日本製品よもう一度

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

セネガルでは中国メーカーや韓国メーカーの製品のシェアが高く、市場では日本メーカーの製品はあまり見かけませんが、知名度はとても高いです。なぜでしょうか?

それは、以前はセネガル人をして「日本製品だらけだった」と言わしめるほどの時代があったからなのです。

 

複数のセネガル人に聞いたところによると、昔は、市場に出回る多くのものは日本産だったと言います。

それが、1990年代半ばを境に、次第に中国製品へと変化していったとの事。

どうやら、1994年にフランセーファの通貨切り下げが行われた事が関係しているようです。

単純計算で、切り下げによりフランセーファ建てでの輸入品の価格が倍になった事により現地需要と価格がマッチしなかった、セネガルからの原料輸入を行っていた中国が輸出にも目を付けて一気に進出した等。様々な理由が考えられますが、セネガル人曰く「気付いたら中国製品ばかりになっていた」との事。

 

「昔は街中にソニーが溢れていた」
「電化製品以外にも日本製品が多かった」
「今はまったく見ない日本メーカーの商品もあった」
「日本製品だらけの頃は良かったのに、なぜ今は中国製品ばかりになってしまったのだろう」
セネガル人はこう嘆きます。

首都ダカールにソニー製品のお店はあるが…

 

セネガル人が沢山の日本製品を喜んで使っている。

そんな未来が創れるか。

千里の道も一歩から。まずは何か一つ、日本の製品をセネガルに広めてみたい。そう思っています。

 

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

セネガル広告事情

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、セネガルの広告事情を簡単に紹介します。

 

日本の広告業界では、マス媒体からwebへのシフトが顕著です。

web媒体への広告費が初めて1兆円を超えたというニュースは記憶に新しいものです。

いまや日本のweb広告費は、新聞とラジオと雑誌の広告費を足した額よりも多いです。

 

しかしながら、セネガルでは少し事情が異なります。

前職(webメディアの広告営業)の仕事柄、私はセネガル移住当初よりセネガルのメディアと広告に注目してきました。

また、実際にテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、webメディアなど、複数の企業のオフィスに訪問し媒体資料を入手し、担当者に話を伺ってきました。

そして、媒体別の広告価格の目安や出稿方法、また実際に広告出稿を行っていた人へのインタビューにより、どのメディアの費用対効果が高いか、などもある程度把握しようと努めてきました。

そんな事をしながら3年以上住んでいるうちに、セネガルでの媒体別広告の影響度(どれだけの人数にリーチできるか)が漠然とですが見えてきました。それは以下の通りです。左から影響力が強いと私が思う順に並んでいます。

 

TV > ラジオ > web ≒ 新聞 > 巨大看板 > フリーペーパー > 雑誌

 

以下、数字など詳細は省いて簡単に各媒体について言及してみます。

 

テレビ

セネガルではまだまだテレビ広告がダントツの影響力を持っています。

日曜日は家から出ずに過ごす家族も多いセネガル。その団欒の中心には、いつもテレビがあります。

サッカーやセネガル相撲など、人気スポーツの試合時は、街から人が少なくなると感じるほど。

 

ラジオ

日本と異なり、セネガルでは老若男女問わず日常的にラジオを聞いています。

特に通勤の時間帯、(日本ではほぼあり得ない)仕事中、昼休みなど、ニュースをラジオで聞く習慣がある人も少なくありません。

地方で人気のラジオ局や、特定の業種の人に愛されているラジオ局もあります。

 

web

セネガルでも、webの影響力は日に日に増しています。

まだまだwifiにアクセスできる人は多くないのですが、Facebookは一部携帯キャリアで無料で閲覧可能な事から利用者がとても多く、幅広い層にリーチできます。

また、セネガル独自のwebサイトの中には、非常に強力な影響力を持っているものもあります。スマートフォンでweb閲覧を行う人も少しずつ増えてきています。

無料の告知サイトが幅広く活用されている事から、セネガル人は「webは誰でも情報発信ができる場所」という認識をある程度持っているため他媒体より信頼性に劣るのが難点ですが、他媒体に比べて広告費も割安である事から、広告内容によっては非常に重宝します。

 

新聞

発行部数(および人口と発行部数の比率)は日本よりはるかに少ないですが、フランス語が読めて、かつお金を出して情報を買おうという人達に訴求できます。

また、買わずに「立ち読み」(外で売っている新聞の一面だけ読む)する人が少なくないので、紙面の内部はさておき、一面のリーチ数は発行部数よりもかなり多いと考えてよいでしょう。

