オシャレを楽しむ

 ここでの生活で、目を惹くもののひとつにオシャレがある。小さなころからエクステをつけて、おめかしする。数週間に一度、さまざまな色のエクステを楽しむ。それがここのスタンダードである。


 そうして楽しむ感性は、とてもいいなと思う。毎日が忙しくて、洗濯物が乾いた順番に、そのへんのTシャツとジーパンで過ごすことはよくある。しかし、その日を彩るファッションに、ウキウキする毎日があったら、とてもいい生活だと思った。どうせ生きるなら、オシャレに。

トーゴ共和国・ビザ

 いつかどこかの誰かが、トーゴへ行くことになった、あるいは行きたいと思ったときに、どういう手続きをすればスムーズかをまとめてみた。タイトルにあるのは、ぼくがトーゴへ行くと決めたときに、真っ先にググったワードである。しかし2020年現在、いろんな情報がバラバラになっているので、ここに段取りを集約してみることにした。

①とにもかくにも「黄熱の予防接種証明書(イエローカード)」の取得

 ビザの取得、入国に際してはイエローカードが求められる。接種には予約が必要なところが多く、1ヵ月くらいかかることもある。また接種10日後から有効となるため、だいたいトーゴへ行こうとする1ヵ月半くらい前までには、接種の予約を取っておいたほうがいい。したがって、イエローカードを持っていない人がトーゴへ行くなら、その準備にだいたい1ヵ月半くらいは見ておくのが無難だ。ちなみに、2016年7月11日以降、黄熱の予防接種は生涯有効となったので、取得しておいて損はないと思う。

②英文残高証明書の取得

 金融機関で英文の残高証明書を取得する必要がある。通帳かキャッシュカード、届出印、本人確認書類、発行手数料が必要であるが、各金融機関で若干のちがいがあるので事前に確認するのがベターだ。発行内容は円建てでもドル建てでもどちらでも可、残高は滞在費をカバーできる金額があればok。ぼくは10万円ちょっとの残高でも受理してもらうことができた。発行に数日を要するばあいもあるので、ビザを申請する2週間くらい前までには手続きをしておくのがいい。
※残高証明書は発行日から1ヶ月以内のものが望ましい。

③証明写真(縦4.5cm×横3.5cm)を2枚用意する

 ①から③は外出するときに一気に用意すると気持ちがいいし、効率的だ。

④フライトチケットをとる

 ビザの取得にチケットの予約は必要ないが、日程が決まらないといろいろ気持ちが煩雑になるから、先に取っておいたほうがいい。もちろん、日にち単位で飛行機代の差があるから、安いタイミングを見計らうためにも、まずはいつからいつまで行くかを決めたほうが安上がりだ。いくつかフライトの比較検索サイトはあるが、ぼくはスカイスキャナーを使っている。航路は大きく4パターンあるので、以下に検索の方法を列挙する。いずれも片道でなく往復での予約のほうがいい。

1, 日本⇔トーゴ(ロメ)の1つ予約
2, 日本⇔フランス(シャルルドゴール)、フランス⇔トーゴの2つ予約
3, 日本⇔シンガポール(チャンギ)、シンガポール⇔トーゴの2つ予約
4, 日本⇔アラブ首長国連邦(ドバイ)、アラブ首長国連邦⇔トーゴの2つ予約

 シーズンにもよるが、ぼくは上記のパターンで検索して最安値をはじき出している。「2つ予約」パターンは、それぞれの経由地で荷物をピックアップする面倒があるものの、一人旅などで時間を気にせず動けるなら、それぞれの経由地はビザがいらないので、フラっとしてもいい。

⑤宿を決める

 フライトチケットを取得したら、現地到着のタイミングもクリアになるので、宿を予約する。これもいくつか比較検索サイトはあるが、ぼくはブッキングドットコムを使っている。宿については、首都ロメなら街の中心もいいが、ギニア湾沿いのビーチに近いところもいい。ぼくは空港からタクシーを乗り継いで3時間弱くらいのパリメという町へ行くことが多い。パリメにもたくさん宿はあるが、なかでも「Agbeviade」はいい。警備のおっちゃんを含めたスタッフが気さくで誠実、めちゃくちゃいい人たちばかりだ。

⑥ビザ申請書に記入する

 この段階まで進めば、行くことだけは固まっているから、あとはパスポートと宿の予約表をみながら書き込んでいけば終わり。申請書はコチラ↓ビザ申請書.

