歓喜に湧くシダマ!?

どうも、Food for Future Plcの竹重です。

今回は、シダマの民族問題の続編です。

どうゆう訳か、アワサ市内では謎のシダマ州格上げ決定やみたいな輩が出てきていたここ数週間のアワサ市ですが、本日ついに連邦政府の決定を待たずにお祝いをはじめました。

今回は、国際機関の方々も軒並み避難していることもありつつ、私自身、今日の午前中、なんか雲行きの怪しさを感じたため、予定を早めてアワサからアディスに一時避難してきました。

ぬか喜びには、ならぬのか?

どうも、私が情報を集めたところによると、今回のシダマの歓喜の要因はシダマの州格上げ確定とのラジオ報道によるものと思われます。

普通に考えたら連邦政府の公式声明などに基づいてお祝いされるべきかと思いますが、どうもそうではない様子。

実際、連邦政府が認めなくとも、18日には、勝手に州を宣言するつもりだったようで、この週末には、シダマの重鎮達がアワサ市内で集まって、州格上げに向けた議論を重ねていたようです。

シダマのお偉方もGoサインを出してるし、Goでしょ!ってことなんですかね。

今日のアワサ市内の熱気は異常で、午前中こそ、シダマ政府オフィスにも人がいて、一応仕事をしている体を取っていましたが、街中の歓喜のパレードはかなり広域に渡っていて、お祝いモードではあるものの、どこか恐怖を感じるものでした。

昨年のチャンバララン(シダマ新年)には死傷者も出してしまった、シダマ族の集団心理は少し怖いですね。

さて、今回のお祝いムードに火をつけたと思われるシダマラジオの昨日の報道によると、今夜にも連邦政府からも正式に公式声明が発表されるといった内容だったようで、実際に、今日もシダマの高官と連邦政府の協議が行われていたようです。

すでに、協議は終わったとの情報は得ているものの、20時時点で連邦政府からの公式発表はありません。

今日の狂気を纏ったシダマお祝いモードが一転、発表がない、または連邦政府に否定されてしまう結果になると狂気のデモが発生するかもしれないですね。

ぬか喜びになってしまった際の彼らの反応が恐ろしいですねー。

州格上げが行われても・・・

さて、狂気のデモに繋がるような意思決定がなされず、仮に州の格上げが発表されたとしても、問題は山積みですね。

まずは、現在南部諸民族州の州都となっているアワサ市の処遇もその一つです。

州都ということもあり、アワサ市には南部諸民族州56の民族が暮らしていると思われますが、これを勝手にシダマ州の州都だ!なんてことになると、当然他の民族も黙っていないでしょうね。

南部州の利権は基本的にアワサ市に集約されていますが、ここが取れないとなると、シダマ州が州として認められたところで、州の予算もこれまでよりも少なくなるだけで、溢れるポストと裏腹に財源がないなんて問題も予想できそうです。

さらにいうと、仮に州格上げが認められるとしても、連邦政府が即座に彼らの自治を認める訳ではなく、州格上げを認めても手続きで更に時間をかけて、現状のまま実質的にホールドするなんてのも予想できます。

私の土地問題についても、南部州からシダマ州へと権限が委譲とかなるとややこしいことが増えるかもしれません。泣

その他、シダマ州格上げが実現すると、次はワライタ、グラゲなどなど、次の州格上げ候補はたっぷりと控えています。

シダマで州への格上げが既成事実として成立してしまうと、こうした後に続く民族への言い訳もなくなり、当面の間混乱は続くのではなかろうかという気もしています。

来年には、選挙も控えていますしまだまだエチオピアの内政混乱は続きそうだなと、絶望に似た諦めを感じている次第です。

目的なき州格上げ

最後に、州格上げについて、その事象そのものに盛り上がりを見せている現在のシダマですが、目的を聞くと、誰も明確な目的を持っていないこと。

実際にシダマゾーン政府、南部州政府などのお偉方と話す際に、そもそもなんで州へ格上げする必要があるのかと聞いても、明確な答えが得られたことはありません。

彼らの行動には、思考が伴っていないのではと思うこともしばしばです。

強いていうのであれば、民族の誇りでしょうか?

