マンゴーバリューチェーンのフォーラムに参加して

先週、IGD(Initiative for global development)というワシントンD.Cに本部がある団体とロックフェラー財団が主催するケニアのマンゴーバリューチェーンに関わるプレイヤーが集まる第4回目のフォーラムに招待され参加しました。

マンゴーの輸出業者、加工業者、NGO、研究者、投資会社、テクノロジー企業、欧米のビジネスコンサル会社などから約40人が集まりました。

内容はEUマーケットへのアクセス、最新のテクノロジー、ファイナンスへのアクセスの3本柱で構成され、最後には今後に向けて、ケニアのマンゴー産業がより発展していくための’’コラボレーション’’の重要性を確認し、主催者側は積極的に後押ししていくということで閉会しました。

マンゴー産業に関わる人たちに限定されており、繰り広げられる議論や提供される情報もビジネスに直結することが多く有意義でした。

同じティカに製造拠点をおく、ドライフルーツを製造販売する競合2社とも情報交換をしました。競合の1社はイギリス人夫婦とフィリピン人女性の三人が共同経営している会社で、ケニアの外国人居住者をターゲットにしているだけでは市場規模が小さいので、ケニア人消費者にも積極的にアプローチをして、国内での売上を伸ばしているそうです。彼らの方が年齢もずっと上で、外部組織との良好な関係性を築き、資金や技術面での支援を上手に活用されています。その点は見習いたいです。

参加者の中には、私よりもちょうど10年早くケニアで起業したドイツ人女性もいました。彼女は唐辛子を輸出するビジネスを軌道にのせて、2つ目の事業として、農産物を農家から買い取る企業向けの原料買取を円滑にするためのソフトウエア販売事業をアフリカ6カ国に展開しているとのことでした。

井の中の蛙大海を知らずとならないように、果物産業に携わっているケニアや欧米資本の企業のなかで自分たちがどのポジションに現状いて、どこを目指すのかということをより意識しようと思いました。

ケニアに行ってきました!

どうも、Food for Future Plcの竹重です。

 

さて、先日からちょこちょこご報告させていただいていた通り、エチオピア国内では、新政権による汚職撲滅に伴い、政府の高官の逮捕が相次いでいます。

 

僕が事業予定地として、土地の交渉を進めている南部諸民族州シダマも例に漏れず、投資局長が逮捕されたのが、1ヶ月前になります。

 

エチオピアの新年(9月11日)とも合間って当面動かないだろうとの観測から、ケニアの酪農の視察もかねて2週間ほどケニアに行ってきました。

 

 

佐藤さんからの助言

 

今回のケニア渡航では、アントレアフリカの選考委員も務めるアフリカビジネスの第一人者佐藤さんにもお会いすることができました。

 

現状、土地の収容に苦戦している私ですが、たくさんのアドバイスをいただき、また、佐藤さんが現在進めているプロジェクトサイトまで案内していただきました。

佐藤さんの手がける現場にて

内容については、これからの行動と共に示していけたらなと思っています。

 

どうしても、エチオピアの片田舎で1人黙々と交渉を進めていると視野が狭まってしまいますが、視野を広げて、問題解決に全力を尽くしていきたいなと思います!

 

 

酪農組合

 

今回のケニア滞在でケニアの酪農事業の発展ぶりに隣国エチオピアとの圧倒的な格差を感じました。

酪農組合の集乳所にて

中でも、酪農組合のしっかりとした組織、酪農が産業としてきっちりと根付いていることを実感しました。

 

事業の実現に向けて、小規模農家からどのように生乳を回収しているのかというのは大きなポイントになるのですが、その辺りの品質管理について集乳プロセスに同行してしっかりと学ぶことができました。

こんな感じで近所の人たちが牛乳を売りにやってくる。

仕組みもきっちりとしていて、やっぱり全然違いますね。。。。

 

エチオピアから見るとケニアは20年くらいは先を行っている先進国と行った印象でした。

*ケニアも汚職をはじめ行政機関での手続きについては、まだまだたくさん問題を抱えているようですが。。。

 

 

チーズ工房

 

ケニア国内でもっとも品質の高いチーズを作っていると思われるチーズ工房Brown’s Cheeseにも行ってみました。

おしゃれなチーズ工房

工場見学については、常時一般にもオープンにしているようです。

 

スーパーにも専用の陳列棚を持っていたり、直営店舗をオープンしていたりとケニアでチーズ工房を始めてから40年が経っているようですが、すごいなと、素直に感動。

いろんなチーズを作ってますね!びっくり!!

