最近の社内の変化

こんにちは、ケニアの玉ねぎおじさん河野です。

 

今回は最近の社内の変化について書いていきたいと思います。

最近気づいたのですが、僕の介在しないミーティングがどんどん勝手に開催されるようになりました。

全体MTGの後に「15分だけちょうだい」と言われて始まったミーティングです。

 

そりゃ当然でしょう、という感じではあるのですが、最初から彼/彼女たちの姿を見ていただけに本当に嬉しいことです。全然僕が知らないことも話しているので、少し寂しい気もありますが、これが会社が成長するということなんだろうなと思いました。

 

どんどん日々の業務が手離れするのと同時に「経営者」として自分のやるべきことも変えていかなければならないなと考えています。プレイヤーとして動く時間を狭め、超短期、短期だけではなく中長期の計画に対して今からやれることに頭を使って行動していかなければならないと思っています。

 

優秀な自走式のプレイヤーたちがイキイキと働くような会社にしていきたいと思います。

 

オフィスの変遷について②

こんにちは、ケニアの玉ねぎおじさん河野です。

 

初期の2つのコワーキングスペース時代を経て、初の自社オフィスです。

 

3, 初の自社オフィス@Ruaka

Ruakaはナイロビ郊外に位置し、我々の点在する顧客のちょうど中間地点といったところに位置していました。

写真の通りGFが倉庫機能となっており、中2階がオフィススペースになっています。

広さは約2,300sqftでした。玉ねぎの貯蔵可能量は約30tというところでした。当時もまずは倉庫とオフィスを一緒にすることで管理を容易にすることと、貯蔵することのメリットを実感してみたかったため、こじんまりとした倉庫を借りてみました。

ここで気づけたことが非常に多く、事業推進、拡大に向けて大きな手応えをつかめました。

 

4, 現倉庫

 

大きさは約15,000sqftで4階建です。

場所はBaba dogoというエリアに位置しており、これも顧客の中間地点です。

これからの小売業や自社農家に関しても非常にいい立地になっています。

 

非常に大きいですが、今では玉ねぎでいっぱいになっています。

今後のコールドロジや他の品目への展開を見据えての投資でした。

固定費は増えましたが、より事業機会が増えたので、これを生かしてさらに大きく展開していきたいと思っています。

オフィスの変遷について①

こんにちは、ケニアの玉ねぎおじさん河野です。

今回は弊社のオフィスの変遷について書いていきたいと思います。

昨年2月から実は3回もオフィスを変えています。これからナイロビで起業するかたには参考になるかもしれません。(ターゲット狭くてすみません笑)

まずは最初にコワーキングスペース2箇所利用していたので、そちらからご紹介させてください。

 

1, Nairobi Garage

非常にオーガナイズされたコワーキングスペースで「アフリカで起業している!」と悦に浸れるくらい雰囲気がよいです。現地の方が6割前後で他は欧米系の方です。

立ち上げメンバーのNginaと2人の時に利用させていただいていました。約3ヶ月。

料金設定は下記です。

フリーアドレス; 20,000Kes/Month/person

フィックスデスク; 25,000Kes/Month/person

 

もちろん中に会社用の個室も用意されていますので、いくつか会社が入っていました。入居している会社の印象は「US, UK本社の会社で数億円調達しているケニア支社」というイメージです。フリーアドレスで利用している方も若くて個人で立ち上げをしているという人よりも、どちらかというとMatureで既に様々なコネクションを持った上で起業している方が多い印象でした。

こちらはメンバーの採用を機に次のオフィスに移ることにしました。

*すみません、写真ないです(笑)

 

2, iHub

採用の記事でもご紹介しましたが、こちらはtech系に強い(?)と言われているコワーキングスペースです。1階にはおしゃれなカフェがあり、コワーキングスペースは屋上含む5F,6Fにあります。7ヶ月間。

料金設定は下記です。

フリーアドレス; 7,000Kes/Month/person

フィックスデスク; 20,000Kes/Month/person

ここにはフリーランスの方やエンジニアの方が多い印象でした。また、ネットワーキングやイベントも1週間に1回は何かしらあり、コミュニティ内でのコミュニケーションが活発でした。

途中からメンバーも増えたため、中にある最大15人のスペースを借りました。

こちらは150,000kes/Monthでした。

 

昨年の末頃から自社オフィス兼倉庫にしたのですが、それは次回に書いてみます。

 

