これからの事業展開について【藤本@モザンビーク】

皆さん、こんにちは!モザンビークで日本食レストランを経営している藤本浩平です。

今回はこれからモザンビークでどのように事業を展開していく予定なのか書いていきたいと思います。

現在はMusashiという日本食レストランを中心に経営していますが、第2回のブログでも書いたように「安定的で、持続可能な雇用を生み出す」目標を達成するため、日本食レストラン、スーパーマーケットと宅配、養鶏や農業、会員を使ったサービスを今後は順に展開していく予定です。

① 日本食レストラン Musahi

寿司の需要に対する対応と、今レストランが持っているキャパシティそのものを上げることによって売上と雇用人数の増加を狙います。

現在指導により、巻き寿司が作れるようになったローカルスタッフが2名在籍しています。その人数を2019年4月までに4名に増やして寿司の需要増加に応えて、また週1の定休日をなくして売上の増加を図ります。その後2019年7月から(2020年6月までに)日本人デザイナーによるリフォームを実施し、高級感のある個室を用意することで会食などの多様化するニーズに応え、また並行して客席を増やし、売上の向上を目指す予定です。

また、マプト内にある別のレストランで行われる野外イベントでのケータリングなど既存のレストランとのコラボレーション施策も企画中です。

 

※誕生日をサプライズでお祝いしてもらいました。

② スーパーマーケット及び宅配

現在は駐在日本人と一部の外国人の方向けに、レストランで利用する海鮮食材の販売を実施しており、徐々に拡大中です。スーパーマーケットに関する全ての営業ライセンスは、年内に取得予定です。

ここでは日本食レストランにて使われる食材を中心に揃えつつ現地のニーズに合わせた食材を販売していきます。自社の養鶏場や農地を開始した後は、「オーガニック」をキーワードに売り出す予定です。ここモザンビークでは、「オーガニック」という言葉があまり普及していません。一方でレストラン周辺に住む方々は外国の駐在員の方が多く、高級食材店もいくつか並んでいます。この状況から、「自分たちの子供に食べさせたい食品」と「地産地消で信頼できる食品」の2つをコンセプトに食品を選択して販売し、日本食レストラン周辺のニーズを先ずは満たしていきたいと考えています。

また、単身の方をターゲットに、スーパーマーケットにて販売されているものを宅配していきます。既に2017年6月から2018年4月まで実験的に日本人の単身者向けに試験販売を行っており、ある程度のニーズがあることを見込んでいます。また、宅配の案件が週20件を超えた時点で宅配用の倉庫兼スーパーマーケットとして新たに物件を探す予定です。レジスタッフや、デリバリースタッフ、管理スタッフ等も新たに必要となり、雇用も増加していきます。

③ 養鶏と農業

現在従業員の家にて養鶏を開始する準備を進めています。2019年中にモザンビークでの一般的な養鶏、レストランやスーパーマーケットにて生まれる生ごみを飼料として活用する実験等を通して必要な土地、鶏舎、設備等を具体的な施策案をまとめ、マプト郊外に土地を取得予定です。フードロスの削減とオーガニックな食品の両方に対してアプローチをしていくことになります。養鶏を確立後、農業も同様に行っていきます。

④ 会員を使ったサービス

現在はレストランにて使用しているポイントカードのみですが、同様にその他の事業でも活用し、ポイントを顧客の囲い込みに使用していきます。またある程度会員数が集まった段階で、それぞれの事業で集まるアナログな情報を収集し、どのような客層がどのようなものを求めていて、これからどの事業のどの部分に力を入れていけばいいのかという分析に用いていきます。

以上4つの事業を徐々に展開していき、「安定的で、持続可能な雇用を生み出す」という目標の実現にチャレンジしていきます。

 

長文読んでくださりありがとうございました!