エチオピアでも彼らに負けないくらいのチーズを作ってみたい。。。

 

まずは、土地の収容をはじめ、目の前の問題に対してもう少し視野を広げて取り組んでいこうと思います!

 

昨日、久々に我が家に戻ってきましたが、こっから気合いを入れ直して、頑張ります!!!!

 

「アフリカの発信」における闘争 // 発信意義

わたしは、仲間とともに、「アフリカの視点で世界を刺激するバイリンガル・メディア」の展開を予定している。これまでも、ブランド事業や、日本版「WIRED」や、Forbes、Be inspiredなどのメディアを通じて、様々なアフリカの視点を紹介する記事を執筆してきた。しかしまだ足りていない。

なぜ、いまアフリカを視点を発信する必要があるのか。

 

「シングル・ストーリーの危険性」

世界的に著名なナイジェリア人作家、チママンダ・アディーチェは、「シングルストーリーの危険性」について指摘する。アフリカに関する報道が、貧困や紛争など「悲劇」に結びついているものにあまりに偏っている現状に対して警告する。「シングルストーリーは、人間の尊厳を奪う」と彼女はいう。アフリカは多くの場合、「(社会)課題」や「課題解決」の文脈で扱われる。アフリカ人の個々のアイデンティティや主体性は背後に押しやられ、「貧困」や「雇用」といった経済社会的な枠組みの中でラベリングされがちだ。

多様な国や文化によって形成されるアフリカに関する英語報道は増えてきているものの、まだアフリカの現状と世界の人々の認識には大きなギャップがある。日本語の文脈においては、さらにギャップは大きい。過去数年、アフリカ系デザイナーとのブランド構築事業を手がける中、日本でもポップアップショップやイベントを開催してきたが、多くの日本人にとってまだまだアフリカは遠く、無関係な存在で、同時代のアフリカに対する情報があまりに乏しいことが明らかだ。アフリカ人にとっても、アフリカ外にとっても「もったいない」かつアンフェアなこの現状をなんとかしたいと思っている。

 

若者が牽引する、枠にとらわれない視点

アフリカ大陸の人口の平均年齢(中央値)は、19.5歳。12.6億人の6割が、25歳以下の若者だ。若者は既成概念にとらわれず、新しいモノ・やり方を生み出すエネルギーに溢れている。外国人などよそ者に対してもオープンなことが多く、クレイジーなアイディアを試したり、「ノリ」で新しい挑戦をしたがる傾向にある。新しい技術やアイディアの導入に対しても抵抗を感じにくい。世界がダイナミックに変化するなかで、アフリカの若者と連携して、未来をつくっていくことに可能性を見出している。

 

アフリカ視点のカルチャーの輸出、ソフトパワー強化

過去数年、南アフリカやケニヤなどに定期的に渡航するなか、特にクリエイターたちの動きに魅了されてきた。クリエイターとは、主に、デザイナーや写真家、シェフなどカルチャー産業に貢献する起業家たちだ。植民地支配、アパルトヘイトを始めとする人種差別、国際援助などのシステムのなかで、アフリカ系の人々はアイデンティティの葛藤を持ち続け、プライドを持てなかった。前述のクリエイティブ系起業家たちが、カルチャーを再構築し、アフリカをグローバルに誇れるブランド(=高付加価値商品)として輸出することは、経済的な繁栄と社会的な安定に貢献しつつある。彼らのようなクリエイティブ起業家のストーリーを輸出することで、アフリカのソフトパワーの強化に寄与したい。

事業モデルとしては、アフリカ進出をすでに果たしている企業もしくは、進出に興味がある企業とのパートナーシップで、彼らの事業展開のストーリーの展開の対価としてのスポンサーシップの獲得を目指す。ウェブ発信については、読者からのサブスクリプションモデルも検討する。

 

 

ケニアでの玉ねぎ事業を始めるまで

こんにちは。ケニアの玉ねぎおじさん河野です。

今回は本事業の意義や選定理由について書いていければと思います。

 

ケニアの農産業市場は3兆円

ケニアの農産業は現時点で約3兆円あると言われており、さらに2030年には10兆円程になる見込みです。

また、生鮮食品の流通においては大手小売り(スーパー、ハイパーマーケット等)が参入してきてはいるものの、依然として路上で小売業を営んでいる人から購買する人がまだ大多数のマーケットです。

ストリートベンダーの様子

ストリートベンダーとの写真

ケニアの生鮮食品市場の課題とは?

