嬉しいできごと!

どうも、Food for Future Plcの竹重です!

 

グッドニュース!というか嬉しいできごとが発生しました!!

 

土地の契約に向けて!

いつになったら土地を購入できんねんとツッコミも入りそうですが、実は土地の件でワレダ政府とゾーン政府の間ですったもんだが起きています。。。

 

*ワレダ政府とは、地方政府の最小単位で、複数のワレダ政府を統括しているのが、ゾーン政府です。ちなみにゾーン政府の上に州政府、さらに連邦政府という仕組みになっています。

 

さて、ざっくりと問題点を整理してみます。

 

隣の州からのクレーム!?

さて、手続き上は、基本的にワレダ政府が候補地を用意して、ワレダ政府で地元住民説明会など諸々の手続きを実施、その後追加承認をゾーン政府がするという仕組みです!

 

従前から足しげく通っているワレダ政府の手続きは颯爽と完了!

 

しかし、ゾーン政府にワレダ政府の認証が降りた旨を伝えるレターを持参してからのレスポンスがとにかく遅い!

 

何かしら問題があるのかと聞いても、何ともスッキリしない答えで具体ことなことを言われない日々。。。

 

ゾーン政府に通いつめ、電話しまくること数日。。。

 

ようやく、彼らから出てきた言葉が、隣の州政府が、あんたに貸そうとしている土地が僕らの州の土地だといってきているとのこと・・・

 

おいおい、かなり雲行きが怪しいじゃないか。。。

 

そして、ワレダ政府にも聞いてみてよと諸々説明するも、重い腰が上がらない。。。。。

 

これがひょっとして汚職の手法かと疑ったりもしましたが、どこかで僕の事業の話を聞きつけた隣接する州の方々がクレームをしてきたみたいです。。。。

 

しかも、そのクレームがイカツイ!

『そもそもそこの土地ウチの州の土地ですから!』

言い分すごくないですか!!笑

 

明らかに違うのに、そんなクレームをつけてくるってヤバイなと思いますわ。。

 

そして、現場に行かずにお隣の州のクレームを信じて、土地貸せないかもっていっちゃうゾーン政府。

 

 

カッ、カッ、カオス!!!

 

とにかく一度見に来てよと根気強く、ゾーン政府にご説明。

 

 

そして、急展開!

昨日、根気強い説得の結果、ようやくゾーン政府のお役人さまを事業予定地にお連れすることに成功!!

 

事業予定地視察スケジュールは以下の通り、ゾーン政府を納得させるべく色々面談をセットして見ました!

 

・ワレダ政府の首長との面談

・候補地周辺住民との面談

・ググマ酪農組合の組合長と面談

 

彼らがどの程度、ゾーン政府の説得に協力してくれるのかは、正直測りかねていました、、、

 

がっ!!!

 

感動的なことが!!!

 

まずは、ワレダ政府のシュバネさん、一生懸命、オロミアの土地ではないし、僕らも確認しているから問題ない土地だよと説得!

 

続いて、周辺地元住民の方々!!!!!

一生懸命説得をしてくれる
優しい周辺住民の方々

僕たちは、ノビィ(現地の方々にノビィと呼ばれてます)を応援しているし、この土地がだmでも他にも土地はある!

『ノビィに土地を貸してやろう!!』

との声。

 

最後にググマ酪農組合のゲルマさん!!!!!!

僕の事業の意義を
熱心に語る語るゲルマさん

『僕たちの組合員は、加工設備が不十分で、牛乳を持ち込んでお金に変えようとしてもお断りせざるを得ない状況があったりするんだよ、ノビィが来てくれれば組合員もハッピーだし、ノビィはいいやつじゃん!』

と一生懸命説明してくれる。

 

もう僕は、名前をノビィに改名しようかと思うぐらい感動しましたよ。。。

 

ありがとう、みんな!!!!!

 

僕の心は届いていたんだなと感動です。。

 

ゾーン政府の心も動いたように見えた。

一緒に現地視察をした、チロテさんとエルミアスさんも最初は、疑っていたようでしたが、最後には、村で会う人会う人と仲良くしている僕をみて。。。

 

『お前、すげぇじゃん、友達だらけだな!』

と関心した様子。

 

『お前がどんなやつか知らないから、不安だったけど、これだけ現地の人と打ち解けてれば大丈夫だな!』

と前向きに進めてくれそうな展開に。。。

 

実際に事務を進めてくれるかは、また、ゾーン政府に通いつめてせっついてみないと何とも言えませんが、僕の事業について、現地の方々が理解して、応援してくれている姿に手前味噌ではありますが、感動して泣きそうでした!

