ダニエラから学ぶ

ここには子どもがたくさんいる。これまでの人生をふりかえると、だいたい自分が最年少だった。しかしここに来ると、ダニエラくらいの子どもたちがマジョリティーとなる。

そうすると、教えられる側から教える側にまわる機会が増える。そのときに気づいた。人は、教えられて学ぶのではなく、教えて初めて学ぶのではないかと。

ダニエラがたくさんの人から愛情を注がれているように、自分もまた、たくさんの愛情を注がれてきたのではないかと。

クラウドファンディング、達成しました!

およそ1ヶ月にわたって挑戦してきたクラウドファンディングが終了した。五臓六腑に沁みわたる温かいメッセージに背中を押されながら、奇跡的に目標を達成することができた。こちらからは、ご支援いただいた方のユーザー名しか見ることができなかったので、ちゃんと御礼をお伝えできなかった方がたくさん居る。アクションを起こし続けることが一番の恩返しだと思って、自分なりに精いっぱいぶつかっていこうと思う。

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この1ヶ月で、100名を超える方々に事業をお話することができた。そのたびにアドバイスを頂いたりして、とても勉強になった。大筋では変化はないのだが、今よりも面白ければokというルールを設けて、修正を加えている。出国2週間前にもかかわらず、いまだに流動的な事業計画となっていて、なにがどうなるのか自分でも予測できない。

現在の事業計画は、前職を退職したときに考えていたものが1ミリも残っていない。ぼくの至らないところをカバーしてもらいまくった結果として、もはや、まったく別物の事業計画となっている。しかしながら、ぼくの思いだけでなく、みんなの思いも詰め込んでいるから、お祭り感が増していい感じになっている。

この1ヶ月にあった、あんなことやこんなことを振り返りながら缶ビールを体に流し込んだ。なんかいつもの発泡酒が、芳醇な味わいに感じた。

みなさん、ほんとうにありがとうございました!これからもよろしくお願いします!!!

クラウドファンディング、今日まで!

1ヶ月間、クラウドファンディングに挑戦してきた。

今日が最終日。

 

たくさんの人に話をする機会があった。

話すたびに学んで、自分の至らなさを痛感した。

一方で、自分の未熟さを知っても、それは諦める理由にはならないこともわかった。

 

みんなで力を合わせて乗り越える。

もしかしたら子どもっぽい発想かもしれない。

ニュースをみれば自己責任とか、電車の広告をみればスキルアップとかが喧伝されているなかで、

「みんなで」というのは甘い考えだと切り捨てる方も居るかもしれない。

 

でもぼくたちは、不完全だからこそ助け合えるし、いろんな挑戦ができるような気もする。

2週間後にはトーゴ共和国へ向かう。

そこには、6年ぶりに会う友人たちが居る。

 

まずは懐かしい話をしたい。それからぼくたちは、未来の話をする。

 

https://camp-fire.jp/projects/view/94504

 

 

ピーマンについて

石と石をすり合わせて具材を調理していく。簡単に切ったり、細かくする作業は、手のひらで包丁をうまく使ってする。ここの言葉で「ピーマン」は、唐辛子のことである。みんなが「ピーマン」というから、スーパーとかに売っている緑のピーマンを想像して食べたらエラい目に遭った。ここの「ピーマン」を調理した手で目をこすって死んだ人がいるとかいないとか。そんな「ピーマン」をすり潰してソースにするときはこうして石と石をすり合わせるのだ。

外国人の多くは、ここの料理を「単調である」とか「辛いだけで口に合わない」と言った。しかし、このすり合わせる作業のときに少しスパイスを加えてみたり、他の具材と合わせてみたりするのを彼らは知らない。よく味わうことをしない外国人は、この繊細な味のちがいに気づかない。表面だけをみて、その意味を深く考えない。神は細部に宿るというのに。

フフを食べるとき

現地の伝統的な料理、フフはみんなの大好物だ。フフはキャッサバという穀物を蒸して、まるで餅つきみたいに臼と杵ですり潰しながら成形する。単純に美味しいということもあるが、みんなで協力してつくることになるから、ワイワイしながら時間を楽しむことも含めて、大好物なのだ。

このフフを魚のソースやトマトソース、ピーナッツソース、アディメと呼ばれるネバネバした野菜のソースにディップして食べる。休日のごちそう、来客へのおもてなし、ハレの日に彩る食として、フフは食べられる。

ある休日の夜、みんなで南十字星が煌めく満天の星空を見上げた。
ある友人は言った。

「ほら、月でもウサギがフフをつくっているだろ。」

ひとの考えることは、だいたい同じなのかもしれない。

 

 

株式会社AFURIKA DOGSを設立しました

2018年10月1日付で法人の設立登記が完了し、「株式会社AFURIKA DOGS(アフリカドッグス)」の1期目がスタートした。迫りくる不安に押しつぶされるまえに、アクションを起こし続けている。これからやろうとしていることは、どう考えても一人ではできないし、仲間がいないと何もできない自信があったので、設立することにした。

