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”楽しい”が”便利さ”に繋がる「発電できるジム」の可能性

【忙しい人のための3行まとめ】

・Facebookで友人がジムのエアロバイクで運動したと記していた

・セネガルではフィットネスジムが沢山あり、庶民も使っているためすそ野が広い

・エアロバイクなどのジム道具を活用し、未電化地域で「楽しみながら発電するジム」ができるのではと考えた

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、ふと思い浮かんだ事業アイデアを紹介します。

 

先ほどFacebookを眺めていると、友人がジムのエアロバイクで1時間運動したとの投稿に、

「発電できそうだな」

とコメントがついていました。

発電か…と思い、そこでふとセネガルの現状を思い浮かべました。

 

まず、セネガル人はトレーニングが大好き。

男性はマッチョばかりです。

首都ダカールでは、フィットネスジムがいたるところにあり、一般市民からお金持ちまで、多くの方が利用しています。

利用料金は庶民向けで一日60-100円程度。エアロバイクをはじめ、筋トレのための様々な設備があります。

庶民向けのフィットネスジムの外観

一方、セネガルの電化率は人口の55-60%程度(注1)。

まだまだ自宅に電気の無い家庭も少なくないため、地方の村では携帯電話を充電するために、数十分離れた場所まで行く事もあります。

 

ここで思いました。

「運動を楽しみながら発電できるジムって、需要無いかな?」

と。

 

想像してみました。

 

今まで奥さんから、

「身体鍛えてないでいいから働きなさいよ!」

と言われていた男性が、もしいつものように運動をしつつ、発電ができるとなったとしたら。

もし運動で生み出した電力で、携帯電話や懐中電灯などが充電できるとしたら…。

 

私が地方を周った印象では、未電化地域にジムはあまり多くありませんでした。

ですが(だからこそ?)、フィットネスマシンに設置できる安価な発電機、もしくは発電機能付きの安価なフィットネスマシンが見つかれば、ビジネスになる可能性があると感じました。

なぜなら「楽しい事(遊び)が便利さに繋がる仕組み」だからです。

 

実際、探してみると、エアロバイクはすぐに見つかりました(現在売り切れのようですが)し、こんな自転車ペダル型発電機もありました。そして、ルワンダなどアフリカ東部でペダル型発電機による事業を展開している企業もありました(Nuru Energy)。

 

持続性や環境への配慮の観点から、再生可能エネルギーが注目されて久しいですが、設置には様々な環境条件があります(太陽光なら日照時間など)。

大規模な発電は難しいですが、環境に左右されず、かつクリーンな発電方法として、「人力」に注目してみるのも面白いと感じました。

 

以上です。最後までご覧いただきありがとうございました。

次回以降も、セネガルでの活動紹介、ならびに日々感じた事を記して参ります。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

【WEB】

アフリカビジネスのパートナー アフリカ商会 by JAPON COMMERCE

アフリカ旅行ガイドブック セネガル

ダカールの日本人宿「シェ山田」

アフリカホームステイ.com

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(注1)

The World Bank「Access to electricity (% of population)」(2017/9/14 アクセス)

では61%、

USAID「POWER AFRICA IN SENEGAL」(2017/9/14 アクセス)

では55%となっている。

【事業紹介2】セネガルの不動産屋「SénégÀLouer(セネガルエー)」

【忙しい人のための3行まとめ】

・セネガルの不動産屋「SénégÀLouer」の概要を紹介

・始めたきっかけは、私の家を紹介してくれたセネガル人から「不動産屋さんをやりたい」と言われた事

・「不動産屋飛ばし(仲介手数料を払わずに大家と住人が直接契約を行う事)」が多く悪戦苦闘

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、私がセネガルの首都ダカールで運営している、不動産屋さん「SénégÀLouer(セネガルエー)」の概要を紹介します。

 

・概要

2016年8月、セネガルの首都ダカールにオープンして1年1か月。

不動産仲介業の店舗を運営。

物件の売買、賃貸、物件の管理などを行っています。

顧客はセネガルの人を始め、諸外国の駐在員、日本人、他のアフリカ諸国からの移民など様々です。

名前の由来は国名の「Sénégal」と、貸部屋有を表す「À Louer」(英語で言うFor Rent)を合体させて作った造語です。

店舗前で従業員と

 

・活動理念との関連性

こちらは、活動理念との関連性は低いです。

セネガルでの活動費を稼ぐための活動として始めました。

 

・はじめたきっかけ

私の家を紹介してくれたセネガル人から「不動産屋さんをやりたい」と言われた事です。

左が不動産屋オープンのきっかけを作ったスレイマン

・今後の展望

二期目を迎え、現在新空港付近の土地売買に力を入れ始めました。

現在直面している最も大きな課題は「不動産屋飛ばし」です。

具体的には、物件の紹介後、不動産のオーナー(or管理人)と顧客が直接取引を行う事で、仲介手数料を支払わない事案がたびたび発生しています。

仲介店飛ばしが発生する原因として、セネガルでは、顧客がオーナーと直接会えてしまう機会が多い事(例:顧客訪問時、「顧客がどんな人か確認したい」とオーナーが同席する事が多い、また、物件と同じ建物にオーナーが住んでいる事が多いため顧客からアプローチする場合も多い)、警察や裁判所などの作業が著しく遅く俗人的で進まない事、そして少額訴訟の場合、弁護士費用の方がかさむため泣き寝入りをするしかない構図になっている事が挙げられます。

対策としては、訪問前に、オーナーおよび顧客より「訪問証明書 兼 支払い同意書」にサインをもらっています。当書類には、訪問後契約が決定した場合、仲介手数料を支払う事に同意する旨を記しているため、仲介店飛ばしの抑止力として利用していますが、上述の理由から、それでも飛ばしを行う人が後を絶たないのが現状です。

 

 

以上、少しでもご興味をお持ちいただけましたら誠に幸いです。

次回以降も、時折セネガル情報に関する投稿を交えつつ、引き続き事業の紹介を行いたいと思います。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

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【事業紹介1】ダカールの日本人宿「シェ山田」

【忙しい人のための3行まとめ】

・ダカールの日本人宿「シェ山田」の概要を紹介

・始めたきっかけはガイドブック制作に向け動く中で日本人観光客増加のために宿が必要と考えたため

・私自身学生時代にバックパッカーだったため「旅行者目線で使いやすい」ゲストハウスを目指しています

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、私がセネガルの首都ダカールで運営している、西アフリカ初の日本人向けゲストハウス「シェ山田」の概要を紹介します。