 

これまでの動き、現地の方々にも伝わっているんだなと幸せな気持ちに包まれた一日でした!

改めて頑張ろう!!!!

 

事業予定地レポート!

今回は、事業予定地ググマ村についてです。

 

基本情報

 

まずは少しだけ、ググマ村についてご紹介していきたいと思います。

 

ググマ村は南部諸民族州の東端に位置する小さな村です。

赤がググマ
点線が州境

 

少しわかりずらいですが、赤いピンがググマ点線が州境です。

 

現地住人情報によると、約500世帯の家々からなる集落です。

 

なんと!内半数の250世帯が農業を生業としており、牛を買っています。

 

今回の調査で明らかになりましたが、1世帯あたりの住人の数というのは、想像通りかなり大規模で、中には15人の家族と暮らしているなんて方々もいました。

 

南部諸民族州の州都であるアワサからは直線距離で25kmkくらいでしょうか。

 

山の頂上に位置するググマまでは、道中舗装されていない急な坂道もあり、4WDの車がないとぐるっと回り込んでいかなければなりません。

 

標高はなんとアディスアベバよりも高く2700m!!(地元長野の浅間山山頂よりも高い!!笑)

 

冷涼な気候が牛の飼育に最適な場所なんですね。

 

現地農家に密着!

 

さて、今回のググマ滞在の主な目的は乾季(雨がほとんど降らない)の牛のマネジメントがどうなっているのかという点と、乾季の乳量の確認でした。

 

ググマ村にはホテルがない為、到着後まずは宿探し!

快く泊めてくれた農家の息子

 

現地の農家さんの家に泊めてもらえるように交渉を行います。。。

 

 

しかし、ここで問題が、ググマ村の中心地であればアムハラ語もぼちぼち通じたのですが、少し中心地を外れると。。。

 

シダマ語しか通じない。。

 

ただでさえ、アムハラ語もままならない僕ですが、シダマ語、、、、

 

完全なる未知の領域です。

 

しかーし、エチオピアの田舎に暮らす方々はなんとも純朴で人がいい!

 

身振り手振りで説明をしていると、快く泊めてくれるという人が現れました。

 

基本的に土壁造りの彼らの住居ですが、高い標高のせいもあってか、朝方めちゃくちゃ寒いです。

 

寝袋を持っていきましたが、服をしっかり着た状態で寝袋に入って寝ても朝には寒さで目が覚めてしまいます。

ノスタルジー長屋

 

気温、おそらく5度くらいだったのでは。。。

 

現地の方々の生活を知る上では、彼らと共に過ごすのが一番ですね。

 

なおかつ、多くの方々が親近感を抱いてくれるので、一石二鳥です。

 

食!

 

この地域の集落では、基本的に動物性タンパク質は貴重なようで、あまり肉を食べる機会はありませんでした。

 

屠畜場が近場になかったりするせいもあるかもしれませんね。

伝統食コチョ

 

で、もっぱら食べていたのが、コチョです。

 

バナナの木に似た木からデンプンを取り出してバターと混ぜて調理したもののようですね。

 

モサモサして食べにくいですが、現地の方々と仲良くなる上で、一緒に食事を取ることは非常に重要なことですね。

 

衛生面とか、そんなの関係ありません!

 

 

気持ちがあればお腹も痛くなりません!!

フレッシュミルク

 

搾りたての牛乳も一緒にいただきましたが、日本の牛乳とは異なり、乳脂肪分が低めであっさりして香りも豊かです。

 

その他、インジェラに色々な具を乗っけた定番料理バイヤネットなど美味しくいただきました。

 

牛!!!

 

前回、雨季に訪れた時よりは全体的に牛が痩せている。。。

 

 

日差しが強すぎて青草もまばらになっているためですね。。。。

農家の庭先にて

 

意外と、強すぎる日差しから牧草を守る意味でもソーラーシェアリングなんかうまいことワークするのかもな、なんて思いました。

 

乳量

 

雨季に来た時には、1頭あたり8リットル/日くらい搾乳できているとのことでしたが、乾季にはざっくり半分まで乳量が落ちているようで、約半分の4リットル/日くらいとのことでした。

 

中には麓の村からホルスタインとのクロスブリードの牛を仕入れて来ていて乳量が乾季でも14リットル/日なんて人もいましたが、これは放牧ではなく小さな牛舎の中で、コチョの原料担っているバナナの木に似た木の葉っぱなどを食べさせているとのこと。

 

管理次第で乳量は増やせるようです。

 

