版をさせていただきましたことを、この場をお借りして紹介させていただきます。日本帰国中の7月6日には吉祥寺で本の出版記念パーティーという形での事業報告会を開催しました。

この本には私達がモザンビークへ渡り、事業を始めたキッカケやその準備、またモザンビークで受けた洗礼(?)について綴っています。

AmazonのKindleという媒体を通して、誰もが筆を取り、自己負担なしで出版できる時代となり、モザンビークにおいて一般庶民に向け炭を売るという私達しかしていない挑戦を人々に知ってもらいたいという思いから出版しています。私達の物語はまだまだ始まったばかりですが、良いことも悪いこともその一つ一つを大切に残していけたらと思っています。

今回は特別にその一部をブログ内で公開させて頂きます。”面白いな”と思って頂けたら是非、アマゾンをポチッとしてあげてください。

(本の表紙です。この本を作るにあったって、表紙デザインも編集もプロの方に協力して頂けて、感謝感謝でした。)

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(以下、Kindle 本 本文から抜粋)

はじめに

「モザンビークってどこ?」と聞かれることが多い。僕もザンビアに行くまでは、モザンビークについて知っていることは少なかった(ザンビアも行くまでは名前すら聞いたことがほとんどなかったけど)。世界最貧国のひとつと言われているけれど、資源に恵まれ、またその地理的な好条件から多くの国や企業からの注目を集めている。実際に住んでみると日本人にはよく合う国柄だ。海があることと、植民地時代のポルトガルの影響もあってか、食のバラエティも豊富、それにモザンビーク人は陽気で人懐っこく、治安も安定している。モザンビークはアフリカの中でも生活しやすい国のひとつなのではないか。そして美しい青の海が広がり、サーフスポットはいつでもほぼ貸切状態である。東京近郊の芋洗い状態で波を取り合うような環境はここにはない。

 

モザンビークは、南アフリカ、スワジランド、ジンバブエ、ザンビア、マラウイ、タンザニアに接し、海を挟んで東側にはマダガスカルがある(図①参照)。旧ポルトガル植民地で、1965年から独立戦争を戦い、1975年に独立を勝ち得た。現在もポルトガル植民地時代の影響は多く残り、母国語はポルトガル語で、街並みもマプト中央駅舎などポルトガル植民地時代の建物が多く残り、ここはヨーロッパか、と思わせるほど美しく歴史を感じる。日本との関係は遡ると、織田信長の家来として有名な「弥助」は現在のモザンビークの出身で、ポルトガル人によって日本へ連れてこられた。それから約400年、現代では世界で最大規模の埋蔵量を誇るガス田が発見されたことがきっかけに、日本の大手商社が投資し、また港、鉄道、発電所などのインフラ関係へ、多くの日系企業が進出している。

 

図① モザンビークの位置図

図② モザンビークの国内の州

 

そんなモザンビークで僕と妻の純子は会社を立ち上げた。「Verde Africa, LDA」 は『ブリケット(形成炭)』を製造し、一般的なモザンビークの人々へ誰でも手に入る価格で販売している。ブリケットとはちくわぶのように穴の空いた筒状の炭であり、日本では焼肉屋などで時々見かける。石炭やおが屑を原料にしてできたものなど、様々なタイプのものがある。モザンビークにおいては木炭を作るために木を切る。木炭を製造するためのライセンスが一応あるものの、ほとんどが生活に追われる住民たちの無計画な伐採にあい、大きな木が生い茂った風景を見る事は少ない。南アフリカからモザンビークに入ると、南アフリカ側は大きな木が沢山生えているが、モザンビークに入ると木の少ない荒野と変わる。国境をまたいだだけで土壌や気候が大きく変わるとは考えにくいので、切ってしまったのであろう。僕たちの作るブリケットは人々が捨ててしまっている炭クズを粉末にし、でんぷん質のツナギと混ぜ合わせ形成する。木を切ることなく廃棄物から成る『再生エネルギー』である。

 

 

どうして僕らが炭を売ることにしたのか。アフリカビジネスを志して約3年、庶民の暮らしにおいて「なくては生きていけないものを届ける」という軸で事業案を検討してきた。

「なくてはならないもの」=「生活必需品」をお客様へお届けすることで、彼らの生活の底上げが少しでもお手伝いできると僕たちは信じている。生活必需品だからこそ顧客はお金がある日もない日も購入せざるを得ない。このニーズに答えることができれば、地域社会に支えられた、マクロ経済要因の変化による外的ショックに強い事業を継続できる。外的ショックとは、例えば、為替・物価の変動が挙げられる。図③のグラフはモザンビークのインフレ率を示しているが、年によって大きく変動していることがわかる。物価の変動が激しく、生活必需品にも影響を与える。

