こども時代から広がり続ける超えられない格差

みなさんこんにちわ。ガーナ発kawaiiコスメの相川香菜です!

今回はガーナ北部滞在で感じる都市部と村落部の格差問題について書かせていただきたいと思います。

いわゆる先進国と途上国間の格差問題だけではなく、ガーナでは首都アクラのある南部の地域と私が滞在していたタマレのある北部州の間では大きな経済格差があります。

特に北部3州のNorthern, Upper East, Upper West州はいわゆる貧困3州と呼ばれ、援助機関等でも特に重点地域として認識されています。

私が住んでいた村はNwodua(モデュア)というところは、上の写真で黒囲みをしているTamale(タマレ)という北部州の州都から車で約30分ほどの距離にあります。

物理的な距離としてはそんなに遠くありませんが、この30分の距離の間には、多くの違いが存在しています。

今回は北部州の州都タマレ近郊と村落部で見られる格差についてお話ししたいと思います。

(写真①:タマレに住む元同僚の小学校の先生のお宅でホームステイした時の家族写真)

(写真②:Nwodua村の隣にあるKpilo/Napagyili村(ピロ・ナパイレ村)のこども達と撮影)

(写真③:Nwodua村でシアバターを作る女性たちの全体集会を行った時に撮影)

このように3枚の写真を並べた時に何か違いに気付くでしょうか?

まず写真だけで判断できる点として、子供達の服装があると思います。

写真①の子供達の服装に比べて、写真②の子供達の服装は少し汚れなどが目立ちます。

村落部ではひとりのお母さんが5、6人の子供を産むのは当たり前の光景ですが、写真①の元同僚の家庭では今のところ子どもの数は2人で、1人あたりの子どもにかけられる費用に違いがあるのが理由の一つだと思われます。

次に写真①と写真③の女性の服装にも気づくでしょうか?

写真①の中の子供を抱いているお母さんはジーンズを履いていますが、写真③の女性たちはみな色鮮やかなアフリカ布をスカートのように巻いているのが分かるかと思います。

ガーナ北部ではイスラム教を信仰している人々が約90%おり、イスラム教を信仰する北部では、女性が下半身を晒すのはよくないと言われます。(暑いので上半身は比較的軽装なのが上手いことアフリカナイズドされている気がするけれど。。)

都市部の女性たちは社会進出も進み、ジーンズなどのズボンを履くようになってきていますが、村落部の女性たちでズボンを履いている女性を見たことはありませんでした。

最後にこれは写真からは判断出来ませんが、言語の面で大きな違いがあります。

写真①の元同僚の家庭では誰もが英語を話しますが、写真②と③に写っている人々の中で英語で会話することができるのは、唯一私の右隣に立っている男性だけです。

ガーナの公用語はイギリスの植民地支配を受けていた影響から「英語」ですが、各地域で様々な部族の言葉が話されています。ここガーナ北部州ではダゴンバ族の言葉であるDagbani語(ダバニ語)が日常的に話されています。

英語は学校教育で身につけていくことになりますが、そもそも村落部では親世代が学校教育をまともに受けていなかったり英語を話せないので、子供達の英語定着度はかなり低く、すべての教科の教科書が英語で書かれ、教室でも英語を話すことが推奨されている学校現場では、現状と理想の間に大きな開きがあります。英語での理解が難しい村落部の子供達はこのため学習定着度もかなり遅く、中には授業内容についていけなかったり、家庭内労働に従事するため学校からドロップアウトする子も少なくはありません。

一方で、都市部に住む子供達がなぜ早い段階から英語を話せるかというと、親世代が英語を身につけていること、公立学校ではなく幼少教育から英語を使うことを訓練させる私立学校に入学させることなどが理由に挙げられます。

このため写真①のお母さんの腕に抱かれている3歳にも満たない幼い子供でも英語で会話が成り立つくらいにはなっていました。

まとめると、

親世代が教育を受けていない→子供も学習環境が整わない→英語での理解が難しくなりすべての教科にも悪影響→農業等の肉体労働以外に従事できない→貧困家庭に陥る

という流れがこども時代から根付き、世代を重ねるごとにその格差は超えがたいものになっていくのです。

私がガーナ北部、しかも村落部の特産品であるシアバターを生産している女性たちを巻き込んで事業を展開していきたいと考えた理由はここにあります。

こども時代から広がり続ける格差に終止符を打ち、

世代を超えて続いていく貧困連鎖を断ち切ち、

お母さん世代に継続的な雇用を創出することで次の世代の子供達が平等に教育を受ける権利を確保すること、

これらの目標達成のために、このガーナ北部から発信する可愛い化粧品が欲しいと思ったのです。

 

途上国ガーナで人の命について考えた日

みなさんこんにちわ!ガーナ発kawaiiコスメの相川香菜です。

前回年末年始のガーナ出張の話を前回書かせていただきましたが、今回は出張中にあった出来事の続きについて書かせていただきます。

1週間のガーナ滞在では懐かしい出会いが盛り沢山でしたが、唯一私にとって悲しく衝撃的な知らせがありました。

2010年、私がガーナに村落開発普及員として赴任し最初の学校として、受け入れてくれていたNwodua(モデュア)小学校のMoses校長先生(写真では左から2番目の男性)が亡くなったと聞かされました。

当時の詳しい年齢は分かりませんが、おそらく50歳前後であったと思います。まだまだ若い年齢での死がショックで話を聞いた時はただただ衝撃でした。Moses(モゼス)校長先生とは当時は何度か意見がぶつかり合い喧嘩したこともよくありました。

赴任当初、日本人がガーナでどのように思われているかも知る由もなかった「国際協力思考」の私に、君の手伝いよりも学校に図書館を作るだけの資金が欲しいと言われ、自分がここに来た意味はなんだったのかと愕然とさせられたこともあります。

今ではそんな言葉には慣れっこですが、当時24歳で国際協力をしようと意気揚々とガーナに飛び込んで来た私には自分の存在意義は金だけだと言われているようで悲しかったことを覚えています。

また日本では確実に問題になるであろうレベルのセクハラ的な発言をされたこともしばしば。。。

Silminga(シルミンガ:現地語で白い人の意味)も妊娠したらお腹が大きくなるのか?

