アフリカ起業と安全

こんにちは。マプトでは少しずつ雨が多くなってきており、季節の変わり目を感じています。

7月中旬にモザンビークに帰って来てから、いろいろなことがありすぎてブログの更新ができていませんでしたが、生活が落ち着いてきたので少しずつご報告させてください。

まず、ここ最近の出来事で思うことは「安全について」です。

私と夫はザンビアでの青年海外協力隊時代から数えると6年間ほど南部アフリカの国に住んでいることになりますが、これまで一度も空き巣や強盗や引ったくりに会ったことがありませんでした。

最初にアフリカに降り立った時はものすごく怖い場所を想像していましたが、ザンビアやモザンビーク南部(注:北部は個人的に行ったことがないので)にはゆったりとした空気が流れ、道行く人々は親切で人懐こく、安心して暮らすことができる国でした。他のアフリカの国を旅行したときも、公共交通機関を愛用し、庶民の市場でご飯を食べてきました。下町のエネルギーを感じるのが好きなんだと思います。

でも8月に工場に隣接する我が家が盗難に会いました。犯人は敷地内の複数の民家の中でも特に我が家をターゲットにして情報収集や準備を経てから実行に移したようです。そのかなり計画的なやり方を見て、安全について考えさせられました。

安全を守るために大切なことの一つに「情報」があります。私達は外国人がほとんど住まない郊外の人口密度が少ないエリアに工場を構えました。人が多い場所は家賃が高く、工場の操業許可が下りないうえに近所からの苦情も出やすいのです。そんなエリアに工場を構え、隣接した家で暮らし、炭を売ること1年。私達の存在は地域でかなり有名になっていたようです。それは地域密着型で炭を売りたいという意図でもあったのですが、良いことばかりではありませんでした。

途上国では外国人というだけで(現実はともかく、そして肌の色に関わらず)「お金持ちに違いない」と思われる場合が多いです。それに加えて、会社を経営しているというだけでもっとお金があると思われているのです。これまで私達はともすると協力隊員時代よりも質素な暮らしをしていたかもしれません。でも、周りからは”会社を経営している外国人”として超お金持ちのイメージで見られていたのです。

もう一つ大切なことは住居と仕事場を分けることです。工場と住居が同じ敷地内にあると、家賃を安く抑えられ、夜や休日でも問題が発生すればすぐ駆けつけることができ、忘れ物も少ないという数々の利点があります。一方で、会社と住居が同じ場所にあるということは、泥棒にとって”そこに確実に現金がある”ということを意味します。会社に隣接しているなら、住居を知られないようにすることも難しく、プライベートな情報が流出しやすくなります。

 

(そんな訳で1年住んだモザンビーク2軒目の家とお別れしました。)

 

アフリカは危険な場所だと言われますが、大部分は真面目で穏やかな日本人と同じような良い人達が暮らしています。ザンビアやモザンビークでは、海外旅行の基本的な留意点を気を付けていれば安全に過ごせるのでもっと沢山の日本人の方達にアフリカを見てほしいと思います。一方で今回は、起業とするとなると安全への投資も必須ということを身をもって学んだのでこれからの方達の参考になればと思い書かせてもらいました。

本を出しました!

こんにちは。Verde Africaの有坂純子です!

この度、事業パートナーであり夫の有坂之良(ゆきよし)が本の出版をさせていただきましたことを、この場をお借りして紹介させていただきます。日本帰国中の7月6日には吉祥寺で本の出版記念パーティーという形での事業報告会を開催しました。

この本には私達がモザンビークへ渡り、事業を始めたキッカケやその準備、またモザンビークで受けた洗礼(?)について綴っています。

AmazonのKindleという媒体を通して、誰もが筆を取り、自己負担なしで出版できる時代となり、モザンビークにおいて一般庶民に向け炭を売るという私達しかしていない挑戦を人々に知ってもらいたいという思いから出版しています。私達の物語はまだまだ始まったばかりですが、良いことも悪いこともその一つ一つを大切に残していけたらと思っています。

今回は特別にその一部をブログ内で公開させて頂きます。”面白いな”と思って頂けたら是非、アマゾンをポチッとしてあげてください。

(本の表紙です。この本を作るにあったって、表紙デザインも編集もプロの方に協力して頂けて、感謝感謝でした。)

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(以下、Kindle 本 本文から抜粋)

