南アフリカでの生活


一昨日ルームメイトだった南アフリカ人2人とご飯を食べました。2人とは3ヶ月一緒に同じアパートで暮らし、色々お世話になりました。

左のロングの子はコンテンポラリーダンスの先生でクールな雰囲気の子です。身長が170ちょいあり見た目はやや近寄りがたい雰囲気がありますが、観葉植物や日向ぼっこが好きな子でかなりギャップがあります。優しいです。

右のショートの子はケープタウン大学で英文学のレクチャーをしています。トレイルランやマラソンをしたりかなりアクティブで、左の子とは対照的で元気でよく喋るタイプです。彼女にはよくご飯を作ってもらいました。いたずらっぽい子です。

以下当時の生活を通して僕が感じたことや2人が僕に感じたことを書きます。

【すごいオープン】
南アフリカというとアパルトヘイトですがむしろかなりオープンに感じました。アパートの清掃員のおばちゃんにわざわざお茶を出したり、帰りのバス代がないと頼む黒人にお金を渡したりコミュニティの意識が強いように感じました。正直バス代なんかはザンビアの経験がなまじあるので、典型的にお金を騙し取ろう?としてるようにしか初めは感じませんでした。

【シェア文化】
僕自身も冬服を買いたくなかった事もあり、今でも2人から借りたままの服があったり、頻繁に夕飯を分けてもらったりかなりお世話になっています。思えば不在時でも寝室のドアはいつも開きっぱなしでした。いい意味で人種、職業、バックグラウンドについて何も考えていない人達と感じました。

【割り箸の再利用】
ただ僕の振る舞いで引かれていた事もあったと思います。お金や時間の問題からか僕はよく割り箸を洗って使いまわしたり、フライパンから直接ご飯を立ち食いしたり結構行儀が悪かったです。一昨日も正直引いてたよねと聞いてみると別に引いてないとフォローされましたが、当時のリアクション的には完全に引いていました、、

【それぞれの趣味】
ケープタウン大学の子がマラソンやトレイルランをやって、もう一人の子はスコティッシュダンス、そして僕は何でもやるという具合に皆身体を動かすことが好きでした。その為か食べるものも素朴で普通の物がみな多く共通点は多かったと思います。ただ調理方法は不思議と生派、茹でる派、フライ派で合うようで合わない感じでした。

【家賃など】
水道代光熱費インターネットなど全て込みで月45,000円でした。場所はケープタウンの中心地で、基本的に徒歩で何でも済ませられるエリアです。家は木のぬくもりがする暖かい感じの家でテープルマウンテンを一望できました(家の動画をインスタにあげました)。また僕は急に国外への出張の可能性があったため、柔軟な対応をしてもらえた事が1番大きかったです(2日後退去しますなど)。

【女の子の夜歩き】
大学のレクチャーをやってる子の方が夜でも一人で歩きます。嫌だったことを挙げる話で唯一この話が出ました。僕はやめろと言い続け軽く喧嘩になってましたが、彼女にはそれは過保護だとご飯の時も言われました。大抵2人で揉めてるともう1人のダンサーの子が考え込むような顔をして僕らを見守っています。

【よく歌う】
日本の文化などで驚いた事があれば教えてと聞いてみると、パソコンに集中しながらストレッチをすること、よく歌っていること、新しいものへの関心が強いことなどを挙げていました。正直文化の違いでは全くないので、一応日本人はそんな事はしないと伝えておきました、、

【和の精神】
一方で自分自身の和の精神的なものも感じました。相当自分勝手だと思ってましたが2人の為には自然と多くの事をやっていたと思います。和を乱さない精神は重要だと感じました。

アフリカというと黒人のイメージですが、彼女達も生まれた時から普通にアフリカにいるアフリカ人です。ただ南アフリカは日本からあまり人が来ない一方で、イメージでは語られる事の多い国だと思います。この2人に限りませんが、南アフリカに暮らす黒人も白人も、人種など良い意味で考えていないようにも感じます。

初めまして!ギニア共和国からInuwali Africa 代表 バー由美子です

ギニアのマルシェ

初めまして!