 

・概要

2015年11月、西アフリカ初の日本人宿としてセネガルの首都ダカールにオープンして1年10か月。

小学生から社会人までさまざまな方にご利用いただいています。

 

治安良く便利な立地

ゲストハウス「シェ山田(旧名:OMOTENASHI)」があるのはセネガルの首都ダカールの閑静な住宅街。女性が夜歩いても大丈夫な治安の良い地域です。

【徒歩圏内にある主な施設】

現地のコンビニ2秒 セネガル料理店1分 バス停1分 スーパー1分 お酒の買えるスーパー5分 お酒を飲める格安レストラン6分 世界最大のブロンズ像7分 お酒の飲めるビーチ10分

 

お部屋

個室はゆったりダブルサイズの寝具。ドミトリーは総勢6名収容。開放感のあるお部屋です。

日本のコンセントが使えるコンセントプラグもあります。

 

旅の疲れを癒せる設備

当ゲストハウスは温水シャワーや洗濯サービスが無料。

疲れを癒し、次の旅への活力を得られる。そんなゲストハウスを目指しています。

【主な無料サービスと設備】

・高速Wifi(スカイプができる位サクサク!)

・ホットシャワー(風呂トイレ別で快適!)

・洗濯サービス(畳んでお返しします!)

・蚊帳(4か所止めタイプで広い!)

・洋式トイレ(トイレットペーパーも流せます!)

・日本語書籍(小説、仏語や現地語の参考書、現地語辞書、非売品のガボンのガイドブックなど)

・駐輪場

・荷物預かりサービス

・冷蔵庫

・キッチン&調理器具(日立製炊飯器も有ります!)

 

価格

温水シャワー有り・洗濯サービス付きの宿ではセネガル最安値で運営。

日本人観光客増加に寄与したいと考えています。外観は以下の通り。

(価格詳細などはコチラ

 

・活動理念との関連性

「アフリカから一人でも多くの人を経済的に豊かにする」

→ 日本人観光客増加による観光業従事者の収入増加

「日本とアフリカを繋ぐ」

→ 日本人のセネガル渡航者増加、それをきっかけとした日本とセネガルのビジネスの開始など

「日本人を元気にする」

→ 「精神的豊かさ」のあるセネガルでの体験を通じて人生について再考する機会を創る

 

・はじめたきっかけ

ガイドブック制作に向けて動き出したのがきっかけです。

ガイドブックを作成するだけでなく、日本人向けの宿があれば、より日本人観光客が増えるきっかけになるのではないかと考えて始めました。

 

・今後の展望

根本的に、セネガルへの日本人観光客を増加させる必要性を感じているため、地道にガイドブックとともにセネガルの情報発信に努めたいと思っています。

 

以上、少しでもご興味をお持ちいただけましたら誠に幸いです。

 

次回以降も、時折セネガル情報に関する投稿を交えつつ、引き続き事業の紹介を行いたいと思います。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

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「アフリカに興味はあるけど…」という方へ–こんな人間でもアフリカに住んでいます

【忙しい人のための3行まとめ】

・「日本とアフリカを繋ぐ」「日本人を元気にする」という活動理念の原体験を紹介

・いじめられた経験から日本に閉塞感が漂っているのは人々の精神面に問題があると思い至り、自分がそこから抜け出す契機となった海外渡航経験や、セネガルでの経験を人に伝えたいと感じている

・こんなダメ人間でもアフリカに住んでいるので来たい人は気軽に来たら良いと思う

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、

「日本とアフリカを繋ぐ」

「日本人を元気にする」

という2つの活動理念を掲げる原体験となった過去の出来事を紹介します。

 

「アフリカに興味はあるけど一歩が踏み出せない…」

という方に、

「あ、こんな人でもアフリカ行けるなら私でも行ける」

と感じていただき、なにか一歩を踏み出すための後押しになったらいいなと思っています。

よろしくお願いします。

 

・虚弱児だった

元々、私は虚弱児でした。

持病のアトピーやアレルギー(卵、牛乳、花粉、ハウスダスト、ダニ等々)に加え、極度の偏食により病気がち。

親曰く、幼少期はほとんど食事を食べず、ほぼリンゴジュースしか口にしなかったそうで、糖尿病を心配されつつ育ちました。

 

・いじめられていた

中学校、高校といじめにあっていました。

当時の私は超のつく真面目人間。

そのために友人から疎まれる事も少しずつ増えてきていました。

 

学年一背が小さく非力なのに、脅されても言う事を聞かない。

ワルっぽいグループからは虫の好かない奴という事で目を付けられていたようです。

事あるごとに嫌がらせをされました。

意味もなく突然腹を殴られたり。数十発近く蹴られた事も。

毎日頭に消しゴムのカスやシャーペンの芯をふりかけられたり、上履きや教科書がゴミ箱に捨てられていた事もありました。

(他にも色々あったと思いますが、あまり思い出したくありませんし、嫌な事だからか当時のそうした記憶があまりありません。人間の記憶って上手くできているなと思います。

中学3年生頃の写真。

高校でもいじめに遭いました。

入部した野球部では、体育科(普通科のほかに体育科と家政科がある学校だった)が幅を利かせていました。

入部当初15人ほどの部員がいましたが、普通科の部員はいじめや嫌がらせの対象となり次々と辞めていきました。

私もご多分に漏れずいじめに遭いました。

真冬にパンツ一丁で1時間以上部室を締め出された時は苦しかったです。

毎日、家に帰っては泣くような生活を送っていました。
「学校に行きたくない」と頻繁に思うようになりました。

親は、「そんなに辛いなら休んだら?」と言ってくれましたが、休む事はできませんでした。

真面目で学校以外の世界を知らなかった私は、

「学校を休むのはいけない事だ」と強く思っていました。

また学校という唯一の居場所を失う恐怖心も感じていたのかもしれません。

母曰く「毎日思い詰めたような顔をしていた」そうです。

(そんな辛い時期を支えてくれた両親にとても感謝しています。)

 

・環境を変えたら世界が変わった

これは4つの体験があります。

 

1つ目は、高校での野球部の退部です。

野球を続けたい一心で耐えていましたが、とうとう2年生の夏休みに退部。

私が最後の退部者でした。辞めた時には部員は半分にまで減っていました。

 