⑦最後にチェック

・パスポート 原本
※残存3ヶ月以上、スタンプが押されていないページが見開き2ページ以上
・イエローカード 原本
・英文残高証明書 原本
・証明写真(縦4.5cm×横3.5cm) 2枚
・宿の予約表
・ビザ申請書
・ビザ申請代金
※シングル8,500円(1回の出入国)、マルチ(複数回の出入国)11,000円
⭐︎フライトの予約表はなくてもいいが、あると親切かもしれない

 日本からみるとトーゴは遠い国のように思えるけれど、行くとみんなとの心の距離感は近めである。どこかの国のように、分断や孤立、自己責任とかの話にはならない。その人の問題はみんなの問題で、その人の楽しみはみんなの楽しみだ。そんなコミュニティが、ぼくはいいなと思っている。トーゴでの体験を、いつかこの記事を読んでいただいている方と同じにできたらいいなという下心もあって、まとめてみた。

あらためて

 旧年はアントレアフリカのブログ経由で知り合えた人も多かった。今年もできる限り更新して、新しい出会いがあれば嬉しいなと思っている。そこで、2020年最初の更新にあたり、あらためて考えていることなどをまとめておこうと思う。

 京都に生まれの京都で育った。いまはアフリカのトーゴ共和国という国での会社づくりに邁進している。トーゴを中心に住まうエウェ族と京都の染色文化の融合をディレクションしている。

 1年半前は、京都信用金庫の営業担当だった。行く先々で、これまで知らなかった京都をたくさん見た。たとえば、お世辞にも綺麗とはいえない佇まいの染色工場で、ドロドロのジーパンを履いて、爪のあいだには染料がこびりついている職人。その手が、ぼくはとても美しいと思った。翻って、アイロンのかかったスーツをパリッと着ていたぼくは、どうだったか。

 その京都の職人は、国内外のハイブランドからオファーが絶えず、モードの最高峰といわれるパリコレクションにも、多くの作品を納めていた。それでも、業況は悪かった。メーター数百円の加工賃で買い叩かれる一方で、染料の価格は値上がりし、あまりに厳しすぎる状況にあった。「先週、近所でまた廃業したとこあったわ」と何気ない会話で交わされたりする。市場から求められなければ淘汰されていくのはわかる。ただ、生活に根ざし、文化として培われてきたものが、経済的な理由だけで失われてしまっていいのか。

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 7年半前、ぼくは海を渡ってアフリカ大陸にいた。大学を休学して、当時、在留邦人が2人しか居ないトーゴ共和国へ向かった。物々交換で、ある程度の生活ができてしまうようなコミュニティが、そこにはあった。ぼくが痙攣で倒れたときも、近所のおばちゃんや子どもたちが助けてくれて、その地域に伝わる音楽をBGMにして手拍子とダンスで励ましてくれた。今ぼくが、たとえば道端で倒れたとして、声を掛けてくれる人は、果たしているだろうか。

 人間関係の豊かさのなかに、なにを大切にして生きていくかを考え直す機会もトーゴでの生活にはあった。

 ある日の昼下がり、現地の友だちが集団リンチを受けた。彼はダウン症で、まわりから悪魔だと罵られたり、唾を吐きかけられたり、体が血まみれになるまでムチで打たれたりした。そんな現実をまえに、「家も建てたいし、車にも乗りたいけれど、目の前の友だちが傷つく世の中に生きていたくない」と叫ぶ友だちとも出会った。「みんなが笑って過ごせる世界をつくる」と訴える彼の目をみて、ぼくはまたアフリカに戻る約束をした。いまぼくがトーゴで起業しているのは、彼らとのそんな時間があったからだ。