はじめに

「モザンビークってどこ?」と聞かれることが多い。僕もザンビアに行くまでは、モザンビークについて知っていることは少なかった(ザンビアも行くまでは名前すら聞いたことがほとんどなかったけど)。世界最貧国のひとつと言われているけれど、資源に恵まれ、またその地理的な好条件から多くの国や企業からの注目を集めている。実際に住んでみると日本人にはよく合う国柄だ。海があることと、植民地時代のポルトガルの影響もあってか、食のバラエティも豊富、それにモザンビーク人は陽気で人懐っこく、治安も安定している。モザンビークはアフリカの中でも生活しやすい国のひとつなのではないか。そして美しい青の海が広がり、サーフスポットはいつでもほぼ貸切状態である。東京近郊の芋洗い状態で波を取り合うような環境はここにはない。

 

モザンビークは、南アフリカ、スワジランド、ジンバブエ、ザンビア、マラウイ、タンザニアに接し、海を挟んで東側にはマダガスカルがある(図①参照)。旧ポルトガル植民地で、1965年から独立戦争を戦い、1975年に独立を勝ち得た。現在もポルトガル植民地時代の影響は多く残り、母国語はポルトガル語で、街並みもマプト中央駅舎などポルトガル植民地時代の建物が多く残り、ここはヨーロッパか、と思わせるほど美しく歴史を感じる。日本との関係は遡ると、織田信長の家来として有名な「弥助」は現在のモザンビークの出身で、ポルトガル人によって日本へ連れてこられた。それから約400年、現代では世界で最大規模の埋蔵量を誇るガス田が発見されたことがきっかけに、日本の大手商社が投資し、また港、鉄道、発電所などのインフラ関係へ、多くの日系企業が進出している。

 

図① モザンビークの位置図

図② モザンビークの国内の州

 

そんなモザンビークで僕と妻の純子は会社を立ち上げた。「Verde Africa, LDA」 は『ブリケット(形成炭)』を製造し、一般的なモザンビークの人々へ誰でも手に入る価格で販売している。ブリケットとはちくわぶのように穴の空いた筒状の炭であり、日本では焼肉屋などで時々見かける。石炭やおが屑を原料にしてできたものなど、様々なタイプのものがある。モザンビークにおいては木炭を作るために木を切る。木炭を製造するためのライセンスが一応あるものの、ほとんどが生活に追われる住民たちの無計画な伐採にあい、大きな木が生い茂った風景を見る事は少ない。南アフリカからモザンビークに入ると、南アフリカ側は大きな木が沢山生えているが、モザンビークに入ると木の少ない荒野と変わる。国境をまたいだだけで土壌や気候が大きく変わるとは考えにくいので、切ってしまったのであろう。僕たちの作るブリケットは人々が捨ててしまっている炭クズを粉末にし、でんぷん質のツナギと混ぜ合わせ形成する。木を切ることなく廃棄物から成る『再生エネルギー』である。

 

 

どうして僕らが炭を売ることにしたのか。アフリカビジネスを志して約3年、庶民の暮らしにおいて「なくては生きていけないものを届ける」という軸で事業案を検討してきた。

「なくてはならないもの」=「生活必需品」をお客様へお届けすることで、彼らの生活の底上げが少しでもお手伝いできると僕たちは信じている。生活必需品だからこそ顧客はお金がある日もない日も購入せざるを得ない。このニーズに答えることができれば、地域社会に支えられた、マクロ経済要因の変化による外的ショックに強い事業を継続できる。外的ショックとは、例えば、為替・物価の変動が挙げられる。図③のグラフはモザンビークのインフレ率を示しているが、年によって大きく変動していることがわかる。物価の変動が激しく、生活必需品にも影響を与える。

 

図③ モザンビークのインフレ率

 

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帰国を振り返って

Bon dia! Verde Africa の有坂です。日本では暑い日が続いているようですね。マプトはからりと晴れて涼しく5月の軽井沢のような気候です。

6月中旬から7月の上旬にかけて日本に一時帰国しました。今回の帰国は一年ぶりに家族や友達に会う機会でしたが、ビジネス面では今後の資金調達の足掛かりを築きたいという目的がありました。

振り返ってみるとどちらも目的も充分に果たすことができて本当に実り多い滞在でした。6月23日に開催されたアントレアフリカの報告会では、アフリカビジネスの大先輩の佐藤芳之さんや他のアントレアフリカでご一緒している他の起業家とも情報交換できて沢山刺激を頂きました。