2年生の夏、部活を辞めた後、初めてサーフィンをやってみました。

おじさんがサーフショップの経営者で、お店がうちから徒歩圏内にあったからです。

そこには多くの同年代の友達や、サーフィンをやっている大人たちがいました。

高校時代の私にとって、いままでは学校だけがすべてでしたが、初めてそれ以外の世界ができたのです。

 

人の目を気にしてビクビク過ごしていた私。

自分のありのままを出したら嫌われるんじゃないか。

不安でした。

ですが、サーフィンで出会った人達はとても優しく、また一緒にいて不思議とウマが合いました。

「いつもの自分でいるだけなのに、付き合う人が変わったらこんなに世界が変わるんだ」

と驚きました。

 

2つ目は、大学入学と海外旅行です。

大学受験を失敗し志望校に落ちた私は、

「どうせバカなのだから、バカな事をやろう」

と考えました。

 

そこで、「常識の打破」を理念に活動するサークルに入った私は、

・シルクロードを自転車で渡った人

・親が無職ニートで本人は元パチプロの人

・部室を全焼させて中学校(私立)を退学になった人

・オートロック付き賃貸マンションを借りているのに年間100泊以上野宿している人

・IQ70台の人

・他校の学生なのにいつも法政にいる人

・なぜかいつもゲタを履いている人

・自転車320km、徒歩120km、冬の琵琶湖横断を数日間で続けて行った人

・学費が払えなくなりそうになり競馬で大穴を当てて学費を払った人

・いつも校内で酒を飲んでいる人

・日本語が完璧なので日本人だと思っていたらまだ日本に来て2年ちょっとの留学生

・会社を辞めてサークルに入ってきた女性

など、沢山の変わった人達に出会いました。

 

その影響で、

「人生ってこんなに自由なんだ!」

「こんな自由に生きていいんだ!」

と感じ、同じ日本のはずなのに、自分の世界が広がった気がしました。

 

また、旅行好きの友達や先輩方に触発され、「日本をもっと知りたい!」と思い国内を旅行。
40都道府県以上を訪れる中で、日本の素晴らしさに気付き、日本をどんどん好きになっていきました。

 

その後、英語を学びたいとアメリカのカリフォルニアに留学。

そこで今まで当たり前だと思っていた「日本の素晴らしさ」に気付きハッとしました。

 

「日本はとても恵まれた国である。」

それまで頭では理解していただけの事を、初めて心から納得し感動しました。

高校時代まで自分が苦しみ「生きにくい」と感じていた日本が、自分にとって素晴らしい国だと感じるようになりました。

その後、いわゆる途上国を訪れる中で、その思いはさらに強まっていきました。

 

辛かった中学・高校時代。

それまでの私は、自分の幸せに気付いていませんでした。

環境を変えた(地元、日本から離れた)事で、実は自分がいかに幸せだったのかという事に気付き、人生が楽しくなりました。

その気付きは、自分と違う環境(日本とは違う場所)であればあるほど大きいものでした。

また、思い切って飛び込んでみる事の大切さもこの時に学びました。

 

そんななか、大学のクラスメートと話していた時、

「俺は将来が不安だ」

「なんでカズはそんなに不安が無さそうなんだ?」

と言われ、衝撃を受けました。

また、日本の若者は事故よりも自殺で死ぬ人の方が多いというニュースを思い出し、私は、「日本は経済面よりも個々人の精神面に問題がある」と感じました。これほど豊かで素晴らしい国なのに、他国を知らないためにそれを当たり前だと感じ素晴らしさに気付いていない人や、将来への不安から現在の生活を楽しめていない人があまりに多いのではないかと。

そこで、私は、日本人の考え方を変えるために行動したいと感じました。

この時の体験と思いが、

「日本とアフリカを繋ぐ」

「日本人を元気にする」

という現在の理念に繋がっています。

 

また、セネガルに来てから、私は日本では考えられないような経験(折を見て記したいと思っています)を沢山しました。

自分がいままでの海外渡航、そしてセネガルで得た経験を、人生に悩んでいる一人でも多くの日本人にしてもらいたい。

日本とはまったく異なる環境であるアフリカ、セネガルに来てもらいたい。

そう思っています。

 

3つ目は、就職活動と転職です。

大学時代、あれほど毎日楽しかった日々が、就職活動をする事で一気にしぼんでいきました。

まるで良い事を話す事を強制されているようで、全てが嫌になって、結局最初に内定が出たところで就活をやめてしまいました。

せっかく広がったと思っていた、自分の世界が、一気に狭まったような気がしました。

 

入社した企業では、入社1週目から残業で、2週目以降は土日出勤もたびたびありました。

体力的にも辛かったですが、一番苦しかったのは、険悪な雰囲気と自由の一切与えられない管理体制、そして異常なまでのミスへの失跡や懲罰でした。

今だから「異常な」と記せますが、当時の私は、その会社以外を知らず、それが当たり前だと思っていました。

そのため、「自分は根性無しだ」「自分はダメな人間だ」と自分を責め、同時に「仕事ってこんなに辛いものなんだ」と思っていました。

そして、1か月半働いたある日、人に話しかけられただけで涙が止まらなくなってしまった私は、退職を決意しました。

 

その後転職した会社は、1社目とは良い意味で大きく異なりました。

すごく自由にやらせてくれる環境だったのです。

まさか同じ仕事でも、会社によってこんなに違うものなのかと、本当に驚いた事を覚えています。

ここでも、環境の力の偉大さを感じました。

 

そして4つ目は、社内での部署移動です。

転職後の会社には、新規事業の立ち上げ要因として入社。

上司と2人、文字通りマンツーマンの部署で内勤業務から営業まで幅広い業務を行いました。

しかし、営業としては、1年半まったく鳴かず飛ばず。

「どうしたら売れるのだろうか?」と、書店の営業本という営業本を買って読み「そっくりそのまま」マネをして、それを改善する、というサイクルを繰り返して日々試行錯誤していましたが、あまり結果が出ず、「自分はなんてダメなんだろう」と思っていました。

しかし、その後上司が退職しその新規事業をやめる事になり、会社の主要商品の営業に移ると状況は一変。

いままでと全く同じ事をしているにもかかわらず、次々に受注をする事ができるようになったのです。

新規開拓営業として社内史上最高・最多の実績を複数記録。

社内での営業研修も担当する事になり、当時の社内最年少役職者も務める事になりました。

 

この経験から、ちょっとダメでも諦めずに努力し続ける粘り強さの大切さを学びました。

これは、日本の仕事よりもさらに粘り強さが必要とされるアフリカ・セネガルでの仕事にも役立っています。

また、ここでまたしても、環境の力を痛感しました。

「同じ事をやっていても、こんなに結果が変わる事があるのか」と。

 

