ガーナでの起業を考え始めたきっかけ

みなさん、こんにちは!ガーナ発kawaiiコスメ作りに挑戦中の相川香菜です!

今回からは数回にわたって事業を始めようと思い始めたエピソードについてお話したいと思います!

前回お話したように、牧歌的なガーナ北部の村に村の人たちと同じような生活をしながら活動する事になった私ですが、村に到着後一番始めに言われたことがありました。

(写真は私のホームステイ中の部屋)

それは

「日本政府のお金を使って村の未完成の職業訓練校の寮を完成させて欲しい」

と言う事でした。

 

到着間もない私には、よく意味が分からず言われるがままにホームステイしていた家の兄弟たちの後について寮を見に行きました。見に行くと言っても、着いてみると自分の家の目の前にある寮でした笑。

 

現場を見てみると確かに、建物の枠組みは出来ているけれど、窓はないし、ドアもないし、天井が無いところもあるしという状態で、生徒達がとても住める状態にはなっていませんでした。

(ちょっと分かりにくいですが、写真左手の奥の建物が寮です)

どうしてこんな事になったの?

と尋ねると、英語の良くできる次男のAndrewsが経緯を話してくれました。

 

この学校の名前はKofi Annan Vocational School (コフィ・アナン職業訓練校)というのですが、なぜ国連事務総長を1997年から2006年まで勤めたガーナ出身のコフィ・アナン氏の名前がついているかと言うと、このガーナ北部の村にコフィ・アナン氏が実際に訪問されたからです!その話を聞いた私は、まるでトップアイドルがその場所を訪れたように興奮しました!笑 国際関係学を勉強していた者にとっては、国連で働くことは一種憧れのようなもので、そのトップであったコフィ・アナンさんはやはりすごい雲の上の存在でした。

そんな人がここを訪れたなんて!

(写真はKofi Annan Vocational School (コフィ・アナン職業訓練校))

正直、あんまりよく分かっていなかった話に一気に興味を持った私は、

なんでコフィ・アナンさんが来たの?なんで?なんで?

と興奮気味に聞きました。

すると、アンドリューは、

私の配属先でもある地元NGOが活発に活動を行っていたため注目を集め、ガーナの中でも特に貧困度が高いと言われている北部州の村の1つを訪れることになり、その内の1つがNwodua村であったことを教えてくれました。

それを聞いた私は、(あー!そんなすごい瞬間にここにいたかったなー!)と強烈に思いました。

そして、モヂュア村を訪れたコフィ・アナン氏は、都市から交通の便のよくないこの村に生徒達が安心して住める寮が必要だという話に共感し、寮建設のための資金をUNICEFから出資することを約束し、資金が援助されたのでした。

 

ではなぜ、潤沢な資金が与えられたのに寮が完成しなかったのか尋ねると、

建設中にお金が底をついてしまった

と切なそうに教えてくれました。

 

だから、完成させる為に私の力で日本政府のお金をもらってきて完成させて欲しいということのが話の顛末でした。

 

これを聞いた私は、(私の来た目的を勘違いされているなぁ。。私はだたのボランティアで偉くもなんともないし、そんな力ないよ。)ととまどいました。

 

それと同時に、母親がずっと続けていたUNICEF等への援助が、最終的にこんな結果になっていることもあるのかと知りショックでした。

もちろん、2年間の活動で学校現場で実際に活かされている教材などもたくさん見てきました。ただ、私が見た未完成の寮も事実は事実です。

 

当時村にいた訳でもないし、なぜお金が底をついてしまったのか詳しく聞いてもそれほど理解できる答えは得られませんでした。

 

なので、ここから先は私の完全なる推測になるのですが、村人達が悪意を持ってお金を私用に使ってなくなったのではなく、そもそも大きな建設物を建てるということは、かなりの計画性を必要とする作業だからではないかと後になって思うようになりました。

帰国してから、大手建設会社で働いている人に話を聞く機会があったのですが、日本の会社にはまず予算を立てる部署があり、建物を建てる前にそこでまず予算を立てるそうです。そしてその部署はひたすら予算を立て続けるとのこと。それも1級、2級建築士の資格を持った方々が行うのです。

 

ガーナの村人達にはおそらくこのような緻密な予算計画はなかったはずです。

そして村人達が大工さんなどを呼んできて工事が始まったのだろうと思います。雨が降ったり、職人さんが農作業に行ってたまに来てくれなかったり、途中までの完成を祝って皆でジョロフライス(ガーナのトマト味の炊き込みご飯。美味です)を食べて労働をいたわり合ったり、途中までの完成を喜んで大工さん達にジュースを振る舞ったり、そんな日が何十、何百日と続き、気づいたらいつの間にか予算がなくなっていた笑

というようなことではないかと思います。

 

(えぇ?ちょっと!?まだ完成していなのに、お金ないよ?!どうするんだよ?!)

となって初めて予算では間に合わなかったことに気づいたのではないかと思います。

 

ちなみにガーナ国内をバスなどで移動していると、未完成の建物をしばしば目にします。数えた事はないですが、大平原にぽつんといきなり大型の未完の建物が現れるので、結構目立ちます。

 

またガーナで友人達と話していると、建物の建て方に対して、そもそも最初から全て完成させるという感覚は持っていないようだとも感じました。

 

例えば、最終的に6部屋分建てたい家があったとしたら、3分の1の2部屋が完成した時点でなんと住み始めてしまうのです。そして、お金が入ったら、残りの工事を進めていくと言う感じです。

 

寮の場合、個人の家と違ったのは、規模の大きさと建築資金が一気に与えられてしまったということです。それが結果的に未完成の寮を生む結果になってしまったのだと思います。

 

では、職業訓練学校に通う生徒たちはどこに住んでいるかというと、昔ながらの下記のような家です笑。(家庭訪問の時に小学校の生徒の家を撮影)

結局はそこに落ち着くのなら、きのこ(見かけがキノコのようで可愛らしいから勝手に命名)を20棟くらい建てればよかったんじゃないかなーと心の中で思いました。

 

この出来事を通して私が感じた事は、資金を上手く活かすには、マネジメント能力も必ず必要とされるということ。

また人から棚ぼた的にもらったお金ではどうしても責任の所在があやふやになってしまうこと。

逆に自分で稼いだお金には絶対的に責任感が生まれる。

という事でした。

 

私の目指す事業では、資金を援助するのではなく、ガーナ発のkawaiiコスメを企画、生産販売し、その利益をまずは従業員、そしてゆくゆくは村の全体の生活の質向上に還元できるような循環を生み出していきたいと思っています。

援助金と異なる点は、それは「自分たちの手で稼いだお金」だと言う事です。

自分の手で稼いだお金をどのように使っていくか、その変化も見届けたいというのも私がビジネスという手法を選んだ理由の1つでもあります。

 

※今回書いた内容は私が体験した経験の1つにすぎず、全ての援助金がこのような使われ方をされている訳ではないことをどうぞご承知おきください。

 

Kana Aikawa