Inuwali Africa ・イヌワリアフリカ代表 バー由美子と申します。

2010年から西アフリカ、ギニア共和国の首都コナクリに在住し現地で活動を行っております。

この度、Africa起業イニシアチブに参加させて頂く事になり、この様な貴重な場でわたくしの活動などを書かせて頂くチャンスを頂けた事、本当に感謝しております。これから何卒宜しく御願い致します。

第一回目の投稿はまず、私の自己紹介と、私がアフリカ、ギニア共和国に繋がる事になった経緯を書かせて頂きたいと思います。

 

ギニア国立舞踊団 Les Ballets Africains の公演時にて

名前:バー由美子

文化服装学院スタイリスト科卒業

高校生の頃から海外の音楽やファッションに興味があり、高校在学中にイギリス・オクスフォードに短期留学をした事をきっかけに、今度は長期滞在してロンドンの音楽シーン、ファッションを思いっきり体験したいという思いが募り専門学校卒業後に音楽の街ロンドンに留学。

語学留学をしにロンドンに行ったのに、学校の勉強よりも実際に現地で働く方が楽しすぎてこれまた大好きだった骨董品や古着を扱うアンテイークショップの店番や、ヒースロー空港にあった在ロンドン・ヤマト運輸にてインボイス製作のバイトをしながら当時の音楽シーンにどっぷりハマる生活を過ごしました。

当時のロンドンではアフリカやジャマイカからの移民が多く、彼らのファッションやヘアスタイルがとても素敵で印象的でした、ジャズやレゲエミュージックが大好きだったので、黒人音楽に興味があったものの、アフリカに興味は無かったし、まさかいつか住む事になるなんて事は全く想像もしていませんでした。

その後、日本に帰国した後は、当時日本で大流行していたアメリカの古着や中古雑貨を扱うお店で働いた後、自分のお店を東京原宿にオープンしました。オープン当初は、アメリカで買い付けをした古着(当時リーバイスのビンテージジーンズやナイキのスニーカーが爆発的に売れていました)やアンテイーク雑貨を販売していましたが、やがてアフリカに繋がっていく転機が訪れました。

 

アフリカ太鼓・ジャンベがきっかけでギニアに

 

丸太をくり抜きヤギの皮を張った太鼓・ジャンベ

アメリカに古着を買い付けに行くたびに公園に集まって太鼓を叩いて踊る人々を見かける様になりました。それは、イメージで言うと渋谷の代々木公園で太鼓を叩いている人たちの様な感じで、アメリカではドラムサークルと呼ばれていて、楽器を持っていれば誰でもその演奏の仲間に入り、楽器がなければ踊ったり、老若男女、国籍も関係なく誰でも一人一人が自由に楽しみながらみんなで仲良くなってその一体感を体験出来るというものでした。

その後シアトルの太鼓ショップで世界中で活躍されているギニア出身のジャンベ奏者・Mamady KeitaさんのCD 「NAMKAMA」に出会ったことが私の人生を変える事になりました。

 

Mamady Keita 「NANKAMA」

 

アメリカでこのCDを購入し帰国した後、CDを聞くうちに無謀にも自分でも演奏してみたいという気持ちがムクムクと膨らみ、日本在住のギニア人のジャンベ奏者の先生のジャンベ教室を見つけ、先生に教えてもらうごとにジャンベを演奏する楽しさに夢中になっていきました。

ある日、その先生が企画していたイベントに行ったところ、なんとこのCDのMamadyさんご自身がそこにいたんです。その後いろいろな不思議なご縁で、その時はベルギー在住だったMamadyさん主催の、彼の母国ギニアでのジャンベのワークショップツアーに参加する事になりました。

 

それが私の初ギニア渡航、今から17年前の話です。初めてのギニア渡航は、現代社会とかけ離れた街並み、人々の様子、そしてあまりの無法地帯ぶりに見るもの全てが衝撃的でした。でもその衝撃とはよ良い衝撃でもありました。それは今までの自分の価値観や人生観を打ち消すもので、金銭的、物質的に恵まれない環境の中で逞しく生きている、おおらかで人懐っこい笑顔を見せるギニアの人たちとと触れ合う間に、今まで感じた事の無かった何とも言えない感情が湧きだしました。

そして、その後、Mamadyさんのツアーの手伝いをしていた国立舞踊団のダンサーの夫と結婚する事となり、ギニアと深く関わる事になっていきました。

 

私たちのギニアでの結婚の祭りではMamadyさんがジャンベの演奏をしてくれました

 

日本で経営していたお店は、当初アメリカの古着がメインの品揃えでしたが、初ギニア渡航を機にギニアの太鼓職人が作ったジャンベやギニアのテーラーに作ってもらったアフリカの布を使った雑貨や服を販売するようになりました。