新聞を立ち読みする人

 

巨大看板

道路脇や交差点に設置されている巨大な看板は、特定の地区の人、セネガルのTVやラジオを視聴しないような外国人、ならびに自動車ユーザーへの訴求に有効です。

 

フリーペーパー

リーチできる人数は決して多くはありませんが、富裕層や外国人を中心に購読されているため、不動産や自動車など、高額商品の訴求に利用されています。

 

雑誌

雑誌は、発行部数も少なく価格も高いため、大衆への訴求には向きませんが、特定層へのリーチに優れています。

例えばある雑誌は一見すると中高年女性向けの内容なのですが、女子大生にインタビューをした結果、なんとほぼ全員がその雑誌を知っていました。発行部数は少なくても、その影響力は侮れないものがあります。

 

その他

タクシー広告、バスの車体・車内広告などの交通広告、またポスターやチラシ、イベントなど様々なプロモーションメディア(手法)があります。ここではそれぞれの詳細は割愛します。

 

セネガル進出を検討する日本企業はなかなか少ないのが現状ですが(笑)、資源も発見されたセネガルはこれからどんどん伸びる国。一日でも早く、一社でも多くの日本企業のセネガル進出をご一緒に実現するため、日本企業にとってリアルからwebまでセネガルでの広告戦略を包括的に相談できる広告代理店のような役割も担えたらと考えています。

 

 

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

事業紹介3「日本企業へのコンサルティング事業」

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、日本企業へのコンサルティング事業の概要を紹介します。

 

・概要

自身の現地での経験を活かして、セネガル(および仏語圏西アフリカ)での市場調査、パートナー企業や取引先候補の開拓などを行っています。

具体的には、企業情報調査、法律調査、フィールド調査(BOP層/富裕層の家庭、特定業種の店員などへのヒアリング)、テストマーケティング、商品の価格調査などを行います。パートナー/取引先候補企業のリストアップ、アフリカ進出のための判断材料として、また製品のローカライズのための情報収集などにご活用いただいています。

 

企業情報調査

ご要望の業種・社数に基づき、企業情報を選定してご提供いたします。社名、住所、連絡先など、企業の基本情報をご提供いたします。また、必要であれば企業訪問も行います。

 

フィールド調査

(調査例)

・ 一般家庭に訪問し、生活実態(例:収入、支出内訳、各種製品活用動向など)の調査。

・ 特定業種の企業/店員へのニーズの聞き込み調査。

・ 街頭でのアンケート調査

ほか、ご要望に応じて様々な調査に柔軟にご対応いたします。

調査の様子

必要とあらばどこへでも

テストマーケティング

御社の製品サンプルを企業や消費者に紹介/実際に販売し、その際の反応や製品に対する意見をヒアリング。

 

価格調査

スーパーマーケット/小規模小売店/市場などでの製品販売価格を調査。

 

法律調査

セネガルでのビジネスにおける様々な法律について調査。

 

【サービス提供実績】

大手文具メーカー

産業機械メーカー

医薬品関連企業

コンサルティングファーム(JICAプロジェクト関係)

有名サッカー選手運営企業

中古品販売企業

起業家などの個人

 

など。

 

・活動理念との関連性

「アフリカから一人でも多くの人を経済的に豊かにする」

→ 日本企業の現地進出により雇用の創出につなげる

「日本とアフリカを繋ぐ」

→ 日本企業とアフリカ市場を「ビジネス」で繋ぐ

「日本人を元気にする」

→ 新規市場の開拓を行う事で日本(企業)を元気にする

 

・はじめたきっかけ

日本とアフリカを繋ぐために自分ができる事があればと思い始めました。

恥ずかしながら、私はセネガルに来て以来、様々な失敗をしてきました。

その多くが、情報を知っていれば未然に防げた事、経験者と一緒なら防げた事でした。

これからアフリカに進出する日本企業には、同じ失敗をして欲しくない。

また、私が一緒になる事で、少しでも成功の確率を高めたい。そう思っています。

 

・今後の展望

現在私はセネガルに常駐しているため、日本での営業活動などを行う事ができません。

また、私が対応できない西アフリカ以外(特に東アフリカが多いです)についてのお問い合わせをいただく事も少なくありません。

そのため今後は、東アフリカで同様にコンサルティング事業を行っている方、かつ日本に拠点を置かれている方と連携する事ができたらと考えています。

(このアントレアフリカでは例えば室伏さんなど)

 

以上、少しでもご興味をお持ちいただけましたら誠に幸いです。

 