・生鮮食品の流通において、中間マージンを大きく取るブローカーが多くいること

・プロ―カーは利幅が大きくとれることもあり、ほとんどが個人で活動しており、組織化されていない​​

・農家やメインの顧客であるストリードベンダーがトラック等への投資ができないため、ブローカーとの交渉では足元を見られて適正価格での取引ができていない

・ブローカーは食料用の倉庫をもっていなく卸売マーケットでのトラックからの売り切りのスタイルが主流なため、農家からの価格の変動を受けやすい

・小売店まで直接配送するサービスがないこと。卸売マーケットまでいかなければ値段も品質もわからない

卸売市場の様子

 

課題をどう解決しているか?

「YasaFi」としては大きく分けて2つの機能があります。

1つ目は倉庫機能です。

常時一定数の買い付けを常に農家から行うことができ、雨季等による価格の変動にも対応できるようになります。また倉庫内で顧客が求めている品質やサイズの選定を行い、品質管理の徹底を行なっています。

自社倉庫1,2階

自社倉庫3,4階

 

2つ目は配送機能です。

通常、ケニアにいるストリートベンダーは、野菜の卸売りマーケットまで毎朝足を運び、野菜を購入しているが、「YasaFi」はドライバーと一緒にローカルマーケットまで行き、赤玉ねぎをストリートベンダーに直接販売しています。毎朝前日に決めたルートでそれぞれのマーケットを回り、赤玉ねぎを量り売りで販売し、マーケットにつくとトラックの周りにストリートベンダーが集まり、一人づつ販売対応を行なっています。

マーケット毎に社内で情報を整理して、適した曜日、時間帯に赤玉ねぎを配送している。この曜日の、この時間にYasaFiの配送トラックが来ると認識させることで、ストリートベンダーが卸売りマーケットや他社から赤玉ねぎを買ってしまうのを防いでいます。それらに加え、SMS (携帯電話のテキストメッセージ) で販売価格についての情報を提供したり、SMSもしくは電話で前もってオーダーを取っています。

玉ねぎを配送のトラックに載せている

量り売りをしている様子

将来的には全ての生鮮食品を扱いたいと思っていますが、まずはケニア内で消費量1,2位を争う赤玉ねぎから事業を開始しました。まずは、赤玉ねぎで市場を獲得し、自社オペレーションを強化したのちに多品目展開も進める予定でこの領域で事業を決定しました。

 

次回は本事業の規模感やどれだけのユーザーに支持をされているかについて、書いていきたいと思います。

社名、サービス名に込めた思い

こんにちは、ケニアの玉ねぎおじさん河野です。

今回はタイトルにあるとおり社名とサービス名に込めて思いを書こうと思います。

 

まずは社名の「AMOEBAX LIMITED」について

1, 社員について

生物のアメーバのように自律的に動け、判断できる人になってほしい。また、自社で働いた後には自分自身で新しく会社や事業を自分自身で立ち上げることのできる人になってほしい。

2, 自社サービスについて

社内で自律的に複数のサービスを運用できる体制にしたい。

3, ロゴについて

日本の国旗をベースにアメーバの細胞分裂をイメージして作成

 

 

現在、自社の1つ目の事業として赤玉ねぎの卸売から始めている「YasaFi」というサービスです。

日本語の野菜「ヤサイ」とケニアの公用語であるスワヒリ語の「ya safi」クリーンな、新鮮なという意味を掛け合わせてネーミングをしました。

 

*本当は「Yasai」で始めようとしたのですが、顧客にたくさんヒアリングしたのですが、上手く伝わらなかったのでやめました。

 

次は「YasaFi」の事業について書いていきたいと思います。

 

 

 

会社と個人のVision, Missionについて

ケニアの玉ねぎおじさん河野です。

今回はタイトルにあるように会社と個人のVisionとMissionについて書きたいと思います。

 

会社と個人のVisionとMissionは密接に関連しているべきであると考えており、そこの密接度が高ければ高いほど起業家のコミットメントを支えることができると考えています。

 

まずは、VisionとMissionについて様々な解釈があると思うので、僕なりの理解を先に共有します。

 

Visionとは; 期限があり、そこまでになっておきたい「状態」

Missionとは; 期限はなく、未来永劫目指すことのできる「使命」

この前提で下記のVision, Missionを見ていただけるとわかりやすいかもしれません。

 