結婚を機に日本に渡った夫は、ギニアでは国立舞踊団所属のダンサーで、ヨーロッパにダンスのレッスンで招かれた事もあるダンスのプロフェッショナルだったので、日本ではアフリカンダンスの教室やパフォーマンスをする事で、ギニアの伝統文化を広める活動をしていました。

ギニアのアフリカンダンスとは、ジャンベの演奏で踊る各部族に伝わる伝統舞踊で、ジャンベと共にいまや世界中で愛されているギニアが世界に誇る文化であり、その頃は日本でもジャンベやそのダンスがブームになっている頃でした。

それから私たちは2人の子供を授かり、彼らが成長するにつれて、その大切なギニアの伝統文化を彼らが小さいうちからギニアで本物のアーティストの中で肌で感じながら学ばせ、彼らを世界に通用するプロのミュージシャン、ダンサーに育て上げたいという想いが強くなりました。

 

ギニア発の100%Made inギニア 100%フェアトレードブランドでみんなでHappyに!

 

マルシェのアフリカンプリント屋さん

そして、もう一つの想いがありました。

ギニアでは仕事が無く収入を得る事が難しい、それに対して物価が異常に高く、みんな今日のご飯を食べることすら大変な生活をしている。

でもギニアには才能、技術のある職人さんが沢山いて、世界中で流行しているアフリカンプリント布をはじめ、魅力的な材料も沢山ある。みんなで一緒に力を合わせたら、私たちも、製品を作る職人さんたちも、その材料を売っているお店のおばちゃんおじさんたちも、みんなで作った商品を購入して下さるお客様もみんながハッピーになれるビジネスが出来るかもしれない。

このまま日本でお店をしながらギニアの商品を販売するよりも、ギニアに拠点を移し、ギニアの職人さんたちと共に、ギニアにある材料を使った「100%メイド イン ギニア、100%フェアトレード」のブランドを作り、ギニアから世界に向けて発信したい、ギニアの人たちとみんなでハッピーになっていきたいという想いが強くなっていたのです。

 

ギニアには、街の至る所に掘っ立て小屋の様な小さな仕立て屋があります

機械を使わず全て手作りの太鼓作り

 

そんな想いで、2010年に家族で夫の母国ギニアに移住し立ち上げたのが、ギニア発のアフリカンファッション、ジャンベ&民族楽器専門 フェアトレードブランド・Inuwali Africa イヌワリアフリカです。

 

 

Inuwali イヌワリとは、首都コナクリやギニア沿岸部で話されている、スス族の言葉で、「ありがとう」という意味を持ちます。私に素晴らしい幸せを与えてくれているギニアに感謝を込めて、ブランド名に「アフリカ ありがとう」名前を付けました。

昨年はギニアの文化省よりギニアのアート、音楽、観光に関する営業の認可を受け、イヌワリアフリカを法人化し、現在ギニアで活動を続け8年目、商品の販売以外にもギニアの魅力を発信するさまざまな活動を行っております。

 

Inuwali Africa イヌワリアフリカ HP  

Inuwali Africa イヌワリアフリカ ネットショップ

 

次回は、私たちの行っている事業についてご紹介させて頂きます。

是非多くの皆様に私たちがギニアで行っている活動を知って頂きたいと思っております。宜しくお願い致します。長くなりましたが、最後までお読み下さりありがとうございました。

 

イヌワリアフリカ 代表 バー由美子                             Yumiko Bah / Inuwali Africa  Présidente

「もったいない」から始めたモノ創り。~Japaran~

はじめまして。

株式会社ジャパラン 代表の星 千鶴と申します。

そして同時に「Nipponランドセルプロジェクト」代表も務めております。

まずは、初めにJaparanの事業のお話をさせていただきます。

Japaranは2015年、使われなくなった日本の伝統織物の着物帯をリサイクルし、MOTTAINAI(もったいない)をコンセプトに生まれたエシカルブランドです。
不要となり眠っている着物や着物帯をリサイクルし、ONLY ONEの鞄として生まれ変わらせています。

職人が、丁寧に一つ一つ手作りで作る世界に一つの鞄を、素材の仕入れから製作、販売まで一貫して行っています。

 

《Japaranのモノ創りのコンセプト》

使われなくなった日本の伝統織物の着物帯を使い、丁寧に手作りで創る世界に一つだけの鞄

わたしたちは、日本各地の繊維織物産地との繋がりを軸に、今までの《帯は着物を着るためのアイテム》でしかなかった固定概念を取り払い、帯の材料となる繊維織物という技術と美しさを生かし、現代(いま)の感覚で表現した「和モダン」な鞄をコンセプトに、もっと気軽に、もっと様々なシーンで身につけられる世界に一つだけの鞄を提案しています。日常生活の中でより多くの方にご使用いただける商品へと生まれ変わらせました。