モザンビークでの道のり[藤本@モザンビーク]

皆さん、こんにちは!モザンビークで日本食レストランを経営している藤本浩平です。

前回のブログからの続きになりますが、

3年前の7月、エチオピアのコーヒー会社を退職し、9月にモザンビーク入りを果たしました。

今回は、モザンビークに移住後どのように日本食レストランに至ったのか、動きを綴っていきます。

2年間かけたエチオピアでの挑戦。その期間を経て、「アフリカで雇用を生み出す」を目標に、環境を変えて挑戦しようと思った私はモザンビークに移ります。0から1を生み出す段階になかなか辿り着けないことに対し焦りを感じていたこともあり、すでに動き出している企業に携わりながら、先ずは現地のことを良く知ろうと考え3カ月のマルチビザを取得しました。

実はここモザンビーク、ビジネスがやり辛いと他の日本人の方がおっしゃっているのをよく耳にします。

煩雑な手続きや、社会主義政権時代から引き継がれている法律、曖昧で複数の縦割り監督省庁が持つそれぞれのルール、賄賂文化の浸透、そしてポルトガル語等、ビジネスを妨げる様々な障害が存在しているのです。

しかし、エチオピアからやって来た私にとっては、モザンビークのビジネスは参入可能な業種が限られているわけでもなく、また外国人の起業に対して敷居も高くありません。起業に対するハードルがとても低いように感じたのです。

また、モザンビークはまだ資源も取れておらず、他のアフリカ諸国と比べて市場が大きくなっていない様に感じます。その分0から1を作り出す新規事業はとてもやりやすいのかもしれません。

そして何より、気候環境

モザンビークの人たちはとても陽気で、楽観的です。勿論納得できない部分もありますが、それでもその人柄はとても魅力的なのです。(もちろん、エチオピアの人たちのことも大好きですが、タイプが全く異なります。)

また、海を見ることができないエチオピアと違い、モザンビークは海に面しているため、魚介類の数が豊富で、休みの日は気軽に海へ行くことができます(モザンビークに来て初めて、長い間海に対する想いを無意識に抑え込んでいたことに気づいたほどです)。これは私にとってとても大きなポイントでした。

 

そんなモザンビークで手伝い始めた不動産業。

会社の登記手続きに始まり、首都マプトに来る日本人向け不動産仲介や家具レンタル、ロジ手配等などの業務を行い、また前任者が日本に帰国するという事態になったため、代表を務めることになりました。

但し、マプトの日本人、一部アジアの方向けの上記業務では、現地の方々の雇用は2~3人が限界です。

現地の雇用を生み出したい

そう考えていた私は、不動産業をやりながらも、前々回の記事で紹介したビジネスモデルを進めるきっかけとして、飲食店を始められないかと思い、日々の業務と並行してその事業計画書も立てていました。しかし、当時はまだマプトの物件市場価格は高く、それなりの資金を投じて突然飲食店を始めることに少し躊躇していました。

そんな矢先、また偶然にもお誘いの話をいただきます。

モザンビークは海に面していることもあり、魚介類に対する需要が多くあります。そのこともあり、マプトには日本のODAでできた魚市場が存在します。その魚市場にあるフードコート内でお店をやらないかと、現地で水産加工業に携わる邦人の方にお話をいただいたのです。

プレハブ建てのような建物と屋外の飲食スペースのため、大規模なお店ではありませんでしたが、家賃は一般的な市内の物件に比べると破格の値段でした。また仕入れやスタッフの指導、メニュー検討などを行う良い機会だと捉え、2016年11月、日本食レストランYasukeをオープンするに至りました。

オープンから1年ほど経ち、以下3つの理由から、新たなお店を市内中心地でオープンすることを決断します。

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1: 現地の人を雇用し、様々な方の力を借りながらのお店のオペレーション、レシピのマニュアル化、弁当の配達、仕入れ先の確保・開拓など、現地での飲食店業務の全体像がつかめ始めたこと。

 

2: オープンした魚市場は、中心街から離れており、且つ私たち以外のお店はすべて同業態(市場で買った魚を炭で調理し提供する)ため、ライバル関係がひしめき合い治安が悪かった。

(駐車場でのタカリ、ライバル同士の客引き、置き引きなど。そのような環境でも足を運んでくださる駐在外国人の方にとても救われました。)

 

3: 寿司を取り扱う店が増え始め、市場が出来上がってきたこと。

私が来た当初は、韓国の方がやっている日本食レストランと一部寿司を提供しているイタリアンレストランくらいしかなく、まだ「Sushiってなに?」というような状況でした。しかし、徐々にSushiを提供するお店が増え始め現在は6店舗ほどに拡大し、市場もできてきました。

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メニューの刷新、物件の確保、ライセンスの手配等を行い2018年今年の6月から日本食レストランMusashiをオープンさせました。(レストランの名称変更の理由についてはまた別途ご案内します。)