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 アフリカで会社をやっているというと、貧困に対する援助活動というニュアンスで捉えられることが多い。しかし生活を切り取ったとき、日本も同じくらいに、もしくはそれ以上に、貧困と思えるようなシーンが多くある。この世間一般の認識と、ぼく自身の体感との乖離に、ずっと違和感をもっていた。創業してから、このうまくいえない感情をどう伝えたらいいのかと考えてきた。

 最近、出会った人から「バイアスをかけた瞬間に、その人でなくなってしまう」と教えてもらったことがある。アフリカというバイアスが、そこに住まう人たちへのリスペクトを奪うことがある。ステレオタイプの「アフリカ」に対して違う角度から光をあてるためには、一次情報を届ける必要があると思った。

 現場の情報をその人の体験にしてしまえば、多様な視点から、複合的なテーマ設定で対話を重ねることができるのではないか。さらに生活の基盤となる衣食住の「衣」の延長に、ぼくたちの事業をとおして体感する「アフリカ」があれば、人類学や開発経済学の領域に留まらない何かが現れるのではないか。そしてそれは、いろんなものが見える化されて、数字に置き換えられていく世の中でこそ光を放つのではないか。

 染色文化を大切にするエウェ族と京都の職人たちの営みを、それぞれの感覚に届けるファッションを提案する。そのことは社会課題の解決みたいな、遠くて難しくて楽しくなさそうなものではなくて、もっと面白い未来に向けて、人類に一石を投じることができる可能性がある。合理的に説明できない、アフリカと京都のコラボレーションによって新たな価値を生み出し、既存の価値の概念(貨幣経済の枠組み、資本主義経済、経済至上主義みたいなやつ)を問い直すというのが、ぼくが挑戦していることだ。

 ぼくたちの生活は経済的なものだけでは語りきれない。文化的なものとか精神的なものとかも含めて、ごちゃまぜにしたようなグラデーションのなかを生きている。そういう当たり前の営みを再確認できる仲間(そんな存在をぼくたちは「DOGS」と呼ぶ)のコミュニティをつくろうとしている。人間的な、すこし泥くさいコミュニティが少しずつ大きくなれば、そこは世知辛さを感じている誰かの居場所になるし、そんな居場所があれば、きっと誰かの背中を押すことができる。ぼくたちのファッションは、その景色を実現するためにあるし、そこまで連れていってくれるプロセスを詰め込んでいる。

 今年もたくさんの人に出会えますように。

アヘゴさんのヤバさ

 このあいだ、ホームページのリニューアルにかかる撮影を敢行した。大阪・鶴橋のスタジオで商品撮影をして、梅田と淀屋橋でロケをしてきた。レペゼン関西のバイブス高めの地域にいると、こちらもチョイ悪になってくる。時代の流れに抗いたくなるし、自由を阻むものには中指を立てたくもなる。とにもかくにも、この世知辛い空気感に一石を投じるための布石は打った。


 そんなことより、大阪在住のトーゴ人、アヘゴさんがヤバすぎる。撮影の直前、2ヶ月前に神戸でスカウトしたモデルとは音信不通になってしまった。スタジオのキャンセル料15,560円を払いたくないという貧乏魂に火がついて、先日の講演で知り合ったばかりのアヘゴさんにピンチヒッターをお願いした。すると、二つ返事で了承してもらい、雨が降るなか終日、お付き合い頂いた。そしてお互いに人生の話をしながら、なにか一緒に面白いことができないかと妄想を膨らませた。