日本には、国や世代の垣根を超えて 世界へ発信したいモノがたくさんあります。
そして、日本にはまだまだ、たくさんの宝が眠っています。
私たちはその眠っている古き良きモノに命を吹き込み、
新しい発想を加え、新たなカタチを提案していきたいと考えています。

その一つとしてJaparanの特徴は、アンティークの着物帯に様々な素材とを組み合わせた、異素材ミックスのデザイン。

世界有数のJAPANデニムの産地 岡山県児島のJAPANデニムや、京都の西陣織の織元が織るオリジナルの西陣織り、日本の藍染発祥の地、徳島県の藍染めなど日本各地の伝統工芸を作られている職人さんたちと一緒に、様々なコラボ商品を生み出してきました。

また、アフリカウガンダの伝統生地「チテンジ」も直接現地で仕入れをし、着物や帯、藍染、デニムなど日本の伝統素材とのコラボ商品を製作しております。
1点物にこだわった商品で、眠っているアンティークの着物帯に本革、デニム、藍染、チテンジなど様々な上質な素材を組み合わせ、新しい商品として、職人が一つ一つ丁寧に手作りで創るONLY ONEの商品です。
また、創業当初より、アフリカ ウガンダの子供達への学業支援活動をサポートしています。
売上げの一部はアフリカウガンダの子供達への学業支援に生かされ、お客様が身近に社会貢献を感じていただけることも特徴の一つです。

   

 

~社会貢献の新しい形~
当社の事業は、《作り手も買い手も社会貢献ができる新しい形》を目指しています。
具体的には、売上の一部をアフリカの子どもたちへの学業支援活動『Nipponランドセルプロジェクト』を通じて、海外の途上国に寄付します。本プロジェクトは、日本で役目を終えたランドセルを、海外の途上国で暮らす学業支援が必要な子どもたちに手渡していきたいという想いから生まれた活動です。

私たちは、企業としての社会貢献活動だけではなく、Japaranのお客様が社会貢献活動として実感できるよう、売上の一部が自動的に寄付される仕組みとしています。

『Japaran 』を通して、お客様により身近に社会との繋がり、物の大切さを感じてもらうことは、当社のコンセプト『もったいないから生まれたエコサイクルブランド』を伝えていく一番の活動だと考えています。

 

 

相見積もりを瞬殺で完了させる

これが私の事業のキーコンセプトです。

ケニアには登記されている数で約160万、登記されていない企業数(いわゆるインフォーマルセクター)も含めると500万超の中小企業が存在しています。(*1)

 

事業を行う上で様々な物品・サービスを購入する必要があるわけですが、その取引先を見つけるのに非常に多くの時間をかけています。取引先を見つける現状の主な手法は、①とにかく練り歩く、②ダチに聞く(Referralと呼ばれる手法)、③Google検索をする、ですが、いずれも「欲しいもの」を「納得できる値段」で発見するまでには、1週間以上を要し、時にはさっぱり見つからないというケースもあります。

①はそもそも歩いてる場所が間違っているかもしれないし、②はダチとの間のミスコミュニケーションやダチの情報不足もありえる、③はきちんとSEOをしているウェブサイトを持っている企業は殆どいないのでバシッと見つからない、という問題が発生します。またいずれの方法でも、結局一件一件同じ説明をして見積もりを得ないといけない。ということで、「あーもう夕方かっああっ!一日つぶしてもうた。また明日街に行くか・・・ダルっ」というのが中小企業が相見積を取る際の日常風景となります。

 

(ケニアのダウンタウンはこんな感じ。世紀末版秋葉原という趣)

 

この状況は、General Supplierというある企業タイプにおいて最も顕著に現れます。ケニアでは、失業率対策の一環として、Youth(設立5年以内)・Women(女性がDirectorにいる)・Disadvantaged(障碍者を雇用している)の条件に合致する企業に対して、優先的に政府関係の調達案件を受注させるという政策を持っています。AGPO(*2)と呼ばれるこの制度に登録された企業に対して、政府の全調達の30%を渡すというのが政策目標として掲げられており、General Supplierはかなり大きな(優遇された)市場の中で活動していることになります。そして、彼らは政府から調達案件を受注すると、LPO(Letter of Purchase Order)という納入品目が書かれた紙ぺらを持って意気揚々と調達活動を始めるのです。