と言われたり。。

でも、彼の人柄なのか、なぜだか憎めないガーナ人の気質なのかは分かりませんが、私も言いたいことはしっかり主張し、向こうも言いたいことは主張しと、お互い譲ることはないものの、遠慮することなくいい関係は築けていたのでした。そして帰国直前には、ガーナでは高価な布で作った現地服をくれ、Tunteeya(私の現地での呼び名)の功績にはとても感謝している、ありがとう。ととても真剣な表情で言ってくれました。

そんな彼の死因は小学校校庭で子供達とサッカーをし、帰宅した日の夜に突然発作に襲われ亡くなったということでした。

急に運動したから?

日本だったらAEDとかあって助かった命だったのかな?

素人考えですが、こんな考えが消えず、途上国ガーナでの人の命に儚さに無念な思いが募りました。

ガーナでは人の平均寿命はずっと短いのだと底抜けに明るいガーナで忘れていたことを思い出した1日です。

(写真:Nwodua小学校の教室と外観。校舎前に停まっているYAMAHAバイクが校長先生が毎日通勤に使っていたもの。とても懐かしい。)

ガーナでの死という話題で恐縮ですが、是非とも紹介させていただきたい日本人の大先輩がいます。

武辺寛則さんという私よりもずっと先輩の青年海外協力隊の方でガーナの村でパイナップル栽培に尽力された方です。

https://www.jica.go.jp/volunteer/outline/story/11/index.html

私は直接の面識はありませんが、日本でガーナ元隊員の方々と会う機会があり、武辺さんの当時の様子を知っている方々からお話を聞く機会がありました。

話を聞いていて感じたのは、もし武辺さんがご存命であれば親世代の年齢の方でもっともっとガーナで活躍されていたんだろうなということ。そして人の命なんて先は本当に誰にも分からないという焦燥感にも似た気持ちでした。

ガーナにいると私自身も含めて、生きていることが当たり前であるという感覚は薄くなります。

正直日本の清潔で何もかもきちんと管理された世界にいると死を身近に感じる機会は私には多くありません。

そんな中モセズ校長先生の訃報を聞き、限られた命の中で自分に出来ることは何なのかと問いかけた時、せっかく心に灯した

ガーナで入手可能な原材料を使って現地で可愛い化粧品を作りたいという夢。

その雇用を通して従業員もお客様にも幸せになっていただきたい。

その流れの中心にいて、ガーナの変化をずっと見て行きたい。

という夢を叶えずには死ねないなと強く思いました。

なぜガーナで起業したいのか?

(写真:Nwodua村(モデュア村)に続く何度もバイクで駆け抜けたアフリカらしい大好きな1本道)

みなさんお久しぶりです!ガーナ発kawaiiコスメの相川香菜です!

約1年ぶりの投稿となりました。昨年第2回アントレアフリカにファイナリストとして残していただきましたが、残念ながら最終的に支援先には残れずかなりの悔し涙を流しましたが、コンテスト応募を通して自分に残ったものはとても大きく、今年も再挑戦させていただくことにしました。

昨年の応募時は会社勤めをしていた私ですが、2018年4月末で勤めていた大阪にある会社を退職致しました。心の内に秘かにガーナ起業への熱い思いを抱えていた私を最後まで温かく見守り送り出していただいた前職の会社の皆様には本当に感謝してもしきれません。

西アフリカのガーナで異業種の化粧品ビジネスをするという私を当然のことながら、社長を初めて会社の皆さんは心配してくださいました。そして自分自身もたくさんの不安がありました。

しかしながら、この場を通してブログを書いているうちに自分自身の言葉に嘘はつけないなと強く思うようになりました。支援先に残れたとか残れなかったとか結果論でなくて、自分でここまで書いておいてそれを反古にすることはできないと強く思うようになりました。

人に嘘を付くことはできても、自分に嘘をついて生きていったらこの先私は何にも真剣にはなれないと。

とはいうものの2012年の帰国からガーナから遠ざかり大阪で普通の会社員として生活していた私には、会社員を辞めてガーナでの起業の道一本で生きていくことを決意するのは簡単ではありませんでした。JICAボランティアでガーナに滞在していたとは言え、当時は大きな組織の後ろ盾があったけれど、今回は完全に一人でのスタートになります。

色々考えた末に結局ガーナに行くことを決意しました。この時点でコンテスト応募などをきっかけに99%ほとんど起業に対する決意は固まっていましたが、最後の1%の自分の気持ちをこの旅で確認しようと思って出かけました。最後の一押しの為に。会社員だった私は年末年始に数日の有給休暇をいただき、10日間のガーナへの旅に出ました。

ガーナに着くとまず空気の匂いが違い、ガーナの香りでとても懐かしく嬉しくなりました。

日本では色々と考え過ぎて動けなくなったいた私ですが、結局約1週間のガーナ滞在で感じたのは、自分はガーナの友人も人も食べ物も景色もどれも好きなんだなということでした。

 

(写真:首都アクラからガーナ北部州タマレを結ぶ国内線。飛行時間は約1時間)

(タマレ空港で見たブラジルとガーナ協同によるタマレ空港の国際空港化プロジェクト。タマレでは約90%の人々がイスラム教を信仰しており、メッカ巡礼への需要があるため。)

ガーナ滞在では3日間ほど首都のアクラに滞在し、4日間ほど北部のタマレと住んでいた村に滞在しました。滞在中は懐かしい人々に会うのがメインで慌ただしく時間が過ぎていき、起業を決意するような特段大きな出来事があった訳ではありませんが、5年も前のことなのに昨日のことのように私との再会を喜んでくれるガーナのみんなを見ているとただただ懐かしく、嬉しく、自分がした決意はやはり間違っていなかったんだなと思うにはそれだけで十分でした。

(写真:ボランティア活動当時シアバター作りのグループとして一番熱心についてきてくれていた女性たち。再会を喜んでくれて本当に嬉しかった。左手をあげている女性の手についている黄色いものがシアバター)

(写真:ホームステイしていた家族と。子供達が成長していて時間の流れを感じる!私の隣の女の子は生まれた時から知っている!)