河野邦彦のVision, Mission

Vision 2027

定性; 農業ビジネスをスケールさせるという経験を元に農業以外のビジネスを含めて立ち上げをできる能力をつける

定量; 妻と子供を5人育てる

(昨年、妻と入籍し共にケニアに移住しています)

Mission; 可能性のある人になるべく多くの機会を与える

(個人の場合は寿命があるので、未来永劫ではないです)

 

AMOEBAX LIMITEDのVision, Mission

 

Vision 2027

定性; アフリカを代表する農業ベンチャー創出企業になる(社内ベンチャーもあり、外部でも起業家の輩出ができる)

定量; 営業利益10Million USD

 

Mission; アフリカの農産業における課題を解決し続け、持続可能なコングロマリットを目指す

 

 

上記のVision, Missionを達成するために個人としても会社としても精進していきたいと思っています。

 

次回は社名とサービス名に込めた思いを書きたいと思います。

WEBメディアプレオープン@「面」で「ケニア」を伝えたい

㈱グラスルーツウォーカーズの長谷川です。ようやくWEBメディア用のサイトのプロトタイプが出来たので色々サイトをいじくっている最中です。

下記が弊社のジャーナル用サイトです。URLはこちらになります。

https://thegateway.thegrassrootswalkers.com/

まだ手直しが必要ですが、原型さえできればあとは割かしスムーズにいくのではないかと考えています。記事ストックが50個ほどあるのでサイト手直しと記事のアップロードでてんてこ舞いになりそうです。良い記事山ほどあるんですよね!ぜひ読んでほしいでっす!

今一番やりたいことは、各分野の記事をばんばんアップし、このWEBメディアが「面」でケニアを伝えられることができるということを伝えることです。統計情報だけでは分からない、現場情報だけでも一部分しか見えない、有識者のインタビューや学術研究や一次情報を冷静に伝えることでケニアの実像を伝えるメディアとして機能させることができると考えています。

このビジネスモデルは有料課金で個人や法人に購読していただくモデルになります。果たして本当に課金をしてまでこのメディアを読む方がいるのか?とっておきの記事が沢山あるので、それらを読んで判断してほしいと思います。また、前回の投稿で挙げた公共インフラ、根拠、触媒として機能するメディアとして成長したならば、勝算は十分にあるのではないかと考えています。

サイトの修正が終わるまでは無料で記事をアップしていく予定なので、よければご一読ください。ケニアの現場を伝えるメディアになると思います。

ケニアで玉ねぎ屋やってます

初めまして。

2017年2月にケニアはナイロビに移住し、事業を始めた河野と申します。タイトルにあるように、ケニアのナイロビで玉ねぎ屋(赤玉ねぎ)を行なっており、現在は2期目に入りました。

 

初めての投稿ですので簡単に自己紹介をさせていただければと思います。

1990年生まれの28歳。

埼玉県出身、学生時代はサッカー漬けの日々を送る。

2012年 大手不動産ディベロッパーに新卒入社し、営業職を経て最年少での採用担当に抜擢される。

2014年 同社を退社し、インドの語学学校の立ち上げに参画。

2015年 YOYO Holdings.という「無料でインターネットを届けよう」というMissionを持った会社で採用担当者としてフィリピン、インドネシア、ベトナムの採用に従事。

2016年 新興国での起業を見越し、日本でフリーランスとして働く。

2017年 ケニアでAMOEBAX LIMIEDを設立。

 

まとめてみると支離滅裂なキャリアではありますが、自分自身の中では一貫して「可能性のある人に機会を与えたい」と考え、意思決定をしてきました。

 

立ち上げからほとんど1人でやってきたものの、現地の社員に助けられながら順調に規模を大きくしてまいりました。

この1年半でオフィスも4つほど経験いたしました。

立ち上げ当初, Nairobi Garage入居時代

iHub入居時代

初の自社オフィス兼倉庫

2018年8月

 

社員数だけで正社員で約30名、日雇いやドライバー等も入れると総勢50名超のメンバーで事業を行なっております。

 

次は会社のMission, Visionや思いについて綴りたいと思います。

住居と作業場所が決まりました

作業場所は前々から何度か使っていたiHUBに決定。

月々7000Kshで使えるので、かなり多くの方が利用しています。

残念ながら夜8時以降と、日曜日は使えないので、

早々に切り上げるか、近くのカフェで遅くまで作業をしています。

ここにいると、日本人の能力の無さが露呈します(というか僕ですw)