何も分からないまま飛び込んだアフリカ。目標だけを見失わず突き進んで来たことにより、そこで出会った数々の偶然と周りの方からの助けのおかげで今の私があります。

次回は、これからモザンビークでどのように展開していこうと考えているのかご案内させていただきます。

現在までの道のり【藤本@モザンビーク】

皆さん、こんにちは!モザンビークで日本食レストランを経営している藤本浩平です。更新が遅くなってしまいましたが、モザンビークまでたどり着いた経緯についてご紹介させていただきます。

 

「アフリカで雇用を生み出すことに関わりたい。」

そう思いながら日本の会社で働いてはいたものの、アイデアを考えたり思うだけで、特に何も行動できていないというのが実態でした。アフリカにツテを作ろう、普通ならばそのようなことから始めるかもしれません。

このままでは思いだけで終わってしまう。そう思った私は日本の会社を退職し、南アフリカにある語学学校に身を移します。そこで1か月間英語を学びながら、アフリカでのビジネスについて情報を集めていきました。

その中で、サブサハラで2番目に人口が多い、エチオピア。旅行の時以来何か繋がりを感じていたこともあり、挑戦の舞台にエチオピアを選びます。

早速移り住んでみたものの、初めてのことが多く試行錯誤の日々が続きます。まず、エチオピアに住むために必要なビザを獲得するため、私はアディスアベバ大学アムハラ語学科に籍を置きます。そして出会った友人と田舎町でキャンピングロッジを行う計画を立てますが、その友人がギャンブル好きで怪しく、計画と違うことが次々と起こっていたため、断念。

人に頼るのではなく、自分で切り開いていくしかない。と学びましたが、なかなか物事をうまく前に進めることができない日々が続きました。

アフリカまで来て何をやっているんだろう。SNSで更新される友人たちの近況を見ながら焦る日々。。まだアフリカに挑戦するのは早かったのかもなあ。無謀すぎたのか。上手く物事が進まないときはネガティブになりがちです。

日本に住む友人から「お前は自分で進みたい道を選んで進んで行っているんだからいいじゃないか。Life is good だろ!」と言われた言葉に何度も救われました。そう、目的を見失わず、前に進んでいくのみ

そんな時、偶然にも知り合いから、現地でコーヒーの輸出業を営んでいる会社の社長の紹介を受けたのです。その社長は外国人スタッフを探していたこともあり、ワークパーミット等を手配してもらい彼の会社で働くことになりました。

ところが実際にしたのは日本に営業電話をしてコーヒーを売るということと、新規で取り組んでいた畜産業のプロジェクト立ち上げのお手伝い程度。特に仕事量も多くなく、暇な時間が続いた上に会社の経営も危うくなるという事態に陥りました。

約2年間、エチオピアで様々なことにチャレンジしながら情報収集をしていた私は、同時にエチオピアで事業を行う難しさにも感じていました。1つのビジネスを始めるのに200,000USDの資本金が条件であることも大きな要因の一つでした。

このような状況下、「アフリカで雇用を生み出すこと(詳しくはこちら)」が自分の目標であることをもう一度確認し、環境を変え自分の目標に向かってストレートに動いていこうと再度決意します。その決意と共に、お世話になったコーヒー会社も退職しました。

とはいえ、他の環境に移るハードルが高いことに頭を悩ませていました。植民地になった歴史のないエチオピアの環境が他のアフリカ諸国と比べて少し特殊だったのです(すこしは話せるようになったアムハラ語もエチオピア以外では使えません)。

そんな時、またもや偶然、エチオピアにいた青年海外協力隊の方にモザンビーク、マプトで不動産業をしている方の紹介を受けたのです。

環境を移し、そこで現地の雇用を生み出すという目標に向かってもう一度チャレンジしよう。そう思い、モザンビークに身を移します。

偶然続きのアフリカ生活。次回はモザンビークで何が起きたのか、書いていきます。どうぞお楽しみに!