ガーナの友人に言われたとても印象的な言葉があります。

「一度家族として香菜(ガーナの現地語ではTunteeyaと呼ばれる)を受け入れたから何度ここに帰ってきても Tunteeyaは家族だ。」

これを聞いた瞬間私はふっと全てが腑に落ちたような気がしました。

ガーナは途上国だから助けないといけないとか、アフリカだから貧しいとかそんなことではなく、日本で私を待ってくれている家族や友人と同じように、ガーナの村の人たちもみんな家族で、青年海外協力隊の隊員として活動していた当時私は彼らの力になるどころか彼らの力がなければ生活することすらできませんでした。水汲みを手伝ってくれる子供達、ご飯を作って持ってきてくれるホストファミリー。助けに行くと思っていたのも束の間、生活の知恵に溢れたくましく生きる彼らの姿に毎日尊敬の念を抱き、感心する日々でした。ただ少しのきっかけにアクセスできないだけで、彼らの生活は困窮していました。少しのきっかけとは私がそれまで当たり前だと思っていたスキルや環境でした。

普通に学校にいけたこと。

文字が書けること。

計算ができること。

英語が話せること。

そんな当たり前へのアクセスがないために、彼らの生活は何年立っても変わらずわずかな現金収入を得られる道も閉ざされていました。

 

私が日本に生まれて得たスキルや環境と少しの勇気で、世界が少し変わるなら、今こそその勇気を出すときだと起業への最後の1%の決意を固めたのでした。

 

 

 

 

 

 

E-commerce からの撤退

ガーナ法人MindNET Technologies Ltd.では、2016年の夏頃に、E-commerce のビジネスを閉めることにしました。

「告知しなければ、オンラインサイトなんて存在しないのと同じだから、アップしてから改善していけばいい」と、2014年10月にソフトローンチしてみたら、ファンのついている現地ブランドの商品を扱ったこともあって、オーダーがあいつぎました。

「対応が大変なんだよ」なんて話を、入院中に聞いたものです。

Crocs と正規代理店契約も結び、オンラインとオフラインでの販売も始めました。

オスのメインストリートで、ビキニガールによるCar Wash イベントなどを行いました。

その様子は新聞にも掲載されたそうです。

当初は、バグが改善(カード決済しようとすると、そこから15分ぐらいページがフリーズしてようやく移行するなど)してから、資金調達を考えていました。

日本では、ASPが充実しているためテクニカル面での問題なんてありませんが、ガーナで利用できるものは、Magentoなどのオープンソースだけです。

しかし、本来、資金調達を担う私が戦線離脱し、カールが現場を離れられるような状況ではなく資金調達がうまくいかなかったこと、既存のチームではテクニカル対応が十分にできなかったこと、大きな決め手は、Rocket Internetにバックアップされたオンラインショッピングサイトの売上情報から、この事業をやめることにしました。

同時期にガーナ市場に入った、欧州ファンドにバックアップされたオンラインショッピングサイトKaymu があります。

彼らは、ラジオ広告、ビルボード広告、新聞広告をガンガンしていました。

毎月、1000万円以上広告費を使っていたそのサイトが、一日のオーダー件数が上がってきたといって、当時、20件そこそこだという事実を入手しました。

オーダー平均単価は、うちよりもずっと安い(日用品などがメインで何でも取り扱う)ことは明らかでした。

かなりの長期間(何年かの見込みもつかない)赤字を垂れ流すだけの資本力がないと、会社が回らないと判断するに至ったのです。

また、リーマンショック後、各国の経済状態が悪い中で、唯一と言ってもいいほどレアな、2桁成長を誇っていたガーナ経済も、この頃には冷え込んでいました。

“Dumsor”と呼ばれる停電も、その要因の一つです。

アフリカから世界を見ると、

物事の仕組みがわかりやすくなり、理解しやすくなります。

3ベットルーム+倉庫付きのコンパウンドで、エアコン1台で、毎月の電気代金は、約1万円。

停電なんて、月に1回2,3時間の短時間しかなかったのに、

この年は、2日停電で1日通電するという状況に突如なってしまったのです。

となると、ジェネレーターを用意できる家(ミドルクラス以上)は、ジェネレーターを回すようになります。

丸一日、必要最低限の電気(照明、インターネット、テレビなど、エアコン、電子レンジ、冷蔵庫除く)を使うためにジェネレーターを回そうとすると、そのガソリン代は約1000円。

月20日、ジェネレーターを回すと、約2万円。

通常の電気代に加えて、2倍以上の電気代がかかり、知らず知らずのうちに、ポケットからお金がなくなっていくという状態。

日本でも電気代が倍以上になれば、家計に打撃を与えますが、総じて可処分所得がずっと低い中でのこの電気代の上昇は、より大きな打撃です。

こうして、お金を使っていた家庭は、消費にお金が回らなくなるのです。

私は、これまで金融の仕事をしてきて、

「経済発展には、インフラが重要」とは、知っているつもりでいました。

でも、本当は、その意味を何も知らなかったことに気づかされました。

DRONERAはガーナでドローンビジネスをしています!

初めまして、ガーナでドローンの事業を行なっている、湯山和貴(ゆやまかずき)です。DRONERAはガーナで「ドローンが当たり前に飛び交う社会」の実現を目指して、ドローンを使ったサービスの提供や、ドローン技術を開発し提供しているスタートアップです。2018年から西アフリカのガーナで事業を進めています。

例えば、建設会社にドローンを使った工事の進捗管理のための定点観測サービスを提供したり、採石場でマッピングやストックパイルの管理サービスを提供しています。また、ガーナの社会問題である「未整備な道路」とそれによって発生する「渋滞」や「事故」などの問題を解決するために、主にインフラ産業に目を向けています。

ガーナの場所

 

さて、ここまで読んだみなさんは疑問を持っていることでしょう。「なぜDRONERAはアフリカなの?」「なぜガーナなの?」などなど。これらの疑問はもっともなものです。これらのもっともな疑問にカリッと答えていきます。ただし、長文です…

なぜアフリカなのか?

たくさんの理由を挙げることができますが、最重要な理由は「リープフロッグを起こせる市場だから」です🐸アフリカは、他のどの地域よりもリープフロッグを起こせる確率が高い地域だと考えることができます。

リープフロッグ」という言葉を知っていますか?省略せずに言えば「リープフロッグ型発展」とでも言うもので、これは経済発展の一つの形態です。社会インフラ等が未整備な新興国において、それが一歩ずつ改善されるのではなく、一足飛びに最先端化することを指します。これを、カエルが大ジャンプすることに喩えて “leapfrogging” と言うのです。

関連画像

leapfroggin

 

これは単に「アフリカは社会インフラが日本より未整備だ」ということを言っているのではありません。既にアフリカではそのような事例がたくさん起こっているのを見て、「アフリカにはリープフロッグを起こす最適な素地がある」ということを言っているのです。

アフリカで起きた最大のリープフロッグの実例は、モバイル決済の爆発的な普及でしょう。ケニアの通信事業者であるSafaricom社はM-Pesaというモバイル決済サービスを提供していますが、なんと2017年のケニアのGDPの約50%に相当する額がM-Pesaによって取引されているのです!これは小切手や銀行振込、クレジットカード払いが普及した日本ではまだ起こっていない、Fintechの驚くべきリープフロッグ現象です。

 

ガーナには高い建物が少ない

 

DRONERAは、ドローンがリープフロッグ型の発展をアフリカにもたらすことが出来ると信じています。例えば、アフリカは日本のように高い建物が多くない (ガーナで最も高いビルは89mです) ので、日本なら必要になるような障害物回避システムの開発は最小限で済みます。また土地が広く、住宅が隙間なく存在するわけでもないので、日本のようにドローンの墜落リスクを常に懸念しなければならないような場所でもなく、意欲的な挑戦を阻む障害が少ないです。アフリカは「ドローンが当たり前に飛び交う社会に」という世界をガラリと変えたいDRONERAのビジョンが最も早い時期に実現するかもしれない場所なのです!