今回、約50軒の農家さんにインタビューしましたが、乳量を増やすための管理手法やクロスブリードなどに関しては、かなり高い関心を抱いているものの、マーケットへのアクセスがないことがネックだとのことでした。

 

酪農組合

 

ググマには実は、小さな酪農組合が存在しています。

酪農組合か工場(外観)

 

SNV(国際開発機関)の支援によりバターチャーンと冷凍庫を保有して、牛乳からバターを作ったりしています。

 

1日の製造キャパは60リットル程度とのことで、組合員は105世帯ほどいるようですが、加工場の近隣の住民しか、生乳を卸すことができていない状況です。

 

生乳の現金化のニーズはやはりかなり高く、早く工場立ててよー。。って言われ続けました。

会議にも参加してみました!

 

105世帯で平均経産牛が3頭とした時に1日あたりの乳量は乾季でも1200リットル超と相応の乳量がありますが、実際には、この組合に加盟していない農家さんも多数おり、また、ググマの周辺の3つの村まで含めると少なく見積もってこの5倍程度の乳量が確保できる地域と言うことがわかりました。

 

酪農組合でも、製品の現金化については頭痛のタネらしく、今回訪れた際にもどうやって市場にアクセスするか会議が行われていましたね。

 

飛び入りで参加させてもらいましたが、僕が工場を作って近隣の大都市まで売りに行ってくれれば問題解決だ!との結論にいたり、皆さんの期待をビシビシ感じましたね。。。笑

 

まとめ

 

今回の滞在はとっても有意義なものになりました。

 

乾季と雨季での生乳の生産量の違いや彼らの暮らしぶり、どのように牛を管理しているのかなどなど学びも多く、1日も早く工場を設置して製造活動にフォーカスできるようにとのモチベーションが高まりましたね!!!

 

よっし、やるぞ!!!!

開発途上国の土地について

どうも、竹重です。

 

今回は、開発途上国での土地(固定資産)の権利関係についてです。

 

土地の所有は認められるのか?

 

事業を行う上で、とても重要な土地についてですが、インドネシアで働いていた時、土地の所有が認められないということに少なからず驚きを感じました。

エチオピア都市型酪農家
(記事と関係ありませんが、)

 

ざっくりというと、インドネシアの規制では、土地はあくまでも国のもので、国が保有する土地を使用権や建設権などの権利部分だけ企業や個人に認めるといった規制になっていました。

 

エチオピアでは、どうなのかというとエチオピアの土地も基本的にインドネシアの規制と近いものになっています。

インドネシアと同様に基本的に土地の所有権は、法人に認められない仕組みになっています。

 

事業予定地が決まると企業は、国に対してどこの、どういった土地をどのくらい必要としているのかを説明し借地契約をまくことになります。

 

冒頭の『土地の所有は認められるのか?』の問いに対しての答えは、土地の所有はズバリ認められないということですね。

 

なぜ、土地の所有が認められないのか?

 

続いてなぜ土地の所有が認められていないのかという点ですが、私なりに勝手に考えてみました。

 

理由は色々とあるのでしょうが、もっとも大きな理由は、開発途上国の多くでは基本的に将来的な不動産の値上がり幅が先進国よりも大きくなるわけです。

 

当然ですね。

建物の中はこんな感じ。
(記事とは関係ありませんが、)

 

で、国や地域にもよりますが、将来的な値上がりを見据えた外国人投資家が土地を買い漁ると、国の実情と異なる価格で土地の取引が行われ、その国の現地の方々が住めなくなってしまうなんてこと想像できたりしますよね。

 

最近、日本でも日本人対比相対的に資金力のある中国人の方々による不動産取得が問題になっていたりしますよね。

 

これのもうちょっとやばい系の問題が生じてしまったりするんでしょう。

 

他にも、国が開発途上である中で土地の所有を民間に認めてしまうと、国の開発計画の妨げになったりなんてのもあるんでしょうね。

 

土地に絡む問題点。。。

 

さて、国保有の土地を所有することはできないことがわかりましたが、今後、事業予定地での土地の収容には一抹の不安を感じています。

 

というのも、連邦国家であるエチオピアですが、財源は中央省庁で管理しており、実際に各州での予算決定権はあまりありません。

 

唯一ともいえる地方政府の利権である土地。。。

 

これを政府と交渉して、希望にそう土地をえるって、、、なにやら難しそうな気がしませんか?