いずれにしても、州格上げが実現して、仮に現状のアドミよりもマネジメントが悪化するなどが発生したりすると、これまでは、言い訳できていましたが、同じ民族でマネジメントを行っている上で、批判の矛先がどこに向かうのかは恐ろしい話ですね。

まぁ、今後の展望などいくら考えていてもしょうがないので、今後の状況変化もしっかりと見つつ、できることを着々と進めていく他なさそうです。

では、また。

可能性を感じたこと

こないだの初めてのポップアップはお陰様で大盛況に終わり、直近で支払わないといけない税金関係も何とか納付できた。今回の挑戦で限界を感じることも多くあったが、一方で、可能性も垣間見えた。大きな希望となったのは、アフリカ×京都の商品が予想以上の好評を博したことだ。これまでやってきたことは間違っていなかったと、証明できたような気がした。まだまだ改良していく余地はあるが、確かな手応えを得られたのは良かったと思う。


 そしてもう一つ、可能性を感じたことがある。実は販売に際して、かなり前衛的な試みをしていた。ラインナップした一部の商品に価格を付けなかったのだ。お客さんに値決めを委ねて、それがいくらであろうと、お客さんの言い値で販売した。結果として、予想した金額(それは原価を下回る金額だった)よりも高値で取引され、企業として継続していくのに適正な価格でお客さんに届けることができた。

 ぼくたちは、たとえばスーパーで売られている商品の価格を一方的に受け取るのみで、それがどこから来たのか、誰がどのようにして作ったのかを想像する機会は極端に少ない。だから多くの人たちにとって、基本的には値段の安さが決定的に重要になる。そこに生産者が報われているかとか、適正なサプライチェーンを築いているかとかは、さほど気にしなくてもいいシステムになっている。もっと言えば、その商品が誰かの悲しみのうえにあったとしても、大して問題にならないようになっている。そこに対して、小さくても挑戦したくて、値段を付けなかった。


 その結果は、予期せずして持続可能な形に終始した。誰ひとりとして、原価を下回る価格を付けなかった。そのことが語るのは「もっとお客さんを信じていい」ということだと思う。考える機会さえあれば、たとえその相場感がわからなくても、目利きができるだけのスキルをお客さんは既に持ち合わせている。それはぼくたちのような、規模の経済性を発揮できない、あるいは巨大な資本をもたない事業者にとって、かなり嬉しいニュースだった。


 だからぼくたちがすべきことは、臨場感のある情報を提供し続けることだと思う。どこの誰がどのようにして作っていて、それがアナタに届けられることによって、どのようなことが起こっていくかということを、もっとリアルに、息づかいを感じられるほどに、伝えていく必要がある。それは一つの言葉かもしれないし、一枚の絵かもしれないし、一本の映像かもしれない。そのデザインの構築に、ぼくは活路を見出している。

民族問題、次はシダマか!?

どうも、Food for Future Plc の竹重です。

さてさて、先日のクーデター未遂事件以降、バッチリネット規制に引っかかっていた私ですが、昨日から、モバイルでのネットも一部サイト閲覧などをのぞきかなり解放されてきている印象です。

今回は、タイトルにある通り、民族問題に関する今後の見通しを少しだけ。

シダマの民族問題。

さてさて、私の事業予定地も含まれるシダマゾーン(県)における、民族問題について、ざっくりと。

シダマゾーンの含まれる南部諸民族州は大小56の民族をひとまとめにした州になっています。

エチオピア最大民族のオロモ族、北部のティグライ州、北西部のアムハラ州など国内の主要民族はその民族による統治を許され、各民族毎に州としての自治を認められているわけです。

シダマゾーンは南部諸民族州最大の民族シダマ族による行政区分としては州の下位に当たる行政区分となるわけですが、昨年のアビー首相就任によって、シダマが長年の悲願である州成りについても、実現の期待感が高まっていたわけですね。

実際にこの国の憲法に当たる法律でも、民族の独立を認めていて、昨年は、アビー首相就任による期待感の高まりとともに、正式なプロセスをおってシダマゾーンの州成りに関して、連邦政府宛に公式なレターの提出が行われていたわけです。

シダマ州への格上げ問題の現状。

クーデター未遂の発生がなければ先週月曜あたりに、シダマ独立のレターに対する回答が行われるのでは、と言われていましたが、結果、連邦議会の場でこの問題は時間をかけて議論するみたいな形で実質回答を先送りにされていた経緯がありました。

シダマの州への格上げに伴い、ここのところ、南部諸民族州の州都であるアワサ市内では、週末に限らず、至る所で、各民族の非公式な集まりにより、シダマ独立後の南部州の行方についてゴニョゴニョと椅子取りゲームの予備戦みたいなものが行われてきているわけです。