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 トーゴの歴史ある町、アネホのちかくで生まれ育ったアヘゴさん。身体障害をもつ人たちが物乞いするほかない運命に変革を起こすべく、高校生のときに義肢装具士を志した。3年間に10人しか入学できない医療系の難関校へ進学したあと、ガーナでボランティアに従事した。それから訪日し、新潟医療福祉大学で博士号を取得しただけでなく、最優秀論文賞を受賞している。早稲田大学でバイオメカニクスの研究助手を務めたあとは、三次元足型自動計測機の会社の研究員として大活躍している。


 そして今、トーゴ初の陸上パラリンピアンが誕生するかもしれないタイミングにきている。その義足の調整には、もちろんアヘゴさんも関わっている。たくさんの人たちの気持ちをプロダクトに詰め込む感じが、ぼくはとてつもなく好きだ。それは根拠はないが、性能以上の何かを宿らせると思うし、それを世の中にぶつけることで、何かが動き出すとも思える。そういう意味で、ぼくは研究も開発もできないけれど、一緒に気持ちをのせてもらえないだろうかと思った。

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 これからのアヘゴさんの動きも見逃せない。これまで培ってきた知識と経験を活かして、トーゴやガーナ、コンゴなどで義肢装具士の育成と、就業の選択肢を増やす挑戦をしようとしている。「これは私にしかできないし、やらないといけないし、やりたい」と情熱が溢れている。しかも仕事のパフォーマンスを上げるために、週に3回くらいジムに通って体を健康に保つ努力もされている。聞けば聞くほど、マジでやばい。

 アヘゴさんに刺激を受けて、ぼくも2020年は出来る限りの挑戦をする。ダダすべりする可能性もあるが、ウケるまでやる。すべってもネタになるのが挑戦者の特権だ。やるなら思いきり。来年もいい年にする。

見つけたかもしれない

 年の瀬が迫っているが、ぼくはいつもどおり行き当たりばったりで、その場のノリに身を任せている。それがいいことなのかわからないが、遊びの部分というか、心のどこかに隙間や余白をつくらないと、とてもしんどくなる。だから適度に緩ませておくためにも、その場のノリを大切にするようにしている。そうしていたら、ついに、ようやく、ビビッとくるものに辿り着いた。もっと整理しないといけないし、まだまだ荒い状態なのだが、ここに残しておこうと思う。


 ぼくはこれまで、社会課題の解決という枠に捉われすぎていた。学生時代を含めて、10年くらいソーシャルビジネス的な動向を追い、実際に自分たちの事業でも当てはめて挑戦を重ねてきた。そんな実践のなかで得たのは、課題設定よりもテーマ設定が求められているのではないかということだ。社会課題を叫べば叫ぶほど、理想から遠ざかるというか、その課題が固定化されてしまうような、そんな感覚があった。だからいろんな人をミックスできる、もっといえば、これまで関わることのなかった人が巻き込まれるテーマの設定が必要だと思った。


 そしてそのテーマは、楽しくてユーモラスで好奇心をくすぐり、ワクワクしちゃってどうしようもないものにしたほうがいい。そうでないと、グルーヴ感のあるムーブメントは起こらない。なにより、自分の温度感が高まる楽しみをテーマに求めたほうがテンションがあがる。ぼくは原点回帰して、前職の京都信金のコンセプトにも近い、豊かなコミュニティをつくるということについて、いま一度、考え直している。どこかの誰かの居場所になれて、その居心地のいい空間が誰かの背中を押せるような、そんなコミュニティは、とてもいい。

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 その契機となるものとして、ファッションを据える。服づくりのプロセスを現場で体感して、その共通の価値体験をした人たちのコミュニティをつくる。トーゴという馴染みのない国の、首都から120km北上したところにある提携工場、最寄駅から20分ほど歩くかバスを乗り継がないと辿り着けない京都の染色工房。現場を肌で感じてもらい、体験が付加された服をまとうことをとおして、生活の価値基準を問い直す仕組みをつくる。そのことはたぶん、いろんなものが見える化されて、数字に置き換えられていく世の中でこそ、光を放つと思うし、自分自身の体験を重ねて見える景色は、それからの人生をより豊かにするとも思う。