また、ご縁ありベンチャーキャピタルやエンジェルや社会投資ファンドやソーシャルレンディングの企業代表の方々とお会いする機会を頂きました。これまでも企業の資金調達の仕組みについて勉強しようとしてきたつもりでしたが、実際に出資者候補とお話しすることで初めて様々な仕組みを自分のものとして理解することができかけがえのない学びとなりました。

5年ぶりに帰った実家の広島市では、懐かしい場所を自転車で走り回り癒されました。広島と名古屋と東京の3ヵ所に滞在して、家族や友人とも久しぶりに会うことができとても温かい気持ちになりました。それぞれに元気に自分の道を邁進している姿に励まされました。

また、社員の成長を実感することができたことも大きな喜びでした。今回の帰国中に2週間現地社員だけで通常業務を続けてもらいました。帰国後、生産チームも販売チームも基本業務を立派に遂行することができていました。基本的な業務を運営することができるようになったので、今後は主体性のある仕事の仕方を学ぶ段階に進んでいきたいです。

Verde Africaとしては7月6日に吉祥寺であるイベントを開催しました。事業パートナーの有坂之良の本の出版記念パーティーとVerde Africaの事業報告会を兼ねたものでした。懐かしい友達を始めとしてVerde Africaを応援してくれる方々が集まってくれて、これからも一層頑張ろうという想いを新たにしました。続くブログではそちらの本の紹介をさせて頂きたいと思います。

(出版記念パーティーの様子)

モザンビークのアフリカ人達

私達はマプト市の中心部から車で40分程北に走った、市の境界線ぎりぎりのエリアに住んでいます。中心部へのアクセスは良いですが、ヨーロッパ的な雰囲気を残すアパートが立ち並び通りにはカフェが並ぶ中心部とは雰囲気が全然違っています。

どう違うのかというと、家は質素なのに庭はやたら広い基本的に平屋作りの住宅が多く、その大部分が建設途中です。アフリカの人々は銀行口座にお金を貯める代わりに、マイホーム建設で資産を形成する傾向があり、お金がある時に少しずつブロックやセメントや木材を買い家族で現場監督や作業をしながら長い年月をかけてマイホームを建設するのです。ちょっと話は逸れましたが、私達が住んでいるのはそんなモザンビーク庶民のマイホーム・ドリームが広がるエリアです。

 

(購入した土地にマイホームを建てながら暮らす、弊社スタッフのアイレス君。これから、壁を塗ったり、部屋を増やしたり、窓を付けたり、ペンキを塗ったり、いろいろなTO-DOがあるそうですが彼が40歳になる頃にはマイホームが完成しているはずです。ローンを組まずにマイホームが建てられるこの方法はある意味合理的?!)

 

そんなエリアで日々の買い物をする場合、スーパーマーケットはなく個人商店がまだまだ主流です。そんな商店のオーナー達について今回は書いてみたいと思います。この辺にはいわゆる”エキスパッツ”と言われる企業や国際機関勤めの外国人は住んでいませんが、外国人は沢山います。それは主にコンゴ民人、ルワンダ人、ナイジェリア人です。外見では外国人だと判断できませんが、お店に通い世間話などをするうちに分かってくるので面白いです。

一番最初に仲良くなったのは食料雑貨用品店を経営する、クラウドです。彼はコンゴ民主共和国の出身で兄弟と一緒に難民としてモザンビークにやってきたそうです。故郷はウガンダ国境に近い、地方都市で今でもお父さんにお金を送っているそうです。彼は基本的にずっとひとりで店を管理していて、週7日10時間くらい働いています。休みたくても次の商品の支払いができなくなるので休めなくて、時間がないから、料理も結婚もできなのだとか。ポルトガル語も堪能でシャンガナ語も話せて、すっかり地域に溶け込んでいるモザンビーク・ビジネスの大先輩です。

最近良く利用している食料品店はルワンダ人の家族が経営しています。彼らもまた難民としてモザンビークに来たそうですが、こちらは子供4人と両親の大家族です。ケニアにも住んでいたらしく、英語が堪能です。店頭を仕切っている子供達はどの子もとても賢そうです。長女はセーシェルの大学に留学していて、長男はアイフォンやドローン購入に興味があり、クラウドと違い比較的経済的余裕のある様子です。食料雑貨品店の経営は何故かルワンダ人とコンゴ民人が多いです。