 

実際に友人でも、土地をえるために地域住民宛の補償金を支払ったのに、現地住民が立ち退いてくれないなど。。。

 

怖いですね。

 

ぼちぼち、今回の一時帰国も終わりエチオピアに戻りますが、こんな不安と日々格闘しているわけです。

人材について考える。

どうも、竹重です。

すっかり更新が滞ってしまいましたが、久々の更新です。

 

人材って大きな問題ですよね。

 

日本でドタバタしている今日この頃です。

色々と、やらなければならないことは多いのですが、メインは資金送金、機材の調達といった目的での一時帰国ですが、すごく感じること。

 

1人の労働量って限られているなと言うこと。

ゴンダールのお城
(記事には関係ありませんが、、)

 

過去1年半に渡り、法人の設立準備や各種調査を実施してきましたが、日本とエチオピアを行ったり来たりしなければならないことも多く、費用も時間も体力も消耗してきました。

 

ぼちぼち法人の設立目処も立ってきたので、エチオピア国内で現地の従業員を探し初めています。

 

インドネシアに駐在していた時にも、現地の社員の採用面接などを行なってきて経験はありましたが、社員の雇用はすごく難しいです。

 

一方で、会社組織における人材の重要性と言うのは、周知の事実。

 

最近、会社を立ち上げる側の立場として、こんな人がいたらいいな、あんな人がいたらいいなと色々と思うところありますが、実感として、想像以上に人は大切だと思っています。

 

大卒、院卒人材について思うこと。

 

エチオピアで、採用活動を始めた時にまず行なったのが、以前の記事にも少し登場した、アワサ大学のシンタイヨ教授の研究室の生徒との面接。

 

シンタイヨ教授の研究室では、酪農について研究していることもあり、Food for Futureの事業に共感してくれる人も多いのではないかと思ったからですね。

 

また、アワサ大学はいわゆる国立大学で優秀な学生も多そうだぞっと言うことで、面接をしてみた訳です。

 

で、結果として、大卒、院卒の人材にはいくつか致命的な問題点があることに気づきました。

*サンプルの学生さんの数も多いので、一般論としてではなく、私個人の見解としてお読みください。

 

高いエリート意識

結構、邪魔になりそうなエリート意識を持っている人がいます。

これは、すごくネックです。

大学を出ただけで、特別な業務経験がある訳でもないのに、なぜか、威張った人たちが多いと言う衝撃。

新しいことを学ぶ上でネックになりそう。

 

机上の空論が多い

私は、なんでも実践主義的な人間なのですが、エチオピアの大卒、院卒の人たちは経験したことがないことでも結構自信満々に語ったりします。

『えっ、知ってるの?やったことあるの?』なんて聞くと、やったことはないけど知ってるなんて平気でいったりします。

経験してみないとわからないことを避けられてしまうと辛いですよね。

 

どこか人を見下す

これは、日本人にも共通して言えることかもしれませんが、職業差別的な意識を持った人が大卒、院卒の人たちには傾向として多いように感じます。

酪農事業と言うことで、牛の乳を絞ったり、外に出て農作業を行う必要もありますが、そういった仕事を受け入れたくないと言う意識があるようです。

 

少し毒を吐くとエチオピアでは教育水準もあまり高くなく、たとえエチオピア国内の大学を卒業していても、それは世界基準での大卒者と同等の実力があると言うことにはならないと私は感じています。

 

そんな現実があるにも関わらず、変にプライドが高く頭でっかちな多くの大卒者の方々、正直雇い辛いなと感じています。

 

もちろん、会社の立ち上げ段階ということで、知名度なんて皆無ですし、なんでお前のところで働かなきゃいかんのだと言われたら、グウの音も出ませんが、組織において特に会社創業期のメンバーは今後の事業の進捗を左右するので、しっかりと見極めて採用できたらなと考えています。

 

少し愚痴っぽくなりましたが、会社にとって人材ってすごく大切ですね、っていう実感満載の記事でした。

 

 

日本の酪農から考える。。

日本の酪農の現状

 

現在、日本に一時帰国中の僕ですが、せっかくエチオピアで酪農家としての人生を模索しているのに日本の酪農の現状ってあんまり知らないよねってことで、日本側の酪農について理解を深めるべく、今回は日本の酪農の現状について勉強も兼ねて記事にしていきたいと思います。

やっぱり情報のアウトプットって自分自身の理解を深める上でも、重要ですからね。

 

数字でみる日本酪農

 

畜産統計のデータから戸数と頭数をみてみましょうか。

 

酪農家の戸数

まずはシンプルに酪農家の数ですね。

畜産統計

農水省が毎年2月1日時点でのデータを畜産統計として出しているので、これでみていきましょう。(*信頼できる統計データがネットでポンッできる日本やっぱり便利ですね。)