顧客接点の近いビジネスを通して持続可能な雇用を生み出す [藤本@モザンビーク]

 

皆さん、こんにちは!モザンビークで日本食レストランを経営している藤本浩平です。

今回は前回に続き、私がここ、モザンビークでこれからやっていきたいことについてお話ししようと思います。

資本主義の枠組みに上手くフィットしながら現地の人たちが自力で生きていける仕組みを作ろう。アフリカの人が自ら働いてお金を稼ぎ、そして家族と生活して行ける仕組み。それを作るにはまず雇用を生み出さなくてはならない。ただし、自分無しで回らないような仕組みでは意味がない。旅行を通じて私はそう思うようになりました。

とはいえ、当時私はビジネスに関して何も分からないという状態。

帰国した私は、第一歩目として日本で働くことを決意します。折角日本で生まれ育ったのだから先ずは日本で働きながらビジネスを勉強し、将来アフリカへ戻ってこようと考えたのです。

では、どんな会社で働くか?すんなりと腑に落ちる答えを見つけるまでにはかなりの時間がかかりましたが、「多様な業界業種の会社と付き合うことのでき、且つ忙しそうな会社(私自身が追い込まれないと動かない性格であるため)」という定義で探し、Web会議やWeb上でセミナーを行うシステムの会社へ就職しました。

当時、ソフトウェアの業界はまだ、アメリカで流行したものを日本に持ち込めばビジネスが成り立つ、という時代でした。しかし今はそうではありません。新しいサービスが次々と生まれ、世界規模で拡大し、シェアを獲得していた会社がすぐに落ち込んでしまうということは当たり前になりました。

アフリカで雇用を生み出すには?私は頭の片隅にいつもこの問いを置いて仕事をしていました。入れ替わりの激しいソフトウェア業界は継続的に雇用を生み出すモデルには向いていない。

一方でセブンイレブンのようなビジネスは、技術革新が進んでも「最終的に必ずお客さんと直接接点を持つ」というアナログな部分は切っても切り離せないのではないか?と感じることが多々ありました。

スーパーや飲食店などお客さんとの接点が近いビジネス、(第3次産業)そこで多くのお客さんを獲得することができれば、

その方々へ販売する農作物等も自作し直販することで、安定してビジネスを回すことができるのではないか。思う様になりました。

その結果、以下のようなビジネスプランに至ったのです。

 

① レストランを経営し、顧客のアナログ情報を集める

② 仕入れたものを顧客へそのまま販売し横展開。(スーパーマーケット)

③ 付加価値の付いた養鶏や農作物の生産を行い、スーパー、レストランで販売、利用する。

④ FCなど店舗数の拡大等の横展開

⑤ アナログな顧客の情報が加速度的に集まり、よりニーズに合わせた戦略を立て、実践に移すサイクル

このようにアナログの情報を基にすれば、生産から販売までサイクルを効率よく回すことが可能です。そして何より、スーパーやレストラン、農業などそれぞれが実際生活に根差しているので、個々の場所に現地の雇用を生み出すことができます。

また、モザンビークの通貨、メティカルは通貨の価値が非常に弱く、為替の変動に影響されやすいという問題があります。人々の生活もそれによって大きく左右されているというのは一つの大きな問題です。

この資本主義社会の中で、それぞれの国々は互いに深く繋がり、否が応にも影響を受け合っています。それ故に、モザンビークの人が自力で状況を脱するのが難しい。

しかしこの仕組みであれば、この中で一つの経済がほぼ完結するため、為替の変動による影響が少なくなるでしょう。そして、何より自分が抜けても現地の人たちが独自に経済を回すことができるのではないか。と考えています。

「現地の人が安定して職に就ける。自分がいなくなっても安定して経済を回して生きていけるようになる。」

この目標を、この仕組みを念頭にできることから実現していこう。今はその思いでモザンビークに滞在しています。

読んでくださった方、ありがとうございました!次回もお楽しみに!

突っ走ったり止まりすぎたりの1ヶ月半を過ごしていました。

井戸の水を汲む村人たち。井戸の周りにいるのはどこの村でもほとんどが若い女の子たちでした。

 

こんにちは。西アフリカ・ギニア、コナクリからイヌワリアフリカ代表バー由美子です。

前記事を投稿させて頂いてから、猛烈に記事をバンバン書かせて頂こうと意気込んでいたのに、いろいろありまして、実際は随分と日が経ってしまいました。
そんな1ヶ月半も一体どうしていたのか?を本日は書かせて頂きます。

 

1週間に渡る遠く遠くの村への調査の旅

まず、全記事を投稿しました直後、ラマダンが始まった始まった翌日の5月16日から私たちの暮らす首都コナクリから車で全部合わせると片道20時間位以上のとある村までの1週間の旅に出ました。
企業様からの依頼を頂いたギニア国内の調査の旅でした。