マイホーム建設のためか、近所に食料品店に続いて多い店が金物店です。小規模の金物店の店主は圧倒的にナイジェリア人が多いです。徒歩3分圏内に7店舗もナイジェリア人の金物店があるので競合しないのかなと思うのですが、在庫のない品物をアミーゴのところで借りて来て販売したりと助け合っているようです。販売している金物は中国製ですが、それらの商品を中国から卸す貿易商がいるそうです。彼らは中国とマプトに拠点を持つナイジェリア人です。中国人貿易商も多いですが、信頼できないのだとか。肌の色が同じなので分かりにくいですが、アフリカ各地に散らばっているナイジェリア人の数は相当多いと思われます。

 

 (こんな感じの小規模な金物店が多いです。)

 

これらの人達と私達の共通点は外国人で英語を喋るということです。そのため不思議な安心感と連帯感があり、英語での会話も弾みます。中央アフリカなど縁遠い国から来た人と知り合う機会もあります。どんな背景があってどんな期待を抱いてモザンビークにやってきたのか、遠い他のアフリカの国に想いを馳せるのもなかなか楽しいものです。

 

 

 

賄賂について思うこと

モザンビークで起業してから賄賂について考えさせられる機会が沢山あります。ザンビアでも2年間協力隊員として活動しましたが、賄賂を直接的に要求されることもほのめかされることも一度もありませんでした。

個人的にこの理由は2つあると思います。第一に協力隊員時代は政府省庁という配属先があり、滞在許可やIDなどすべて所属機関であるJICAが手配してくれていたからです。第二に隣国のザンビアよりモザンビークの方が恐らく賄賂が横行しているからです。

こちらについてTransparency Internationalの2017年世界各国汚職INDEXを調べてみました。モザンビークは180ヵ国中153位で100点中25点です。(100点が汚職が全くない状態)ザンビアは37点で90位なので、ちょっと納得です。ちなみに日本は73点で20位です。

日本の警察官の方は道を聞けば教えてくれて、落とし物を届けてくれて、怖いことがあれば通報できるというのは、なんとも素晴らしいことだとここにきて痛感しています。

賄賂要求のタイプにはとりあえず言ってみただけのもの、空気を読んだもの、脅しめいたものと多様です。賄賂を要求してくる人達について、彼らの視点から考えてみました。

要求に直面しても相手の持論に全く根拠がなければ、ひたすらごねていたら許してくれます。一方で少しでも守れていない法律があると、頑として許してくれません。(これは当り前ですね。)

賄賂を要求してくる人達としては”法律を守るように市民を指導しているが、お金がない人には値引き恩赦をしてあげている。”とポジティブに考えているのかもしれません。なんて想像してみたり。

私達の環境が賄賂と100%無縁とは言えませんが、できる限り遠ざかっていたいです。一時的には良くても長期的に自分達と私達を取り囲む社会に跳ね返ってくる問題だと思うからです。

警察等による企業の立ち入り査察の際に賄賂で解決すると、通報した人にも賄賂の分け前が支払われるそうです。そんな文化では地域コミュニティや社内での信頼関係を築くことがとても難しくなります。また、学校の先生も賄賂をもらって生徒の成績を操作するといったような噂を聞くと、国民が一致団結して立ち向かわなければいけない問題だと痛感します。

大切なことは何か。私の持論では『職業におけるプライド』だと思います。どうしたら、自分の職業に良い意味でプライドを持ち、使命に燃えた仕事ができるのか。それは、暮らしていくために必要な給料が支払われている事と、所属機関による啓蒙だと思います。

モザンビークにも賄賂のほのめかしが全く存在しない機関は多くあります。長い道のりと沢山の人達の地道な努力が必要な問題だと思いますが、私達もそんな大きな流れの1つになれたらと思います。

 

環境ライセンスを取得しました

こんにちは。ちょっと仕事関係でトラブルがあったり、お客さんが来てくれていたりと、バタバタして最近ブログをご無沙汰しておりました。最近のニュースといえば、環境ライセンスを取得しました!ということです。

『環境ライセンスって何?』と思われますよね。環境ライセンスとはモザンビークで製造及び生産活動に従事する企業が、環境を害さない形で行っているという承認で、モザンビーク政府の環境省から発行されます。しかしこちら、他ライセンスの前提条件になるだけでなく、モザンビーク製造業の許認可関連で一番の難関といわれるライセンスなのです。