ケニアで注目の農業スタートアップ②

こんにちは、ケニアの玉ねぎおじさんです。

前回に引き続きケニアの農業スタートアップのご紹介をします。

Twiga Foods

Twiga Foodsはケニアのみならず、アフリカを代表する農業スタートアップです。2014年の設立から総額$20.4Mの資金調達を行なっており、最近ではIFCからの資金調達も発表されました。

彼らはバナナをメインに扱った青果の配送業者です。実績としては

2014年のサービス開始以来、8,370人の農家を5,226のベンダーと結びつけ、チームメンバーは400人以上に成長し、2億個のバナナを売却したと言います。上記の大型資金調達により、他の品目にも手を伸ばしており、今では13種類もの青果を取り扱っています。農家と小売業者はTwiga Foodsのwebサイトから登録が可能で、そこから発注、受注を行なっているそうです。

 

ここからは僕の見解です。

Twiga Foodsは名実ともにケニアではトップのスタートアップだと思います。資金調達額、現地での存在感、Founderの資金調達力、それぞれ素晴らしいものだと思います。もちろん彼らも赤玉ねぎを取り扱っているため、既にいくつかの地域でYasaFiとバッティングしています。

その中で僕らが行なっているリサーチでは彼らのオンラインプラットフォームを利用している方の割合は、限りなく0に近い印象です。また、それは彼らのマーケティング不足、ではなく顧客側のITリテラシーの問題の方が多いのではないかと感じています。

なので、個人の見解としてはこのITプラットフォームが広まる2-3年の間に我々はオフラインを中心に顧客の求めるサービスに昇華していき、そこからITを用いて更なる参入障壁を築いていければ考えています。

 

これだけ大きな企業が競合にいますが、彼らがこの市場を独占できるほどインフォーマルセクターの顧客は簡単ではないし、複雑な構造であると考えているため、競合を意識せず顧客と向き合ってサービスの改善をしていくことが我々にとって最善の選択肢であると認識しています。

ケニアで注目の農業スタートアップ①

こんにちは、ケニアの玉ねぎおじさん河野です。

今回はケニアで注目の農業系のスタートアップを何回かに分けてご紹介したいと思います。

Selina Wamucii

小規模農家とサプライヤーをつなぐB2Bプラットフォームを運営しています。農家から新鮮な農産物を調達し、その地域の販売店や、卸業者に農産物を販売しています。

農家は携帯電話でUSSD経由でSelina Wamuciiのプラットフォームにアクセス、そこで、農産物の種類、農場の場所、収穫(販売)可能日、収穫量などの情報を入力。それらの情報はすべてプラットフォーム上に集約される仕組みになっています。

現在プラットフォーム上には3200を超える小規模農家の登録があるが、プラットフォーム上でのオーダーのたった2.4%分のオーダーのみしかまだ対応できていないそうです。需要はあるが、すべてのオーダーを満たす供給を確保できていないのが現状。

現在は主に農産物を輸出することで収益を得ており主な輸出国は中東、ヨーロッパで、アジアへも少しではあるが輸出している。また、輸出だけではなく、現地の市場開拓にも意欲的に取り組んでいる。

 

ここからは僕の見解です。

ケニアでは数年前からこのような農家と小売をダイレクトに繋ぐようなITプラットフォームが乱立しています。それでもなぜ、このようなサービスが主流になれならなのかを考察してみると

1, 品質の担保ができない

2, 一度の取引量の需要と供給が合わない

YasaFiとして行なっているように裏側で卸売業を行なって、品質の担保と取扱量をコントロールしながら、このようなITサービスのようなインターフェイスにするのはいいなと思いました。

他にも注目のサービスは多くあるので、次回ご紹介します。

妻が会社に遊びにきてくれました

こんにちは、ケニアの玉ねぎおじさん河野です。

 

先日、妻がオフィスに遊びに来てくれました。

妻は僕の事業に全く興味がありませんが、倉庫の拡大、社員の増加、玉ねぎの増加を目前にしてとても感動してくれました。

そんな妻との馴れ初めを書きたいと思います。

 

昨年2月から単身でケニアで事業立ち上げをしていましたが、今年の2月から妻がケニアに移住してくれました。昨年の10月に入籍をし、日本で一緒にいる間もありませんでした。彼女とはいわゆる社内恋愛で知り合ったのですが、僕が会社をやめるタイミングで、彼女が入社するタイミングでした。

当時、僕はサラリーマンでしたが、「将来は海外で起業する」とずっと言っていました。彼女は「次、付き合う人と結婚をする」と言っていました。今思えばお互いなんの根拠もないことではあるのですが、当時から本気で言っていたし、本気で思っていました。