 

以上、私の現在の活動理念の元となった原体験でした。

 

元虚弱児、学年一のチビでいじめられっ子、高校3年間は部活すら継続する事ができず、大学受験も失敗し、就活も失敗し卒業後1か月半で無職になり、転職後もダメ営業マンだった私。

アフリカに縁もゆかりも無く、フランス語は「ボンジュール」すらも知らなかった私。

そして、セネガルに一度も来た事さえも無かった私。

そんな私でも、いきなりセネガルに移住し、現在まで、どうにか生きています。

 

「アフリカに興味はあるけど、一歩が踏み出せていない」

この投稿が、そう思っている方が「第一歩目」を踏み出すキッカケに少しでもなりましたら誠に幸いです。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

次回以降は、セネガルでの私の活動について紹介していきたいと思います。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

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セネガルおすすめ観光地「地方編」

【忙しい人のための3行まとめ】

・セネガルの地方の観光地を5か所紹介
・番外編としてセネガルの●ィズニーランド風B級遊園地「マジックランド」も紹介
・他にも世界遺産などがあるため、さらにご興味のある方はコチラからご覧ください

 

こんにちは。セネガルで日本人宿「シェ山田」を運営するJAPON COMMERCEの山田です。

前回に引き続き、今回はセネガルの地方の観光地を5か所紹介します。

 

1.街並みが世界遺産の島「サンルイ島」セネガルの古都

【場所・アクセス】

サンルイ郊外。サンルイからツアー参加で約1-2時間。

【オススメ度】

★★★☆☆(5点満点)

【概要】

植民地時代の古い街並みが世界遺産(文化遺産)となっている古都、サンルイ。植民地時代には仏語圏西アフリカの総督府がおかれていた、歴史のある街です。ヨーロッパをはじめ世界中から観光客が訪れるセネガルの一大観光スポットであり、その雰囲気に惹かれて移住をしてしまう人もいるほどです。(私は正直、サンルイにはそれほど魅力を感じませんでした。笑)

また同時に、サンルイは周辺の観光地のアクセスの拠点になっています。近郊には、野生のペリカンやフラミンゴなどを見ることができる世界遺産「ジュッジ鳥類国立公園」、同じく多様な鳥類が生息する「ラングドゥバルバリ」などがあり、そうした観光地へは基本的にサンルイから出ているツアーに参加するのが一番です(公共交通機関では行きづらい場所のため)。

また、サンルイには旅行者向けのホテルやゲストハウス、バックパッカー用の安宿、しかもセネガルでは珍しいドミトリーのある安宿など、沢山の宿泊施設があります。また、お酒も飲めるおいしいレストランも充実。世界一周旅行者の方など、過酷なモーリタニアから陸路でセネガル入りをする旅行者のみなさんにとっては、オアシスのような街と言えるでしょう。

なお、サンルイのおすすめの宿はコチラで紹介していますので参考にしてみてください。

2.巨大ペリカンが見れる世界遺産「ジュッジ鳥類国立公園」バードウォッチングの聖地

【場所・アクセス】

サンルイ郊外。サンルイからツアー参加で約1-2時間。

【オススメ度】

★★★★★(5点満点)

【概要】

世界遺産(自然遺産)に登録されているジュッジ鳥類国立公園。300種類・300万羽の鳥類が観測されるこの地は、世界中からの渡り鳥の休息地として知られています。公園内には川が流れていて、観光客は、そこをボートに乗って進みます。

毎年シーズン中には、なんと体長およそ1.5メートル(それ以上かもしれません)のペリカンの大群が。ペリカン以外にも、フラミンゴ、ワシのような日本ではなかなか見る事のできない野生の鳥類が沢山。手の届きそうな位置を巨大なペリカンが飛んでいく光景は、いちど見たらきっと忘れられない思い出になるはずです。

3.世界自然遺産内の島(内の一地域)「バンブーン」

【場所・アクセス】

シネサルーム地区。ダカールから乗り合いバスなどを使い約10時間。

【オススメ度】

★★★★★(5点満点)セネガルで特にオススメの観光地の一つ。

【概要】

セネガルの中でも自然豊かで、ラムサール条約登録地を含む生物保護区を中心とする地域、シネサルーム。バンブーンは、その中にある島(内の地域の名前)です。塩分を含むんだ川(ボロン)が流れており、一帯にはマングローブが広がっています。様々な動植物を見つける事ができる、自然豊かな土地です。

マングローブ生い茂るバンブーンには、宿は一つだけ。14の村が共同で管理している宿で、1泊2食付きで料金もとてもリーズナブルです。この宿では、無料のアクティビティがとても充実しており、ガイドさんと一緒にマングローブ林散策、カヌー体験、アニマルウォッチングなどのアクティビティをすべて無料で行う事ができます。

バンブーンは、観光に訪れた日本人はいままでほとんどいなかったのではないでしょうか。しかしながら、ここには素晴らしい自然と、ゆったりとした時間が流れています。ダカールからは少し離れていますが、2週間以上セネガルに滞在される方は、ぜひとも訪れる事をオススメします。

4.知られざるもう一つの奴隷の島「カラバン島」セネガル随一のオススメ観光地

【場所・アクセス】

セネガル南部のカザマンス地方。

【オススメ度】

★★★★★(5点満点)セネガルで特にオススメの観光地の一つ。

【概要】

世界的にその名を知られているゴレ島とは対照的に、人知れず存在するもう一つの奴隷の島、それがカラバン島です。

カラバン島は、奴隷貿易の中継地点となっていた島。セネガル国内だけでなく、ギニアをはじめとする近隣諸国からも連れて来られていた奴隷達は、まずこのカラバン島に連れて来られ、そこからゴレ島へ運ばれていたそうです。

島内には奴隷の家や、植民地時代の古い大教会などが残っていて、自然も豊かで昔ながらの生活を見る事ができます。私はカラバン島はセネガル観光のハイライトの一つだと思っているので、時間に余裕があれば訪れる事を強くおすすめします。

5.「セネガンビアの環状列柱」王家の墓と言われるセネガルの世界遺産

【場所・アクセス】

セネガル中部の都市カオラック近郊。ダカールから約10時間。

【オススメ度】

★★★☆☆

【概要】

世界遺産(文化遺産)のセネガンビアの環状列石4か所のうちの1か所。52グループ、1,102本あるこの列石群は、プラールとセレールの王族の墓だと考えられていて、紀元前3,000年頃のものと紀元前5,000年頃のものが混在しています。