なぜガーナなのか?

これにも多くの理由がありますが、ここでは最重要な2つの理由を紹介します。1つ目の理由は「ガーナがドローンの規制が十分に整備されている国だから」です。規制があることは一見すると事業展開に不利にも見えますが、実は適切な規制があることは事業展開にむしろ有利なのです。これについてはWIREDに寄稿された記事にも詳しいです。

適切な規制とドローン産業の発達についての重要なベンチマークは、アメリカの航空輸送ビジネスです。第一次大戦で鉄道網が破壊された欧州に比べ、戦場にならず鉄道網の整備が進んでいたアメリカでは航空輸送の普及が遅れていました。遅れを挽回するためにアメリカの連邦政府はまず航空輸送をの利用を促進させる政策を取り、その後も1930年にマクナリー=ウォトレス法を制定して現在の航空業界のビッグ4 (Eastern Air Lines / Trans World Airlines[*1]/ United Airlines / American Airlines) の成長を促しました。これは現在でもアメリカの航空産業の競争力の源泉となっています🛫

*1 Trans World Airlines は2001年に American Airlines に吸収合併されました。

 

2018年3月現在で、ドローンの規制が整備されている国の一覧が上の図です。この図で示されているのは、アフリカにはドローンに対する「適切な規制」はおろか、ルールそのものがまだ存在していない国もあるということです。ガーナはアフリカで最も早く適切な規制と活用について政府が検討した国の一つであり、ドローンの正しい活用が見込める重要な市場であることがこの資料から見て取ることができます。

2つ目の理由は「ガーナが西アフリカ経済の中心だから」です。西アフリカにはECOWAS (Economic Community of West African States) という経済圏があり、この中でガーナは指導的地位にいます。経済規模もECOWASの15カ国のうち第2位と上位であり、さらに2010年に7.9%、2011年に14.0%と高い水準で経済成長を遂げています。日本が最後に7.9%よりも大きい経済成長率を記録したのは1973年(8.0%)で、これは高度経済成長期と呼ばれていた時代です。この成長性こそ、DRONERAがガーナにリープフロッグの可能性を見出した根拠です。

ガーナと日本の経済成長率の比較

 

「ガーナは2位なのか。じゃあECOWASで1位の国はどこ?」と思われた方もいると思います。1位の国は、ガーナの東、トーゴとベナンを挟んだナイジェリアです。「2位のガーナではなく、1位のナイジェリアに行けばいいのでは?」と疑問があるかもしれません。ナイジェリアは確かに魅力的な市場ではあるのですが、DRONERAはある理由から、戦略的にガーナを優先する判断をしました。

GPI評価の地図

国際的なシンクタンクであるInstitute of Economics and Peaceは、世界各国の治安、テロリスク、警察体制など複数の指標を組み合わせた複合指標である GPI (Global Peace Index) を発表しています。2018年版のレポートで、ガーナは High (高い安全性) と評価された一方で、ナイジェリアは最低評価である Very Low (かなり低い安全性) と評価されています。DRONERAが確かな事業を展開し圧倒的なゲームチェンジャーになるために、ナイジェリアより先にまずガーナを押さえたい理由はここにあります。

なぜ道路なのか?

ガーナが重要な国だとは言え、ガーナ国内にも多くの産業があります。他のどれでもなく、道路に関する事業をDRONERAが選んだのはなぜでしょうか?これにもいくつも理由がありますが、重要な3つを簡単に紹介します。

1) 巨大な経済の大動脈だから

ガーナは南にギニア湾を擁し、首都Accraから東に29km地点にあるTema港は外海に人工的に建設されたものとしてアフリカで最大の港です。コンテナ貨物の取扱量も2008年、2009年と連続で500,000TEUを上回っており、これは西アフリカ最大級の取扱量です。Tema港は単にガーナの輸出入貨物を取り扱っているのみばかりではなく、海を持たないサヘル内陸国ブルキナファソおよびマリ、ニジェールへのトランジット貨物の玄関港でもあります🚢

テマ港は西アフリカの玄関港

そしてガーナは、西アフリカの中央部という戦略的な地理的位置を占めています。国際幹線道路により西のコートジボワール、北のブルキナファソ、東のトーゴと接続し、アフリカ横断道路網の一部である西アフリカ横断沿岸高速道路はベナンを通過してナイジェリアと結ばれます。ガーナのすべての幹線道路は陸封国であるブルキナファソを結び、貿易の要となっています。

要するに、ガーナは大きな港を持ち、そこで輸出入される膨大な量の貨物は当然ガーナの道路を通って多くの国 (または多くの国から) 運ばれています。ガーナの幹線道路は西アフリカの経済を支えるインフラであり、大きな重要性を持っているのです。このため道路産業の構造を変えることは、ガーナに限定されない極めて大きなインパクトをもたらすことになると考えたのです。

2) 壊れてるから

ガーナの道路は壊れています。2013年のガーナの道路のうち「良好」な状態の幹線道路は52%、同様に都市道路は49%、地方道路については30%に留まり、半分以上の道路に問題があるのが実態です。さらに適切な道路の維持・補修が行われているのは全体の45%に留まっており、道路を効率的に点検し、その成果を速やかに補修に反映することはガーナの喫緊の課題です。

都市部でも道路の破損が目立つ

 

道路の破損は、交通渋滞の発生確率を上昇させます。先に説明した膨大な量の貨物の輸送には、必要以上の時間が浪費されている恐れがあるのです。これらの破損がすっかりと補修されれば、これまで可視化されていなかった損失が解消されることが見込めます。ガーナの道路が修理されることで、ガーナの経済全体がメリットを受けられるとDRONERAは期待しています。

 