中国語、英語、スワヒリ語を巧みに使い分けるケニア人が2人程います。

デザイナーのレベルも高く、

エンジニアも日本のレベルと引けを取らないです。

もはや、日本の方が想像しているケニアの姿と違いすぎてビックリするかもしれませんが、

これは多くの人が知っておくべき大事な情報。

 

実際、グローバルで戦っている日本人が中国人・インド人に比べ圧倒的に少なく、

能力も変わらないか、もしくは負けているレベルにあるにも関わらず、

給与水準は世界でもかなり高い基準。

これは危機感を覚えます。

もっと頑張らねば、と思わされた出来事でした。

 

そしてこっちに来て早3ヶ月。念願の住居が決まり、ナイロビはキリマニ近くに無事定住する事ができそうです。

居場所ができて逆にまったりしすぎないように、

ビジネス調査もどんどん進めていきたいと思います。

ケニア・ナイロビに決めました

はじめまして、小林嶺司(れーじ)と申します。

ナイロビの街中で会ったらお気軽にお声がけください。

さて、現在ケニアに起業場所を決めてからちょうど3ヶ月が経ちました。

現在やっている事(がまだ定まってないので)、自己紹介をちょっとだけさせてください。


 

小林嶺司 平成元年7月20日生まれ

子供の頃の自分は、友達の名前を呼ぶ事すら恥ずかしがってしまうぐらいの人見知りでした。

3才上の兄は友人も多く社交的で常に〇〇の弟ね、と括られ自分のアイデンティティを探し続けていたかもしれません。

成績も平凡で偏差値は高校も大学も50前後。

スポーツも平凡で、普通の恋愛、友人の数もそこそこ、なんでも満遍なくこなし、できない事は少ないが、逆に突出した強みが無いのがコンプレックスでした。

大学に入り友人に誘われて行った同世代の人が主催するイベントで衝撃を受けました。

”起業してます” ”世界中を数年間放浪してました”

学生の自分からしたら、想像もつかない世界。そこからイベントに通い詰め、友人が爆発的に増え、今でも世界中で共に闘う仲間ができます。

 

自分も何かやってやろうと、知り合いを巻き込み、

渋谷にカフェをOPENしました。19才の時です。

これが人生初起業。

 

結果はそこそこ。店舗の場所的に地下だったので販促不足により、まあまあ儲かりましたが

人生何度もある”まあまあ”。最終的には後輩に経営権を譲り、そこから数年間は学生の溜まり場になって繁盛していました。

 

ですが、学べたのはとにかく”やってみる”という事

カフェの利益率は〜とか、仕入れはここで〜とか、今考えれば甘っちょろい計画でしたが、

実際にやってみた事で、立地の課題や原価率のリアルな数字が手に入りました。

その後、何を思ったか起業家として生きていくと心に決め、20才の時に大学を中退。

ベトナム行きの片道チケットだけを握りしめ、東南アジア〜中東〜アフリカ〜南米〜北米の50ヶ国以上の国々を陸路でバックパック。

(2010年当時のナイロビ)

その時にアフリカに出会いました。

2010年当時のアフリカは今と変わらず人々は陽気で、

思い描いた通りのエネルギッシュ大陸でした。

”また来たい”そう思わせるに十分な旅でした。

 

 

そして帰国後、鎌倉に会社を立ち上げ年商1億円弱の零細企業でしたが、5年程黒字経営。

理想のビジネスができあがり、利益追及をしてしまうとその理想空間が崩れると思い、知り合いの会社に事業譲渡し、

どうしても再度来たかったアフリカ大陸へ。

(2018年現在のナイロビ)

現在はナイロビにて、物流においての課題検証・BtoB EC(アリババ的な)の2つのビジネス基軸で市場検証をしています。(Eコマース事業は日本でやっていたため知見があります)

どちらも理念だけは明確で「可能性を増やす人を増やす」です。

この人生において一貫している軸です。

当然、日本にいる海外に出たいと思いつつ出れてない人にも発破をかける、という行動理念もここに含まれてます。

 

 

現在ようやく就労許可を申請する段階で、テスト検証も大々的にはできていませんでした。

どちらのビジネスになるかは市場の調査中によりまだ未定ですが、

外国人である僕がケニアでやる意義のある仕事を手がけたいと考えています。

 

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