ガーナでの起業を考え始めたきっかけ 仕事に対する私の考え

みなさん、こんにちは!

ガーナ発kawaiiコスメ作り挑戦中の相川香菜です!

今回はガーナで企業を思い立ったエピソードの3つ目をお話したいと思います!

今回のお話はかなり辛口というか、愚痴ぽい話になってしまうかもしれませんがご了承ください笑。

 

私はガーナでの2年間の活動中、合計4校の小学校を巡回して算数、英語、日本語、図画工作、衛生についての授業などを教師として行っていました。

1学期間まるまる1つの学校にいて、それを4回行うというイメージです。

学校は住んでいる村周辺にあるすべて公立の小学校でした。

 

到着後すぐに授業を行う事になったのは、住んでいるモデュア村にある小学校です。最初は意欲満々であれもしたい、これもしたいと思っていたのですが、すぐに現実に打ちのめされることになります。

 

まず先生が時間通りに学校に来ないのです。

8時から授業が始まると聞いていた私は、7時半頃学校に着きました。

7時45分になりました。誰も来ない。

8時になりました。誰も来ない。

 

一体いつになったら来るのか。

 

では生徒たちはどうかと言うと、来ているのです。

7時半には生徒達は来ていて、ほうきで庭や教室を掃除したり、草むしりをしていました。

でも先生達は誰も来ていませんでした。

 

9時前ごろになりようやく校長先生が来ました。

「8時からって聞いてたからずっと待ってました。何かあったんですか?」

と私は少し怒り気味に聞きました。

 

すると先生はいつも通りといった風に

「新学年が始まったばかりだから生徒たちに庭の草むしりや掃除をするよう言っていたんだ。これが終わったら明日以降授業が始まるよ」

と答えました。

 

それを聞いて私は、教師が来てないのに生徒達だけで掃除を行わせるなんて、日本だとあり得ないよなーと心の中で思いながらも、明日には授業が行えるだろうと思っていました。

後にガーナ人のいう”tomorrow”は文字通りの「明日」ではなく、「明日以降」という広すぎる意味だと理解することになります笑。

 

 

私は校長先生との話し合いの結果、一番英語を理解してくれるであろう小学校6年生の教室のお手伝いをすることになっていました。

 

そう当初の予定では「お手伝い」のはずでした。

でも、実際に学校が始まってみると6年生の担任の先生が来ないのです。

私は再び校長先生に聞きにいきました。

 

「6年生の先生が来ないです。いつになったら来るんですか?」

すると校長先生は

「あぁ、そういえばSaaka(サーカ)先生は国勢調査*の調査員に選ばれていたから1週間ほどは来れないな。その間キミが授業代わりにやっておいて」と言いました。

(*ガーナでは日本のように誰もが文字を読める訳でないので、紙を配って調査するのではなく、文字の読み書きができる調査員が各家庭を廻って聞き取りながら国勢調査を行う)

 

それを聞いた私は、(そんなの前から知ってたでしょー!? ガーナに着いてわずか3ヶ月ばかりで現地語も出来ないし、いきなり1人で教えるとか無理だよ!)と思いました。

でも、出来ないばかり言っていても仕方ないと思い直し、

「急に1人は無理なので、校長先生一緒についてきてください。そして私の話が通じてなかったらサポートしてください」と言うと、先生は

「小学校1、2年生の先生達がまだ来ていなくてそちらの教室に行かないといけないから、少ししたら様子を見に行くからなんとかやっておいて」

と言われ、途方にくれながら仕方なく1人で教室に向かいました。

教室に入ると、40人以上の生徒達が一斉に私を見つめました。

(わー!あの最近やってきた外国人のトゥンテーヤだ!何してくれんだろう!)

という期待感をひしひし感じました。

とりあえず英語で自己紹介をしてみました。みんな、ぽかーんと私の顔を見つめていました。

次に現地語のダバニ語で自己紹介すると、うんうんと分かってくれたようです。

まず何を教えたらいいか分からなかったので、今日は何の授業するの?と聞くと答えらしい答えは返ってきませんでした。

仕方が無いので、英語の教科書を開いてもらい1人の生徒に音読してもらうことにしました。

ほとんどの単語を読む事ができませんでした。また別の生徒に音読をさせてみても結果は同じ。

どうしようもなくなって、私の後に音読をするように身振り手振りで伝え、2ページほどをなんとか読み終えると予想外以上の学力に焦り、私は汗だくになっていました。

その後もとりあえずこの子達の学力を見ようと思い、6年生なので簡単な割り算の問題を黒板に書いてみました。解けませんでした。

2桁同士のかけ算の問題を書いてみました。やはり解けません。

さすがに2桁同士の足し算は出来るだろうと思い黒板に書くと、指を必死におり始めました。

あぁ、本当の本当にこのレベルが出来ないんだ。。

私は、小学校6年生という前提を一切忘れることを心に決めました。

 