そもそも、壊れた道路は特定の誰かのみを困らせるわけではなく、全ての人に不利益をもたらす意味で「災害」とすら言えます。わだち堀れによるハンドル誤操作や排水不良、ポットホールと呼ばれる舗装の剥がれ等は重大事故につながる恐れがあり、交通事故を誘引します。2013年のガーナでは、道路における死亡事故が2,095件、軽傷事故が14,390件も発生しているのです。ガーナにおける、解決すべき深刻な課題は道路にあるのです。

3) ガーナの政策が道路修理を重視しているから

どれほどガーナの幹線道路が重要でも、ガーナ政府が全く点検や修理に関心を持っていなければ話は違ったでしょう。しかし、実際にガーナ政府はこの問題への取組を既に始めています。DRONERAがその取組の成果を最大化するお手伝いができれば、こんなに光栄なことはありません。

2018年にGHA(Ghana Highway Authority)はこの問題を解決するために、新しい機械やシステムを導入するための予算を1億円も確保しました。これはGHA道路維持部門の年間予算の約5%を占める額であり、道路破損の問題の解決に向けて必ず前進しようという決断があったことが分かります。ガーナ政府はそのための技術導入・技術輸入にも意欲的で、2017年4月には日ガーナ官民インフラ会議を首都アクラで開催し、日本の優れたインフラ関連技術のガーナ国内への導入を推進しています。

なぜドローンなのか?

これまで述べてきた道路の問題に対して、なぜドローンが最適な解決策なのでしょうか?これまで実施されてきた道路点検の手法を見ていき、さらにその他の選択肢よりもドローンが相応しい理由があるのです。

1) これまでの点検手法

これまでのGHAによる道路状況調査では典型的に、エリアマネージャー2名、技術者2名、運転手1名の5名1組の班が必要でした。この班を単位として、車で少し移動しては停車して降り、路面状況を確認してメモを取るという作業を14,000kmの道路全てで実施していました。これは極めて大変な仕事です。GHAは全ての道路を年1回点検することを基準としていますが、2016年の年間計画が2017年4月時点で完了していないなど、効率性の向上がこの事業の成功の鍵となっています。

非効率な点検手法

 

ドローンを使用すれば、最初にルート設定さえ行えば必要な点検は自律飛行で実行できます。点検項目の確認作業はパソコンなどで行えるため、各班の必要人員は最少1名に削減されます。ドローンによる作業の自動化には、省力化の他に時短の恩恵もあります。

また手書きのメモには間違いが混入する恐れがあります。実際に点検成果報告書のいくつかには、存在しない破損について記載があったり、反対に存在する破損について記載がないことがあります。ドローンなら現場の証拠写真を残すことが出来るため、過不足なく破損をチェックすることができます。またドローンにはGPSが搭載されているため、データから破損の具体的な場所まで特定することも出来るのです。下の画像はガーナのとある道路200mをドローンで撮影し、破損箇所を矩形で囲んで表示した例です。

ドローンなら正確に破損箇所の特定が可能

2) その他の点検手法

例えばMMS (Mobile Mapping System) は道路の路面性状を調査する技術の一つです。MMSとは、車両にGPSアンテナ、レーザースキャナー、カメラなどの機器を搭載し、走行しながら道路周辺の3次元空間位置データを取得できる移動計測機器です。典型的なものでは絶対精度10cm以内ほどで、路面性状調査で活用されています。下にTOPCON社製のMMSの画像を引用しました。

ドローンがMMSと比べてあらゆる点において優れているわけではありません。ただ、ドローンによる点検のいくつかの特徴は今回の目的に適しており、少なくとも「GHAの事業にとって」という意味ではドローンに分があると考えます。主なものとして、MMSでは色付き点群を得ることが難しい点 (ドローンなら簡単です)、機械の単価が高くガーナ全国に配備するのに莫大な予算が要る点 (ドローンは極めて安価です) などが挙げられます。

要はGHAの課題に対してドローンが最適だったという点が重要です。

 

以上、DRONERAがなぜアフリカ・ガーナで事業を行なっているのか、なぜ道路(インフラ)市場を狙っているのか、なぜドローンを使うのかについて、説明しました。

応援お願いします!!

アフリカの豊かさを

アフリカで製造した商品を日本で販売するビジネスの場合、圧倒的にアパレル関係の商品が多いように思います。

食品や化粧品になると商品化が少ないのは、やはり消費期限があること、衛生基準を満たすための法規制が多く、初期コストがかかるという点が課題です。

「商品作るだけなら誰でもできる」なんて言われたこともあるのですが、

確かに、日本で日本国内で調達できるもの(ほとんどのものが調達できますね)で、商品化をするならば、本当に簡単です。

しかし、現地で作ったものを現地で売るのでもなく、

現地から直接仕入れた原材料やモノ(衛生品)を日本で販売できる形にするということは、

一筋縄にはいきません。

だって、見積もり一つとっても、3ヶ月後に連絡があったりするぐらいですから(笑)

今から思えば、「死」を生まれて初めて意識した、あの状況だったからこそ、思い切ったことができたのだと思います。

金融業界にいた時には、在庫をもつビジネスを自分が行うなんて、考えられませんでした。

でも、死んだら、お金なんて、ただの紙切れなのです。

いかに、生かされている間に、小さな変化を提供できるかが、成功した人生と言えるのではないかと思うようになったのです。

既に、MBAの学費とガーナでの起業で貯金は使い果たしていたので、起業資金には、積立をしていた個人年金を解約し、日本政策金融公庫から融資も引きました。

アイディア段階で、こんなに低利率で、こんなに簡単(ビジネスプランを作成するだけ)に融資を受けられる日本のエコシステムに驚きました。

ガーナでは、中小企業は、まず銀行からお金を借りることはできません。

マイクロファイナンスの金利は、30%超になります。

スキンケアブランドを作るといっても、化粧品業界にいたわけでもないですし、小売流通にも全く知識もネットワークもありません。

前例もほとんどない中で、どういう形が良いかのか、試行錯誤で手探りで、商品化までたどり着き、

2015年10月、アフリカの自然生まれのナチュラルスキンケア、JUJUBODYを日本でローンチしました。

青山でお披露目会もさせていただきました。

日本に帰国してから、ちょうど1年経った頃でした。

最初の1年間が最も転移率が高く、そこを無事に過ぎることが大事ということで、術後1年記念も兼ね、ビジネスパートナーのカールも来日して、イベントを開催しました。

ガーナ人目線から見た日本の総評も、欧米人とはまた違った目線で面白かったです。

・夜が昼間のように明るい

・至るところに神社やお寺があり、ガーナ以上に信仰が生活の中に溶け込んでいる

・トイレだけに、たくさんのテクノロジーが詰まっている

・食べ物で溢れている

・自国の良い製品、ブランドがあるのに、アメリカのブランド(飲食店を含め、ヨーロッパと比べても)への依存度が高い

・電車の中ではみんな携帯をいじっているか、疲れて爆睡

欧米人は、24時間閉まらないコンビニの多さに「とても便利!」と驚嘆することが多いのですが、逆に、「誰が、あんな冷たい飯を食べたがるんだ?」という冷めた反応で、面白いなと思いました。

