販売会『シェリーココの軌跡』

最近は、来週末に控えた販売会の準備をしています。

今回の販売会は、いつものポップアップストアとは違います。

『シェリーココの軌跡』

シェリーココは、今年で活動を始めて5年目になります。(会社は3年目)
今回の販売会では、この5年の間に製作した、普段のポップアップストアには並ばない商品を中心に、特別価格で販売します。
・サンプル品
商品化されなかったクラッチバッグやパスケースなど

これらは、主にシェリーココ初期に製作したアイテムです。

現在の正規販売の商品をご購入してくださったことのある方は、少し驚かれるかもしれません。

私も久しぶりにみて、よくここまで成長したな…と感慨深かったです。

・ミス商品
高いクオリティレベルを求めるために販売に至らなかった浴衣やミトンなど
普段の正規販売の商品は、とても厳しい目で検品を行っています。
どれくらい厳しいかというと、自分で行ってB品としてはねた商品の2回目の検品で、どこがB品ポイントだったか、分からなくなってしまうことがあるくらい…です(^^;

それくらい、

そんなの言われなきゃ分からないよー!

と思ってしまうようなものでも、お客様に満足してもらいたい、ベナンの職人たちすごいんだね!と褒めてもらいたい一心で頑張っています。

しかし、そうやってB品に振り分けられてしまった商品も、大切なベナンの仲間が作ってくれたものです。

もちろん捨てるわけにはいきません。

最初は、私が自身で使ったり、家族にプレゼントしていたりしました。

しかし、身内では使いきれないくらいの量にもなってきました。

なので、正規販売の商品とは混ぜずに、お客様に商品の状態を確認していただいた上で、お安くご提供する販売会が今回のものになります。

少し歪んでたり、もともとの生地不良で小さな穴が空いていたり…

使用には問題ないものばかりです。

今回、手に取りやすい価格にし、ご自身で使っていただくことで気に入っていただき、今度は正規品をギフト用に…など、またシェリーココファンがたくさん増える、そんな販売会になれば嬉しいです。

もちろん、1番の目標は、B品の数を少しでも減らせるようになることですけどね!

『アフリカ布×◯◯』なぜ??

さて、シェリーココが一番最初に製作したアフリカ布商品…

それは…

浴衣です!!!

アフリカの布で、日本の浴衣を…??

最初はやはりみなさんとても驚かれます。

ですが、この組み合わせ、意外ととっても合うんです!

ではなぜ、私たちはアフリカ布で浴衣を製作することにしたのでしょうか。

まず、私が活動を始める前から一つ決めていたことがあります。

それは

日本をマーケットにする

ということ。

理由は、

ベナンには既に仕立て屋の数が飽和状態であり、本業の仕立て以外の商売をしなくては生活していけないベナン人が多くいたからです。

そのため、メメママがベナン人相手の仕事をすることになった場合、他の職人の仕事を奪いかねないと考え、ベナンでの販売は考えていませんでした。

また、実はベナンに行く前の私は、元々アフリカ布というものを知りませんでした。エスニックな服装をしていたわけでもありません。普段は無地を着ることが多かったです。

ですがそんな私でも、ベナンに着いてから目にした色鮮やかなアフリカ布というものにとても心を奪われました。

こんな素敵な布を日本のみなさんにも広めたい!

その思いから、日本をマーケットに決めたのです。

ベナン人は、前回紹介したように、普段から洋服などに仕立てて着用しているアフリカ布。

もちろん私もベナンではワンピースなどを仕立てて着ていました。

しかし同じワンピースを日本でも着る勇気は、当時の私にはありませんでした。

でも日本でもどうしてもアフリカ布を着用したい…

日本でも着やすいものは何だろう…

そして思いついたのが、浴衣でした。

サンプルを製作してみると、もともと全面総柄の浴衣は、アフリカの柄もとても相性が良かったのです。

また、浴衣の製作は、意外なメリットもありました。

・おはしおりでサイズ調整が可能

・直線縫が多く、まだ技術レベルの高くないベナン人でも製作が可能

こうして、シェリーココの目玉商品となったアフリカ布浴衣。

現在までに、1000枚近く製作し、たくさんの方に愛されています。

アフリカ布『パーニュ』

アフリカ布を使用したものづくりをしているシェリーココですが、さて、アフリカ布とは?なんでしょう。

こちらの画像をご覧ください!