 

図③ モザンビークのインフレ率

 

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帰国を振り返って

Bon dia! Verde Africa の有坂です。日本では暑い日が続いているようですね。マプトはからりと晴れて涼しく5月の軽井沢のような気候です。

6月中旬から7月の上旬にかけて日本に一時帰国しました。今回の帰国は一年ぶりに家族や友達に会う機会でしたが、ビジネス面では今後の資金調達の足掛かりを築きたいという目的がありました。

振り返ってみるとどちらも目的も充分に果たすことができて本当に実り多い滞在でした。6月23日に開催されたアントレアフリカの報告会では、アフリカビジネスの大先輩の佐藤芳之さんや他のアントレアフリカでご一緒している他の起業家とも情報交換できて沢山刺激を頂きました。

また、ご縁ありベンチャーキャピタルやエンジェルや社会投資ファンドやソーシャルレンディングの企業代表の方々とお会いする機会を頂きました。これまでも企業の資金調達の仕組みについて勉強しようとしてきたつもりでしたが、実際に出資者候補とお話しすることで初めて様々な仕組みを自分のものとして理解することができかけがえのない学びとなりました。

5年ぶりに帰った実家の広島市では、懐かしい場所を自転車で走り回り癒されました。広島と名古屋と東京の3ヵ所に滞在して、家族や友人とも久しぶりに会うことができとても温かい気持ちになりました。それぞれに元気に自分の道を邁進している姿に励まされました。

また、社員の成長を実感することができたことも大きな喜びでした。今回の帰国中に2週間現地社員だけで通常業務を続けてもらいました。帰国後、生産チームも販売チームも基本業務を立派に遂行することができていました。基本的な業務を運営することができるようになったので、今後は主体性のある仕事の仕方を学ぶ段階に進んでいきたいです。

Verde Africaとしては7月6日に吉祥寺であるイベントを開催しました。事業パートナーの有坂之良の本の出版記念パーティーとVerde Africaの事業報告会を兼ねたものでした。懐かしい友達を始めとしてVerde Africaを応援してくれる方々が集まってくれて、これからも一層頑張ろうという想いを新たにしました。続くブログではそちらの本の紹介をさせて頂きたいと思います。

(出版記念パーティーの様子)

モザンビークのアフリカ人達

私達はマプト市の中心部から車で40分程北に走った、市の境界線ぎりぎりのエリアに住んでいます。中心部へのアクセスは良いですが、ヨーロッパ的な雰囲気を残すアパートが立ち並び通りにはカフェが並ぶ中心部とは雰囲気が全然違っています。

どう違うのかというと、家は質素なのに庭はやたら広い基本的に平屋作りの住宅が多く、その大部分が建設途中です。アフリカの人々は銀行口座にお金を貯める代わりに、マイホーム建設で資産を形成する傾向があり、お金がある時に少しずつブロックやセメントや木材を買い家族で現場監督や作業をしながら長い年月をかけてマイホームを建設するのです。ちょっと話は逸れましたが、私達が住んでいるのはそんなモザンビーク庶民のマイホーム・ドリームが広がるエリアです。

 

(購入した土地にマイホームを建てながら暮らす、弊社スタッフのアイレス君。これから、壁を塗ったり、部屋を増やしたり、窓を付けたり、ペンキを塗ったり、いろいろなTO-DOがあるそうですが彼が40歳になる頃にはマイホームが完成しているはずです。ローンを組まずにマイホームが建てられるこの方法はある意味合理的?!)

 

そんなエリアで日々の買い物をする場合、スーパーマーケットはなく個人商店がまだまだ主流です。そんな商店のオーナー達について今回は書いてみたいと思います。この辺にはいわゆる”エキスパッツ”と言われる企業や国際機関勤めの外国人は住んでいませんが、外国人は沢山います。それは主にコンゴ民人、ルワンダ人、ナイジェリア人です。外見では外国人だと判断できませんが、お店に通い世間話などをするうちに分かってくるので面白いです。

一番最初に仲良くなったのは食料雑貨用品店を経営する、クラウドです。彼はコンゴ民主共和国の出身で兄弟と一緒に難民としてモザンビークにやってきたそうです。故郷はウガンダ国境に近い、地方都市で今でもお父さんにお金を送っているそうです。彼は基本的にずっとひとりで店を管理していて、週7日10時間くらい働いています。休みたくても次の商品の支払いができなくなるので休めなくて、時間がないから、料理も結婚もできなのだとか。ポルトガル語も堪能でシャンガナ語も話せて、すっかり地域に溶け込んでいるモザンビーク・ビジネスの大先輩です。