引き続き何卒よろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

 

セネガルは小さなカタールの夢を見るか?知られざる資源国セネガル

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

実は、日本ではあまり知られていませんが、セネガルはまもなく資源国となります。

 

ざっと説明します。

2006年より、オーストラリアのFAR社等による探査プログラムが開始されました。

その後、イギリスのCairn Energy社(油田)、アメリカのKosmos Energy社(天然ガス)などをはじめ、多数の企業が探鉱を開始。

大規模な油田とガス田の発見(近年では世界的に見ても最大級の規模との事)により、セネガルが資源国になる道が見えてきたのが現状です。

油田からは、2019年以降の石油の出荷が期待されています。

 

セネガルは今まで、資源に頼ることなく、堅調な経済成長を続けてきました。

現地の人達からは、

「セネガルも豊かな国になる」

と喜びの反応がある一方で、

「資源が出ると争いのもとにならないか不安だ」

という声も聞かれます。

 

セネガルの今後に注目です。

 

JAPON COMMERCE SUARL

山田一雅

 

「途上国では●●から売れる」中古品輸出企業社長が教えてくれた秘訣とは

【忙しい人のための3行まとめ】

・中古品輸出企業の社長が教えてくださった「途上国で最初に売れるモノ」を紹介

・3年間いる中でも、たしかにその通りだと実感

・では日本人ができるのは何か?

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、中古品輸出企業の社長が教えてくださった「途上国で最初に売れるモノ」を紹介を紹介します。

 

長年中古品輸出を行う企業の社長曰く、どの国でも共通している売れる商品の傾向があるそうです。

それは、

「楽しいものから売れる」

「人間は便利さよりも、まず楽しさにお金を払う」

という事です。

 

いまだに冷蔵庫や洗濯機の無い家庭も多いセネガル。

しかし、そんなセネガルの家庭にも、ほぼ必ずあるものがあります。

それは「テレビ」です。

そうです。古くは三種の神器と呼ばれた家電の中でも、テレビが最初に売れていきます。

 

他のものでもそうです。

歯ブラシを持っていない人でも、SDカードを挿して使うヘッドホンやスピーカーを持っていたりします。

掃除用の雑巾はボロボロで不便なのに、女性はまずきらびやかな洋服やヘアスタイルにお金を使います。

スマホ用の自撮り棒、中にはハンドスピナーを持っている人もいます。

 

家電や上記のおもちゃなどは、どれも中国から来ているものが多いです。

では、ここで、日本人には何ができるのでしょうか?

私は、モノだけではなく「日本の文化を輸出する事」だと考えています。

例えば日本発の文化であるカラオケ、ミニ四駆やプラレールなどの動くおもちゃ、将棋やかるたなど複数人で遊べるゲーム、けん玉やヨーヨーなど、「日本独自の遊び(道具)」です。

もし私がこうした商品のメーカー企業に勤めていたら、現地へのローカライズをしつつ日本の遊びをアフリカ各国で展開し、「SUSHI」「MANGA」のように現地でも日本語のまま通じる位、根付かせる事に挑戦したいです。

 

いつか、日本の遊びとともに日本文化を紹介するイベントをセネガルで開催したいと考えています。

 

JAPON COMMERCE SUARL

山田一雅

 

 

「お釣りが無い」が無い社会

【忙しい人のための3行まとめ】

・セネガルでは「お釣り無い問題」でみんな悩んでいる

・モバイル送金サービスは普及しているが少額の支払いでは使われていない

・現金に代わる簡単でスピーディーな決済方法を模索中

仏語圏西アフリカの通貨「フランセーファ」

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、日々どんな視点で事業アイデアを考えているのか、またその結果思いついたアイデアの一例を紹介します。

私は、「セネガルでの生活でみんなが困っている事」をビジネスで解決できないか、と考え続けてきました。

たとえば「お釣り無い問題」。

日本以外ではよく見られる光景ですが、セネガルでは、小さな日用品店から、大手スーパーまで、至る所でお釣りが不足しています。

これ、実は結構不便でストレスなんです。

銀行やATMからお金を降ろす際は、高額紙幣で受け取る事になりますが、その高額紙幣は商店ではほとんど受け取ってもらえないのです。

買い物のたび、

「お釣りが無い」

「そんな大きなお金受け取れないよ」

「●●フラン(自分が出した紙幣や硬貨より少額のもの)持ってる?」

と、支払を拒否される。お釣りを見つけるために自分が動く、相手がどこかで両替してくるのを待つ。そのために数分から十数分、毎回ムダになるのです。

セネガルでは、こうした光景が日常です。

セネガルでは、M-PESAのようなモバイル送金サービスが普及しています。公共料金やチェーン店など、ごく一部では送金サービスによる支払いを受け付けていますが、利用客はごくごくわずか(私はほとんど見かけた事がありません)。

こちらはあくまで送金用、として利用されています。

支払い手段として普及しない背景には、

・支払時に手数料がかかる場合が多い(そのイメージが強い?)