係員は常駐していないため電話で呼ぶ必要があります。世界遺産にもかかわらず、なんと観光客はとても少なく、年500人未満だとか(係員談)。1000本以上の列石が並ぶ光景はなかなか圧巻なのですが、アクセスが悪いのが難点です。

 

番外編

セネガル版ディズニーランド!?「マジックランド」金をせびり顔を取る●ッキーのいるB級遊園地

【場所・アクセス】

ダカール西海岸沿い。シェ山田からタクシーで約10分。

【オススメ度】

★★★☆☆

【概要】

アフリカに遊園地があるとは驚きではないでしょうか?そうです、ここセネガルには、セネガルのディズニーランドとも呼べる遊園地「マジックランド」があります。マジックランドには、ジェットコースター、おばけやしきなど、日本の遊園地にもあるようなアトラクションが。そして、偽物のミッキーとミニーが入場者を出迎えてくれます。

いわゆる「観光地」ではない当園ですが、B級スポット好きの方は、いちど足を運んでみてはいかがでしょうか。

 

以上、いかがでしたでしょうか?

この記事をきっかけに、セネガル観光に少しでもご興味をお持ちいただけましたら誠に幸いです。

もっとセネガルの観光地を知りたい方はコチラをご覧ください。

セネガル観光地15選

 

前述の通り、私は燃えるように生きたいという「エゴ」で、アフリカの貧困状態の改善を理念の一つとしました。

次回は、

「日本とアフリカを繋ぐ」
「日本人を元気にする」

こちらの二つの活動理念を掲げる原体験となった過去の出来事を紹介します。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL

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セネガルおすすめ観光地「ダカール近郊編」

【忙しい人のための3行まとめ】

・セネガルの首都ダカールから日帰りで行ける観光地を紹介
・負の世界遺産「ゴレ島」や浮ける赤茶色の湖「ラックローズ」含む5か所を紹介
・次回は「地方編」を掲載します

 

こんにちは。セネガルで日本人宿「シェ山田」を運営しているJAPON COMMERCEの山田です。

本日は、セネガルの首都ダカールから日帰りで行ける観光地を5か所紹介します。

 

1.負の世界遺産「ゴレ島(ダカール)」アサラトの産地としても有名

【アクセス】

ダカール中心部近く。ダカールの独立広場付近の港からフェリーで約25分。

【オススメ度(5段階)】

★★★★☆(4点)

【概要】

ゴレ島は、首都ダカール沖30分に位置する世界遺産(文化遺産)の島です。奴隷貿易の拠点となっていた事から「負の世界遺産」として知られ、世界中から観光客が訪れています。島は小さく、ゆっくり歩いても数時間程度で見て回る事ができます。

島内一の見どころは、奴隷が収容されていた「奴隷の家」。ここからいちど運び出された奴隷は、決して戻って来る事は無かったと言われています。奴隷の家の二階部分は小さな博物館のようになっていて、実際に奴隷が繋がれていた足枷や鎖、そして奴隷貿易の歴史などが記されたパネルなどが展示されています。

奴隷の家以外にも、大砲やカラフルな建物など、フランス統治時代の遺物が様々なところで見て取れます。また、博物館もあり、セネガルの歴史などを学ぶ事ができます。

ゴレ島は、同時に「アートの島」でもあります。歩いていると、島のさまざまなところでアーティスト達がところ狭しと作品を展示しています。カラフルな油絵、いろいろな種類の砂を使った砂絵など、中にはここゴレ島でしか手に入らないようなものもあり、見ているだけで楽しむことができます。島内には砂絵工房もあり、そこでは実際に砂絵を描いている様子を見る事ができるだけでなく、砂絵制作の体験も可能です。

また島内では「アサラト」と呼ばれる民族楽器(2つの玉がひもで繋がっているマラカスのような楽器)を演奏している人の姿も。島内で作られたアサラトを販売している売り子さんたちが演奏しているのですが、その様子を眺めているだけでも楽しめます。

 

2.北朝鮮製作の世界最大のブロンズ像「アフリカ・ルネッサンス像」

【場所・アクセス】

ダカールの現空港近く。「シェ山田」から徒歩7分。

【オススメ度】

★★★☆☆

【概要】

高さ約50m。あの自由の女神よりも大きい、世界最大のブロンズ像が「アフリカ・ルネッサンス像」です。前大統領のアブドゥライ・ワッド氏が発案し、北朝鮮の万寿台海外開発会社が建設しました。

建設予算が国庫からの捻出だった事、また観光収入の35%が前大統領個人の収入になる事などが問題となり、国際的に非難を浴びました。セネガル人の反応は賛否様々で、市井の人々からは「良いところ」「自分の写真(SNS用のセルフィー)を取るのにいい場所」とポジティブな反応が少なくありません。

3.ピンク色の浮ける湖「ラックローズ」塩分濃度は死海以上

【場所・アクセス】

ダカール郊外。ダカールからバスで約2-3時間、タクシーで1.5時間。

【オススメ度】

★★★★☆(4点)

【概要】

「イチゴミルクのようなピンク色の湖」として知られるラックローズ。塩分濃度は、あの死海よりも高いと言われており、湖に入ると水面に浮く事ができます。

そんなラックローズですが、果たして本当にあんなにピンク色なのか、疑問に思う人はいると思います。

結論としては…

ラックローズは「あんなにピンク色に見える事はほとんどありません」。飛行機などに乗り、湖の上空から見ると、光の加減でそう見える事はあるようですが、実際に訪れてみてもあのようなピンク色に見える事はほぼ無いと言っていいでしょう。

そんなラックローズですが、オススメの楽しみ方はズバリ「浮ける赤茶色の湖だと思って浮きに行く」事です。色ではなく浮いて楽しむ事に主眼を置き、加えて色も楽しむ、というようにすると、満足した滞在になると思います。

季節や時間帯によって色が大きく変わるラックローズ。ゲストハウス「シェ山田」では、宿泊ご予約のお客様のスケジュールに合わせて、ベストな時間帯をお伝えさせていただいております。

【もっと知りたい方へ】

バスでの行き方(バスの番号)やオススメの時期など、以下の投稿に詳細をまとめましたのでご覧ください。

【行ってみた】セネガルのピンク色の湖ラックローズは「色を見に行くな」

 