どのように難しいかを簡単に説明すると、環境ライセンスのカテゴリ―は企業の業種及び規模によりA,B,Cの3つに分かれています。弊社のような零細企業にとっては運命の分かれ目です。ならば所要期間が1年~半年で環境コンサルタントを雇ってそのアドバイスに従い工場ラインを改善したり、Bならば3ヵ月~半年を要します。膨大な経費が発生するだけでなく、その期間工場は稼働待機となります。うちにはそんな体力ありません(笑)。

結果、弊社はカテゴリーCに収まり環境省スタッフによる一度の現場視察のみで環境ライセンスを取得することができました。良かった~!とはいえ、スタッフ全員で大掃除をしたり、下水処理装置を作ったりと大変でした。

私達はモザンビークのような開発途上国で地産地消の製品を作ることにより、付加価値を生み出し、雇用を創出すると同時に国内経済をより豊かに循環させることができると信じています。日本も戦後に農業に引き続き製造業が発達し、第一次及び第二次産業に支えられた経済発展を遂げることができました。

そんな大切な製造業参入のハードルがむやみにあげられてしまっているのは個人的に少し疑問に感じます。外資企業が石炭やガスの採掘を進めるモザンビークでは企業による環境破壊が懸念されるようになった背景があるのかもしれませんが、マプト市にはまだゴミ焼却設備や大規模な下水処理場がなく、環境保護の為に国ができることも進んでほしいなと考える今日この頃です。

(環境ライセンスで一番心配していた、炭の粉塵も無事クリアしました。)

最近の販売と生産

Boa noite! (ボア・ノイチ、こんばんわ)Verde Africaの有坂です。

最近のマプトはからっとして過ごしやすい天気が続いています。雨も週に2回くらい降りますが、降水時間も短く生産作業が滞ることも少なくなってきました。

一方で、木炭の高値プラス低品質供給は今も続いていて、弊社の注文は引き続き好調です。この時期何故木炭が高くなるのか。雨で生産者と仲買人の接触がうまくいかないからとか、木炭生産ライセンスの発行が限られているからとか幾つかの噂がありますが、いつか真相解明の調査をしてみたいです。

この高需要のあおりを受けて、12月から3月まで毎月売上額は最高記録を更新し続けています。これはとても嬉しいです。販売スタッフの業務遂行スキルが上がってきており、仕事をある程度任せられるようになってきたことを頼もしく感じています。

一方で、悩みが尽きないのが生産です。弊社の生産規模ではまだまだ赤字なので、高需要の波に乗り生産量を伸ばし、営業利益を出したい!と切実に願ってきたにも関わらず、なかなか生産量が伸びないからです。注文してくれたお客さんに謝って、商品を待ってもらう日々が続いているにも関わらず。

 

(スタッフミーティング、毎日数分間の朝礼と夕礼をしています。)

 

昨年末に1日1トン生産できる生産の流れを確立して、それに必要なスタッフを揃え、1トンを達成し盛り上がったにも関わらず、毎日安定して目標生産量を達成する難しさを痛感しています。

どうしたら、この状態を打破できるのか。最近はずっと工場に張り付き、スタッフの動きを観察し、細かい修正と改善を積み重ねていく日々が続いています。でも、主な課題は2つあります。

まずは機械保守です。機械が壊れないように日々しなければいけないメンテナンスについての知識もついてきたのですが、メンテナンス中に機械が使えず生産量が伸びません。機械は最低2台はいるという、すごく当たり前のことに今更気づき急いで2台目を購入しました。

 

(最近、2台目を購入したブリケットの形成機。)

 

そして、スタッフの働きを管理することです。1月以降の私はスタッフに今までより怖いと思われている気がします。怒鳴ったりする訳ではないけれど、必要な注意は繰り返ししなければいけないし、会社の方針はキチンと行動で示さなければいけません。でも、長期的にはこの仕事ができるモザンビーク人管理職を育成したいと考えています。

自分で書いていて、恥ずかしくなってしまうくらいどちらも当たり前のことだと思います。弊社の商品の注文が増えているのは、とても素晴らしいことです。このチャンスをしっかり掴むべく、今週もかんばります!