・操作に時間がかかり面倒

という理由がありそうです。

 

では、どのような手段であれば、セネガルの人々に受け入れられるのか、考えてみました。

1.SuicaのようなNFCカード

【マネタイズ】

・端末販売

・加盟店舗からの手数料収入

・NFCカード販売

【メリット】

・支払が非常に簡単かつスピーディ

【課題】

・端末代などの初期費用や、手数料を払ってまで導入する店舗は少ないと予想される

・消費者側も、お金を払ってまでこのカードを購入しない

・加盟店舗が少ないと利便性が低い

【備考】

はじめはチェーン店でのみ利用可能なカードとして導入し、その後加盟店を増やす形で拡げるのはどうか?

サービス利用者へのマーケティングサービスによる収益化の方向に舵を切るべきか

  

2.スマホを活用したアリペイのような決済サービス

【マネタイズ】

・加盟店舗からの手数料収入

【メリット】

・スマホがあれば専用機材の導入不要

・支払が簡単

【課題】

・外でインターネットを利用する人はまだまだ多くない

・手数料を払ってまで導入する店舗は少ないと予想される

【備考】

広告やなどで収益をあげるモデルが作れれば可能性有

サービス利用者へのマーケティングサービスによる収益化の方向に舵を切るべきか

 

 

現在、私は資金が限られているため、こうした大規模な投資が必要なビジネスには挑戦できていませんが、常に「現地の人が困っている事は何か」という視点で、日々アイデアを考えていますし、いつか形にしたいと思っています。

以上です。最後までご覧いただきありがとうございました。

次回以降も、セネガルでの活動紹介、ならびに日々感じた事を記して参ります。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

”楽しい”が”便利さ”に繋がる「発電できるジム」の可能性

【忙しい人のための3行まとめ】

・Facebookで友人がジムのエアロバイクで運動したと記していた

・セネガルではフィットネスジムが沢山あり、庶民も使っているためすそ野が広い

・エアロバイクなどのジム道具を活用し、未電化地域で「楽しみながら発電するジム」ができるのではと考えた

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、ふと思い浮かんだ事業アイデアを紹介します。

 

先ほどFacebookを眺めていると、友人がジムのエアロバイクで1時間運動したとの投稿に、

「発電できそうだな」

とコメントがついていました。

発電か…と思い、そこでふとセネガルの現状を思い浮かべました。

 

まず、セネガル人はトレーニングが大好き。

男性はマッチョばかりです。

首都ダカールでは、フィットネスジムがいたるところにあり、一般市民からお金持ちまで、多くの方が利用しています。

利用料金は庶民向けで一日60-100円程度。エアロバイクをはじめ、筋トレのための様々な設備があります。

庶民向けのフィットネスジムの外観

一方、セネガルの電化率は人口の55-60%程度(注1)。

まだまだ自宅に電気の無い家庭も少なくないため、地方の村では携帯電話を充電するために、数十分離れた場所まで行く事もあります。

 

ここで思いました。

「運動を楽しみながら発電できるジムって、需要無いかな?」

と。

 

想像してみました。

 

今まで奥さんから、

「身体鍛えてないでいいから働きなさいよ!」

と言われていた男性が、もしいつものように運動をしつつ、発電ができるとなったとしたら。

もし運動で生み出した電力で、携帯電話や懐中電灯などが充電できるとしたら…。

 

私が地方を周った印象では、未電化地域にジムはあまり多くありませんでした。

ですが(だからこそ?)、フィットネスマシンに設置できる安価な発電機、もしくは発電機能付きの安価なフィットネスマシンが見つかれば、ビジネスになる可能性があると感じました。

なぜなら「楽しい事(遊び)が便利さに繋がる仕組み」だからです。

 

実際、探してみると、エアロバイクはすぐに見つかりました(現在売り切れのようですが)し、こんな自転車ペダル型発電機もありました。そして、ルワンダなどアフリカ東部でペダル型発電機による事業を展開している企業もありました(Nuru Energy)。

 