ガーナの住宅街では、道端の小さなスタンドで食べ物を提供するところも多く、温かい食べ物が食べられます。

外国人からすると、「アフリカ=貧しい」イメージがあるそうなのですが、ガーナに限って言えば、飢えて死ぬ人はいません。

それは、ご飯を食べられない、稼ぎのない人が一人もいないということではなく、

必ず、誰かが他人であっても救いの手を差し伸べるからです。

ガーナで暮らした私の印象を一言でいうならば、

とても豊かな国です。

対して、

日本は、便利な国。

アフリカは、資源に恵まれた国が多いのですが、

ガーナも、金、オイル、ダイヤモンド、ボーキサイト、マンガンなどの天然資源にも恵まれています。

経済規模は、長崎県と同じぐらい。

一人当たりのGDPは、1,700ドル程度。

それでも、日本にはない、いえ、日本が忘れてしまった「豊かさ」があります。

JUJUBODYの「ジュジュ」には、「魔法をかける」という意味があります。

どこの部族の言葉というわけではなく、西アフリカ一体で通じる言葉です。

英語でも、おまじないを「ジュジュ」と表現することがあります。

シンプルにアフリカの自然の力から生まれたスキンケアは、

使ってみると魔法のように、肌の違いを感じることができます。

今、先進国で私たちが手にするモノは、

全て便(都合)が良いように作り上げられたものです。

コーヒーには、コーヒーのように香る香料が使われていたり、

本物っぽく見せかけたニセモノで溢れています。

私は、ガーナで知った本物の素材を味わうという最高の贅沢を届けたい。

忙しい日常のなかで、JUJUBODYを手にして使う、その瞬間だけでも、自分や家族のために、手間をかけられる、忘れがちな幸せを思い出してもらえるように。

アフリカの豊かさをJUJUBODYを通じて届けることで、

日本の生活が豊かに、そして現地の生産者の生活も豊かになればと願っています。

 

 

アフリカにアイデンティティーをおいたナチュラルスキンケアブランドを創る

そんなこんなでガーナ生活が始まってからの生活については、こちらのブログをご覧下さい。

1年かけ、いよいよ、プレローンチできるという時に、舌ガンを疑い、日本に帰国。

ステージ2の舌ガンでした。

舌に違和感を感じてから、2ヶ月。

口内炎のような小さな突起を目視で確認できるようになってから、1ヶ月半。

たとえ、悪性であっても、どう考えても初期だから大丈夫、

という自信があったので、全く悲観していませんでした。

パパッと手術(レーザーで取れるんじゃない?)して、

日本食を堪能して、ガーナに帰ろうと思っていたのです。

ところが、実際には、舌の3分の1を切除する手術になり、

転移・再発の可能性は、50%近くと告げられました。

術後の経過観察が3週間毎に必要だということも知りました。

丸2日かかるフライトを考慮すると、2週間毎にガーナと日本を往復する生活になります。

航空券代は、20万円。

まだ、サービスを開始し始めたばかりで、まともな収益もありません。

転移でもしようものなら、更に重なる医療費のこともあります。

充実した医療と保険制度のある日本にいるべきことは、明白でした。

現実的に、ガーナで生活をするのは、難しくなったのです。

あまりに急なことに、どうしたらいいのか、何をしたらいいのか、目の前が真っ暗になりました。

いったい、ここで何をしたらいいんだろう。

体内にメスを入れる手術をしたわけではないので、不便さはありますが、元気なのです。

でも、「いつ転移してもおかしくないから、気をつけてね」と言われるこの状態で、

このまま就職することも考えられませんでした。

まして、日本で就職しようものなら、ガーナの事業に携わる時間もなくなることでしょう。

ガーナの事業は、前職でお世話になった個人投資家がエンジェルインベスターとして投資してくれていました。

このまま諦めるのもイヤだ。

そんなことを取り留めもなく考えながら、

同時に、もう絶対に、これ以上の治療はしたくないと思いました。

でも、先生は、

「予防法は特にないんだよね。出てきたら、出てきたところを対処するしか。ストレスなくバランス良く食事して、免疫力を上げる。それぐらいかな」

というのです。

病院には、同じ病気でもっとステージの進んだ患者さんがいました。

リンパを切除すれば、口が歪んだり、

放射線治療で、首が真っ黒くただれたり。

舌の再建手術の後遺症で、腕(手首の肉を使ったため)が痺れたままという人も。

安易に呑気に考えていた自分の前に突きつけられた現実に身がすくみ、

自分で自分の身を守らなくてはならないと考えるようになりました。

そうして、舌ガン患者のブログを読み漁り、一つの共通点に気づきました。

みんな、転移を経験していくのですが、

その多くの人が手術前と変わらない生活に戻っていたのです。

免疫力が強ければ、ガン化しないものがガンになる・・・

ということは、なりやすい体質になっているのだから、体質を改善しなくてはなりません。

体質改善するには、どうしたら良いか?

人は、食べたものでできています。

身体に取り入れるものが、身体になるのです。

そうして、食事療法などを調べるようになりました。

こちらで良いと言われていたものが、こちらでは良くないと言われたり。

共通点を探し、自分が納得する裏付けのある説を採用していく。

そうして、自分なりに食事の方針を決めました。

入院中、そんなことを思いめぐらせながら、これまで感じたことのない肌の乾燥と痒みに襲われました。

あまりにひどいので、売店でクリームを買って使ってみると、ヌルっとするだけで、いっこうに潤いません。

何が入っているのかとラベルをみると、よく分からない化学物質らしい名称がズラッと幾つも一つのクリームの中に入っていました。

ガーナで使っていたモリンガオイルを送ってもらおう

と思ったところで、ハッとしました。

何でもある日本に、実はないものは、

こういう本当に自然なスキンケアではないか?と。

自然っぽいものはいっぱいあっても、本当に自然なものはない。

オーガニックスキンケアだって、有機栽培された原料を一部に使っているというだけで、

化学物質が添加されていないという意味ではありません。

スキンケアは、マーケットとしては成熟していて、女性ならば誰もが使うものです。

需要が既にあるマーケット。

生活必需品ですから、景気にも左右されづらい。

私と同じように、本当に自然なものを求める人もいるだろう。

薬には副作用があるように、毎日、毎日、化学物質を塗り続けて、肌に良いわけがありません。

肌に塗るものも、身体に取り込んでいるもの。

これだ!