しかし、その時の彼らは心の中でこう呟いているのです。

 

「これどこで買えんの?」

 

そして、翌日から①②③のステップを繰り返し試行錯誤し、夕方4時半くらいになると「あーもう夕方かっああっ!」とオフィスで一人叫ぶ。そんな感じで一週間が過ぎていきます。政府からのLPOは時限爆弾のようなもので、多くの場合、依頼から20日以内に納入という期限がついています。配送の手配を考えると、遅くとも2週間以内にはきっちりとどこから買うかを決めたいのです。つまり、彼らは焦っている。しかし、焦れば焦る程、手は汗ばみ、グーグリングするタイピングスピードも落ちていくわけです・・・

それに対する解決策が、買いたい商品を元にした相見積もりプラットフォームです。アプリ上で、買いたい商品をタイプ⇒それに対応した企業がリスト化⇒発注したい企業を選んで依頼⇒企業から見積が来る、という流れになります。マーケットプレイス系のサービスとしては、アフリカのAmazon的なJumia(*3)やKili Mall(*4)、掲示板的なサービスとしてはOLX(*5)がありますが、売り手が売りたいものを掲載するシステムなので、window shoppingには向いているものの、買いたいもの・スペック・条件がより厳しく決まっているB2B向けの調達には不適。

Seller側(主に街に店舗を構えるRetailerやWholeseller)も営業活動に課題を抱えていて、売上を伸ばすべく広告を売ったり、FBページを構えてみたり、OLXに投稿したり、はするものの、問い合わせは増えても、なかなか本当に買うお客は来ないというもの。要するに、物見遊山の客が多く、SeriousなBuyerが増えない。

であれば、両者をプラットフォームに乗せてしまえば良いじゃないか、というのが本事業の発想です。

ピッチペーパーはこちら
https://drive.google.com/file/d/0B1jILOgOp8RlLU9WWlo3cDZhdkk/view?usp=sharing

 

(*1) ケニア政府統計局2016年調査:https://www.knbs.or.ke/download/the-2016-msme-survey-highlights-of-basic-report/

(*2) Access to Government Procurement Opportunities

(*3) Nigeria発の大手ECサイト:https://www.jumia.com.ng/

(*4)Kenyaの大手ECサイト:http://www.kilimall.co.ke/

(*5)インド企業が運営する個人間売買掲示板(*5):

【事業紹介2】セネガルの不動産屋「SénégÀLouer(セネガルエー)」

【忙しい人のための3行まとめ】

・セネガルの不動産屋「SénégÀLouer」の概要を紹介

・始めたきっかけは、私の家を紹介してくれたセネガル人から「不動産屋さんをやりたい」と言われた事

・「不動産屋飛ばし(仲介手数料を払わずに大家と住人が直接契約を行う事)」が多く悪戦苦闘

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、私がセネガルの首都ダカールで運営している、不動産屋さん「SénégÀLouer(セネガルエー)」の概要を紹介します。

 

・概要

2016年8月、セネガルの首都ダカールにオープンして1年1か月。

不動産仲介業の店舗を運営。

物件の売買、賃貸、物件の管理などを行っています。

顧客はセネガルの人を始め、諸外国の駐在員、日本人、他のアフリカ諸国からの移民など様々です。

名前の由来は国名の「Sénégal」と、貸部屋有を表す「À Louer」(英語で言うFor Rent)を合体させて作った造語です。

店舗前で従業員と

 

・活動理念との関連性

こちらは、活動理念との関連性は低いです。

セネガルでの活動費を稼ぐための活動として始めました。

 

・はじめたきっかけ

私の家を紹介してくれたセネガル人から「不動産屋さんをやりたい」と言われた事です。

左が不動産屋オープンのきっかけを作ったスレイマン

・今後の展望

二期目を迎え、現在新空港付近の土地売買に力を入れ始めました。

現在直面している最も大きな課題は「不動産屋飛ばし」です。

具体的には、物件の紹介後、不動産のオーナー(or管理人)と顧客が直接取引を行う事で、仲介手数料を支払わない事案がたびたび発生しています。

仲介店飛ばしが発生する原因として、セネガルでは、顧客がオーナーと直接会えてしまう機会が多い事(例:顧客訪問時、「顧客がどんな人か確認したい」とオーナーが同席する事が多い、また、物件と同じ建物にオーナーが住んでいる事が多いため顧客からアプローチする場合も多い)、警察や裁判所などの作業が著しく遅く俗人的で進まない事、そして少額訴訟の場合、弁護士費用の方がかさむため泣き寝入りをするしかない構図になっている事が挙げられます。