 実際に、前回のトーゴ出張は大学生と一緒に行ったが、帰国後の彼の生き方はかなりポジティブになった。シューカツに悩み、人生の選択を迷っていた彼は、なぜかわからないがフランス語サークルをつくって、あらたな一歩を踏み出している。まわりはそれを見て、アフリカに行って変わったと思うかもしれない。しかしぼくは、変わったというよりは、すでに彼のなかに知識としてあったものが体験と紐づいてアクションに繋がったのだと思う。アクションを起こす動機づけをどのようにデザインするか、という問いをぼくは彼から教わった。


 2020年は、経済的なものさしだけでは語りきれない、人生を丁寧に生きるための体験価値を提供するアパレルブランドをつくる。生活の基盤となる衣食住の「衣」ができあがるプロセスをアフリカ大陸から体感するなかで、机上の空論にならない、実践のサスティナブルに挑戦していきたい。すでに第一陣も確定して、何人かとアフリカへ出発することが決まっている。どこまでいけるかわからないが、いけるところまで走ってみようと思う。ファイヤー!!

やっちゃえ

 先日、「創業セミナー」というネーミングがざっくりしすぎているイベントが京都経済センターで開催されて、そこになぜか講師としてお招きいただいた。京都府北部・中部・南部をテレビ会議システムで繋いで、それぞれの創業ストーリーをシェアした。そのなかでぼくが伝えたかったのは「やっちゃえ」ということだった。忖度とか、誰かの顔色をうかがうとか、本音と建前とか、もうマジでめんどくさい。ドキがムネムネしたらやっちゃえって、ぼくは言いたかった。

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 なにかをやっちゃえと思っても、まわりからいろいろ言われる。計画やエビデンスを求められてモチベーションが下がる。そしてアイディアはアイディアのままで、なにもやらずに、また忙しい日々に生きづらさを感じる。でも、頭のなかは自由だ。心が動いたら、あとは体を動かすだけだ。


 きっとまわりは、こちらがどれだけ言っても信じてくれない。だから実際にやっちゃって、現実をつくるしかない。計画はズレるし、リーマンブラザーズが倒産するような不確実性の時代に、金融機関が求めるタイプのエビデンスにあまり価値はない。それより実践のなかで見出される経験知をベースに、組み立てるほうがいい。そこからなら、いろんなところへジャンプできる。


 一方で、経験知に縋るのは危うくもある。やっちゃってるときは0歳児みたいなものだから、自分ひとりだけでは生きていけない。成長していくのに必要なのは、いろんな人との関係性だ。いろんな人と話して、話しながら整理して、自分の気持ちを再確認する。その反復が大切なのではないかと思う。


 そういう話をしようと思っていたら、地元の友だちとかも来てくれてテンションあがっちゃったので、なにを話したのかはあまり覚えていない。ただ、どんなにお金持ちでも1日は24時間で、その限られた時間をどう生きるかということを、話しながら考えていた。お金の使い方はよく考えるけれど、お金よりも大切なはずの時間の使い方については、わりと無頓着だったりするなあとか、自戒を込めて思った。そういうスタンスでは儲からないかもしれない。でもそうして過ごした時間は、誰にも奪われないのだ。

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攻めの撤退、展示会の中止

 ぼくはなんて未熟なのだろう。ついこないだ、来月に展示会を開催します宣言をして、もう中止の決定をした。それまでにいろんな人を巻き込んでいたから、その人たちの時間も取ってしまうことになった。思い立ったら吉日で、すぐに動いてしまうクセが裏目に出た。ただこれは、ぼくのなかで攻めの撤退だった。


 中止にしたほうがいいと、言いきってくれた人がいた。事業を考えていると、応援してくれる人たちのためにも、早く結果を出したいと思って焦ってしまう。そしてそのときに、目的と手段が逆になってしまうことが多い。ラッキーなことに、ぼくのまわりには、そのことを客観的に指摘してくれる人がいたのだ。しかも、あるべき方向性を確認し、目指しているところまで引き上げようとしてくれている。これは、マジでヤバい。