その後、2年間ガーナ村落部の小学校の様子を見てきましたが、どこも学力状況は同じようなものでした。

またこの最初の1週間だけ1人で授業をしていたかというと、決してそんな訳ではなく、日本のように時間通りに教室に来て、私を「補佐」してくれる先生はほとんど現れず、結局悪戦苦闘しながら1人で授業を行う事が大半でした。

 

9時、10時頃になってようやくふらっと現れる先生、急に何の連絡もなく無断欠勤する先生、強めの雨が降った時にはひとりも先生達が来ず、生徒達は学校に来ているので学校に私1人の事もありました。

また私が先生達の力を借りて、ゴミを捨てないようにしようという啓発活動の紙芝居を実施しようとしていると、

「では、教室に2人も教師はいらないから私は失礼するね」

とガーナ人教師に帰られたこともありました。

 

日本であれば、短期で外国人教師が授業をしにきて、教室に1人で置き去りにするということなどあり得ないと思います。

ましてやここでは小学生の子ども達は英語もままならず、地元民族が話すダバニ語を話さないと意思の疎通が難しいのです。

私がダバニ語を十分に話せないと分かった上での置き去りでした。

私は呆れを通り越して憤りを覚えました。

 

そんな経験を通して自分が学校にいる事がかえって教師達を怠けさせることにつながっているのではないか、自分はここにいない方がいいのではないか、と何度も思ったこともありました。

 

でも、私には2年間という限られた時間しかなく、いざ学校に行って教師達がいない教室で待ちぼうけている生徒達を見ていると、責任感の強さが勝って結局試行錯誤1人で授業することになるのでした。

 

せっかく高い学歴を持って教師という社会的責任がある職業についている人たちがこんなにやる気が無いのは、いったい何故なんだろう?

当時はこんなに冷静に考えることは出来ませんでしたが、今はただただ疑問に思います。

 

その答えは未だに出ていません。

 

 

なるべく働きたくないから?

なるべく楽してお金を貰いたいから?

頑張ってやっても頑張らなくても違いはないから?

 

2年間いても結局分かりませんでした。

 

でも、ひとつ分かったことがあります。

損得勘定でなく、興味関心だけで動く子ども達の方がずっと変化のスピードは早く、大人達は自分のメリットになると判断するまでは絶対動かない

ということです。

 

だったら、それでいいやと今は思っています。

 

メリットを見せないと動かないのであれば、私はガーナで調達できる原材料を使って、kawaiiコスメを企画販売し、日本のお客様にわくわくする商品を届け、その売り上げを従業員たち、地元地域、株主さんなどすべてのステークホルダーたちに還元する。

 

ガーナだから、途上国だからって中途半端なダサいものは絶対に作らない。

国際協力でアピールする商品じゃなくて、他の普通に可愛い商品と並べて選んでもらえるものを作りたい。

本気の仕事で、人の心を動かす。

そんな真摯に仕事に取り組む姿勢を見せ、変化を見せる事でしか、大人達の心を動かす事は出来ないのではないかと思っています。

 

 

私は仕事をすることはお金の為だけでは無いと思うし、かといって労働の対価が不当に扱われていいものでもないとも思います。1人1人の労働が正当に評価され、それぞれが自分らくし働ける場所を作ること、その結果仕事を通して自尊心や自信をつけて貰えたらそれに勝る喜びはありません。

 

3回にわたって起業の動機について書いてきましたが、思い返してみると私はガーナで怒ってばかりだったなと思います笑。

こんなのあり得ない?!なんで?と思ってばかりの毎日でした。

でも今思うと起業したいという自分を突き動かしているのは何よりも『怒り』ではないかと思います。もしかすると、そのエネルギーの強さは、喜びよりもどんな感情よりも強いかもしれません。

なんでこんな現実があるのだ。ムカつく。あり得ない。

そんなことを感じてばかりの毎日でした。

 

けれど、そんな現実を1ミリでもいいから良い方向に変えたくて、その変化を自分の目で実際に見続けていたいから、私は突き進んでいきたいのだと思います。

(写真は、テストの成績上位者に手作りのメダルを渡した時のものと、私が作成した教材を頑張って解いてくれる生徒の様子です)

 

Kana Aikawa