VERDE AFRICAインターン日記 ⑦ 最終回

BOA TARDE! こんにちは。Verde Africaの有坂です。最近は雨の日々に続き灼熱の晴れの日々が続いています。

しばらく続いた雨のせいで木炭の供給ラインは滞っているらしく、弊社商品MACAMANENEの売れ行きは絶好調です。これを機会に安定した需要を生み出してくれる販路開拓に励みたいと思います。生産チームもうだるような暑さの中、頑張って日次平均1トン生産してくれています。平均生産量が上がり始めている背景には、機械保守や生産のノウハウが少しずつ蓄積されてきていることがあります。このまま炭の高需要シーズンを突っ走りたいです!

3月1日に弊社で半年間インターンを務めてくれた久保さんが帰国しました。一緒にご飯を食べて仕事をした久保さんがいなくなり私達も社員達も寂しい限りです。

ということで今回はVERDE AFRICAインターン日記の最終回をお送りさせて頂きます。インターンの成果についての私の感想はブログの末尾に綴らせて頂きました。

(送別会後の集合写真。)

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こんにちは、Verde Africaインターンの久保劍将です。8月半ばから始まったモザンビークでの生活を終え、先日無事帰国いたしました。この約6ヶ月半の間、個人として考えると多くの新しいことを経験することができ、そして多くの学びがありました。インターンの業務では、いわゆる発展途上国で働く面白さと難しさを同時に学ぶことができただけでなく、自分は何が得意で不得意か、好きか嫌いかを改めて知ることができました。それと同時に反省点も多くあり、自身の活動を振り返る意味も込めて率直にお話ししたいと思います

 

“従業員の労働環境とVerde Africa, Lda.の生産性を総合的に向上させるための提案をして、実行に移す。社員の仕事に対する意識の向上をはかり、仕事に対する満足度を高める。”

 

当初このような目標を掲げて始まったインターンですが、達成度は高くありません。その理由として、自分自身の意見として提案することができなかったことがあります。インターン開始当初は、有坂さんが“やりたいけれど時間を割くことができていないこと”を中心に自分が実行していき、生産スタッフと関わる中で改善が必要であると思うことを提案・実行していこうと考えていました。しかし、実際にはそれができなかったと感じています。本来ならば有坂さんとは違う視点で生産スタッフの求めているものや環境を指摘し、改善していくべきであったにもかかわらず、有坂さんが既に考えていることばかりで、自分の意見として提案することができなかったと思います。その中で同様に、途上国の企業やNGOで学生インターンとして活動している方の情報を探し、その人はどのような視点からどのように提案し、それを実行まで移しているのか参考にしたこともありましたが、それを自分に当てはめてみてもやはり難しく感じることが多くありました。先にこうなるであろうと予想を立て、それが成功に繋がらないと思うと実行に移すことができませんでした。頭の中ではやってみなければわからないことは理解していたもののそれを行動に移せないと意味がありません。

 

しかしながら、このようなネガティブなことばかりを日々感じていたわけではなく、モザンビーク人と働くこの経験は、考えや行動を理解できない時があり、難しい部分も多くありましたが、非常に有意義なものでした。当初、発展途上国を含めた自分とは異なる地域に住む人々と近い目線で物事を捉えることができるといいなと考えていました。自分にとってのその現地の人たちという対象は、ブリケットを販売する顧客のモザンビーク人ではなく、生産現場で多くコミュニケーションを交わすモザンビーク人の生産スタッフで、彼らの必要としているもの感じ取り、それを実行に移す解決していくことができればと考えていました。彼らの必要としているものの1つにお金があり、生産量に応じたボーナスを週次で生産スタッフに支払うという仕組みを機能させることで、生産スタッフの仕事へのモチベーションが向上し、生産量の増加につながったと感じました。年末にはミキサーの試運転を行い、それによって初めて生産量が1000kgを超える日があり、炭で真っ黒に汚れてしまう仕事だけれども、生産スタッフが盛り上がって働いている姿を見ることは自分のモチベーションにも繋がっていきました。彼らと近い距離で働くことができて良かったと思います。1月以降は、機械の不調や悪天候によって生産量にはムラがありますし、まだまだ働いている最中にマンゴーを食べたり、友人と電話を頻繁にしたり、彼らが集中して業務に取り組むことができていないのが現状で、そのような環境を作ることができればさらに良かったと感じています。

 

