一夜限りのアフリカ談義

 日頃から大変お世話になっているコンソーシアムの皆さまに、感謝の気持ちを込めて、これまでのことについてご報告する機会があった。ほんとうはリアルイベントで、東京のどこかの会場をお借りしておこなう予定ではあった。しかしながら、オンラインで開催したことにより、なんとケニアから佐藤さんにも参加いただけて、アフリカ大陸を繋いだ報告会となった。

 オンラインであっても、お互いの息づかいを感じることはできる。ご支援をいただいている5人の起業家がアフリカ大陸で起こしつつあるムーブメントについて、またこれから夢みる活動について、アツくお話しさせていただいた。(個人的には大山さんが描いている「ファームハウス」に早く行きたい。)ネット社会になって人との関係性が希薄になり、孤独になる人が増えたという記事を読むこともあるけれど、今回のオンライン報告会はこれまでの通説をくつがえすほどに、懐かしい再会を喜ぶ方々の光景も垣間見ることができて、とてもハートフルな時間を過ごすことができた。

 その報告会のあとすぐに、渋澤さんと成澤俊輔さん(「世界一明るい視覚障害者」というキャッチコピーで、さまざまな組織の伴走をされていて、弊社も成澤さんにお世話になっている)を交え、「一夜限りのアフリカ談義」と題して3人のオンライントークセッションをYouTubeでライブ配信した。これまでアナログでトーゴ共和国での事業を構築してきたぼくとしては、かなりハイレベルな試みではあったが、お二方に助けられて盛会となった。トークセッションでは、ダイナミックでマクロな視点を渋澤さんの著書『SDGs投資 資産運用しながら社会貢献』(朝日新書)から引用させていただき、ミクロな視点は拙書『Go to Togo 一着の服を旅してつくる』(烽火書房)から引用しながら、多くの人がコロナの逆境にいるからこそ、希望をお届けできる内容になったのではないかと思う。

 なかでも印象的だったのは、渋澤さんが提唱されている 「2020年からは繁栄の30年になる説」と、その繁栄のキーは「メイド・ウィズ・ジャパン」にあるのではないかということ、そして「カレーうどん」にヒントあり、というユーモラスでありながらも示唆に富んだ仮説だった。それは、withコロナ・アフターコロナ時代に間違いなく光を放つメッセージであったし、ぼくがめざしている「トーゴ×京都」のモデルに向かって走ってもいいのだという激励としても受け取ることができた。とにかく、相変わらず事業はピンチではあるが、なぜか清々しく背中を押してもらえた気分になれた。(そしてぼくの座右の銘は「カレーうどん」になった。)

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 「一夜限りのアフリカ談義」を見逃した方へ、こちらにリンクを貼らせていただきます。YouTubeリンクのコメント欄に、だいたいのタイムスケジュールも明記しています。是非ご覧ください!

「カレーうどん」が日本を救う!?

はじめての著書を出版しました

 お世話になっております。トーゴ共和国のエウェ族の職人と、地元・京都の職人の技術を重ねたテキスタイルで商品サービスの開発をしている中須です。このたび、はじめての著書を出版する運びとなりましたのでご報告いたします!

 『Go to Togo 一着の服を旅してつくる』

 日本語で書かれた書籍のなかで、最もトーゴ共和国についての記述が多いと思います。ぼくの創業の軌跡をまとめたものですが、随時、写真のキャプションや脚注、コラムなどで、現地の生活感をお伝えできるよう努力しました。ぼくが起業するとき、大使館でもA4用紙2枚分くらいの情報しか手に入らず、とても大変だったので、コツコツ現地で集めた情報と、感じたことを詰め込んでいます。

 また、他の書籍にはあまりないような仕掛けも導入しています。ぼくとアフリカ大陸との出会いは大学生のときで、 日本独特の新卒一括採用の就職活動の仕組み、「シューカツ」に嫌気がさして向かった先がアフリカ大陸でした。日本人が誰もいないようなところへ行きたいと、当時、在留邦人が2人しかいなかったトーゴへ行きました。学生時代の多感な時期の「アフリカ」は、まさに価値観が反転するような出来事の連続でした。そのことを追体験してもらうために、本を180度、反転させて読みすすめる仕掛けになっています。

 和書は縦書き、洋書は横書きということもあり、日本でのエピソードは縦書きで、アフリカへ向かうときに本をひっくり返し、トーゴでのエピソードを横書きで読みすすめていきます。すこし煩わしくて、めんどくさい仕掛けですが、そうした「ちょっとした大変さ」を感じてもらうことで、トーゴへ行くときの心の動きをすこしでも伝えることができたらと、編集マンと知恵を絞りました。その唯一無二といっていい本をみなさんの本棚に追加していただけたら嬉しいです。

 このコロナ禍でstay home、できることも限られていますが、制約条件があるから、いろんなことを創造していけるのではないかと、気持ちを切り替えます。こういうときこそ起業家としての資質を試されていると思って、ソーシャルディスタンスを保ちながらアクションを起こしていきます。今後とも、よろしくお願い致します!