最近良く利用している食料品店はルワンダ人の家族が経営しています。彼らもまた難民としてモザンビークに来たそうですが、こちらは子供4人と両親の大家族です。ケニアにも住んでいたらしく、英語が堪能です。店頭を仕切っている子供達はどの子もとても賢そうです。長女はセーシェルの大学に留学していて、長男はアイフォンやドローン購入に興味があり、クラウドと違い比較的経済的余裕のある様子です。食料雑貨品店の経営は何故かルワンダ人とコンゴ民人が多いです。

マイホーム建設のためか、近所に食料品店に続いて多い店が金物店です。小規模の金物店の店主は圧倒的にナイジェリア人が多いです。徒歩3分圏内に7店舗もナイジェリア人の金物店があるので競合しないのかなと思うのですが、在庫のない品物をアミーゴのところで借りて来て販売したりと助け合っているようです。販売している金物は中国製ですが、それらの商品を中国から卸す貿易商がいるそうです。彼らは中国とマプトに拠点を持つナイジェリア人です。中国人貿易商も多いですが、信頼できないのだとか。肌の色が同じなので分かりにくいですが、アフリカ各地に散らばっているナイジェリア人の数は相当多いと思われます。

 

 (こんな感じの小規模な金物店が多いです。)

 

これらの人達と私達の共通点は外国人で英語を喋るということです。そのため不思議な安心感と連帯感があり、英語での会話も弾みます。中央アフリカなど縁遠い国から来た人と知り合う機会もあります。どんな背景があってどんな期待を抱いてモザンビークにやってきたのか、遠い他のアフリカの国に想いを馳せるのもなかなか楽しいものです。

 

 

 

賄賂について思うこと

モザンビークで起業してから賄賂について考えさせられる機会が沢山あります。ザンビアでも2年間協力隊員として活動しましたが、賄賂を直接的に要求されることもほのめかされることも一度もありませんでした。

個人的にこの理由は2つあると思います。第一に協力隊員時代は政府省庁という配属先があり、滞在許可やIDなどすべて所属機関であるJICAが手配してくれていたからです。第二に隣国のザンビアよりモザンビークの方が恐らく賄賂が横行しているからです。

こちらについてTransparency Internationalの2017年世界各国汚職INDEXを調べてみました。モザンビークは180ヵ国中153位で100点中25点です。(100点が汚職が全くない状態)ザンビアは37点で90位なので、ちょっと納得です。ちなみに日本は73点で20位です。

日本の警察官の方は道を聞けば教えてくれて、落とし物を届けてくれて、怖いことがあれば通報できるというのは、なんとも素晴らしいことだとここにきて痛感しています。

賄賂要求のタイプにはとりあえず言ってみただけのもの、空気を読んだもの、脅しめいたものと多様です。賄賂を要求してくる人達について、彼らの視点から考えてみました。

要求に直面しても相手の持論に全く根拠がなければ、ひたすらごねていたら許してくれます。一方で少しでも守れていない法律があると、頑として許してくれません。(これは当り前ですね。)

賄賂を要求してくる人達としては”法律を守るように市民を指導しているが、お金がない人には値引き恩赦をしてあげている。”とポジティブに考えているのかもしれません。なんて想像してみたり。

私達の環境が賄賂と100%無縁とは言えませんが、できる限り遠ざかっていたいです。一時的には良くても長期的に自分達と私達を取り囲む社会に跳ね返ってくる問題だと思うからです。

警察等による企業の立ち入り査察の際に賄賂で解決すると、通報した人にも賄賂の分け前が支払われるそうです。そんな文化では地域コミュニティや社内での信頼関係を築くことがとても難しくなります。また、学校の先生も賄賂をもらって生徒の成績を操作するといったような噂を聞くと、国民が一致団結して立ち向かわなければいけない問題だと痛感します。

大切なことは何か。私の持論では『職業におけるプライド』だと思います。どうしたら、自分の職業に良い意味でプライドを持ち、使命に燃えた仕事ができるのか。それは、暮らしていくために必要な給料が支払われている事と、所属機関による啓蒙だと思います。

モザンビークにも賄賂のほのめかしが全く存在しない機関は多くあります。長い道のりと沢山の人達の地道な努力が必要な問題だと思いますが、私達もそんな大きな流れの1つになれたらと思います。

 

環境ライセンスを取得しました

こんにちは。ちょっと仕事関係でトラブルがあったり、お客さんが来てくれていたりと、バタバタして最近ブログをご無沙汰しておりました。最近のニュースといえば、環境ライセンスを取得しました!ということです。