日本とは異なる文化を持つモザンビークですが、その中で自分の感じたモザンビーク人の良いところの1つに、新しく入って来た人をすぐに受け入れてくれることがあります。急に来た自分自身に対しても、新しく入って来たスタッフにも変に先輩風吹かせて気を遣わせるような面倒臭い環境を作らず、コミュニケーションを交わしていました。そのおかげで最初は言語の問題で会話をすることが難しいところから始まったにもかかわらず、すぐに打ち解けることができました。このように気持ちよく半年間一緒に働いてくれたモザンビークの現地人スタッフに感謝するとともに、本来はインターンを募集しておらず、急なお願いにもかかわらず受け入れていただいた有坂さんにも感謝の気持ちで一杯です。知人をきっかけに初めて知ったVerde Africa、モザンビークを訪れることは決して意図してきたわけではありませんが、来てよかったと素直に感じています。帰国後もポルトガル語の勉強はもちろん継続していきますし、規模や距離感、職種はまだわからないものの、モザンビークを含めた途上国の発展に関わるいわゆる国際協力に携わりたいと考えています。と言っても具体的に将来のことは、まだわかりません。しかし、いつか何らかの形で有坂さんまたはVerde Africaにお返しできるように成長していきたいと思います。短い間でしたが、本ブログをご覧いただきありがとうございました。

( 送別会では久保さんがスタッフに日本についてのプレゼンをしてくれました。皆ワイワイ言いながら楽しそうに聞いていましたが、一番うけていたのは日本の満員電車の様子でした。スタッフ達は久保さんという存在を通して、日本をまた少し身近に感じ好きになってくれたと思います。)

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(再び有坂です。)

久保さんの6ヶ月のインターンの成果として最も大きかったことは社内の生産インセンティブ制度が認知され、機能するようになったことです。弊社では1年程前に生産出来高により生産スタッフの給料が上乗せされる仕組みを導入しました。しかし、何故か生産チームのモチベーションが上がっているようには見えず、悩む日々が続きました。結局の問題点は生産量の記録を担当していたモザンビーク人社員の管理が正確ではなかったため、生産量の増加が歩合給に繋がっているという実感を他社員が得られていなかったことでした。

久保さんが来てから、まず生産量を彼自身が正確に記録してくれたことにより、社員の目の色が変わり始めました。そのようにインセンティブ制度の存在が認知され始めると、担当のモザンビーク人スタッフも真剣に生産量の管理記録に取り組むようになり制度として機能し始めたことが実感できました。その後は、久保さんがいなくても生産量を管理できるように生産チーム1人1人に責任を割り当てて、日々の実行を手助けし定着させるところまで完了してくれました。

沢山作れば沢山給料がもらえるという仕組みが機能すれば、会社にとっても社員にとってもWIN-WINです。インセンティブ制度にやる気を出したスタッフ達は『1000キロ~!レレレレレレ~!(アフリカ的雄たけび)』と叫び、自主的に盛り上がりながら『レレレレレレ~!』を賑やかに連発しながら生産するようになりました。これは“今日は1日1000キロ作って大台を超えるぞ”という意味で、ポルトガル語だと『ミリキーロ(mill kilo)! 』となり、何だか可愛らしい響きなのです。こんな様子を傍から見ていると私も幸せな気持ちで一杯になります。

久保さんが達成してくれたことは他にも沢山ありますが、インセンティブ制度の機能は弊者の今後の成長にとって必要不可欠なものであり、その土台を築いてくれたのは明確な成果だと言えます。モザンビークの弊社のようなローカルな環境で、ものごとの進捗が遅いのはある程度仕方ない部分があります。そんな中で、明確な業務成果を残しモザンビーク人スタッフの心に残る存在になったのは大きな達成だと思います。

久保さん、半年間お疲れ様でした。そしてどうもありがとうございました!