さて、先送りにするとのなんとも曖昧なアビー首相の発言を受けて、個人的にアムハラ州でのクーデター未遂に続き、南部でもなんらかの問題が生じるのでは?なんて予測していましたが、今の所平和な空気が流れていましたが、いよいよ、7月18日、19日にシダマ族による大規模デモが行われる模様です。

シダマ族の知人などに聞いても、温度感としては、そんなに怒り心頭という様子ではありませんが、集団心理によりデモ当日は荒れるんだろうなと予測しています。

また、シダマ以外の民族を見ていても、ゴニョゴニョと南部州から仮にシダマ族のみシダマ州として格上げされることになれば、残りが南部州として残るのでは、いくつかの州として、3分裂案、やら4分裂案と様々な噂が聞こえてくるわけですが・・・

シダマ以外の民族についてもシダマの独立に乗じて、思い思いの独立案を画策しており、シダマ以外の民族も荒れに荒れそうだなと心配しているわけです。

何れにしても、この2週間くらいは動向注視していかないと行けなそうですね。。。

土地についての続報

さてさて、連邦、州、ゾーン、ワレダ、ケベレと全ての行政区分でプロジェクトの承認を得ているわけですが、この後に及んでさらにもう一手間あるようです。

地方政府の土地の活用計画上、事業予定地の土地は居住用の土地となっていたようで、ゾーンの土地の利用計画上、事業予定地の土地活用計画の変更が必要とのこと。

そんなん、前からわかっていたんだから、さっさと先にやっておけよという感じですが、ワレダ政府の首長殿、この手続きを失念していたようで、すでにレター前に出しただろと、全く身に覚えのないレターを出したと言い張り一悶着あった1週間でした。

結果、無事、そのレターを作成していただいたわけですが、自分の非を見事に擦りつけられそうになり、さらにバツが悪いのか電話に出ないという戦法を取られ、地獄のような追いかけっこをしていました。

ネットも繋がらないしと地方駆け巡りつつ、なんとか前に進み出しましたが、、、

前述のシダマ州格上げ問題に伴う椅子取りゲームにも巻き込まれ大変な1週間でした。。。。

強靭な精神力と狂気に満ちた忍耐力、これがない限りはエチオピアでのビジネスは始めることすら困難ということを改めて感じました。

引き続き、狂気をまといつつ、邁進していきますので、応援よろしくお願いいたします。。。

TOPISH Bakery No.58 ~使命感~

ガーナのパン屋の石本です。
クマシではMotor Kingというオート三輪の荷台に乗って駆け回っているのですが、あまりサスペンションが効いていない為、腰痛が少し悪化しました。湿布かマッサージ券が欲しいこの頃です。

さて、前回BBのオーナーからご指名を頂いてから、翌日からパートナーのKofiとJamesと3人で大手のパン屋を訪問して、協力してもらえる様に説得しに行く事にしました。クマシには大小合わせて100近いパン屋があると言われています(言う人によってバラバラであり、どこの地域まで入れているのかも不明瞭)。

全てのパン屋を訪問する事は不可能なので、大枠の方針として、まずは上位15社を訪問して合意を取り付け、その後その15社の連名のレターをお客さんや他の中小のパン屋に配って値上げを周知させる、と言う事になりました。また、7月中旬には15社のオーナー達に集まってもらい、会議を開く事となりました。

当初小麦粉メーカーが大手15社のリストと連絡先を提供してくれる、と言う話だったのですが、急に手のヒラを返して情報を出さなくなった為、自分たちで調査&アポ取りをして一件ずつ回る事にしました。最初に訪問したのは1965年からパン屋を営んでいるDorcas Appiah Bakeryというパン屋で、工場もヨーロッパから輸入した新しい機械を導入しており、ゆうに2000万円ほどは投資したのではないかと思われる大手です。

最初強面で、現在の状況について悲観的なコメントをしていたマダムでしたが、こちらの話に理解を示してくれ、全面的な協力をしてくれる事になりました。彼女達が持っている大きな会議室も、7月中旬のパン屋会議に使っていいと会場提供まで約束してくれ、帰りには次に会うべきパン屋の紹介と、自社のパンを2つお土産にくれました。

「パン屋が利益を削って我慢し続ける、材料を減らす、重量を減らす、そんなシステムを変えていかないとね!頑張りなさい!」

また、現在マネージャーとして働いている息子さんは非常に聡明で、お母さんのパン屋を大きくする為にアメリカから帰ってきたとあるだけあって、次世代のリーダーとしても非常に期待できる(将来的にパン屋の集まりをリードできそうな)人材でした。競合ながら、出会えた事を嬉しく感じました。