 

僕は転職活動もせず、次の進路も決めずに退職していました。

日本で会社を立ち上げるか、海外に挑戦するか迷っていたところでした。そこで僕の友人からインドで語学学校の立ち上げをやるから手伝ってくれないか?と誘いが来たのです。僕の中ではインドは行ったことがなかったし、非常にエキサイティングな市場だという認識があったので、ほぼ即決でした。ただ、気がかりだったのは彼女の存在。すぐに彼女にこの件を伝えると

「え!そんなチャンス滅多にないよ!行っておいでよ!」

と、前向きも前向き、超ポジティブに賛成してくれました。

 

この時に「こんな人はなかなかいないなぁ。」と思い、こんな人と一生を共にできたらより幸せな人生になるなと確信しました。

 

そこから僕は3年ほどインド、フィリピン、ベトナム、インドネシアとアジアを飛び回りながら仕事をし、その間は1年に2回の頻度で会うようにしていました。

 

約3年半の遠距離恋愛を経て、昨年10月に入籍しました。

彼女はとにかくポジティブで僕のやりたいことを否定してきたことはありません。ケニア移住に関しても

「1人では絶対にこれないところに連れて来てくれた。こんなにラッキーなことはないと思ってる、ありがとう」

と言われて逆に感謝されました。

 

そんな妻はいつも僕の応援をしてくれています。ちなみに事業には無関心です。いつも僕に言ってくることはこうです。

「あなたが成功するなんて微塵も思ってないし、その時に共倒れしちゃダメだと思ってるからあなたの会社は手伝わないで、自分で稼げるようになる。でも、あなたが頑張りたいなら誰よりも応援しているし、頑張って欲しい。でも、期待してない。」

 

これだけ強い応援者がいるので、僕はケニアで頑張れています。

いつもいつまでも感謝が尽きないです。いつも、ありがとう。

ケニアで起業してみて思うこと

こんにちは、ケニアの玉ねぎおじさん河野です。

 

今回は起業してみた雑感を書いてみようと思います。

僕はケニアはナイロビで昨年2月から移住し、同年5月に会社設立をしました。

事業内容は「青果の卸売業」でそメインの顧客はいわゆる貧困層と呼ばれる方が多いストリートベンダーです。

正直に言うと彼/彼女らとの交渉は非常にタフです。

毎日買ってる人でも毎日クレームを言ってきます(笑)。

「この玉ねぎはクオリティがダメだ」

「この玉ねぎは高すぎる」

と言いながら買って帰ります(笑)。

 

最初は戸惑いましたが、これが彼/彼女らの交渉方法なんですよね。

カスタマーの声を聞きすぎても良いサービスができないってのはこういうこともあるんだなと思いました。初期は農家、卸売市場、顧客の声とヒアリングを通してマーケットプライスを理解することができました。

 

当初はこのサービスで顧客は幸せになっているんだろうかと不安になることも多かったですが、既存の市場構造を知り、競合を知ることで僕らが何をやらなければならないか、また、どうすればより顧客を幸せにすることができるのかの手応えを大きく感じております。

このアフリカというマーケットは精緻な情報や統計がそもそも足りていないマーケットです。そこで新規事業やこれから事業を立ち上げる際に非常に重要だと思っていることが経験学習の量とスピードです。机上であれこれ考えるよりもrowデータを自分の足で取りに行く、ライトパーソンにたどり着く、信頼できるパートナーを見つけることが非常に重要だと思っています。

 

そのため、我々も新規事業を行なっていきますが、今後の全てのサービスは「農産業」に絞っています。なぜなら本事業で行なっている知見や顧客のデータベースを活かせる可能性が高いからです。このようにして、今までの地道な積み重ねを蓄積していくことで、将来的に大資本の競合の参入や、外的要因の大きな変化にも耐えうる強固な組織やサービスを作っていけると確信しています。

 

これからの道のりは長く、気が遠くなりますが、千里の道も一歩からと言いますので、今日という日を何よりも大切にして一歩一歩積み重ねていきたいと思います。

 

 

久々に集合写真を撮りました

こんにちは、ケニアの玉ねぎおじさん河野です。

 

昨日は久しぶりに会社の集合写真を撮りました。

スタートアップの1番大事な仕事は写真を取ることだと言われてます。(誰がw)

でも、この言葉を最初から聞いていたので節目節目で撮るようにしていましたが、結果的に非常によかったと思います。今振り返っても、写真を見るだけで当時のことがフラッシュバックされます。今後の取材等にも素材があると楽ですしね。