ガーナの自然から生まれた本当の素晴らしいスキンケアを伝えよう。

それは、こういう経験をした私にしかできないことだし、私がこういう運命をかされた理由かもしれない。

ただ、商品を売るのではなく、

アフリカにアイデンティティをおいたスキンケアブランドを創る。

それは、おそらく、日本初の試みではないでしょうか。

2014年11月のことでした。

 

 

オランダからガーナへと行き着いた先に

初めまして。

ガーナと日本で起業する大山知春です。

まずは、これまでの私たちのジャーニーについて、お話したいと思います。

ガーナで法人登記したのが、オランダのビジネススクール在学中の2013年8月。

ガーナ人クラスメイトと、ガーナ初のオンラインショッピングサイトを作ろうと卒論を兼ねたマーケットリサーチに初めて訪れた時のことでした。

今では、ビジネスでもプライベートでも当たり前のように使われるようになったモバイルマネーが、まだ始まった頃。

当時は、MTM、Vodafone、Tigoなど、異なるネットワークプロバイダー間では送金ができないなどの不都合や、Paypoint が町中にほとんどなかったこともあり、利用者はまず見ないという状況でした。

2012年時点では、海底ケーブルが5本以上あるのは、ガーナとナイジェリアだけ。

インターネット普及率は、14%。

これは、南アフリカをリードするオンラインショッピングサイト、Kalahari.com (現在は、Takealot.com)が、オンラインショッピングサイトを始めた頃と同じぐらいのインターネット普及率でした。

そうして、ちょうど、同時期にRocket InternetにバックアップされたKaymuなどが、ガーナに入ってきた・・・というところだったのです。

多くのECサイトが、日常品を扱う中、私たちは、消費者へのインタビューから要望の高かった「ファッションに特化」することにしました。

ファンションECは、「試着」が求められ、ハードルが高いと考えられているのですが、当時、ヨーロッパでもECの中で最も勢いがあり、利益率が高かったのが、ファッションECだったのです。

確かに、食料品や電化製品はどこで買えば良いのか、大手ディスカウントショップやスーパーも充実しているのでわかりますが、洋服となると、アフリカでは探すのが大変です。

Upper Middle Class以上になると、ほとんどの人がマーケット(青空市場のようなもの)での買い物が嫌いです。

人も多いし、値段交渉もしなくてはならないし、中古ばかりで品質は保証できないし・・・

とにかく、アフリカで買い物はストレスなのです。

 

では、アメリカのアマゾンで買い物して送れば?

と、先進国に住む人は安易に考えがちですが、

まず、買い物をするクレジットカードがなかったり、

あっても、発行地がガーナだと制限がかかり買い物に使えなかったり、

荷物が送られてきても、郵便局の局留めで、取りに行かなくてはならず、

そこから関税手続きで職員と関税の値段交渉が始まり・・・と、

ノンストップで玄関まで届けてくれるような便利さからはほど遠いのです。

そのため、買い物代行業者のサイトが存在するほどです。

荷物がある程度まとまってから送られてくるので、もちろん時間もかかります。

というわけで、「ECサイトが国内にあったら、便利だよなぁ」というのは、

アメリカ、オランダに住んだ、ガーナ人パートナー、カールの話から始まったのです。

楽天は、自己資金2000万円からスタートしましたが、ECは、小さく初めても、単なる小売を超えて、顧客基盤と決済システムを握れるところから、大きなビジネス展開が望めます。

「ガーナに雇用を増やしたい」という観点からも、新しい産業で雇用も生まれる事業です。

散々、ケーススタディで色々な起業家の成功物語を読みまくっていた私たちは、

これでマーケット取れたら、

面白くない?

と勘違いして盛り上がり、

ビジネススクール卒業後、オランダからガーナに渡ったのでした・・・(続く)

 

 

ナイジェリアでECサービスをスタート!!

アメゾフェ村

2018年10月よりナイジェリア人のビジネスパートナー2人と私(大久保哲)でナイジェリアに法人を設立し、マーケットプレイス型のECサイトサービスをスタートすることになりました。

 

今回は、私の自己紹介も兼ねて、今回の事業をスタートすることになった経緯をお伝えできればと思います!

 

アフリカで挑戦したい!!

 

”常に新しい事を仕掛け続けて世の中が良い方向に向かうように貢献したい”

”自分にしかできない唯一無二の仕事がしたい!”

 

という思いの元、

2015年に青年海外協力隊でガーナの村おこしのプロジェクトに2年間参加しました。

 

「なんでアフリカだったの?」とよく聞かれるのですが、

 

「日本人がまだあまりいっていない。」

「とりあえず未知だから(好奇心がとても旺盛なんです) 」

「プロジェクト内容に興味があった!」

「前職の経験を活かせる!」

 

てな感じです!

ボランティアをきっかけに、アフリカでのビジネスの種をみつけてスタートするぞ!!という思いで協力隊に参加しました。

 

当時は、「ガーナ・アメゾフェ村の観光業の底上げ」をミッションとし、地域の観光収入増加、雇用創出に取り組んできました。

 

 

”観光客を誘致”するため、「アメゾフェ村の観光情報+ガーナの観光情報」を発信するHPを現地の人と一緒に立ち上げ運営したり、

 

HPはこちら→http://amedzofevillage.com/en/

 

アメゾフェ村

アメゾフェ村

 

 

”現地の収入向上・雇用創出”を目的に新しいお土産の製造・販売を始めたり、

(ガーナで開かれた世界50カ国の大使が集まるカンファレンスで、ガーナの特産品として配られました!現在も、このプロジェクトは継続していて、日本の企業様に卸販売させていただいております。)

 

アメゾフェポーチ

アメゾフェポーチ

 

アメゾフェポーチ

 

アメゾフェポーチ

 

 

”観光資源の整備”をし新しいツアーサービスを始めたり、

(森の中を整備し、地図・看板を作りハイキングコースを作りました。完成まで10ヶ月かかりました。)

 

アメゾフェ村

 

アメゾフェ村

アメゾフェ村

アメゾフェ村

 

 

”音楽を通じてガーナ人とより繋がるため”DJとして活動し、50回以上音楽イベントを開催したり、

 

アメゾフェ村

アメゾフェ村

アメゾフェ村

 

 

そんなことに2年間取り組んできました。

 

音楽が大好きでダンスで交流し合ったり家族・ご近所づきあいを大事にするライフスタイルはとても素晴らしく、日本に比べて全てが整っていない環境ですが、それすらも”生”を感じることができるアフリカ。

 

アフリカはとても魅力的で完全に魅了されました。

 

「そんなアフリカでビジネスがしたい!!」

 

と当時から考え続け、何度も何度も事業計画を考えては多くの人にアドバイスをいただいたりということを繰り返していました。

 

探し続けてようやく辿り着いたECビジネス!