次に会いに行ったMrs.Amankwa BakeryはTOPISH Bakeryに近いローカル感のあるパン屋でしたが、生産規模は倍以上と流石のTOP10。オーナーと話をしていると、最近の原材料やガソリン・LPBの値上げや、お客さんの売掛金の踏み倒しなど多くの問題について、相談する相手がいなかったと泣き出しそうな様子で打ち明けてくれました。

「みんな利益が少ないから、もっと売らないとって沢山市場に卸すでしょう。すると、売れないパンは腐る、腐ったらお客さん達はパン屋のせいにして売掛金を踏み倒す。適正な利益が取れたら、みんな過剰に売ろうとしなくても良いはずなのに」

帰ってきた配送車両には30個ほどの腐って返品されたパンが積まれていました。

クマシではここ10年近くパンの値段は上がっていないと言います。少なくともTOPISH Bakeryを創業した4年前からは変わっていません。その間、上がりゆく原料価格に対し、各社様々な努力をしながら何とかやってきたものの、今限界に近いところまで来ているのだ、と改めて認識させられました。

そして、Mrs.Amankawaだけでなく、きっともっと多くのパン屋オーナー達が苦しんでいるのだと思うと、何とかせねばと再度決意を固くするのでした。

騒音問題に悩まされる

5月下旬に新オフィス(兼自宅)に引越ししたわけですが、新居で騒音問題に直面しています。

5月までは少し街はずれの一軒家を借りていたのですが、スタッフの増加に伴い引越しをしました。

現在のオフィスは、カンパラの一等地であるにも関わらず、非常に広い敷地で、建物自体も倍以上の広さになりました。

本来ならば、非常に高い家賃にも関わらず、相場の1/3で借りています。

家賃が低い理由については色々と聞かされておりましたが、実際になぜここまで低くなるのか、明確な理由は引っ越してみるまで分かりませんでした。

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雪辱を果たす

 大阪・中崎町でポップアップストアをオープンし、これまで挑戦してきたことを皆さんに発表する機会を得た。当日は日本初開催のG20サミットで史上最大規模の警備がおこなわれていて、しかも大雨が降り注いでいたにも関わらず、店内はお客さんの熱気と優しさに溢れていた。用意した商品は、ほぼ完売。デザインによっては、しばらくお待ち頂かなければならないほどの注文を受けた。これは大成功といっていい。

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 およそ半年前、ぼくたちは東京の寒空の下、惨敗を喫した。魂を込めて作り上げてきた会社の全財産をスーツケースに詰め込んで、目の肥えたバイヤーたちにぶつけてきた。しかし思うような結果は出ず、終いには店員さんと口喧嘩みたいになるほど、いろんなことが噛み合わない悔しさを経験した。あのときの悔しさをバネに、アクションを起こし、知恵を絞って前を向いてきた。フランス・パリ市内を徒歩で駆けずり回り、トーゴ中をギュウギュウ詰めの乗り合いタクシーで走り回って、何度もミーティングを重ねてきた。
 そうして迎えたポップアップ当日は、数えきれないほどのお客さんが、たくさんの差し入れを持って来店してくれた。102Lのスーツケースは、みなさんからの差し入れでパンパンになった。幼馴染みや高校・大学時代の友人、先生、なにかのご縁で繋がった大切な人たち、そして前職でお世話になりまくっていた上司の方々。全国各地から駆けつけてくださって、来店が叶わなかった友人からも、お花が届いた。ぼくは幸せ者以外の何者でもない。

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 営業時間中、途絶えることなく接客をしていたから、口はパサパサ、足はガクガク、まぶたはピクピクしていて、ほとんど立っていられないくらいだった。帰宅してすぐに、3合分の白米をかきこんだ。こくまろカレーが、あれほど美味しく感じたことはなかった。半年前、東京の寒空の下で惨敗を喫したぼくたちは、雪辱を果たした。大阪の夜空を見上げて、ぼくは小さくガッツポーズをした。

家庭で働くルワンダ人たち 後編

ルワンダはキガリからこんにちは、アジアンキッチンの唐渡です。

7月ですね。
日本では7月初旬というとまだ夏休みに入っていませんが、
エキスパッツ(ルワンダに駐在している外国人たち)家庭の子どもが通う学校は、遅いところでも6月末には学年度末となります。

