ガーナとの出会いのきっかけ

みなさん、こんにちは!

ガーナ発kawaiiコスメ作りを目指す相川香菜です!

 

今日は、私がガーナに行く事になったきっかけについてようやくお話したいと思います!

みなさん、ガーナと言えば何を思い浮かべますか?

 

やはりチョコレート

 

ですかね?

 

私も2010年6月にガーナに行くまで、ガーナについて知っている情報はそれにちょっと毛が生えた程度でした。

 

ガーナとはちなみに西アフリカのこの辺にある国になります。

日本から出発すると、成田空港→オランダのスキポール空港(約12時間のフライト、ここで一泊)→ガーナのコトカ国際空港(約7時間のフライト) という約2日間にわたる長い長い旅路です。

 

そんな日本から遠く離れたアフリカの国になぜ行こうと思ったのか?

 

国際関係学部を出て、海外に興味を持っていた相川さんだからきっとガーナの人々を助けたいという崇高な目標があって現地に行かれたんでしょう、と期待された皆さんごめんなさい。笑

 

実際のところは、誰かの役に立ちたいとか、貧しい人たちを助けたいとか素晴らしい目標があったからじゃなくて、自分の為だったと言わざるをえません。

 

もっと言うと、たくさんの選択肢があった中からガーナ行きを心強く決めたのではなく、当時の私にはそれ以外の選択肢はないも同然でした。

私は、ガーナに言った理由を人に聞かれた時にいつもこんな風に言っています

「私はガーナに逃げた」と。

(なんとも大掛かりなグローバルな逃げだけど笑。)

 

2007年9月アメリカから帰国。大学3年生後期から復学し、日本での単位を取るため授業に出席すると同時に、就職活動を始めました。

世界の色々な所に行ってまだ見えていない問題を自分の言葉で伝えたいと思っていた私は、マスコミを志望し、大手新聞社から地方紙まで色々なところを受験しました。

 

しかしながら結果は惨敗でした。

 

その上、周りの友人達はどんどん大手企業に就職先を見つけていき、とても幸せそうに見えました。

 

ほんとに自分は不器用でだめだな。

なんでみんなは当たり前のように就職できていくのに、自分は出来ないんだろう。

 

周りがどこどこに就職が決まったと話すのが日常になっていく中、第一志望とは関係のない会社でも一社でも内定が欲しくて、ただただ手当たり次第応募し、受けまくっていました。

しかしながらどこからも内定をもらえない。そして何故だめなのか理由は一切教えてもらえない。

精神的に追い込まれてきた私は、ある日大学のキャリアセンターで号泣しました。「アメリカの大学でだって必死で勉強して、人よりたくさんの単位も取っている。でもどうしても駄目なんです。もう無理です。頑張れません。」とカウンターで泣きながら喚いていました。担当の方は、すでに成人している大学生が泣く姿に驚愕し、たじろいていました。今思うと、担当の方には本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。ごめんなさい。笑

 

結局卒業しなければならない頃になってもどこにも就職先が見つかっておらず、大学4年生で単位を残し、就職浪人の為にもう1年大学にいる事に決めました。

 

そうして再度チャレンジした就活リベンジ2年目。

筆記試験対策も、小論文も勉強した、新聞研究もいっぱいした。

今年こそは難関だろうがなんだろうが受かってやると意気込んでいたのも束の間。気づけば昨年と同じような道をたどっている自分がいて絶望しました。

そんな中、もう空欄を埋める為の志望動機書も書きたくない、筆記試験もしたくない。何か全然違うことをしたいと思いました。その時に思い出したのが、1学年上の友人が参加していたJICAの青年海外協力隊派遣制度のことでした。2009年4月頃、来年以降に派遣される春募集がかかっていました。

私は、資料を取り寄せ募集要項に目を通して、自分が出来そうな仕事内容を必死で探しました。けれど、大学生の何のスキルもない自分には出来そうもないことばかりで、無理矢理こじつけの理由をつけて、大学で学んだ国際協力論の言葉をなんとか並べて書類を送りました。

すると翌月東京での面接のお知らせが来ました。しかも交通費も出していただけるとのこと。就活と同じスーツで面接に行くと、就活と同じような複数人の面接官を相手にした答えづらい質問が続き、しどろもどろになりながらなんとか面接を終えました。

8月頃、相変わらずどこからも内定がもらえていなかった私のもとに、青年海外協力隊員としての合格通知が来ました。

「え?受かってる?」私は2年以上ぶりに見た「合格」の文字が素直にとても嬉しく、最初国名すら見ていませんでした。

冷静になって書類をもう1度見ると「派遣国:ガーナ共和国」と書いてあります。あれ?私第3希望国までのどこにもガーナって書いてないけどな?

 

でもガーナで合格ってことはガーナなんだよな、うん。とその時なぜか素直にすぐに受け入れた私。笑 そしてガーナと聞いて真っ先に思い出したのが、大学時代の友人がAmerican Universityと提携しているガーナ大学に半年間留学しとても楽しかったと語っていた事。その友人はまじめな留学生友達の中でもひときわ真面目で、週末夜の食事会に誘っても勉強するからとほとんど断っていたような子でした。その子がガーナから戻って来た日、迎え入れようと思ってアパートのドアを開けると、なんと赤のドレッドヘアになっている彼女がいたのです!

(え!?誰?)私は衝撃を受けました。あの真面目な子をここまで陽気に変えるガーナって一体? そしてそこまで彼女が楽しいと言う国ならきっと何かあるんだろう。

 

それと同時に、かなちゃん大学卒業後は何をするの?と聞かれた時に初めて答えることができる進路が出来たのです。

 

「私はガーナに行くよ。」

 

卒業後の進路が初めて決まったとても嬉しい瞬間でした。

 

次回はガーナでなぜ起業しようと思うようになったか?をお話したいと思います!

写真はアメリカの大学の時のものです!

 

Kana Aikawa