 

 

協力隊の活動が終わってから日本に帰国し独立。

元々従事していたWebマーケティング・PRの事業を軸とし、アフリカにまつわる事業をスタートするために模索の日々を繰り返していました。

 

ガーナで製造していたお土産(ポーチ)を日本で販売したり、ガーナの観光情報だけでなく、アフリカ全土の観光情報発信をスタートしたり。

 

アフリカの観光メディアはこちら→http://africalove.jp/

 

 

そんな中、2018年3月のアフリカビジネスネットワークというイベント(今回エントリーされている室伏陽さん主催です。ありがとうございました!)で、ナイジェリア人のパートナーと出会います。

 

日本のナイジェリア大使館で13年間勤めていた彼は、ナイジェリアでオンラインショッピングのビジネスを始めたい!!でもweb制作、マーケティングの知識がないのでパートナーを探している!というタイミングでした。

 

私がWeb制作・マーケティングは得意領域だったり、西アフリカ・ガーナでの現場経験があったこともあり、意気投合!

 

「ぜひ一緒にオンラインショッピングのビジネスをしよう!!」

 

と運命的な出会いもあり、今回の事業をスタートすることができました。

 

今年10月にいよいよローンチ

 

最終的にはナイジェリア人2人と私の3名で現地に法人を作り、サービスをスタートすることになりました。私も10月よりナイジェリアに渡り、サービスインする予定です。

 

現在は、ローンチに向けて絶賛サイト開発中。

今回はインドの開発会社さんと協業し、制作を進めています

まずはナイジェリア・アブジャからサービスをスタートさせる予定です。

(現在アブジャの運送会社と提携交渉中)

 

 

アブジャでのオフィスも先日決定いたしました!!

 

アブジャ

アブジャ

 

 

まだまだ課題は山積みですがまずは、

 

・ECサイトのブラッシュアップ

・クライアント開拓(出店企業)

・出品オペレーションの確立

・ユーザー獲得

 

を年内は取り組んで行くことになりそうです。

 

 

世界的にも注目度の高いECビジネス。

中国のTmall(天猫)で年間約35兆の流通総額。

Amazonで約20兆。

日本の楽天だと約3.4兆。

 

それにくらべるとアフリカのマーケットはまだまだです。

アフリカのAmazonといわれるJumiaで年間約600億の流通総額。

ですが、アフリカの人口の伸び率、ECマーケットの成長率を考えると今後間違いなく拡大していく市場。

 

とはいえ、

そもそも交通インフラが整ってない。。

クレジット決済が難しい。。

オンラインショッピングの概念がまだまだ浸透していない。

住所をもっていない人もたくさんいる。。

 

などなど課題もたくさんありますが、だからこそやりがいを感じます。

道路がなければドローンで運べばいい!

銀行口座がなくてクレジット使えないならモバイルマネーがある!

 

と、今のテクノロジーを活用して、アフリカならでは課題解決がきっとできるはずです!

アフリカにもオンラインショッピングが浸透し、アフリカに住む人々の暮らしが便利になる。そんな事業に育てていければと思っています。

 

西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)とフランセーファの今後

前回の投稿でフランセーファについて簡単に紹介しました。

今回は、フランセーファの歴史、西アフリカ経済通貨連合(UEMOA)と西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)、そしてフランセーファの今後について簡単に記してみます。

 

フランセーファとは(歴史など)

フランセーファ(Franc CFA)は、1945年のブレトン・ウッズ協定を機に創設されました。
通貨の名前ですが、「フラン」はいまは無き「フランス・フラン(Franc francais)」から、「CFA」は「Communaute financiere africaine(アフリカ金融共同体)」というフランス語の頭文字を取ったものです。

西アフリカ経済通貨連合(UEMOA)と西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)

西アフリカ経済通貨連合(UEMOA)は、名前こそ経済通貨連合となっていますが、まだEUのような経済通貨連合にはなれておらず、経済政策は国ごとにまちまち。いわゆる通貨連合にとどまっています。加盟国は前回の記事で記したフランセーファが利用可能な以下の8か国です。

(ギニアビサウ、コートジボワール、セネガル、トーゴ、ニジェール、ブルキナファソ、ベナン、マリ共和国)

 

西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS Economic Community of West African Statesの頭文字 仏語ではCEDEAO)は、以下の西アフリカ15か国からなる機関です。

(ガーナ、カーボヴェルデ、ガンビア、ギニア、ギニアビサウ、コートジボワール、シエラレオネ、セネガル、トーゴ、ナイジェリア、ニジェール、ブルキナファソ、ベナン、マリ、リベリア)

経済共同体とありますが、現在はその理想の実現には至っておらず、実際の主たる活動は経済統合の基盤構築に向けての活動、具体的には政治的安定のための紛争解決などを行っています。先日のガンビア新大統領就任の際の動きは記憶に新しいところです。

フランセーファの今後

現在、上述のECOWASでは「ECO」という域内通貨構想を掲げています。
2020年までの実現予定で動いていましたが、先日ニジェールで開催されたECOWASの会議についての以下の記事を見るに、難しいようです。

 
West African bloc’s 2020 single currency goal fails(Vanguard)

 

まずはUEMOA域外からECOを導入し、その後UEMOAと統合という事になっていますが、仮にUEMOA域外での導入が実現できたとしても。UEMOAとの統合は難しいのではないか、と思います。UEMOAは通貨価値下落の心配が無いこのユーロ固定通貨からの脱却を望むとは思えないからです。

という事で、フランセーファは少なくとも今後10年は無くならないでしょう。

 

 

以上、何かの参考になりましたら幸いです。

 

JAPON COMMERCE SUARL

山田一雅

【WEB】

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