4.貝殻島「ファディユ」世界的にも珍しい“ムスリムとクリスチャンの共同墓地”も

【場所・アクセス】

首都ダカール郊外、プティットコート地方。ダカールからバス+乗り合いバスで約3-4時間、タクシーで約2時間。

【オススメ度】

★★★★★(5点満点)

【概要】

サリーと同じプティットコート地方に位置するファディユは、6mの貝殻の堆積でできた島です。

ムスリム率94%を占めるセネガルですが、ここファディユでは大半がクリスチャン。クリスチャンが住み始めて次第に町が広がったため、現在もクリスチャンが人口の90%を占めています。

また、世界的にも珍しい「ムスリムとクリスチャンの共同墓地」があります。宗教対立の少ないセネガルの象徴的な地であると言えるのではないでしょうか。

5.屋久杉の約2倍!円周32mの「巨大バオバブ」“星の王子さま“でも有名な生命の樹

【場所・アクセス】

首都ダカール郊外、プティットコート地方。ダカールからバス+乗り合いバスで約4-5時間、タクシーで約2.5時間。

【オススメ度】

★★★★☆

【概要】

サンテグジュペリ『星の王子さま』でも登場する生命の樹バオバブ。

セネガルのこの巨大バオバブは、樹齢約850年。

なんと幹の円周は「32m」もあると言われています。

(円周の数値は現地ガイドより。他にも25m、30m、40mなど諸説あり、どれが正しいのかは明らかではありません。)

ちなみに屋久島の縄文杉の幹の円周は16mほど。この樹がいかに大きいかお分かりいただけると思います。

 

以上、いかがでしたでしょうか?

この記事をきっかけに、セネガル観光に少しでもご興味をお持ちいただけましたら誠に幸いです。

次回はセネガルの観光地「地方編」を掲載します。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL

山田 一雅

【WEB】

アフリカビジネスのパートナー アフリカ商会 by JAPON COMMERCE

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「エゴ」から始める社会貢献–「やってあげる」ではなく「やりたいからやる」

【忙しい人のための3行まとめ】

・エゴが無い人間はいないし悪い事ではなく自然な感情だ
・自分のエゴと社会の接点を見つけて結び付ければよい
・自分起点だからパワーも出るし何か起きても自分のせいだと思える

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

前回の投稿では、私のセネガルでの活動は「エゴ」から始まったと記しました。

今回は、一般にあまり良いイメージの無い「エゴ」が、実は社会に貢献するための大きな力となる、という私の考えを記します。

 

まず「エゴ」と聞いて、みなさんはどんな印象をお持ちになるでしょうか?
自分勝手、自分の事だけ考えている、など、マイナスのイメージをお持ちになる方が少なくないと思います。

しかしながら、私は、エゴが無い人間などこの世の中に存在しないと思います。

エゴが存在しないという事は、自分の意志が存在しないと言っても過言ではありません。

私は、エゴは自然な感情だと思います。

 

次に、行動の動機、ヤル気、心構えとエゴについてです。

ボランティアを例に説明します。

 

「困っている人のために何かを無料でしてあげる事」

もしこれをボランティアだと思っている人がいたら、私は違うと言いたいです。

何が違うのか。それは「してあげる」という部分です。

 

ボランティアは「してあげるもの」ではありません。

ボランティア(volunteer)の元々の意味は「志願兵」、つまり自ら進んでなった兵士達の事を指しています。

つまり、ボランティアとは「自発的」に、自分がやりたいからやるものなのです。

厚生労働省も、ボランティアを

自発的な意志に基づき他人や. 社会に貢献する行為

と定義しています。

 

「困っている人を助けたい」

「困っている人を助けてあげたい」

この二つは似て非なるものだと私は思います。

前者はボランティア、後者は偽善です。

 

私は、偽善を否定しているわけではありません。

大抵の場合「やらない善よりやる偽善」は正しいと思います。どんな気持ちであれ、社会の役に立てるのはすごい事です。

しかし、偽善的な気持ちで活動していると、時には「やってあげているのに」と横柄な態度を取ったり、金銭的報酬が発生しない事から無責任な行動を取りそれが「ありがた迷惑」となったりします。

なので、偽善でも十分ですが、もし可能なら、偽善よりもボランティアをするのが良いと思います。

 

さて、ではボランティアをする人の動機とはなんでしょうか。なぜタダで人のために働くのでしょうか。

色々な理由があると思います。たとえば、

「自分が人の役に立てたという満足感を得たい」

「ボランティアをしている自分を人から偉いねと褒められたい」

「自分で自分を肯定できるような経験をしたい」

「自分が過去にした悪行の償いをしたい」

「自分も過去に人にお世話になったから、困っている人がいたら助けたい」

「将来自分が福祉・社会問題解決のための仕事に就くための経験を積みたい」

などなど。

 

上記全てに共通しているのは、誰かに「してあげたい」ではなく「自分がしたい」、つまり「自分のためにする」という事です。

1.「自分がしたい事をする事(エゴ)」


2.「社会や人のためになる(社会貢献)」。

この順序が健全だと私は思います。

自分がしたい事、つまり自分のためだからこそ、真剣に、かつ全力で取り組む。

つらい事があっても、自分がやりたくてやっている事だから乗り越えられる。

自分のために真剣に取り組んだ事だから、大きな成果が出る。

それが、社会のため、人のためになる。そう思っています。

 

最後に。

私は、上述の内容は、セネガルでの活動にも言える事だと思います。

私がセネガルで活動をしていると知った方が、「アフリカでの活動=社会貢献」のイメージからか、

「過酷な環境で大変なのに頑張っていて偉いですね」

とおっしゃって下さる事があります。

 

ありがたいお言葉ですが、私は自分を偉いとはまったく思いません。

なぜなら、前述の通り、私はすべて自分の「エゴ」を起点に活動してきたからです。

セネガルの誰から呼ばれたわけでもなく、自分の勝手で、セネガルの経済を活性化させよう、セネガルの観光を盛り上げよう、などと考えてここにいます。

 

そんな私が、辛い事があって文句ばかり言っていたとしたら、セネガルの人はどう思うでしょうか?

きっと、

「誰もお前にこの国にいてって頼んでねーよ(笑)」

「嫌なら自分の国へ帰れよ(笑)」

と思うでしょう。これは、逆のパターンを考えたらイメージがしやすいと思います。

 

たとえば、もしアメリカから日本へ来た人が、

「日本人の英語は聞き取りづらい」

と文句を言ったり、フランスの人が

「日本人は全然フランス語が話せないし、日本企業はバカンスが少なすぎる」

と不平不満を言っていたらどう思うでしょうか?