 

畜産統計をみてみると、乳用牛、肉用牛、豚、採卵鶏とカテゴリーが分けられて色々なデータがまとめられてますね。

 

僕がエチオピアでやろうとしている乳用牛に絞ってみてみましょう。

 

現在の日本国内の乳用牛飼育戸数はというと、、、

 

16,400戸

 

これって、多いの少ないの?ってことで平成20年と比較してみると、平成20年の24,400戸から8,000戸も減っていますね。

ざっくりこの10年で30%超減っていますね。

想像より急激に酪農家の数が減っているのがわかりますね。。。

 

飼育頭数

 

じゃぁ、次に飼育頭数はどうでしょうか?

 

ここでは、飼養頭数と経産牛頭数で分けられていますね。

*経産牛頭数とは、現在進行形で牛乳が絞られている牛のことです。

 

今年のデータでは、経産牛頭数が852,000頭ですね。

一方で飼養頭数はというと、1,323,000頭です。

それぞれ10年前と比較すると、ざっくり▲15%前後くらいですかね。

 

30%も酪農家が減っているのに牛の数は15%くらいしか減ってないってことは、小規模の方から数が減っているみたいですね。

 

まぁ、想像していた通りです。

 

ちなみに、調査結果のページで乳用牛についてまとめられているのですが、減少トレンドは継続しているみたいです。

 

やっぱり小規模の農家さんは淘汰されてしまうんですね。

日本の酪農は指定団体制という体制が取られており、基本的にその流通はというとこうした団体によって決められた乳価で指定団体を介して販売する仕組みを取っています。

流通量の実に95%はこの団体経由の販路になっています。

まぁ、価格が決まっている以上、規模の経済が働いて小規模農家が淘汰されるのは当然といえば当然ですね。

 

エチオピアでは・・・

 

日本の酪農の現状や他国の事例をみても産業としての酪農が発展する過程での協同組合組織の必要性というのは明白だと思います。

一方で、こうした協同組合組織の終わり方に関しては各国色々な事例があるようです。

日本では現在でも、指定団体制(協同組合組織)によって酪農が成り立っていますが、酪農家の戸数減少と大規模化が進んでいる昨今、そろそろこうした指定団体の役割は終わりを迎えつつあるのかなと感じています。

 

今後、僕が事業体としてエチオピアで進めていこうとしている乳製品加工事業について、日本の事例や先進国の事例を活かしつつ、どのように事業の拡大を図っていくかというのは、結構重要な点なのかなと感じた今日この頃です。

 

 

一時帰国。。

どうも、竹重です。
実は、現在日本に一時帰国中です。

今回の一時帰国の目的はというと、資本金の送金と酪農機材の調達です。

中古酪農機器の調達について

 

エチオピアでの乳製品の加工事業を行うにあたり、僕は日本で最近多い酪農家の廃業に目をつけていました。

今回の一時帰国にあたり、在エチオピア日本大使館、農林水産省、酪農機器メーカーなどに問い合わせを行い、こうした廃業してしまった酪農家の方々を探していたのですが、これがなかなか難しく僕の狙っている中古機器にはたどり着けずにいました。

中洞牧場の空と芝生

酪農機器メーカーさんや農林水産省の方々も結局のところ、廃業してしまった農家の方々がどのように中古設備を処理しているのかまでは、知らないということだったわけです。

以前、お世話になっていたこともあり、現状の報告も兼ねて中洞牧場さんに現在お邪魔しているのですが、中古設備探しが難しいという話をしていたところ、何件か情報をいただけたりしたんですね。

実際の調達はまだ先になりそうですが、人と人のつながりの大切さ、ありがたさを改めて感じる機会になりました。

 

秋の中洞牧場

 

岩手県岩泉町にある中洞牧場さんですが、朝露がおりるほど、朝晩の気温は下がっています。

山も徐々に赤や黄色に色づき初めていて本当に綺麗です。

エチオピアの事業予定地の写真や動画を牧場長の中洞さんにみていただき意見をいただいたりと、酪農のお師匠さまと久々に話せる充実した時間を過ごしています。

法人設立まで、あと少し、、、でもないかもしれませんが、着実に前進していることを感じる今日この頃です。

山地酪農を行う中洞牧場さんの牛乳は本当に美味しいので、ご興味のある方は是非チェックしてみてください。

なかほら牧場

https://nakahora-bokujou.jp/

パートナーシップの検討、そして。。

どうも、竹重です。

少し前の話になりますが、僕がエチオピアでの事業展開に向けて、現地の乳製品加工会社とのパートナーシップを検討していた時の話です。

ヒロトゥ・ヨハネスさん(酪農家)