 そんな人たちに囲まれて中止を決めたとき、なぜか事業が進んだと思えた。なにかをやることだけが事業ではない。なにかを辞めたり、立ち止まったりすることも含めて、きっと事業の一部なのだ。心強い仲間がもたらしてくれた、このうまく言えない実感は、今ぼくが自分の人生をしっかり歩めているということの証左ではないかと思った。そしてこんな感覚を得られて、未熟でよかったとすら思った。


 こういう判断は、以前のぼくには到底できなかった。イケイケどんどん、とにかくアクションを起こすことを念頭においてきた。だから今回の件は、ぼくのなかでとても大きな一歩となった。大丈夫、これでいい。退職して1年半、いい感じになってきた。


展示会の開催に向けて

 なんとか11月を越えた。2019年もあと1ヶ月になって、ラストスパートをかけている。そのスパートが財布のポテンシャルを大きく超えていたりして、結構シビアではある。しかし先日、妻に「なんでこんなにお金がないの」と聞かれて「まだ時代が追いついてないから」と答えたら納得してくれたので、まだ闘えそうでもある。創業2年目は、なかなかスリリングな展開が続いている。


 そうしたなか、来月に展示会を開催することにした。前回は大阪の中崎町でお披露目する機会を得たが、今回は京都の四条烏丸で、あれからまた少し進んだ景色をみなさんにお見せしたいと思っている。いくつかの会社とコラボしたものが完成する予定で、かなりグレードアップした内容をお届けできる。会社を辞めて1年半、なんとか生きている。その生きた軌跡を詰め込みたい。

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 いろんなリスクを考えたとき、何も挑戦しないほうがいいと思うことがある。挑戦は十中八九、失敗する。その失敗にかかるコストを考えれば、何もしないほうが精神衛生上にもいい。アフリカで会社をやって、どう考えても無謀と思えるようなことをしていても、最近はそんなことが頭によぎる。前向きになれないときもある、人間だもの。


 ただそういう状況でも、自分のなかで折り合いをつけて、一歩を踏み出すことができるようになった。それは別に、気合いを入れ直して自分を奮い立たせるようなアツいものではなくて、ボチボチやるかといったヌルっとした感じだ。アツいものをもったとき、まわりが思うような反応をしてくれなかったり、悠長なことを言われたりすると、イライラしてしまう。一方で、ヌルッとしていると、すこし遊びの部分ができて、立ち止まることや逃げることも気持ちが許してくれる。六本木ヒルズをのぼりつめたい人には怒られるかもしれないが、ぼくにはそれくらいが丁度いいのだ。


 というわけで、アツい気持ちをすこしクールダウンさせた適温の挑戦を来年早々に企画しているので、ご都合あう方はご来場ください!

  • 日にち : 2020年1月12日から19日までの1週間
  • 時間 : 11時00分~20時00分
  • 場所 : オフィスワン四条烏丸13階スペース 阪急電車京都線「烏丸駅」26番出口から徒歩1分

協賛金 : 京都信用金庫 本店 普通 3041546 カ)アフリカドッグス

アフリカ×京都×アート×テクノロジー

 「世界一明るい視覚障がい者」というキャッチコピーで行政や企業のコンサルなどをされている成澤さんに、先月から会社をサポートしてもらっている。アフリカというテーマだけで繋がって、ビビるくらい盛り上がってしまった。その勢いのまま、定期的に事業の進捗や抱えている課題を報告していたら、いつのまにか東京へ行くことになっていて、ヤバいほど活躍されている方々とお会いする機会を得た。大きく関連するジャンルは、アートやテクノロジーで、これまで感じたことのない風にあたってきた。アフリカ×京都でさえよくわからないのに、さらにアート×テクノロジーという要素が加わって、それはもう凄いことになっている。