 

買い付けチームと倉庫の管理チームはいなかったので、10数人いなかったのですが、そう言ってると一生集合写真が撮れなそうだったので、撮っておきました。

 

ちなみに弊社はここから始まりました。

 

これが昨日の写真です。

本当に幸運なことに、立ち上げからやってくれているNginaは今でも一緒に働いてくれています。抜けているところもまだありますが、今では逞しい信頼できるマネージャーになっています。

『「Kuniはいつもこのメンバーがマネージャーになって会社を引っ張るんだ」って言ってたけど、本当にそうなったね。私はこの会社で凄い成長できているし、もっと成長していきたい。』と最近Nginaから言われた時は嬉しかったです。

 

僕がやらなくちゃいけないことは、この会社が100人、1,000人になった時に今いるメンバーが核となり更に会社を引っ張っていけるような会社文化、風土を作ることだと思っています。そんな会社にするために、僕がなにより成長していかなければならないと思えています。毎日毎日、必死にやってますが、まだまだまだまだ目標から考えると足りません。

 

粛々と毎日を積み重ねていこうと思います。

日本人インターン生について

こんにちは、ケニアの玉ねぎおじさん河野です。

 

基本的には現地メンバーで構成されている弊社ですが、実は日本人インターン生を受け入れています。

今、インターンに来ていただいている岩澤さんを紹介させていただければと思います。

 

都内の国立大学在学中で現在2年生で休学して今年の8月から1年間、弊社にインターンをしに来て頂いています。結論から言うと、彼女、スーパーインターン生です。

まだ2ヶ月と少しの期間ですが、彼女の成長には目を見張るものがあり、かつ、毎日僕自身非常に刺激を受けています。

今、彼女が具体的に何をやっているかというと「玉ねぎの在庫管理」です。簡単に在庫管理といっても100t以上の玉ねぎを管理し、かつ、次の日の配送用玉ねぎを作ってもらっていますので、容易に想像できるかと思いますが、彼女のこの小さい体ではこの量を管理することができません。

 

なので、10人の社員と約20人の日雇いのおばちゃん達をマネジメントしてもらっています。

もちろん学生さんなので最初は人をマネジメントする、なんてことはできなかったのですが、今ではメンバーからの信頼も勝ち得てなんの指示もなく全てをこなせています。当初は毎日泣きながら(笑)、彼らと喧嘩したり、給与交渉したりしていました。元々の彼女の性格としては人に強く自分の意見を通したり、言わなければいけないけど言いたくないことを言えない人でした。

それでも、日々学びながら彼らの生活の事などを考え、かつ、会社の方向性を理解した上でメンバーとコミュニケーションを取ることができるようになりました。このたった2ヶ月で。

 

これだけの成長をもたらしているのは彼女の圧倒的な当事者意識だと思います。

帰宅後もMTGをしています

何か問題が起きた時に全てを自分ゴトに考えられる力。ここがズバ抜けてます。

帰宅後にも何度も何度も質問して来たり、苦手なことや嫌なことに毎日立ち向かっています。

そんな彼女と毎日、言葉通り寝食を共にして、僕が1番近くで彼女の成長を見れています。こんなに幸せなことはないなあと思うのと同時に、自分も彼女の成長に負けてられないなと思っています。

 

彼女のキャリアの目標をざっくりいうと「アフリカに住みたい」です。僕とは全く違う目標ですしが、僕は全力で応援しています。今後も彼女はアフリカで生活し、仕事をしていくんだと思います。アフリカに住みたい、という方は今までもたくさん会って来ましたが、ほとんどの人がお金を切り崩してアフリカに住んでいます。そうではなく、彼女自身がアフリカにいながら金銭的にも持続可能な生活をできるような能力を弊社のインターンで身につけてほしいと思っています。

 

と、言うことで弊社、インターン生をまだ募集しています。

圧倒的当事者意識を持ち、かつ、圧倒的成長を望んでいる方、ぜひ。

必須条件は英語と最低6ヶ月間ケニアの現地にコミットできることです。

 

めちゃめちゃ辛いと思いますが、めちゃめちゃ成長できると思います。

 

ぜひ、直接ご連絡くださいませ。

劣等感を感じているときはチャンス!