対策としては、訪問前に、オーナーおよび顧客より「訪問証明書 兼 支払い同意書」にサインをもらっています。当書類には、訪問後契約が決定した場合、仲介手数料を支払う事に同意する旨を記しているため、仲介店飛ばしの抑止力として利用していますが、上述の理由から、それでも飛ばしを行う人が後を絶たないのが現状です。

 

 

以上、少しでもご興味をお持ちいただけましたら誠に幸いです。

次回以降も、時折セネガル情報に関する投稿を交えつつ、引き続き事業の紹介を行いたいと思います。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

【WEB】

アフリカビジネスのパートナー アフリカ商会 by JAPON COMMERCE

アフリカ旅行ガイドブック セネガル

ダカールの日本人宿「シェ山田」

アフリカホームステイ.com

フランス語留学.com

【事業紹介1】ダカールの日本人宿「シェ山田」

【忙しい人のための3行まとめ】

・ダカールの日本人宿「シェ山田」の概要を紹介

・始めたきっかけはガイドブック制作に向け動く中で日本人観光客増加のために宿が必要と考えたため

・私自身学生時代にバックパッカーだったため「旅行者目線で使いやすい」ゲストハウスを目指しています

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、私がセネガルの首都ダカールで運営している、西アフリカ初の日本人向けゲストハウス「シェ山田」の概要を紹介します。

 

・概要

2015年11月、西アフリカ初の日本人宿としてセネガルの首都ダカールにオープンして1年10か月。

小学生から社会人までさまざまな方にご利用いただいています。

 

治安良く便利な立地

ゲストハウス「シェ山田(旧名:OMOTENASHI)」があるのはセネガルの首都ダカールの閑静な住宅街。女性が夜歩いても大丈夫な治安の良い地域です。

【徒歩圏内にある主な施設】

現地のコンビニ2秒 セネガル料理店1分 バス停1分 スーパー1分 お酒の買えるスーパー5分 お酒を飲める格安レストラン6分 世界最大のブロンズ像7分 お酒の飲めるビーチ10分

 

お部屋

個室はゆったりダブルサイズの寝具。ドミトリーは総勢6名収容。開放感のあるお部屋です。

日本のコンセントが使えるコンセントプラグもあります。

 

旅の疲れを癒せる設備

当ゲストハウスは温水シャワーや洗濯サービスが無料。

疲れを癒し、次の旅への活力を得られる。そんなゲストハウスを目指しています。

【主な無料サービスと設備】

・高速Wifi(スカイプができる位サクサク!)

・ホットシャワー(風呂トイレ別で快適!)

・洗濯サービス(畳んでお返しします!)

・蚊帳(4か所止めタイプで広い!)

・洋式トイレ(トイレットペーパーも流せます!)

・日本語書籍(小説、仏語や現地語の参考書、現地語辞書、非売品のガボンのガイドブックなど)

・駐輪場

・荷物預かりサービス

・冷蔵庫

・キッチン&調理器具(日立製炊飯器も有ります!)

 

価格

温水シャワー有り・洗濯サービス付きの宿ではセネガル最安値で運営。

日本人観光客増加に寄与したいと考えています。外観は以下の通り。

(価格詳細などはコチラ

 

・活動理念との関連性

「アフリカから一人でも多くの人を経済的に豊かにする」

→ 日本人観光客増加による観光業従事者の収入増加

「日本とアフリカを繋ぐ」

→ 日本人のセネガル渡航者増加、それをきっかけとした日本とセネガルのビジネスの開始など

「日本人を元気にする」

→ 「精神的豊かさ」のあるセネガルでの体験を通じて人生について再考する機会を創る

 

・はじめたきっかけ

ガイドブック制作に向けて動き出したのがきっかけです。

ガイドブックを作成するだけでなく、日本人向けの宿があれば、より日本人観光客が増えるきっかけになるのではないかと考えて始めました。

 

・今後の展望

根本的に、セネガルへの日本人観光客を増加させる必要性を感じているため、地道にガイドブックとともにセネガルの情報発信に努めたいと思っています。

 

以上、少しでもご興味をお持ちいただけましたら誠に幸いです。

 

次回以降も、時折セネガル情報に関する投稿を交えつつ、引き続き事業の紹介を行いたいと思います。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

【WEB】

アフリカビジネスのパートナー アフリカ商会 by JAPON COMMERCE

アフリカ旅行ガイドブック セネガル

ダカールの日本人宿「シェ山田」

アフリカホームステイ.com

フランス語留学.com

アフリカではフィンテックがアツい?