息子の学校も夏休みに突入し、家で仕事しててもずっと話かけてきます。
そしてランチ問題。
夕飯はたいていアジキチのものをテイクアウトしてごまかしてますが、一日二回はやりすぎだよね?
でもナニーさんがいれば解決!
息子はナニーさんの作ってくれるフライドポテト大好き!
それにかまけて最近主に芋しか買ってない私。

ナニーさん活躍しすぎて、たまに5か月児がいることを忘れるほどです。
授乳以外出番ないです。

いつもお箸を左右に離して添えてくれます。

離任の季節

そうなのです。離任の季節なのです。

多くのルワンダ駐在外国人が任期を終えルワンダを去ります。
それに伴って、そうした家庭で働いていたルワンダ人が一気に大放出されます
エキスパッツ内に流れる人材情報を漁って、片っ端から会う。
結構色々人間模様が見れて面白いです。

ボスの国や組織ごとに雇い方に傾向が出るし、
例えばインド人のもとで3年働いた、とかだと我慢強そうだなとか。

それにしても、産業がない=職がないので、エキスパッツ家庭での仕事は上級職の扱い。
エキスパッツ家庭のナニーは高給職。
エキスパッツ家庭のナニー、そのナニーのナニー、と階級社会の縮図がここにもあります。

6月~7月にかけての買い手市場

ルワンダを去った駐在員の後任が来るのは8月頃から。

それまでは、買い手市場。
一瞬ですが、需要を供給が大きく上回り、買い手市場になります。

この時期にたまに遭遇するのが、
元の雇い主に相場よりもかなり高い給料で雇われていた人が職探しに苦労するパターン。

その人は一時ハッピーだけど、
市場価値と連動しない大金を特に理由なくもらえて自分の市場価値認識が狂い、
任期を終えた雇い主が去るとき、次の職にありつけない、かつ元の生活水準に戻るのに苦労する。

もちろん雇用主は良かれと思ってやってるんだけど、
市場値に上乗せする場合やはり市場より優れてるスキルがあるとか、
勤続年数がある年数を超えた(これは働くのが続かない人が多いルワンダでは確固たる価値証明になると私は思います)とか、
何がどう評価されての提示だということを理解できる人じゃないとダメだと思います。

ボーナスも、インセンティブに働く場合とそうでない場合がありますから…
(詳しくはこちらの記事をご覧ください。「『インセンティブ』の難しさ」)

総じて、何の対価か不明なお金はあまりその人を良い方向に導かないなというのが、この国に4年いて分かってきたことです。

あげる方は、お金が正直一番楽かもしれないけれど。
ましてや家庭で働いてもらう人たちなら、お金でゴキゲンになってもらうことが一番。
そして数年経てば自分はルワンダを離れる。
でも実は、自分はいつかいなくなるかもしれない身であればこそ、
お金を簡単にあげることには慎重になった方がいいと思うのでした。

いつからオルタナティブ医療になったのか?

JUJUBODYの大山です。

『奇跡のモリンガ』発売後から届く、

「本当にモリンガ奇跡的! 」という事例をガーナのスタッフにシェアしていたら、こんな話になりました。

78歳のカールのお父さんは、腎不全手前でガンの疑いもあることから手術して、腎臓を1つ摘出。

しかし、その手術の際に、医師のミスで大腸の神経が傷つけられ、大腸の機能に問題が生じてしまいました。

消化できないので、まともに食事ができず、術後は、みるみる痩せて、骨と皮だけに。

手術前までは、元気だったのです。

医師ができることは何もないという状況になり、ハーバルクリニックを頼りました。

すると、薬草のセットが一式送られ、

これを摂っていればあとは普通に食事をしていいと2ヶ月継続。

その後、病院で検査をすると、「こんなに数値が改善するのはあり得ない!」と、再検査までされた。でも、結果は同じ。

結局、がんは他にも転移しているようで、最初に、ハーバルクリニックで治療をしていたら、年齢を考えてもガンと共生しながら生きるという選択肢をとり、この先10年、辛い思いもせず、元気に生活できたのではないか?と。

みんな最初に西洋医学にいき、どうしようもなくなると、オルタナティブ(代替医療)へ行きつきますが、慢性疾患は、最初にオルタナティブを試すべきではないか?という結論に至りました。

そもそも、このオルタナティブ医療と今言われるものは、先人たちの長年の知恵の結晶でもあり、

むしろ、これが本来主流だったのです。

マラリアだって、ずっと存在してきたけど、自分の免疫力とハーブで彼らは治療してきたのです。

(もちろん、免疫力た低い人は助かりませんが)

いつから、オルタナティブ医療になったのでしょうか?