持続性や環境への配慮の観点から、再生可能エネルギーが注目されて久しいですが、設置には様々な環境条件があります(太陽光なら日照時間など)。

大規模な発電は難しいですが、環境に左右されず、かつクリーンな発電方法として、「人力」に注目してみるのも面白いと感じました。

 

以上です。最後までご覧いただきありがとうございました。

次回以降も、セネガルでの活動紹介、ならびに日々感じた事を記して参ります。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

 

(注1)

The World Bank「Access to electricity (% of population)」(2017/9/14 アクセス)

では61%、

USAID「POWER AFRICA IN SENEGAL」(2017/9/14 アクセス)

では55%となっている。

【事業紹介2】セネガルの不動産屋「SénégÀLouer(セネガルエー)」

【忙しい人のための3行まとめ】

・セネガルの不動産屋「SénégÀLouer」の概要を紹介

・始めたきっかけは、私の家を紹介してくれたセネガル人から「不動産屋さんをやりたい」と言われた事

・「不動産屋飛ばし(仲介手数料を払わずに大家と住人が直接契約を行う事)」が多く悪戦苦闘

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、私がセネガルの首都ダカールで運営している、不動産屋さん「SénégÀLouer(セネガルエー)」の概要を紹介します。

 

・概要

2016年8月、セネガルの首都ダカールにオープンして1年1か月。

不動産仲介業の店舗を運営。

物件の売買、賃貸、物件の管理などを行っています。

顧客はセネガルの人を始め、諸外国の駐在員、日本人、他のアフリカ諸国からの移民など様々です。

名前の由来は国名の「Sénégal」と、貸部屋有を表す「À Louer」(英語で言うFor Rent)を合体させて作った造語です。

店舗前で従業員と

 

・活動理念との関連性

こちらは、活動理念との関連性は低いです。

セネガルでの活動費を稼ぐための活動として始めました。

 

・はじめたきっかけ

私の家を紹介してくれたセネガル人から「不動産屋さんをやりたい」と言われた事です。

左が不動産屋オープンのきっかけを作ったスレイマン

・今後の展望

二期目を迎え、現在新空港付近の土地売買に力を入れ始めました。

現在直面している最も大きな課題は「不動産屋飛ばし」です。

具体的には、物件の紹介後、不動産のオーナー(or管理人)と顧客が直接取引を行う事で、仲介手数料を支払わない事案がたびたび発生しています。

仲介店飛ばしが発生する原因として、セネガルでは、顧客がオーナーと直接会えてしまう機会が多い事(例:顧客訪問時、「顧客がどんな人か確認したい」とオーナーが同席する事が多い、また、物件と同じ建物にオーナーが住んでいる事が多いため顧客からアプローチする場合も多い)、警察や裁判所などの作業が著しく遅く俗人的で進まない事、そして少額訴訟の場合、弁護士費用の方がかさむため泣き寝入りをするしかない構図になっている事が挙げられます。

対策としては、訪問前に、オーナーおよび顧客より「訪問証明書 兼 支払い同意書」にサインをもらっています。当書類には、訪問後契約が決定した場合、仲介手数料を支払う事に同意する旨を記しているため、仲介店飛ばしの抑止力として利用していますが、上述の理由から、それでも飛ばしを行う人が後を絶たないのが現状です。

 

 

以上、少しでもご興味をお持ちいただけましたら誠に幸いです。

次回以降も、時折セネガル情報に関する投稿を交えつつ、引き続き事業の紹介を行いたいと思います。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

【事業紹介1】ダカールの日本人宿「シェ山田」

【忙しい人のための3行まとめ】

・ダカールの日本人宿「シェ山田」の概要を紹介

・始めたきっかけはガイドブック制作に向け動く中で日本人観光客増加のために宿が必要と考えたため

・私自身学生時代にバックパッカーだったため「旅行者目線で使いやすい」ゲストハウスを目指しています

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、私がセネガルの首都ダカールで運営している、西アフリカ初の日本人向けゲストハウス「シェ山田」の概要を紹介します。

 

・概要

2015年11月、西アフリカ初の日本人宿としてセネガルの首都ダカールにオープンして1年10か月。

小学生から社会人までさまざまな方にご利用いただいています。

 

治安良く便利な立地

ゲストハウス「シェ山田(旧名:OMOTENASHI)」があるのはセネガルの首都ダカールの閑静な住宅街。女性が夜歩いても大丈夫な治安の良い地域です。

【徒歩圏内にある主な施設】

現地のコンビニ2秒 セネガル料理店1分 バス停1分 スーパー1分 お酒の買えるスーパー5分 お酒を飲める格安レストラン6分 世界最大のブロンズ像7分 お酒の飲めるビーチ10分

 

お部屋

個室はゆったりダブルサイズの寝具。ドミトリーは総勢6名収容。開放感のあるお部屋です。

日本のコンセントが使えるコンセントプラグもあります。

 

旅の疲れを癒せる設備

当ゲストハウスは温水シャワーや洗濯サービスが無料。

疲れを癒し、次の旅への活力を得られる。そんなゲストハウスを目指しています。

【主な無料サービスと設備】

・高速Wifi(スカイプができる位サクサク!)