アフリカでは最近、フィンテック領域のビジネスに挑戦するスタートアップが増えています。

ナイジェリアのスタートアップ、「CowryWise社」もその一例。
https://www.cowrywise.com/

CowryWise社は、誰もが利用できる個人貯蓄・資産形成・ウェルスマネジメントサービスを開始。
彼らの事業目的は、「資産管理と資産管理サービスを民主化し、すべての人が利用できるようにすること」とのこと。

アフリカの裕福とは言えない一般ユーザーの貯蓄・投資習慣を育成すること。それが彼らが目指すビジョンの様です。
裕福な人しか利用できなかった金融サービスを、アフリカの一般的な所得層の人々が自由に利用し、資産形成が出来る様になること。
それは、自力で経済的自立する上でとても意味のあることだと感じます。

同社は、ユーザーが外出時などで手が離せない時でも投資実施が出来る様、AI搭載のチャットボットである「Sisi」もローンチしています。
彼らはこれを、Facebook Messengerのプラットフォーム上で構築し、1800万人以上のナイジェリア人が簡単にアクセスできるようにしています。
(ちなみに同社のビジネルモデルはとてもシンプルで、金融仲介料を獲得していくことでマネタイズを図っている様です)

しかしながらまだまだ同社のユーザー数は十分ではなく、オンラインでの貯蓄経験など無い人々からの「信用」も課題の模様。
この「ユーザー数の獲得」がアフリカのスタートアップが苦手、という話を耳にすることが多いです。
スケールするまでのしっかりした計画がないままスタートしてしまう、というのが問題の根源、という話も聞いたことがあります。
このあたりは私自信も調査中です。

現時点ではアフリカ最大の人口を誇るナイジェリア市場のみ展開ですが、今後はアフリカ全土への拡大も計画中とのこと。

Fintech、AIといった日本でも注目されている先端技術が、アフリカで独自の進化を遂げています。
アフリカのフィンテックビジネスから、目が離せませんね。

新年あけましておめでとうございます。

どうも、竹重です。

新年あけましておめでとうございます。

皆様の益々のご活躍を祈念しております。

(✳︎何故か、画像ファイルがアップロードできないため。文章のみの投稿です。)

 

ということで、

 

エチオピアは、本日9月11日新年を迎えました。

今日からエチオピアは2010年です。

はっ?と思われる方々も多いと思いますが、エチオピアには、まだまだ、独自で不思議な文化があるわけです。

こうした文化は基本的にエチオピア正教による、影響が大きいようです。

エチオピア正教のルーツに当たるコプト教なんかでも、教会暦としてエチオピアと似たカレンダーが用いられているなんて話を聞いたことがあります。

 

まぁ、とにかく新年です。

 

エチオピアのカレンダー

 

エチオピアのカレンダーにはかなり不思議な点が多いです。

そんなわけで、今回は中でも不思議要素を列挙してみましょう。

 

・9月11日に新年がやってくる。(年によって、日にちも多少ずれる模様)

・クリスマスが1月頭にやってくる。

・1年が13ヶ月ある。

 

などなど。

 

特に13ヶ月あるってどういうことって感じですが、エチオピア正教のカレンダーでは、1ヶ月が30日です。

 

で、30日が12ヶ月あると、360日ですね。

1年の日数というのは変わらないので、365日、この端数の5日が13月となって存在しているんです。

 

不思議ですよね。

 

カレンダーについて、これまであまり興味を持つこともなかった僕ですが、エチオピアのカレンダーの不思議に触れてから、なんとなく考えてみた結果。

 

月ってやっぱり月の満ち欠けの周期で決まっていると、だから、月=moonで1ヶ月が表記される。

日ってやっぱり日=sunということで、お日様が地球を回る周期で区切られているんだななんて、月日の基準と実際の尺度としてのmoonとsunの関係に思いを馳せていました。

 

その他、エチオピアでは、時間の区切りも違っていて、もちろん1日は24時間ですが、朝6時が1日の始まり、太陽が登った時を基準に1日が始まるわけです。

 

ややこしさもありますが、太陽が登ったところからカウントを始めるってなんだか前向きな感じがするな、なんて思っています。

 