「嫌なら出てけよ(笑)」

って思いますよね。それと同じです。

 

もちろん私も聖人ではないので、イライラしますし、不満も口にします。

たとえば、時間の事。

セネガルでは、待ち合わせの時間通りに人が来る事はほぼありませんし、そもそも連絡も無いまま来ない事もよくあります。急に数か月以上音信不通になる人もいます。そんな時は、

「セネガルでは確実な事は何一つ無い」

と嘆いてしまいます(これはセネガルの友人の口癖でもあります笑)。

 

ですが、そんな時こそ、

「自分がお邪魔している立場なんだ」

「仲間に入れてもらっているんだ」

という事を念頭に置いて、行動するように心がけています。

最近では、時間の事に関しては、自分でもだいぶ寛容になってきたと思います。

(しかしながら、あまりこちらのペースに慣れすぎて、進まないのが当たり前という考えになってはいけないのが難しい所です。笑)

 

いままで、本当に数えきれないほどのトラブルがありましたが(笑)、自分で選んでいる道だからこそ、苦しい事があっても自分のせいですし、それは自分が変わってどうにか乗り越えよう、とする力が湧いてきて、くじけずに続ける事ができていると感じています。

また、お邪魔して生かしてもらっている立場だからこそ、自分でできない事も多く、こちらに来てからは周囲の人に感謝する事が多かったです。結果として、渡航前には無かった、

「この国の人に優しくしてもらった分、この国に何かを返したい」

という思いが芽生え、より現地の人達に役立つ何かをしたいという気持ちが強まりました。

 

私の恩人のサンバさんとその家族。彼のおかげで今の私があります。

 

セネガルに飛び込んで、そのまま移住して、この9月末で丸3年になります。

今後も「自分起点」だからこそ出せるパワーとともに、試行錯誤を重ねて参ります。

よろしくお願い申し上げます。

 

以上です。私見を長々と記したにもかかわらず、最後までご覧いただきありがとうございました。

次回は、いったん肩の力を抜きまして(笑)、セネガルの観光情報を掲載します。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL

山田 一雅

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「エゴ」からすべてが始まった–私がセネガル行きを決めた理由

【忙しい人のための3行まとめ】

・人生を充実させたいという「エゴ」からすべてが始まった
・自分が全力を出し続けても一生取り組む事ができそうな難しい目標として「アフリカの貧困状態の改善」に興味を持つ
・セネガルは治安が良く仏語圏西アフリカの拠点として良さそうな国だった

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

本日は、色々な方にご質問をいただく「セネガルに渡った理由」を記します。

そもそものきっかけは「自分の人生は幸せ過ぎる」と思っていた事から始まります。

 

大学卒業後しばらくは、仕事がうまく行かず、その事で頭がいっぱいでした。新卒で入社した会社を精神的に追い詰められて1か月半で退職したり、2社目でもなかなか結果が出ず、毎日悩みながら試行錯誤する苦しい時期が続きました。

しかしながら、2012年に入ってから急に結果が出始め(この体験が現在の活動理念に繋がっているので、後日詳細を記したいと思います)、余裕もでき、余暇の時間も取れるようになりました。週末や休暇は趣味で充実、友人にも恵まれ、家族みんなが健康と、ストレスも不安も無く毎日楽しく過ごしていました。

 

そんな時です。私はふと、

「自分は今後なにを目標に生きていけばいいのか?」

という疑問を持つようになりました。

「自分は幸せだ」と思っていたので、これ以上何を目標にして良いのか分からなかったのです。

 

また、自分は幸せだと思いつつも、なぜか私はこの生活に満足できていませんでした。

「自分は足るを知るべきだ」

と思う一方で、

「人生って本当にこんなものなのか?」

「もっともっと毎日を全力で生きられるはずだ!」

と、情熱を持て余してモヤモヤした気持ちを抱えていました。

この頃から、自分の今後の人生について考えるようになりました。

(私は覚えていないのですが、複数の友人曰く、当時私から電話がかかってきて、「お前の夢は何だ!」と急に聞いてくる事があったそうです。友人の間では「山田の夢事件」と命名されているようです。)

 

人生について考えていくうちに、私は、

「幸せとは、自分が全力を出し続けて生きて行ける事なのではないか」

と考えるようになりました。

仕事の結果が出ず、うまくいかなかった時期はあんなに苦しかったのに、実はその試行錯誤こそが人生の幸せだったのかもしれないと感じ、自分でも不思議な気持ちになりました。

何か新しい事に挑戦しなくてはと思い、プログラミングや英会話の勉強を始めましたが、「なんか違う」と感じて続きませんでした。

もっと大きな事に挑戦する必要性を感じました。

 

しかしながら同時に、私は不安を感じていました。

新しい事に挑戦するために、いまの生活を捨てる事が怖かったのです。

 

「毎日楽しく何不自由ない生活をしているこの日常を捨てるのか」

「せっかくうまく行き始めたのにわざわざ自分で苦しい道を選ぶ必要があるのか」

「もしうまく行かなかったらどうしよう」

などと思い、挑戦したい気持ちがありつつも一歩を踏み出せない自分に悶々としていました。

 

そんな時、岡本太郎さんの『自分の中に毒を持て』という本を読みました。

自分の幸せについての考えを肯定してもらった気がして、とても嬉しかった事を覚えています。

また、

”よく考えてみてほしい。あれかこれかという場合に、なぜ迷うのか。こうやったら食えないかもしれない、もう一方の道は誰でもが選ぶ、ちゃんと食えることが保証された安全な道だ。それなら迷うことはないはずだ。もし食うことだけを考えるなら。

 

 

そうじゃないから迷うんだ。危険だ、という道は必ず、自分の行きたい道なのだ。”

という言葉を読み、自分が本当にやりたい事は、現在の生活の維持継続ではなく、何かに挑戦する事だと納得する事ができました。

 

そこで、

「自分が毎日全力を出し続けて、人生を燃えるように生きるための目標を立てよう」

「毎日やり続けたい事をやって生きよう」

と思い、何をやろうか、と真剣に考えました。

 

俳優になろうか(幼少期は劇団に所属し大河ドラマのオーディションを受けたり、小学校では毎年劇の主役をやるなど、演劇が好きだったので)、いや歌手になろう(歌うのが大好きで声が大きいので)、プロサーファーを目指そうか(当時サーフィンに熱中していました。下手でしたが、これなら365日やりたい、という想いがありました)、ナックルボールを習得してプロ野球選手になろうか、…