・ホットシャワー(風呂トイレ別で快適!)

・洗濯サービス(畳んでお返しします!)

・蚊帳(4か所止めタイプで広い!)

・洋式トイレ(トイレットペーパーも流せます!)

・日本語書籍(小説、仏語や現地語の参考書、現地語辞書、非売品のガボンのガイドブックなど)

・駐輪場

・荷物預かりサービス

・冷蔵庫

・キッチン&調理器具(日立製炊飯器も有ります!)

 

価格

温水シャワー有り・洗濯サービス付きの宿ではセネガル最安値で運営。

日本人観光客増加に寄与したいと考えています。外観は以下の通り。

(価格詳細などはコチラ

 

・活動理念との関連性

「アフリカから一人でも多くの人を経済的に豊かにする」

→ 日本人観光客増加による観光業従事者の収入増加

「日本とアフリカを繋ぐ」

→ 日本人のセネガル渡航者増加、それをきっかけとした日本とセネガルのビジネスの開始など

「日本人を元気にする」

→ 「精神的豊かさ」のあるセネガルでの体験を通じて人生について再考する機会を創る

 

・はじめたきっかけ

ガイドブック制作に向けて動き出したのがきっかけです。

ガイドブックを作成するだけでなく、日本人向けの宿があれば、より日本人観光客が増えるきっかけになるのではないかと考えて始めました。

 

・今後の展望

根本的に、セネガルへの日本人観光客を増加させる必要性を感じているため、地道にガイドブックとともにセネガルの情報発信に努めたいと思っています。

 

以上、少しでもご興味をお持ちいただけましたら誠に幸いです。

 

次回以降も、時折セネガル情報に関する投稿を交えつつ、引き続き事業の紹介を行いたいと思います。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

「アフリカに興味はあるけど…」という方へ–こんな人間でもアフリカに住んでいます

【忙しい人のための3行まとめ】

・「日本とアフリカを繋ぐ」「日本人を元気にする」という活動理念の原体験を紹介

・いじめられた経験から日本に閉塞感が漂っているのは人々の精神面に問題があると思い至り、自分がそこから抜け出す契機となった海外渡航経験や、セネガルでの経験を人に伝えたいと感じている

・こんなダメ人間でもアフリカに住んでいるので来たい人は気軽に来たら良いと思う

 

みなさまこんにちは。JAPON COMMERCEの山田です。

今回は、

「日本とアフリカを繋ぐ」

「日本人を元気にする」

という2つの活動理念を掲げる原体験となった過去の出来事を紹介します。

 

「アフリカに興味はあるけど一歩が踏み出せない…」

という方に、

「あ、こんな人でもアフリカ行けるなら私でも行ける」

と感じていただき、なにか一歩を踏み出すための後押しになったらいいなと思っています。

よろしくお願いします。

 

・虚弱児だった

元々、私は虚弱児でした。

持病のアトピーやアレルギー(卵、牛乳、花粉、ハウスダスト、ダニ等々)に加え、極度の偏食により病気がち。

親曰く、幼少期はほとんど食事を食べず、ほぼリンゴジュースしか口にしなかったそうで、糖尿病を心配されつつ育ちました。

 

・いじめられていた

中学校、高校といじめにあっていました。

当時の私は超のつく真面目人間。

そのために友人から疎まれる事も少しずつ増えてきていました。

 