僕は劣等感を感じている時はチャンスだと思っています。

確かに、人と比べて自分は…だったり、あの人には勝てない、と実際に劣等感を感じているときは惨めな気持ちにもなりますが、視点を変えるとこうも見えます。

「目標がある人、何かを目指している状態でないと劣等感は感じない」はずです。

かくいう僕も強い劣等感を感じながらサッカーをやってきたな、と思いますので、関係のないことも含めてつらつらと自分の経験を振り返ってみようと思います。

兄姉との写真*2年前くらい

僕は埼玉県出身、埼玉育ち。4人兄弟の末っ子で産まれ、1番上の姉とは干支が一緒。サッカーを始めたきっかけは2人の兄(10歳上、6歳上)の影響です。小さいころから地元の少年団では超超有名になるほど、サッカーが上手かった兄に、小さいながらも劣等感を感じながら少年団に入団。小学校はチームが弱かったこともあり、体系はデブのままキャプテンを務める。ちなみにこの頃はかなりの人見知りだったため、立候補した僕に母が1番驚いていました。

そのままの流れで中学校でもキャプテンを務める。段々と人前で話すことに抵抗がなくなる。高校時代の兄の姿の影響もあり、全国大会に出られるような高校に入学したいと考える。ただ、サッカーだけでは兄に勝てないと思ったのか、頭もよくてサッカーも強い高校ということで、さいたま市立浦和高校を志望する。これも兄の影響で、高校卒業後もサッカーを続けるつもりだったので、東京学芸大学を志望する。教師になりたいという夢と当時浦和レッズに所属していた堀之内聖というサッカー選手が、この進路でプロになっていたことを聞き、志望度を強める。中学校も公立の部活動だったので、特段強いわけでもなく、それなりの結果で終了しました。

僕のサッカー人生が変わりだしたのが、高校時代のサッカー部です。さいたま市立浦和高校のサッカー部は昭和21年創立、全国大会優勝8回、プロのサッカー選手も多く輩出している古豪チーム。また1学年に50名ほどの部員がいるので、全体で約150人を抱える部活。(ちなみにこの数は男子生徒の3人に1人はサッカー部という状態でした)

そんな中、入部してみるとなんと同学年部員の半数以上がクラブチーム(埼玉県では所謂サッカーが上手い人が通う所)出身であり、しかもやはりめちゃくちゃ上手い。1年生のみの大会もありましたが、もちろん試合にはほとんど出られず。TOPチームの3年生なんかははるか雲の上の存在でした。はっきり言って「やべえ」と思いました。 ただ、僕の中でレギュラーで試合に出られない、という選択肢は無かったのです。何故なら兄がそうだったから。とにかく僕は常に兄に追いつこうと必死でした。

 

レギュラーで試合に出ることから逆算をすると、やることは明確になりました。

1、同じポジションで試合に出ている先輩のプレーの分析

2、自分のプレーの分析

3、先輩よりプラスの要素はどこか

4、足りないところを徹底的にトレーニング

5、監督へのアピール

 

1,2から先輩より、体力、瞬発力が圧倒的に足りないことが明確に。3についてはボディコンタクトの強さ。日毎に持久系トレーニングと瞬発系のトレーニングを練習後に欠かさず3ヵ月間続けていました。そして、最後のアピールのところでは呼ばれてもいないのに、TOPチームのメンバーのみが参加する朝練に顔を出すというアグレッシブさ(笑)。するとそこから自然な流れでTOPチームに昇格することが出来ました。

 

以上のことをして、サッカーのプレーに関する飛躍も感じましたが、それよりも「これだけの事をやってきたんだ」という自負が自分の中に深く根付きました。そこから2年生の頃からレギュラーとして試合に出場し、3年時には副将を務め、インターハイに出場することも出来た。高校で一番うまくなったのは河野だな、と知らないファンのおじさんにも褒められました。

ただ、兄は高校1年生の頃から県の選抜にも選ばれていましたし、現日本GK川島とも一緒のチームでエースとして活躍してましたので、僕のこの経験は鼻くそみたいなものでした。これは本当に。

 

とにもかくにも高校時代までのサッカーだったり、進路選択における僕の原動力は常に「兄への強烈な劣等感」だったわけです。いくら周りから褒められても一時的には充足感は得られますが、自分の中ではあんまり満足していないんですね。

やはり目指すべきものがあるからこそ、劣等感を感じてそれを埋めるために努力するのかなあと。これって仕事にも共通するところがあって面白いですよね。なので、劣等感を感じているときは、チャンスです。

と、同時に逆説的ではありますが、自戒の念も込めて。

劣等感や焦燥感を感じていないときはピンチです。

肝に銘じて、突っ走っていきたいですね。

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