エチオピアでの法人設立準備を現在進行形で進めている僕ですが、当初、僕は現地の同業者の方とパートナーシップを組むことも視野に入れて検討していました。

そんな現地のパートナー候補だったのが、ヒロトゥ・ヨハネスさん。

チャチャにあるヒロトゥさんの工場

彼女は、もともとエチオピアの農業省に勤務していたのですが、今から約15年前、勤務していた農業省をやめて2頭の牛を購入し酪農家に転じています。

その後、2013年8月に規模の拡大とともに事業を法人化『Rut & Hirut Milk Cow Breeding Dairy Production & Processing PLC』を設立しています。

ヒロトゥさんは、首都アディスアベバから北東に100kmに位置するデブラブラハンという中規模の町の郊外チャチャに工場を持って主に首都アディスアベバに向けて乳製品を販売しています。

主な製品は殺菌乳、ヨーグルト、バター、エチオピアローカルチーズ「アイブ」、その他一部ヨーロッパ式チーズです。

バターの包装作業をするヒロトゥさんの従業員

前回も書いた通りエチオピアではまだまだ乳製品は需要に対して供給が全然足りていない状況の中で、地場の乳製品加工業者としては、中堅から大規模の間のスケール感ですね。

彼女とパートナーシップを組むことで、僕自身、事業の垂直立ち上げが可能かな?といった思いから当初パートナーシップを組む前提で面談を重ねていました。

当初、僕の思い描いていた双方のメリット・デメリットは以下のような感じでした。

僕のメリット

・ヒロトゥさんが構築している小規模農家さんからの原料乳買取ネットワークの活用

・現状、余剰感のあるヒロトゥさんの設備の活用により、初期投資を抑えられること

・法人設立に伴う最低資本金が現地パートナーを入れることによりUSD200,000からUSD150,000に抑えらること

ヒロトゥさんのメリット

・チーズ(欧州型)やアイスクリームなど商品ラインナップの拡充と技術へのアクセス

・追加の設備購入

僕のデメリット

・管理方法などすでに確立しているものがあるため生産プロセスの効率化などに対する反発

・シェア及びプロフィットシェアリングの問題

ヒロトゥさんのデメリット

・USAIDやSNVなど援助団体からの援助に対する影響

結果ダメだった。。

ざっくりと以上のようなメリット・デメリットが双方にありました。

また、ヒロトゥさんはすでにUSAIDやSNVからの援助を受けている経緯があり、僕がビジネスパートナーという前提で話をしているものの、どこかこうした援助機関と混同している節があり、別途ヒロトゥさんの会社で製品のラインナップとして弱いチーズ、アイスクリームなど範囲を限定しての別会社の設立を提案してもピンと来ていない様子。

ヒロトゥさんとしても、需要が大きいのは常日頃感じていて、追加のファンディングを得て設備を拡充するという意欲は旺盛だったため、とにかく僕に金を持って来てもらって設備拡充をしていきたいという思いは強く感じましたが、プロフィットシェアなどについては議論がおざなりに。。

現地の方とのパートナーシップを組むことの難しさを痛感しました。

また、この経験は、エチオピアでの事業を構築していく上ですごく有意義な経験になったのですが、中でも強く感じたのが、『自分本位の提案』だったなという思い。

もちろん、パートナーシップを組む上でヒロトゥさんにも利益がある形というのはすごく意識していましたが、0からビジネスを立ち上げて現在の規模まで拡大したヒロトゥさんの苦労というのは計り知れません。

そんな、彼女の苦労に対する敬意が足りなかったのと彼女の利益を意識していたとはいえ、すでに援助関係で無償の設備投資を受けている彼女にとっては、僕の提案は魅力に欠けていたのでしょう。

エチオピアにお邪魔させていただいているという意識をしっかりと持ってエチオピアの方々に敬意を払うこと、これはやはりエチオピアで円滑に事業を進める上ではすごく大事だなーとの思いに至ったわけですね。

エチオピアの既存の事業者さんとの競合は避けるべき。

そんなこんなで、結果的にパートナーシップを組むというのは、100%日本側で資本を用意しての法人設立をしようという結論に、マネージメントやガバナンスについて僕の描くビジョンが実現しやすい方向に舵を切ったわけです。

また、この経験から、立地としても出来る限り現地の既存事業者さんとバッティングしないようにということを意識するようになりました。

やっぱり、エチオピアという国全体で考えた時にまだまだ需要が足りていないわけで、同業者さんとも情報交換をしながら業界全体を押し上げていくのが、この国での『協力体制』の作り方かなと思います。

