アフリカに興味をもったきっかけ [藤本@モザンビーク]

オープン当初

初めまして。モザンビークで日本食レストランを経営している藤本浩平と申します。

初めての投稿になるので、遠いようで意外と近い、アフリカに興味を持つようになったきっかけをお伝えしていこうと思います。

私は広島県尾道市というところで生まれました。そこはよく星の見える場所で、私は小さいころから星を眺めるのが大好きでした。しかしある日を境に、私は星を見るのが怖くなってしまったのです。

「地球から見える星の光は、何万年も前の光なんだよ」

人間の人生なんて、長くても100年程度。その何百倍もの長さを旅してきた光が、今自分の目に届いてるんだ。

幼稚園の頃の私は、そのあまりに大きな神秘を不思議に思い、時間があればずっとそれに思いを馳せていました。しかし、同時に恐怖をも抱くきっかけともなったのです。

100年という、人生。それに対してあまりに大き過ぎる世界。

死ぬのが怖い。自分は死んだ瞬間どうなっちゃうんだろう。何もなくなっちゃうの?いや、いっそのこと歴史に名を刻んで永遠に生きていた証を残しちゃえばいいのかな。

この大きすぎる世界に対してどうしようもなくちっぽけな自分。まだ幼稚園児であった自分は小さいながらに頭をフル回転させ、また小さいからこそ、目の前に突然現れたこの恐怖に対して懸命に抗っていました。

そんな恐怖とひたすら向き合った私は、小学校3年生の時に新しい考えに行き着きます。

「いや、そんなことをずっと考えててもしょうがない。死ぬまでに見たいものを見て、知らないものを知って、幸せに生きていければそれでいいんだ。」

抱いた好奇心に対して、一つずつ答えを出す。長く続いた恐怖の末に辿り着いたこの考えは、今でも自分の軸になっています。このこともあってか、小学校の卒業文集に、「将来は自分の稼いだお金で世界中を旅する」と書き記していました。

とはいっても夢は夢。身近な部分の好奇心に対しては挑戦できるものの、大きな夢に対してしっかりと向き合おうとはしませんでした。

 

そんな中、迎えた大学生活。サッカー、陸上と経験してきた私はトライアスロンに挑むことにしました。1年の頃に見た関東選手権に憧れ、ただひたすら毎日朝6時から練習を積む日々。3年になると実力もついてきて、気づけば地方の大会では優勝、憧れの関東選手権で6位という成績を収めるようになっていました。そしてなんと所属していた大学の団体で全国優勝をも成し遂げてしまったのです。

「あれ?意外と夢って達成できるもんじゃん。」

夢は意外と実現可能。そんな気付きを得た私はすぐに大学を休学します。「世界中を回ろう。」そのまますぐ社会に出て、夢を語って生きるだけの大人になりたくない。そうなる位なら、今すぐ挑戦しよう。そう思ったからです。

 

目指すはアフリカ。5歳、新宿駅で、人生初めてのアフリカの人を見た時に走った衝撃が忘れられなかったからです。視界の斜め後ろ。信じられないくらい背が高く、肌の色が、黒い。

とうとう出発した私は、上海から東南アジア、トルコ、シリア、レバノン、ヨルダン、イスラエル、エジプトと旅をし、とうとう念願のアフリカに上陸しました。

旅行時にエチオピア南部にて

初めてのアフリカはエチオピア、ケニア。そこで感じたのは、外国からの支援などをもらって当たり前。そこから自発的な次の展開へ至っていない、継続していない姿でした。

資本主義がベースとなる今、お金稼ぐために誰かが働き、その結果生まれたものをほかの人が働いたお金で買い、そのまた別の人が働いたお金でそれを買う。このサイクルからは逃れられません。寧ろこのサイクルにうまくフィットすることで、生活を豊かにし、幸せに生きていく土台となるのではないでしょうか。

もちろん、そのベースそのものが間違っていると考えている人もいるでしょう。しかし今ある枠組みの中でできることをし、自立して生活を送る人が増えればいい。私はそう思っています。

初めて訪れたアフリカで円を描くような資本主義の流れを、その援助や支援で寧ろストップしているように思えたのです。

「それは、違うんじゃないか。」

なら自分でやろう。このアフリカの地で、生きている人たちが自分自身の人生を送っていけるような仕組みを作ろう

市民が頻繁に暴動を起こす姿、笑顔で自分にお金をせがむ姿を何度も目に焼き付けながら私はこう決心しました。

これがアフリカに拠点を持つことを考え始めたきっかけです。今はモザンビークで日本食レストランを経営するに至っています。

次回は、その仕組みをどのように作っていこうと考えているのか、について書きたいと思います。ここまで長文読んでくださってありがとうございました!