将来、ぼくの仲間になってくれる人は絶対いい人に決まっているから、たとえば、会社のレクリエーションでキャンプとかに行って、チルアウトな音楽をBGMに、ビール片手にどういう人生が楽しいだろうかとか語り合い、みんなからちょっとウザいと思われながらも、いろんな人の挑戦を後押しできるような会社がいいなと思っている。そんないろんな挑戦が、少しずつ社会の在り方を良くしていけたりとか、そのひとの人生のなかで大きな体験に繋がるなら申し分ない。

 会社としてやらないといけないことはたくさんある。いい商品を提供していくことも大切だ。今月には市場調査で再びトーゴ共和国まで行くし、最近は東京で竹下通りや表参道などを歩いて聞き込み調査をしていた。そのようなことも必要なのだが、ぼくはチームビルディングを大切にしていきたい。いいチームなら、商品のクオリティを上げられるだけでなく、ぼくが事業をとおして見たいと思っている景色まで連れて行ってくれると思う。しかもその景色は、ひとりで見るよりも遥かに綺麗だとも思う。

どこまでいけるかわからないけれど、いけるところまでいく。前職でお世話になった先輩方に朗報を届けられるように、ベストを尽くす。そう決意した気持ちも、もちろんまだ褪せていない。

 

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↑ロゴマークには仲間(DOGS)と手を取り合って前に進んでいきたいという気持ちを込めました。アフリカ×京都のファッションブランドを構想しているので、京都っぽいニュアンスを出すために、スペルは「AFURIKA」となっています。

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クラウドファンディングに挑戦中!
折り返し地点を過ぎて、ラストスパート!!
食らいついていきますのでよろしくお願いします!

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↑食らいついているクラウドファンディングのページはコチラです(https://camp-fire.jp/projects/view/94504

朝のワンシーン

ここのひとの朝は早い。5時ぐらいには起きて、掃除をする。長さが80センチぐらいのホウキで、腰を曲げながら丁寧に掃く。シャッシャッという音で目が覚める。

おはよう、というと「よく寝れた?」とか「体調はどう?」、「今日はなにをするの?」と言葉を交わす。それは、なんでもない、いつもどおりの日常ではあるのだけれど、ひとつひとつのシーンが心地よく流れていく。

喧騒のなかで生活を営み、となりのひとが誰なのかもわからない、満員電車で眉間にシワを寄せている日常では、たとえば、アフィのような優しい笑顔にも気づかなかったりするのだろう。

 

挨拶をこえて

勤務していたラジオ局までは直線距離で10分くらいだが、近所のおばちゃんやバイクタクシー(ここではゼミジャンという)の運ちゃんたちに声をかけられながら向かうので1時間ぐらいかかる。

「おはよう」に始まり「よく寝れた?」「気分はどう?」「なにしにいくの?」「彼女はできた?」「ここで好きな人はいないのか?」「今夜あいてたら飲みに行かないか?」など、挨拶をこえて、立て続けに質問される。

わざわざ家から飛び出してハイタッチしてくる人、クラクションを鳴らして近づいてくる人、子どもたちから今日の意気込みを聞かれたり、マルシェでは体の具合を心配してもらったり。

 

シンプルに、コミュニケーションにかける時間が長い。お互いがお互いをよく知っているコミュニティが、そこにはある。豊かさって何だろう。幸せってなんだろう。自問自答はつづく。

必要なものを必要なぶんだけ

現地にはたくさん仕立屋さんはあるが、家のなかでもミシンを取り出して服をつくる。パーニュとよばれるアフリカ布をマルシェから調達し、ほどよい大きさにカットして、ストールのようなものにしたり、パッチワークみたいにしてワンピースをつくったりする。

ここでは、必要なものを必要なぶんだけつくる。大量につくって在庫を抱え、売れずに処分していくどこかの国とはちがう。一着一着がオーダーメイドだから、作り手とお客さんが顔をあわせて、メジャーでサイズをはかり、何気ない会話をたのしみながらワイワイしている様子は愉快だ。

ひとが織りなす仕事を垣間見た気がした。

お互いさまってやつさ

トーゴ共和国に滞在して2ヶ月ほど経ったとき、体に異常を感じた。その日に食べたものを全て吐いて、その場に倒れこんだ。その場に居合わせたダニエルは、すぐにバイクを出してくれて、家まで送ってくれた。途中、マルシェでバナナやパイナップルを買ってきてくれた。ダニエルは言った。

「お互いさまってやつさ。」

彼に限ったことではない。ここのひとのスタンスは、お互いさまというシンプルな人間関係のうえにある。結局、ぼくは丸2日くらい痙攣が止まらなくて、悪寒はすごいし、吐き気はするし、下痢は尋常じゃないという状況であったが、当時お世話になっていたラジオ局のディレクターをはじめ、マルシェのおばちゃん、近所の子どもたちがお見舞いに来てくれた。

そしてエウェ民族に伝わる祈り(というよりは音楽)を捧げてくれた。自分は弱い。小さい。ひとりではなにもできない。ひとりでは生きていけない。そんなことを痛感した。

 

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