ヒロトゥさんの工場から見える風景

そんなわけで、バッティングしない土地選び。

エチオピアという国は、歴史的に北部のティグライやアムハラと呼ばれる地域・民族が国の中枢を支配して来ています。

そんな理由もあって、外国投資もやはり北部やアディスアベバ周辺に集中しています。

酪農事業者も基本的にはアディスアベバ周辺に集中しがちなのですが、あえて僕は南部で事業を開始しようとしています。

また、南部地域での事業立ち上げに向けてご協力をいただいているアワサ大学のシンタイヨ教授も僕のこの考えには賛同してくれています。

南部も気候的にはすごく酪農に適した地域があるのですが、やはり、同分野での海外投資というのは皆無で、小規模農家の方々に安定的な収入をもたす可能性のある事業計画にすごく期待いただいています。

やはり、まだまだ、マーケットに対する供給がショートしているこの国では、同業の方々とも意見交換しながら、みんなで産業を育てようという意識がすごく重要だなと改めて思った、そんな経験でした。

実際、同業者の方々と競合するよりも、地域であったり品目であったりという部分で差別化しながら産業全体をボトムアップしていく動きが広い意味での『協力体制』だとの認識に思い至ったわけです。

日本での牧場研修について

どうも、竹重です。

 

今回は、もともと銀行員だった僕が酪農家になる決意を持った経緯について少し書いていこうと思います。

 

酪農家になる決意

 

これまで、書いてきた通り、エチオピアの酪農事業に並々ならぬ意義とポテンシャルを感じている僕ですが、もともと銀行員だった僕に果たして本当に酪農家になることができるのか疑問をお持ちの方々も多いかと思います。

 

やはり、どんな事業を始めるにしても、やはり、しっかりとした準備というのはすごく大事ですね。

どんな道にもやはりその道のプロというのは、必ず存在していると思います。

また、どんな道のプロも当初はその道の素人だったのもまた事実だと思っています。

 

そんな訳で、酪農のプロを目指すべく僕も勉強を始めようと決意したわけですが、酪農事業にポテンシャルを感じた当初、コンサルタントから農家に転じた大先輩に酪農事業をやるのであれば、この人のところで勉強して来てはどうかと勧められました。

 

中洞牧場での研修

 

それが、岩手県の岩泉町にある牧場『中洞牧場』の牧場長、中洞さん。

中洞さんは、猶原恭爾博士によって提唱された山地酪農を実践する酪農家です。

中洞牧場にて、牧場長中洞さんと。

 

エチオピアで酪農を行うに当たって、僕は当初から日本式の舎飼いの酪農よりも、オーストラリアやニュージーランドなどで行われている放牧型の酪農の方が適しているのではと思っていました。

 

2016年8月から中洞牧場で約2ヶ月研修をさせていただきましたが、この経験を通して、やはりこの放牧を行なっていくという考え方は確信に変わりました。

 

中洞さんの実践する山地酪農は、基本的に牛にまかせる酪農ということができます。

美しい中洞牧場の景色

 

人間によって故意に乳量を増やす方法を取るのではなく、本来の牛の姿を尊重して、健康な牛に健康な牛乳を分けてもらうという発想。

 

これは、エチオピアの小規模農家の方々が行なっている形にとても近いなと感じていました。

技術的にも未発達な国であるがために、牛本来の姿を尊重した小規模農家さんがとても多いわけです。

実際、エチオピアの小規模農家の方々は大家族に牛数頭なんて家族構成も多く、牛を家族の1員として考えているような節があります。(もちろん、牛耕などを行なったり、牛乳を絞っていたり経済動物の一面はありますが、生活に必要不可欠な存在として)

 

当然、ビジネスである以上、一定の効率性を求める必要があることは認識していますが、一足飛びに舎飼いの日本的な酪農にいくというのは、エチオピアの酪農に適した気候の有効活用という観点からも、カルチャー的にもフィットしないのではと思っています。

大人しくて可愛い中洞牧場の牛たち。

 

実際、2ヶ月間の中洞牧場での研修の際にすごく感じたのが、牛をすごく好きな方々が多く、酪農の基本は牛を好きになることなのかなぁなんて個人的には感じています。

 

2ヶ月くらい研修して何になるのと思われてしまいそうですが、この研修を行なった2ヶ月で少なくとも、僕はすごく牛が好きになれましたし、今後も牛に関わっていこうと感じたわけです。(中洞牧場の牛が特に可愛いというのも多分にありそうですが。。)