色鮮やかな布がたくさん積まれています!

こんな素敵な布が、ベナンには溢れているんです…

アフリカ布、色々定義の仕方はあるかと思いますが、アフリカの方向けに作られている布を私はそう呼んでいます。

というのも、産地は様々で、プリントをしているのはアフリカ大陸内に限られてはおらず、アジアやヨーロッパから来ている布もあるからです。

もちろんアフリカ産のものもございます!

そして最近読んだ本には、昔は京都でアフリカ布が作られていたことがあると書いてありました…!こんなところに日本とアフリカの接点があったとは、なんだか嬉しいですね♪

このアフリカ布たちは、基本的にアフリカの人たちが普段の生活で使う用に作られています。

そして、アフリカ布の中でも、西アフリカで流通しているものは、フランス語圏で『パーニュ』と呼ばれています。

このパーニュ、ベナンでは普段から多くの人が着ています。

伝統的な形にするもよし、ワンピースなどにするもよし、大人から子どもまで、老若男女に愛される布です。

ベナン以外の国では、特に最近の男性はあまりアフリカ布の服を着なくなっていると聞いたことがありました。

しかしベナンでは、まだまだ男性も含め多くの人が普段から着ているので、街中がとてもカラフルです!

見ているだけで、楽しくなる、そんな素敵なアフリカ布を使って、シェリーココは何を作ることにしたのでしょうか。

次回に続きます!

メメ親子との出逢い

お待たせいたしました!

今の活動を始めるきっかけとなった、親子との出逢いについて書きたいと思います。

写真左が、出逢った当時は2歳だったメメ

右がメメのお母さん、ママメメです。

メメ親子は、ベルアンジュ一家と仲良くしていたので、私がベルアンジュと仲良くし始めてから、頻繁にベルアンジュ家で会うようになっていました。

人見知りで、肌の色が違う私を見ては泣いてばかりだったメメ。

いつのまにか懐いて、可愛い笑顔を見せてくれるようになったときには、嬉しくて仕方なかったのを覚えています。

そんなメメ。

お父さんはおらず、お母さんと二人暮らしでした。ですが、結構頻繁にママメメと遭遇。仕事をしている様子はありませんでした。

気になった私はベルアンジュにきくと、ベルアンジュ家を含め、仲の良い友人たちが、おかずや小銭を分けてあげているとのこと。

私もせっかく仲良くなったので、サポートしてあげたい!という気持ちはあったものの、彼女たちのサポートの仕方に少し疑問も…

そして、ベルアンジュ一家も決して裕福な家庭ではないから、大丈夫なの?と聞いたら、やはりこれをずっと続けるのは厳しいと話してくれました。

物やお金のサポートではなく、私にできることはないだろうか?そう思って、ママメメ本人と話しをしてみることに。

すると、彼女は仕立ての学校は卒業しているものの、ミシンを買えずに仕事ができないでいるということ、そして働く意思はしっかりあることが分かりました。

私がサポートできる部分はここだ!

そう思った私は、ベルアンジュとも相談し、ベナンにある素敵なアフリカ布を使ったものづくりの仕事をするプロジェクトの始動を決意しました。

こうして、メメ親子との出逢いがきっかけとなり、アフリカ布を使用したブランド、

シェリーココ

がスタートしました

ベルアンジュとの出逢い

現在の活動を始めるきっかけとなった親子の話しをする前にもう1人、重要な人物の紹介をさせてください。

それが

ベルアンジュ

です。

彼女は、今の私になくてはならない存在です。

ベナンの任地に赴任してすぐ、1番最初に仲良くなった当時16歳の女の子。

私の住んでいた家と配属先の職場の間に彼女の家はあり、毎日顔を合わせるうちに自然と仲良くなりました。

ちなみに、最初に話しかけてくれたきっかけは、ただのナンパだったようです。笑

去年の夏、彼女が日本に来た際にインタビューを受けた記事がありますので、ご覧ください。

シェリーココを支える若きベナン人女性ベルアンジュさん来日インタビュー!♡

現在彼女は、私にとって、親友でもあり、妹でもあり、仕事のパートナーでもある大事な存在です。

彼女がいなかったら今私はベナンで仕事をしていないでしょう。

仕事面では、買い付け・検品・通訳・マネージメントなど、ありとあらゆる仕事をこなしてくれています。頭の回転も早く、責任感も強いので、安心して仕事を任せられるパートナーです。