『環境ライセンスって何?』と思われますよね。環境ライセンスとはモザンビークで製造及び生産活動に従事する企業が、環境を害さない形で行っているという承認で、モザンビーク政府の環境省から発行されます。しかしこちら、他ライセンスの前提条件になるだけでなく、モザンビーク製造業の許認可関連で一番の難関といわれるライセンスなのです。

どのように難しいかを簡単に説明すると、環境ライセンスのカテゴリ―は企業の業種及び規模によりA,B,Cの3つに分かれています。弊社のような零細企業にとっては運命の分かれ目です。ならば所要期間が1年~半年で環境コンサルタントを雇ってそのアドバイスに従い工場ラインを改善したり、Bならば3ヵ月~半年を要します。膨大な経費が発生するだけでなく、その期間工場は稼働待機となります。うちにはそんな体力ありません(笑)。

結果、弊社はカテゴリーCに収まり環境省スタッフによる一度の現場視察のみで環境ライセンスを取得することができました。良かった~!とはいえ、スタッフ全員で大掃除をしたり、下水処理装置を作ったりと大変でした。

私達はモザンビークのような開発途上国で地産地消の製品を作ることにより、付加価値を生み出し、雇用を創出すると同時に国内経済をより豊かに循環させることができると信じています。日本も戦後に農業に引き続き製造業が発達し、第一次及び第二次産業に支えられた経済発展を遂げることができました。

そんな大切な製造業参入のハードルがむやみにあげられてしまっているのは個人的に少し疑問に感じます。外資企業が石炭やガスの採掘を進めるモザンビークでは企業による環境破壊が懸念されるようになった背景があるのかもしれませんが、マプト市にはまだゴミ焼却設備や大規模な下水処理場がなく、環境保護の為に国ができることも進んでほしいなと考える今日この頃です。

(環境ライセンスで一番心配していた、炭の粉塵も無事クリアしました。)

最近の販売と生産

Boa noite! (ボア・ノイチ、こんばんわ)Verde Africaの有坂です。

最近のマプトはからっとして過ごしやすい天気が続いています。雨も週に2回くらい降りますが、降水時間も短く生産作業が滞ることも少なくなってきました。

一方で、木炭の高値プラス低品質供給は今も続いていて、弊社の注文は引き続き好調です。この時期何故木炭が高くなるのか。雨で生産者と仲買人の接触がうまくいかないからとか、木炭生産ライセンスの発行が限られているからとか幾つかの噂がありますが、いつか真相解明の調査をしてみたいです。

この高需要のあおりを受けて、12月から3月まで毎月売上額は最高記録を更新し続けています。これはとても嬉しいです。販売スタッフの業務遂行スキルが上がってきており、仕事をある程度任せられるようになってきたことを頼もしく感じています。

一方で、悩みが尽きないのが生産です。弊社の生産規模ではまだまだ赤字なので、高需要の波に乗り生産量を伸ばし、営業利益を出したい!と切実に願ってきたにも関わらず、なかなか生産量が伸びないからです。注文してくれたお客さんに謝って、商品を待ってもらう日々が続いているにも関わらず。

 

(スタッフミーティング、毎日数分間の朝礼と夕礼をしています。)

 

昨年末に1日1トン生産できる生産の流れを確立して、それに必要なスタッフを揃え、1トンを達成し盛り上がったにも関わらず、毎日安定して目標生産量を達成する難しさを痛感しています。

どうしたら、この状態を打破できるのか。最近はずっと工場に張り付き、スタッフの動きを観察し、細かい修正と改善を積み重ねていく日々が続いています。でも、主な課題は2つあります。

まずは機械保守です。機械が壊れないように日々しなければいけないメンテナンスについての知識もついてきたのですが、メンテナンス中に機械が使えず生産量が伸びません。機械は最低2台はいるという、すごく当たり前のことに今更気づき急いで2台目を購入しました。

 

(最近、2台目を購入したブリケットの形成機。)

 

そして、スタッフの働きを管理することです。1月以降の私はスタッフに今までより怖いと思われている気がします。怒鳴ったりする訳ではないけれど、必要な注意は繰り返ししなければいけないし、会社の方針はキチンと行動で示さなければいけません。でも、長期的にはこの仕事ができるモザンビーク人管理職を育成したいと考えています。

自分で書いていて、恥ずかしくなってしまうくらいどちらも当たり前のことだと思います。弊社の商品の注文が増えているのは、とても素晴らしいことです。このチャンスをしっかり掴むべく、今週もかんばります!

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