(スタッフからの餞別、モザンビークの布”カプラナ”を受け取る久保さん。)

2回目の雨季を迎えて

Verde Africa の有坂です。

ナイロビでのワークショップに参加したのはかれこれ1月下旬です。ワークショップでは様々な分野でバイオ燃料の取組みをしている官民多様なプレイヤーと出会い、大きな刺激を受けてやる気一杯でマプトに戻ってきました。

工場に戻ってみると生産機械の故障が発生しており修理にかかりきりになりました。私自身が修理する訳ではありませんが機械の調子が悪いと、全神経を修理に集中します。2回の大きな故障が立て続けに起こり修理にしばらくの時間を要しましたが必要物資をすべてマプト調達できたのが救いでした。

そのあとはマプト近郊で異例の大雨が続いています。大量に降り続いた雨のせいで市のゴミ集積所のゴミ山が雨で崩れて、近隣の家屋になだれ込み死者がでました。また、マプト市の一部のエリアが雨により浸水して家屋や家財道具が駄目になってしまった家庭も多く発生しました。

 

 (雨が降ると売り先の市場の通路も水浸しになります。)

 

一方で、局地的な干ばつも見られます。マプトの北西部に位置するテテ州では長期に渡る干ばつが住民同士のいざかいに発展しているそうです。ちなみにいざかいの理由は職業柄雨を望む農民が、雨を望まない商人と漁師が”雨を縛ってしまった”と信じて彼らと喧嘩になっているということ。

マプト市とテテ市は距離にして1,500キロしか離れていないにも関わらず、このような極端な天候の違いがあり『これもまた気候変動の影響なのか』と思わざるをえません。

そんなこんなでやっと一息ついたところで、雨のせいか木炭の価格少しずつが上がり始めています。加えて、この時期に手に入る木炭は品質が悪く恐ろしく早く燃え尽きてしまうそうです。それに伴い弊社への注文も増えています。起業してから2回目の雨季、納屋を在庫で一杯にして販路拡大に臨む予定だったのですが、不覚にも在庫が空の状態で迎えてしまうことになりました。でも、頑張ります!

この一連の出来事で生産能力と機械保守、安全指導の徹底、収益性の高い事業への多角化など幾つかの課題が浮き彫りになってきました。それらについては改めて少しずつブログに書いていきたいと思います。

(明日は晴れますように。)

 

VERDE AFRICAインターン日記 ⑥ 在庫管理

こんにちは、Verde Africaインターンの久保劍将です。8月半ばから始まったモザンビークでの生活が、いよいよ残り1ヶ月程となりました。この残りの期間は、自分が抜けた後に、モザンビーク人のスタッフのみで生産量を把握し、それに伴うボーナスの仕組みがスムーズに回っていくように、先々週より引き継ぎを始めました。その他の業務も含めて、それ自体は多くありませんし、難しいことではないのですが、スタッフ1人1人に責任感を持ってもらいたく、少しずつ分配するようにしました。約半年間一緒に働いてみて、自分自身の感じているスタッフそれぞれの性格を踏まえて合いそうなものをお願いしたのですが、いざ始めてみると、いくら難しいことではないとはいえ、スタッフによっては普段やってこなかったことを新しくやり始めることが難しいのだと感じています。

 

例えば、スタッフに引き継ぐ業務の1つに在庫管理表の記入があります。現在、弊社では3つのサイズ(1kg, 4.5kg, 40kg)を販売しています。1kg, 4.5kgのブリケットは、黒いプラスチック製の袋に入れており、40kgのブリケットは、小麦粉等に使われるサックを使用しています。

 

(左から順に 40kg、4.5kg。)

 

小さいサイズの2つは、プラスチックの耐久性に問題があり、基本的には袋詰めをした後、すぐに販売するようにしているため、在庫は多くありません。40kgのサックに関しては、生産現場内に現在40個前後保管されており、それのみに関して在庫管理表を使用しています。その用紙を一目見て、どれくらいの在庫が今あるのか分かれば良いので、記入欄は少なく、非常に簡易的なものです。

 

 

この記入作業の内、商品の入庫に関しては生産スタッフに、出庫に関しては販売スタッフにお願いしたのですが、どちらのスタッフもどうしても記入を忘れてしまうことがあります。とりわけ販売スタッフは、朝一で販売用の商品を車に載せ、すぐに販売先へと向かうため、朝の時間は多くありません。そのためか新しい記入といった細々した作業を忘れてしまいがちなのだと思います。今週より必ず皆が通る生産現場の入り口に在庫管理表を設置してみました。実際の効果としては、正直なところ大きくなく、言わないとか書かない日が多くあります。残りの1ヶ月、スタッフが1人で行うようになるまで、地道にしつこく言っていこうと思います(約2週間業務をお休みするので、その間はメッセージを通して行います)。

(在庫管理表を設置した生産現場の入り口。)

 

 

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