学年一背が小さく非力なのに、脅されても言う事を聞かない。

ワルっぽいグループからは虫の好かない奴という事で目を付けられていたようです。

事あるごとに嫌がらせをされました。

意味もなく突然腹を殴られたり。数十発近く蹴られた事も。

毎日頭に消しゴムのカスやシャーペンの芯をふりかけられたり、上履きや教科書がゴミ箱に捨てられていた事もありました。

(他にも色々あったと思いますが、あまり思い出したくありませんし、嫌な事だからか当時のそうした記憶があまりありません。人間の記憶って上手くできているなと思います。

中学3年生頃の写真。

高校でもいじめに遭いました。

入部した野球部では、体育科(普通科のほかに体育科と家政科がある学校だった)が幅を利かせていました。

入部当初15人ほどの部員がいましたが、普通科の部員はいじめや嫌がらせの対象となり次々と辞めていきました。

私もご多分に漏れずいじめに遭いました。

真冬にパンツ一丁で1時間以上部室を締め出された時は苦しかったです。

毎日、家に帰っては泣くような生活を送っていました。
「学校に行きたくない」と頻繁に思うようになりました。

親は、「そんなに辛いなら休んだら?」と言ってくれましたが、休む事はできませんでした。

真面目で学校以外の世界を知らなかった私は、

「学校を休むのはいけない事だ」と強く思っていました。

また学校という唯一の居場所を失う恐怖心も感じていたのかもしれません。

母曰く「毎日思い詰めたような顔をしていた」そうです。

(そんな辛い時期を支えてくれた両親にとても感謝しています。)

 

・環境を変えたら世界が変わった

これは4つの体験があります。

 

1つ目は、高校での野球部の退部です。

野球を続けたい一心で耐えていましたが、とうとう2年生の夏休みに退部。

私が最後の退部者でした。辞めた時には部員は半分にまで減っていました。

 

2年生の夏、部活を辞めた後、初めてサーフィンをやってみました。

おじさんがサーフショップの経営者で、お店がうちから徒歩圏内にあったからです。

そこには多くの同年代の友達や、サーフィンをやっている大人たちがいました。

高校時代の私にとって、いままでは学校だけがすべてでしたが、初めてそれ以外の世界ができたのです。

 

人の目を気にしてビクビク過ごしていた私。

自分のありのままを出したら嫌われるんじゃないか。

不安でした。

ですが、サーフィンで出会った人達はとても優しく、また一緒にいて不思議とウマが合いました。

「いつもの自分でいるだけなのに、付き合う人が変わったらこんなに世界が変わるんだ」

と驚きました。

 

2つ目は、大学入学と海外旅行です。

大学受験を失敗し志望校に落ちた私は、

「どうせバカなのだから、バカな事をやろう」

と考えました。

 

そこで、「常識の打破」を理念に活動するサークルに入った私は、

・シルクロードを自転車で渡った人

・親が無職ニートで本人は元パチプロの人

・部室を全焼させて中学校(私立)を退学になった人

・オートロック付き賃貸マンションを借りているのに年間100泊以上野宿している人

・IQ70台の人

・他校の学生なのにいつも法政にいる人

・なぜかいつもゲタを履いている人

・自転車320km、徒歩120km、冬の琵琶湖横断を数日間で続けて行った人

・学費が払えなくなりそうになり競馬で大穴を当てて学費を払った人

・いつも校内で酒を飲んでいる人

・日本語が完璧なので日本人だと思っていたらまだ日本に来て2年ちょっとの留学生

・会社を辞めてサークルに入ってきた女性

など、沢山の変わった人達に出会いました。

 

その影響で、

「人生ってこんなに自由なんだ!」

「こんな自由に生きていいんだ!」

と感じ、同じ日本のはずなのに、自分の世界が広がった気がしました。

 

また、旅行好きの友達や先輩方に触発され、「日本をもっと知りたい!」と思い国内を旅行。
40都道府県以上を訪れる中で、日本の素晴らしさに気付き、日本をどんどん好きになっていきました。

 

その後、英語を学びたいとアメリカのカリフォルニアに留学。

そこで今まで当たり前だと思っていた「日本の素晴らしさ」に気付きハッとしました。

 

「日本はとても恵まれた国である。」

それまで頭では理解していただけの事を、初めて心から納得し感動しました。

高校時代まで自分が苦しみ「生きにくい」と感じていた日本が、自分にとって素晴らしい国だと感じるようになりました。

その後、いわゆる途上国を訪れる中で、その思いはさらに強まっていきました。

 

辛かった中学・高校時代。

それまでの私は、自分の幸せに気付いていませんでした。

環境を変えた(地元、日本から離れた)事で、実は自分がいかに幸せだったのかという事に気付き、人生が楽しくなりました。

その気付きは、自分と違う環境(日本とは違う場所)であればあるほど大きいものでした。

また、思い切って飛び込んでみる事の大切さもこの時に学びました。

 