今回は、エチオピア新年のお祝いと、エチオピア文化の紹介を少しだけしてみました。

では、また。

 

 

パートナー

こんにちは、IGANMU FCのエバエロです。

 

当初、私とバヨで私財を費やし、運営してきましたが、私財にも限界があります。そこで日本人ビジネスパートナーを探しました。

 

バヨは、FA公認コーチングライセンスを保有しています。監督やコーチとして、海外や日本で挑戦しようと考えたことがありました。結果、指導者ではなく、組織を運営する方を選択したのですが、その時に知り合ったのが、株式会社フォワードの加藤氏です。カンボジアのプロ1部リーグに所属するサッカークラブを運営しています。日本いるナイジェリア人のイメージは、決していいとは言えない(ナイジェリアからの手紙やマネーロンダリングなどのよくないニュースが流れています)にもかかわらず、事業の本質を見ようと時間をとって、じっくりと話を聞いてくれたことにまず感謝です。

2016年3月、契りを交わした時の写真↑↑↑  左がバヨ、右が加藤氏、

現在、クラブの環境整備の第1弾を進めています。内容については、また次回。

エバエロ梨恵

 

 

 

ガーナ発kawaiiコスメ作りを目指す相川香菜です!

 

みなさん、はじめまして

ガーナ発kawaiiコスメ作りに挑戦中の相川香菜(あいかわ かな)です!

自分の思いをみなさんに聞いていただけるこのような貴重な機会を得られた事大変光栄に思います。

ありがとうございます!

 

今回は、記念すべき初回ということで時系列で自己紹介をさせていただこうと思います。

 

【略歴】

●1985年 大阪市生まれ

●幼少期

おかっぱ頭の1人で人形遊びするのが好きな人見知りがちな子供だったみたいです。

●小学校時代

勉強らしい勉強は宿題くらいしかせず、放課後は毎日泥だんごを作ったり、変な植物を見つけてたりして友達と日が暮れるまで遊んでいました。

夏は真っ黒に焼けて体が細かったので、ごぼうみたいでした笑。

 

●中学校時代

小学校時代に仲の良かった友達と一緒にいたいという理由で見学に行った吹奏楽部になんとなくそのまま入部し、本当は友達と同じクラリネットを希望していましたが、顧問の先生の「お前は歯並びがいいらトランペットを吹け」の一言で3年間トランペットを担当。吹奏楽コンクール、マーチングコンテストなどに出場するなど熱心な部で、吹奏楽一色の学生生活を送りました。

3年間で自分に音楽の才能がないことはよく分かってしまったけれど笑、音楽を聞くのはとても好きになりました。

また中学時代にはシンガポールへの海外家族旅行でのショック体験から英語を勉強する事を決意しました。

 

●2001年 私立大阪学芸高等学校普通科 国際コース入学

高校2年生の時に学校主催の語学研修で2週間メルボルンにホームステイし、英語力の成長を感じ大学ではもっと本格的に勉強したい、もっと違う世界が見てみたいと強く思うようになりました。それからは英語だけは受験勉強に関係なくずっと勉強していました。

 

●2005年4月

立命館大学 国際関係学部国際関係学科入学

 

●2005年8月

立命館大学と米国ワシントンD.CにあるAmerican Universityとの学部学位共同プログラムに参加し、米国に渡航

●2007年9月

American Universityでの単位を修了し日本に帰国、立命館大学の3年生として復学

 

●2010年3月

立命館大学 国際関係学部

American University  School of International Service

両大学卒業

 

●2010年6月〜2012年6月

JICA青年海外協力隊の村落開発普及員としてガーナ北部の州都タマレから車で30分ほどの村落部で活動を行う現地NGOに派遣される。活動中は村落部に居住し、周辺の小学校4校で現地入手可能な材料を活用しながら算数、日本語、図画工作の授業、衛生に関する啓発活動などを行う。同時にシアバターを生産している女性たちを組織化し、ガーナ国内で活動する他のボランティアにお土産物として購入してもらったり、シアバター生産の現場をみる見学ツアーを企画したりする。

 

●帰国後

大阪の翻訳会社に勤務、起業準備をしつつ現在に至ります。

 

写真は幼少期、小学校時代のまだ可愛らしい時代のものです笑。

次回以降はなぜそもそも海外に興味をもったのか?なぜガーナなのか?なぜガーナでkawaiiコスメなのか?などをどんどん書いていきたいと思います!

よろしくお願い致します!

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