また仕事やプライベートで悩んでいるときには、年齢差を疑うくらいしっかりとアドバイスをくれ、心の支えにもなっています。

アフリカだけでなく、海外で起業をする際、おそらく1番重要になってくるのが、信頼できるパートナーの有無だと思います。

その面では、私は起業前より信頼している彼女の存在がとても大きく、どんなに辛いことがあっても辞めずに踏み止まれる理由になっています。

自己紹介②ベナンとの出逢い

前回、タイとの出逢いを書かせていただきました。

高校の時の留学で、タイと出逢った私は、大学での勉強もその後の就職先も、途上国支援・国際協力という分野以外は考えられなくなっていました。

熱い想いを語り、AO入試で入学した慶應義塾大学SFC。起業家も多く、変わった先輩方も多い学部です。

在学中は、カンボジアスタディツアーや東日本大震災ボランティア、幼稚園でのインターンシップなど、今後夢を叶える際に、自身の経験として役に立つ活動を自主的に行ってきました。

就職活動では、JICAを希望。

しかしこちらは失敗。

JICA以外の会社に妥協して入るのが嫌だった私はこの時点で就職活動を辞めてしまいました。

就職という道以外にも、自分の夢に近付く道はあると信じ、大学卒業後は留学をするつもりで、フリーターとして留学費用を稼ぐ毎日が続きました。

そんな中、受けてみた青年海外協力隊試験。

見事に合格し、勉強よりも現場の経験が積みたいと考えていた私は、留学ではなく協力隊を選びました。

新卒で実務経験のなかった私が合格した職種は、あまり資格などが要らない青少年活動。

第3希望まで書ける国の希望欄、第1をタイ、そして第2第3を空欄で出した私が合格した国は…

ベナン

でした。

これが、私とベナンの出逢いです。

ベナンの協力隊、みんながみんな口を揃えて言うのは、

ベナンってどこだか最初分からなかった

ということです。

もちろん私もそのうちの1人。

アフリカだということすら知りませんでした。

数年後には、タイを越えるほど愛し、大好きな家族ができ、生活の半分の時間をベナンで費やすほどの国になるとも知らず…。

次回は、現在の仕事を始めるきっかけとなった親子との出逢いについて書きたいと思います。

ちなみに、あれだけタイに惚れ込んでいたのに、どうしてベナンに行ったのか?とよく聞かれます。

アフリカという地域には、きっかけがなく興味を持っていなかっただけでした。

そのため、ベナンに決まったとき、もちろんタイでないことにショックは受けましたが、

アフリカなんてこんな機会ないと絶対行けない!と、ワクワクしたのを覚えています。

自己紹介①タイとの出逢い

はじめまして。

西アフリカベナン共和国でものづくりビジネスをしている川口莉穂と申します。

私のことを少しでも知っていただくために、まずは初対面の人に必ず聞かれる『なぜベナンなのか』という質問に答える形で、経歴紹介をしていければと思います。

実を言うと、つい数年前までは、ベナンどころかアフリカにすら興味はほとんどありませんでした。

私が興味があった国は、ただ一つ。

『タイ』でした。

高校の時、私はRotary clubの交換留学でタイに1年間留学していました。

もともと将来やりたいことも大した趣味もなく、視野を広げたいという理由だけで希望していた交換留学。面接試験では、やっぱり英語圏でしょ!という理由でアメリカを希望。そして、第2希望はなんとなくカッコいいからという理由で、フィンランド。

そんなやりたいことも夢も何もなかった私ですが、留学試験は見事合格。

そして決まった派遣国は、『タイ』でした。

初めて親元を離れ発展途上国と言われる国で暮らすという経験は、当時16歳の私にたくさんのことを感じさせてくれました。

1番衝撃的で心に残っているのは、当時の私と同い年くらいの女の子が客引きをしている様子です。

またストリートチルドレンの存在などは、知ってはいたものの、初めて実際に目にし、子どもが大好きだった私はとてもショックを受けました。

この時から、私がタイのために出来ることはなんだろう…と、途上国支援や国際協力という分野に興味を持ちはじめました。

これが私の人生を変えた、タイとの出逢いです。

次回は、『ベナンとの出逢い』です。