西洋医学が入ってきたときに、一切を否定され、人々も自分たちの伝統や知恵をないがしろにするようになってきたけれども、今こそ、その価値を見返すべきではないでしょうか?

それは、西洋医学を否定するものではなく、どちらもそのメリット・デメリットを理解した上で、活かしていくべきだと思うのです。

そもそも、人は、食べたもので体が作られています。

食べるもの、栄養の取り方に気をつけるという観点は、病気を治す上で無視できませんが、

西洋医学では、ほとんど語られることが、これまでありませんでした。

今回、ガーナの国立生薬研究所に行ってきました。

西アフリカ一の生薬研究施設で、治療にハーブを用いています。

『奇跡のモリンガ』執筆の際にも、現地スタッフに調査に行ってもらった場所です。

外来治療のみで、医師の問診、血液検査等の検査後、生薬を処方してもらいます。

その他に、生薬を使ったプロダクトの有効性を認証してもらうこともできます。

ここに集まっている知識を体系化したら、とっても有意義だろうなと、

訪問して大きな可能性を感じました。

なんだか、ワクワクしてしまいます。

治安悪化は、ナイジェリア人のせい?

JUJUBODYの大山です。

西アフリカ一の大国ナイジェリアでは、外国人の誘拐などが日常茶飯事で起こるので、

外国人駐在員などは、警備をつけて移動します。

一方、西アフリカで2番目に人口が多いガーナは、その政治的安定と治安の良さを売りに、

西アフリカのゲートウェイ

をうたって外国投資を誘致していました。

ガーナには、よく言われるような「スラム」がないように思います。

もちろん、低所得者地域などはありますが、ケニアや南アフリカの「スラム」とは違う感じです。

外国人が一人で低所得地域の道を歩いていても、

Give me a dollar と言われることはあるかもしれませんが、

身ぐるみ剥がされることはありません。

むしろ、私自身は、そう言われたことも数えるほどしかなく、

“Be my friend”みたいな「友達になって」という声がけの方が多い気がします。

内紛もなく、争いごとを嫌うガーナ人。

ケニアやナイジェリアなど、他の治安が悪いと言われるアフリカ諸国に出かける際には、

「ガーナと違って、他のアフリカの国は怖いんだぞ。気をつけないといけないんだぞ」と、

ちょっとビクつきながら出かけて行きます。

ガーナでは、私ももちろん一人で出かけますし、街も歩きますし、怖い思いをしたことは一度もありません。

アフリカで1、2を争う治安の良さだと思います。

しかし、今回、ラジオやニュースを賑わしていたのは、

身代金目当ての外国人誘拐事件の話。

なんでもここ最近、何件かあったそうなのです。

私が住んでいた頃は、聞いたこともありませんでした。

そして、ガーナ人曰く、

これは、全てナイジェリア人の仕業だと。

果たして、本当に全てナイジェリア人によるものなのかはわかりませんが、

確かに、新聞を見ると、ナイジェリア人が強盗に入った事件などが紙面を賑わせていました。

日本で強盗殺人などが起きた際に、

「中国人に違いない」という感覚と同じようなものかなと思います。

いつまで続く?ネット規制

どうも、 Food for Future Plc の竹重です。

さて、所用があり昨日から、首都アディスアベバに来ている訳ですが、首都でもネット環境はあまり変わらないようです。

先日のクーデター未遂を受けてネットが完全遮断され、尚且つ、個人的には携帯電話の通話機能までブロックされて、社会から完全に孤立する数日を送っていた訳ですが、、、

木曜あたりから固定回線でのネット接続が限定的にオープンになったりと状況の改善を多少感じることができます。

SNSなどは引き続き規制の対象になっているものも多く、VPNの活用で接続できるものもあれば、完全に接続できないWebサイトがあったりと非常に不便な日々を過ごしています。

このブログもVPNを活用してなんとか接続できている状況です。

現状、 wifi 環境下で最も安定して接続できているのはツイッターでしょうか。。。

アビー首相就任前のハイレマリアム時代の情報規制の感じをジワリと思い出しつつ、先月unlimitedのモバイルに費やした1900ブル(約8000円)のリファウンドが貰えるのかどうかなどしょうもないことを考えている訳ですが。

ともあれ、基本オフラインのエチオピアからでした。

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