など、本当に真剣に考えていました。

 

一方で、大学時代からいつかは起業すると決めていたので、ビジネスで成功するのは頭が良さそうで(笑)格好良いしやってみたい、ビジネスで世の中に影響を与えたい、という想いもありました。

また、営業の仕事の経験から「人の役に立つ事は自分の存在意義を感じる事ができる人生の喜びだ」という実感があったので、困っている人が多い場所で働く方がやりがいがあるかもしれないと感じました。

そして、「どうせなら他の人がやっていない事をやりたい」という想いもありました。

そんななかで、世界中の人々が注力しているのに解決されない「貧困問題」を含む多くの社会課題を持つイメージがあり、かつ自分にとって未知の大陸だった「アフリカ」に興味を持ちました。

 

 

当時、

「日本企業が少ない地域での経済活動に意義があるのではないか」

「海がある国に住みたい」

「仕事で色々な国に行ってみたい」

「事故や事件で早死にはしたくない」

と感じていたため、日本人にとって言語的ハードルが高い非英語圏であり、日本企業が少なく、かつ治安が安定していて、海に面している国…と条件を絞っていき、その条件に当てはまったのが、仏語圏西アフリカの主要国、セネガルでした。

 

そして2013年の夏、最後までサーフィンに人生を賭けようか迷いましたが、ビジネスによる自己実現欲求の強さが勝り、「1年後の2014年9月にセネガルに移住しよう」と決め、ゼロからフランス語の勉強を始めました。

(奇しくもその数か月後、医師からヘルニアと診断され「最悪死ぬ可能性があるから当分の間サーフィンはやめなさい」とドクターストップを宣告された事もあり、これはセネガル行きに集中しろ、という事なのだと思いました。)

 

そして迎えた2014年夏。渡航が迫るなか、西アフリカではエボラ出血熱が流行していました。

両親含め、周囲からの心配の声には、

「セネガルは出ていないし大丈夫だ」

と言ってきたのですが、奇しくも渡航直前の8月末、セネガルでもエボラ出血熱の感染者が確認されました。

「絶対に行かない方が良い」

と皆から止められましたが、セネガル在住経験者やJICAの方のお話を参考に、渡航を決めました。

(決め手は、私の出発予定日の10日後に青年海外協力隊の派遣が予定されていて、それがエボラ出血熱患者発見のニュース後も派遣中止になっていなかった事です。JICAが派遣を中止しないという事は大丈夫だと判断しました。)

そして、そのまま住み続けて現在にいたります。

 

前職退職時に送別会を開いてくださいました

 

以上です。最後までご覧いただきありがとうございました。

 

この3年間、良い事も悪い事も、本当に色々な事がありました。

率直に言えば、正直、圧倒的に悪い事の方が多かったです。

では、なぜそんな思いをしながらも、諦めず、セネガルで活動をし続けているのか。

それは、上述の通り私の活動が「エゴ」から始まっていて、かつそれを自覚しているからです。

 

次回は、一般的にあまり良い印象が無い「エゴ」について、自分の考えを記します。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL

山田 一雅

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自己紹介と今後の投稿予定(JAPON COMMERCE 山田)

みなさまこんにちは!

アフリカ大陸最西端のセネガル共和国在住、JAPON COMMERCE SUARLの山田と申します。

これからよろしくお願い申し上げます!

第一回目の投稿という事で、まずは簡単に自己紹介をさせていただきます。

 

山田 一雅(やまだ かずまさ)

【年 齢】

30歳

【出生地】

東京都稲城市

【出身地】

千葉県(八千代市・佐倉市)

【学歴】

千葉県立八千代高等学校普通科 卒業(硬式野球部に所属)
法政大学 経営学部 経営学科 卒業
カリフォルニア州立大学 研修プログラム参加

【趣味】

野球(小・中・高・社会人での草野球)
読書(実用書から古典まで)
語学習得(英語、仏語に加え、この9月より中国語の学習を開始)

【活動理念】

「アフリカから一人でも多くの人を経済的に豊かにする」

「日本とアフリカを繋ぐ」

「日本人を元気にする」

【職歴】

人材系ベンチャー企業に営業として入社。1日300件越えのテレアポを行う。

朝から怒号の飛び交う会社で、土日祝日も休みが無く、入社一か月半で精神的・肉体的に追い詰められ退職。

その後、大学時代にITについて少しだけ勉強した事(資格を取得)、また米国留学の経験から、米国系webメディア「CNN.co.jp」「CNET Japan」などの運営企業に興味を抱き入社。新規開拓営業に従事。社内最年少役職者(当時)となる。

2014年9月、退職し、エボラ出血熱流行の最中に仏語圏西アフリカのセネガルへ移住。

現在は、日本企業の商品の輸入販売、日本初のセネガルの旅行ガイドブックの制作、西アフリカ初の日本人宿「シェ山田」の運営、不動産仲介店舗の運営、日本企業のセネガルでのビジネスのサポート(市場調査、各種手配)など、複数の事業に挑戦中。

【メディア出演・掲載・連載・講演実績】

TBS系テレビ番組「世界ふしぎ発見!」
講談社 雑誌「クーリエ・ジャポン」
木楽舎 雑誌「ソトコト」
AB-NET(アフリカ開発銀行・外務省などが運営)
FMラジオ「お仕事本舗ハッピープロジェクト」
宋文洲氏メールマガジン連載
特定非営利活動法人 ダイヤモンド・フォー・ピース主催「第6回勉強会 世界とつながろう!DFP TALK」講演
セネガル大使館・セネガルカフェレストランBlue Baobab Africa共催「セネガルを知って行って見てこよう!」講演

ほか多数(詳細はコチラからご覧いただけます)

 

上記をご覧いただき、

「なぜアフリカに縁が無かったのに、急に会社を退職してセネガルに移住したのか?」

と疑問に感じる方もいらっしゃるかも知れません。

 

そこで次回以降の投稿では、

・よくご質問をいただく「セネガル行きを決めた理由」

・活動理念の元となっている「私の過去」

・3年間のセネガル生活で得た「セネガル情報」

・日々のセネガルでの「ビジネス奮闘記」

などを記したいと思います。

 

以上です。少しでもご興味をお持ちいただけましたら幸いです。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL
Gérant
山田一雅

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