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 よくイノベーションは「既存知の組み合わせ」といわれる。そういう意味でいえば、ぼくたちの事業は、すでにイノベーションを起こすポテンシャルがある。それどころか、今回の東京出張で、さらに既存知の組み合わせを乗じているから、もはや新しい文化をつくるぐらいのことになっている。それはあながち間違いではなくて、いま考えていることをすべてアウトプットできれば、わりとワクワクできる世の中が幕を開けると思う。その高揚感だけで、あと2年くらいは走り続けることができそうだ。


 1年と少しのあいだ、トライ&エラーを繰り返してきて思ったことがある。この10年くらい、経営やマネジメントの世界では、広義に「課題解決型」のものが推奨されてきた。しかしそれは、これまでのマイナスをゼロにしていく動きはできるが、これからをプラスにするのは難しい設計になっている。だからプラスを引き起こして、結果として課題が解決されちゃっていて、なんなら人類として一歩進んだ状態になっちゃっている仕組みに再設計したほうがいい。この「ちゃっている」というのがミソで、悲壮感や義務感によるのではなくて、もっと面白いものとしてあるほうがいいと思った。


 そのことにヒントを与えてくれるのが(作品性があるものとしての)アートやテクノロジーだと思う。それらの領域は、何年も何十年も先に射程を伸ばした行為、可能性を未来に残す行為であるようにも思える。だから今、ものづくりをしていて、それは商品をつくっているのだけれど、作品的なものとして提案する方法を模索している。さらにそこにテクノロジーによって、物理的に距離のあるアフリカと京都を近づけたり、あるいは京都の職人技をアーカイブしつつ次世代に繋げられるような仕組みを構築しようとしている。そのような夢物語は、技術的に可能であるというウラを東京で掴んできた。


 成澤さんといろいろ話していて、人は正しさより楽しさに惹かれがちだという話になった。やっぱり楽しかったり面白かったり、ユーモラスにいい価値を生み出していけるほうがいい。そんな取り組みをしている人たちと出会えて、めっちゃやる気が出た。がんばろうって思った。今月末の資金繰りをどうしようかと考えることは全く楽しくないが、それ以外は総じて楽しくやっている。

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走るのと立ち止まるのと

 京都精華大学のサコ学長が企画とナビゲートを務める「現代アフリカのパワーと可能性を知る」というイベントで、恐れ多くもお話する機会を頂戴した。人前で話すのはいつまで経っても慣れない。居酒屋とかでお酒を飲みながらだったら、けっこう雄弁になれる自信がある。ただ、こうして普段あまり体験できないことがあると、いい出会いがある。そんな出会いに支えられて、ぼくはここまで走ってきた。


 しかしいつまでも走り続けるというスタンスでは、限界がある。一流選手は、立ち止まることを恐れない。まわりと波長をあわせながら、うまく間をとって、立ち止まる勇気をもつ。たとえば、サッカー史上最高の選手といわれるメッシは、トップスピードで走り込んでくるまわりの選手に同調しながらも、立ち止まったり歩いたりすることで、いとも簡単に相手を出し抜いている。走り続けることしかできない人は、結果として立ち止まる人に追いつけないのだ。


 会社が2年目を迎えて、将来を考えることが多くなった。もちろん資金繰りは心配で、いつまで耐えられるかわからないのも悩みのタネだ。しかしそんなことより、昨年度のような動きでは越えられない壁があるという現実のほうが気掛かりだ。1年前のことを思うと、信じられないくらいの人たちが声を掛けてくれるようになった。ぼくは何もできないけれど、まわりの人たちを総動員すれば、何とかできる気もする。


 そしてぼくは、壁を越えていくにあたって、その鍵を握る人物に辿り着いている。これまで集めてきたピースを整理しながら、かなり大きく前進した未来を描いている。まだ紙とペンで描いた二次元の世界だが、もっとクリアにして三次元に落とし込んでいきたい。それを実現するのにどれくらい時間がかかるのかわからないけれど、今は走り続けたい。走り続けた人だけが、立ち止まることができるとも思う。

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