そんななか、大学のクラスメートと話していた時、

「俺は将来が不安だ」

「なんでカズはそんなに不安が無さそうなんだ?」

と言われ、衝撃を受けました。

また、日本の若者は事故よりも自殺で死ぬ人の方が多いというニュースを思い出し、私は、「日本は経済面よりも個々人の精神面に問題がある」と感じました。これほど豊かで素晴らしい国なのに、他国を知らないためにそれを当たり前だと感じ素晴らしさに気付いていない人や、将来への不安から現在の生活を楽しめていない人があまりに多いのではないかと。

そこで、私は、日本人の考え方を変えるために行動したいと感じました。

この時の体験と思いが、

「日本とアフリカを繋ぐ」

「日本人を元気にする」

という現在の理念に繋がっています。

 

また、セネガルに来てから、私は日本では考えられないような経験(折を見て記したいと思っています)を沢山しました。

自分がいままでの海外渡航、そしてセネガルで得た経験を、人生に悩んでいる一人でも多くの日本人にしてもらいたい。

日本とはまったく異なる環境であるアフリカ、セネガルに来てもらいたい。

そう思っています。

 

3つ目は、就職活動と転職です。

大学時代、あれほど毎日楽しかった日々が、就職活動をする事で一気にしぼんでいきました。

まるで良い事を話す事を強制されているようで、全てが嫌になって、結局最初に内定が出たところで就活をやめてしまいました。

せっかく広がったと思っていた、自分の世界が、一気に狭まったような気がしました。

 

入社した企業では、入社1週目から残業で、2週目以降は土日出勤もたびたびありました。

体力的にも辛かったですが、一番苦しかったのは、険悪な雰囲気と自由の一切与えられない管理体制、そして異常なまでのミスへの失跡や懲罰でした。

今だから「異常な」と記せますが、当時の私は、その会社以外を知らず、それが当たり前だと思っていました。

そのため、「自分は根性無しだ」「自分はダメな人間だ」と自分を責め、同時に「仕事ってこんなに辛いものなんだ」と思っていました。

そして、1か月半働いたある日、人に話しかけられただけで涙が止まらなくなってしまった私は、退職を決意しました。

 

その後転職した会社は、1社目とは良い意味で大きく異なりました。

すごく自由にやらせてくれる環境だったのです。

まさか同じ仕事でも、会社によってこんなに違うものなのかと、本当に驚いた事を覚えています。

ここでも、環境の力の偉大さを感じました。

 

そして4つ目は、社内での部署移動です。

転職後の会社には、新規事業の立ち上げ要因として入社。

上司と2人、文字通りマンツーマンの部署で内勤業務から営業まで幅広い業務を行いました。

しかし、営業としては、1年半まったく鳴かず飛ばず。

「どうしたら売れるのだろうか?」と、書店の営業本という営業本を買って読み「そっくりそのまま」マネをして、それを改善する、というサイクルを繰り返して日々試行錯誤していましたが、あまり結果が出ず、「自分はなんてダメなんだろう」と思っていました。

しかし、その後上司が退職しその新規事業をやめる事になり、会社の主要商品の営業に移ると状況は一変。

いままでと全く同じ事をしているにもかかわらず、次々に受注をする事ができるようになったのです。

新規開拓営業として社内史上最高・最多の実績を複数記録。

社内での営業研修も担当する事になり、当時の社内最年少役職者も務める事になりました。

 

この経験から、ちょっとダメでも諦めずに努力し続ける粘り強さの大切さを学びました。

これは、日本の仕事よりもさらに粘り強さが必要とされるアフリカ・セネガルでの仕事にも役立っています。

また、ここでまたしても、環境の力を痛感しました。

「同じ事をやっていても、こんなに結果が変わる事があるのか」と。

 

 

以上、私の現在の活動理念の元となった原体験でした。

 

元虚弱児、学年一のチビでいじめられっ子、高校3年間は部活すら継続する事ができず、大学受験も失敗し、就活も失敗し卒業後1か月半で無職になり、転職後もダメ営業マンだった私。

アフリカに縁もゆかりも無く、フランス語は「ボンジュール」すらも知らなかった私。

そして、セネガルに一度も来た事さえも無かった私。

そんな私でも、いきなりセネガルに移住し、現在まで、どうにか生きています。

 

「アフリカに興味はあるけど、一歩が踏み出せていない」

この投稿が、そう思っている方が「第一歩目」を踏み出すキッカケに少しでもなりましたら誠に幸いです。

 

最後までご覧いただきありがとうございました。

次回以降は、セネガルでの私の活動について紹介していきたいと思います。

引き続きよろしくお願い申し上げます。

 

JAPON COMMERCE SUARL
山田一雅

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