4月30日発刊、『Go to Togo 一着の服を旅してつくる』(烽火書房)ぜひ一読ください!https://www.amazon.co.jp/dp/4991116007?ref=myi_title_dp&fbclid=IwAR1zHG63zybUhfh8E78gPYmqjfnY70XMYsqtM89fAUvlaYMl5tjqYItUdhQ

文明の利器

その土地には、その土地に根ざしたものがあって、ぼくはそういうものが好きだ。ここではトマトを使う料理が多くて、とくにトマトをすり潰して、スライスしたタマネギなどと炒める「エベスィスィ」と呼ばれるソースがよく作られる。そのソースを米やスパゲッティにかけて食べるのが現地のソウルフードだ。そういう生活があるから、マルシェに行くと、文明の利器といってもいい、「トマトすりおろし機」がある。マルシェでは小ぶりのトマトが売られていて、買ったその場ですりおろしてくれるから、家に帰ってからの料理がとてもラクになる。

その地域の、そこにあるもの。それが、いい。

コリコが繋ぐ

 道端にはたくさんの屋台がある。すこし顔を出したら「にいちゃん、コレ食べてきな」と揚げたヤムイモ(「コリコ」と呼ばれる)をおばちゃんに渡された。

 そこでは井戸端会議か開催される。おばちゃんが「へんな日本人やけど、悪い人ちゃうからヨロシクね」とご近所さんに挨拶してくれている。おかげさまで、愉快な人たちに囲まれて、いい生活ができたのであった。

展示会に出展してきた

 先月末に工芸の見本市&展示販売会「DIALOGUE」がホテルカンラ京都で開催されて、ぼくたちも出展してきた。創業して1年半、こうしたイベントに挑戦するのは初めてだったが、めちゃくちゃいい経験になった。数十先と名刺交換する機会があったのだが、自力でここまでやろうと思えば1年以上はかかる。それをわずか2日間で一気にやると、足はガクガク、頭がボーっとしてノックアウト寸前になる。しかし素敵なご縁に恵まれて、おかげさまで3月は忙しくなりそうだ。

なぜかぼくたちのブースにはフランスやドイツ、ベラルーシからのお客さんで溢れた

 コロナの影響もあって、当初、3日間を予定していた展示会は2日間に縮小し、一般来場は中止になった。そうしたこともあってか、当日はぼくの会社のコンサルをお願いしている成澤さんと秘書の涌井さんも駆けつけてくれていたのだが、開場1時間で4人しか来てくれない状態だった。そんな状態を打破すべく成澤さんはブースを飛び出して「ここまだ4人しか来てないので空いてますよ」と叫んでもらったりした。(ぼくは4人しか来ていないことが恥ずかしくて心のなかでやめてくださいと叫んだ。)しかしそのことが功を奏して、目標としていた数のアポイントを獲得できた。成澤さんと涌井さんが居なければ、ぼくはめげていたと思う。

なぜか京都新聞に意気込みがチョイ載りしていた

 2日間で、次のステージへ繋がる人たちと出会えたことはもちろん嬉しかったのだが、古巣の京都信用金庫からの激励は、うまく言葉にできないくらいに嬉しい。退職しているというのに、未だにお世話になっている。ぼくが本当に実現したいと思っていることについて、キーマンとなるような人を紹介してもらったり、目の前の困難に一緒にぶつかってもらっている。そのサポートはどんどん強くなっていて、もはやぼくたちの会社の人たちではないかと思うほどにコミットいただいている。あとはぼくが現場で仕事を進めるだけだ。

 今年は正真正銘、勝負の年になる。できることはなんでもやる。ギリギリを生きているが、ぼくはまだファイティングポーズをとっている。倒れるなら前のめりにいくぞ。トーゴの人たちに届く道筋が、すこしだけ見えている。

わざわざ理事長も激励に駆け付けてくださった

トーゴとベナンの国境にて

 トーゴ共和国とベナン共和国との国境には、何十年か前のトヨタカローラを何台も見かける。乗り合いタクシーとして利用されていて、郊外へ出るのに便利だ。

 座席シートはベロベロ、フロントガラスはバリバリ、それでも車内はノリノリ。となりのオッチャン、すこしお尻が大きい。 空がきれいだった。

みんなで食べる

  一緒にごはんを食べれば、仲良くなれる。彼いわく「繋がりたければ、メシにいけ」という格言があるとかないとか。

 現地の食事を、現地の人と同じように食べる。それはシンプルなことなのだが、シンプルなだけに、奥が深い。

あるものを楽しむ

 町からすこし外れると、住宅が密集するエリアに出る。ひとはそこをスラム街というが、スラムは庶民の中心地である。

 子どもたちがたくさんいて、落ちていたポリタンクにまたがってレースを繰り広げていた。ぼくも参戦して、彼らに大差をつけて勝利したのだが、振り返ると彼らの冷ややかな目線があった。

 そこにあるもので時間をたのしむ。必要なものってなんだろうなあ。

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