 

なにをするにも大切な『好き!』という原動力

 

僕がアフリカにいこうと決意したのも、漠然とアフリカが好きだからというのがありましたが、酪農についてもこうして牛が好きだからという感情を抱くことができたわけですが。

 

もちろん、自分はこれまで、酪農について学問としても学んだ経験はないわけですが、やはり、『好きこそものの上手なれ』を信じて、日々勉強していきたいなと思っています。

 

また、困った際にはお世話になった中洞牧場の方々に助けを求めたり(ずうずうしくて申し訳ございません、中洞牧場のみなさま)、自分自身で勉強していくことはできますからね。

 

牛の命を扱う事業を始めようというのは、下手をうったら牛を殺してしまう結果にも繋がりかねないわけですが、『好き』という感情を大切に大好きな『エチオピアの方々』や『牛』と一緒に稼げる仕組みを作っていこうと考えています。

エチオピアの食文化について。。

どうも、竹重です。

今回は、僕がエチオピアでの酪農事業に対するポテンシャルを感じた経緯についてエチオピアの食文化をベースに書いていこうと思います。

 

スーパーフードインジェラ

 

まず、最初にエチオピアの主食はインジェラです。

ほとんどの方々が何それって感じだと思いますが、テフと呼ばれる穀物から作られるクレープみたいな食べ物です。

インジェラと名物ドロワット
右の白いのがエチオピアのチーズ『アイブ』

独特の食感と発酵過程で発生する独特の酸味から賛否両論というか、外国人からはやや不人気なインジェラですが、実はグルテンフリーのスーパーフードとして知られています。

また、高タンパク、高食物繊維で本当に優れた主食みたいです。

僕自身エチオピアに関わるようになるまではインジェラについてはほとんど知らなかったのですが、インジェラがスーパーフードだという話は、どうやら世界でも最大の在外エチオピア人コミニティーのあるアメリカからだったようです。

そんなスーパーフード、インジェラを愛するあまり、食文化が保守的だなんて言われたりします。

 

食文化の変化

 

さてさて、保守的なエチオピア人の愛するインジェラを中心とした食文化ですが、実は、昨今エチオピア首都のアディスアベバではかなり変化が出てきています。

というのも、アディスアベバ市内には昨今欧米系や中華系などかなり食のバラエティーが豊富になってきています。

友達のイスーくんのピザ屋
『アフォイ』にて

特に、ハンバーガー屋、ピザ屋などは、価格レンジも幅広く店舗数もかなりあります。

とはいえ、『マクドナルド』や『KFC』といったグローバルブランドは一切ありません。

あっ、ピザ屋で南ア発の『デボネアーズピザ』がありました。

それと、ぼちぼち『ピザハット』がオープンするといった話もありました。

いずれにせよ、グローバルブランドの有無に関わらず、欧米系の食文化が確実に広まっていることは感じますね。

 

チーズの不足

 

そんなこんなで、ピザ屋の拡大とバーガーショップの拡大などなどから、チーズがない!!ってなことに最近のエチオピアはなってきています。

実際、僕の友人でピザ屋チェーンを経営しているイスーくんもピザ屋のチーズ調達には悪戦苦闘しています。

インジェラと牛のナマ肉

また、ピザ屋を新規でオープンしようとしている人ってのも意外と数がいるようで、イスーくんの基には度々ピザ屋を始めようとする人が訪ねてきて、チーズをどこから仕入れてるのかなんて聞いてくるみたいですね。

イスーくんもチーズの確保は死活問題なので、基本的にはスルーしてチーズの仕入れ先を内緒にしているようです。

そんなこんなで、食文化の変化がチーズのマーケットのポテンシャルを高めているわけですね。

 

まとめに、、

 

こんな感じで、食文化の変化とともにチーズのマーケットでのポテンシャルも高まっていますね。

幸いエチオピアには、豊富な牛がいるのでこの需要をしっかりと満たしながら、現地の小規模農家さんとともにビジネスとしてしっかりとお金を稼げる仕組みづくりをしていくのは、本当に面白いです。

まぁ、チーズ以外にもまだまだエチオピアには目に見える需要と供給のギャップというのがあります、この辺りをいかにして事業化していくのかというのが、やはり先進国に生まれた人間の責務かなと思います。

しっかり稼いで、しっかりエチオピアの人たちにも利益を還元するこのあたりのポリシーを曲げずに、今後もじっくりとエチオピアの方々と向き合っていこうなと思っています。

是非、みなさんにも応援してもらいたいなと思います。