東証上場企業を辞め婚約解消してアフリカへ

ベナンでドローン事業をしている内藤です。

一応僕も運転できます

前回に引き続きまして、

なぜ僕がベナンでドローン事業をやってるかをお伝えします。

 

前回の記事はこちら

まだ自己紹介の続きです。お付き合いください。

 

ルワンダで2年間青年海外協力隊で活動

ルワンダ協力隊時代

4年務めた東証上場企業を辞め、7年半お付き合いし結婚前提に暮らしていた彼女ともお別れさせていただき、もう何も失うものがない状態で青年海外協力隊に参加しました。

 

「なぜそこまで全てを捨てて行ったのか?」

 

こんなご質問をされることがあります。正直別れずに続けることもできたし、会社にお願いして2週間ほど休みをもらってアフリカにまず行ってみるという選択肢もあったかもしれません。

 

でも自分の過去を振り返ってみて、また本気で何かに取り組んでいる人たちを見てきて、リスクをとって覚悟を決めてやらないと、自分のような凡人には大きな夢を叶えることは難しいんじゃないかと思ったんです。

 

不安もありましたし、彼女はもう身体の一部のような付き合いでしたから、忘れるためにアルコール中毒になりかけたこともありました。自分でフっておいて自業自得でありますが。

 

ルワンダで得たものは無力感とアフリカ愛

ルワンダではお土産屋さんの支援をしてました

ルワンダの2年間を語ろうとすると、その記事だけでアントレAFRICAさんの選考が終わってしまうので、割愛させてください。

 

2年間現地の人たちと切磋琢磨しながらやってきて、結果が少し出たり全然出なかったり大失敗したり、振り返ると彼らのためにできたことなんて殆どなかったんですよね。

 

「自分はなんて無力な人間なんだ」

「そもそもここにいないことが一番の支援では?」

 

とすら思ったことさえあります。

 

しかし同時にそんな何もできない野比のび太くん状態な僕を、現地の人たちは本当に優しく助けてくれたり、一人の友達や家族として接してくれる人が多かったんです。

 

やっぱり彼らと一緒にもっといたい!働きたい!

 

いつのまにか「彼らの為に」から「彼らと共に」頑張りたいと思うようになりました。

 

本気で国を変えたい現地人と共に

もうそろそろ僕の自己紹介は終わります。お付き合いください。

 

ルワンダの活動が終盤になった頃に、ひとりのベナン人と出会います。

 

左がゾマホン(分かるわ!)

ゾマホン・スールレレという人です。

 

彼は山形大学に国費留学生で来日し、そのあと日立製作所で働き、日本人の奥様と結婚。現在は4人の子供にも恵まれています。

 

そんな彼が会社を辞め、会社とNPOを設立したのです。

 

その理由が「自分が目の前にいるのに、大企業の超優秀な日本人の人に何度伝えてもベナンやアフリカへの偏見はあまり覆らなかった。そして日本とつながりを持ったベナン人として自分の国を変えていきたい。じゃあ自分でやるしかない!」と思ったからだそうです。

 

その考え方を聞いて、

 

「彼となら一生賭けて戦える気がする!」

 

そう思ったのです。

 

2015年から彼の会社Africa Networkの副社長として、NPO法人AYINAの副代表として一緒に活動をしてきました。なんども倒産危機にも面していますが、「辞める辞めない」の話には一切ならずに「どうやって乗り越えるか」を実践して乗り越えてきた戦友であり家族でもあります。

 

そんな彼と2017年あたりからドローン事業を現地会社のトライアル事業として始めました。

 

そして2019年に遂にドローン専門の会社として独立するわけですが、そのお話はまた後ほどお話しします。

 

次回はベナンという国についてお話をします!