旅をしていると、地域ごと、民族ごとに家の藁葺き屋根のスタイルの違いが見れてとても面白いです。

旅に出た初日は17時間以上ノンストップで進み、真夜中に崖っぷちの道でいきなりすごい雷と大雨になったのを川切りに、思っていた以上に過酷な旅路となり無事に帰れるのかしら?とかなり不安になりました。旅の出発とともにタイミング悪くちょうど雨季に入ってしまいました。

山の上で車が通れない道しかなくて、ある時はバイクで、ある時はまさかの舟で渡ったりと驚きの連続の旅路でしたが、この旅で得たものは本当に大きく、そしてギニアの豊かさをしみじみ感じることができた旅でした。

川で鍋やお皿を洗ったり、お洗濯をする村人たち

ギニアには素晴らしい自然、土地、作物、資源、植物、水、人、様々な生き物、それぞれの民族に伝わる昔ながらの豊かな伝統文化が残っている、ギニアには何でも揃っているじゃないか!と実感できる旅でした。
あまりのこのギニアの豊かさを見て、コナクリに帰る途中には、この全てをうまく活用することができたら、この貧しさの問題を解決出来るはず、その方法はなんだろう?とずっと考えていました。

この時期はちょうどマンゴーの季節だったのでどの土地に行ってもマンゴーが至る処で売っていました。こちらの売店にはもう何でも揃っていました。

 

通訳同行ガイドの依頼をいただき

村からコナクリへ戻った後は、ギニア訪問をされていた方の通訳同行ガイドとして、数日間コナクリを御案内させて頂きました。こうしてガイドをさせて頂くたびに自分にも必ず新しい発見があるので、とても刺激になります。同行させて頂くことで、私も良い時間を頂くことが出来ました。
有難いことです。

探検しに行き偶然見つけたビーチにて。コナクリにもびっくりするほどの絶景ビーチがあるんですよ。

食事中にマンゴーを売りに来た子供達

 

製品作りも忘れていません!

イヌワリアフリカの製品作りも忘れてはいません。
いつも製作をお願いしているこちらのアトリエのこのお兄さんもイヌワリアフリカの専属テーラーさん、アトリエに寄った際に写真を撮らせてもらいました。

イヌワリアフリカのアパレルを仕立ててもらっているテーラーさん。こちらのアトリエでは、ろうあ者の皆さんがお仕事をされています。皆さんとても腕の良い職人さんです。

 

こちらで製作してもらったイヌワリアフリカの新商品の一部

 

こちらは女の子たちが縫製修行をしながら働くアトリエ。こちらでは、主にイヌワリアフリカの商品のアフリカンドレスを製作してもらっています。

 

旅の疲れが出たのかフラフラで布屋さん巡り

通訳ガイドのお仕事が終了し、ホッと一息する間も無く、日本のお客様からご注文頂いている大量の
アフリカンプリント布を探すためにギニアで一番大きな問屋街のマルシェ巡りを数日間続け、旅の疲れが出たのか猛烈なアツさのために熱中症になったのかフラフラになりながらの布探しの数日間でした。

 

この巨大マルシェには布屋さんが所々に2百件以上ひしめき合っています。

お店の中で自撮り中のお店のお姉さん笑

 

マラリア発症で2週間ダウン

熱が出て寒気がすると思って薬を飲んだら熱は下がったので、熱中症と思い込んでいたので病院には行かず2日位寝込んでいましたが、ついに吐き気がしたのでこれはマラリアかも。。と思い病院に行ってみたらマラリアではないとドクターに言われました。

しかし私は既にマラリアには2回かかっていて、動物の勘なのか、マラリア特有の汗の匂いも感じたのでドクターに血液検査を念のためにしてくださいとお願いしました。
翌日の金曜日、フラフラしながら検査結果を聞きに行くと、検査結果は来週月曜にならないとわからないと看護婦さんが言うので、「それじゃ死にますよ」と食い下がると、じゃちょっと待って下さいと言い残し去って行きました。
その後診察室に呼ばれ、ドクターがバツが悪そうに「やはりマラリアでした」と言いました。

悲しいかな、マラリアの症状というのが自分でわかる様になってしまった様です。
今までの私の場合は、まず高熱が出る、体の節々が痛い、寒気、頭が強烈に痛い、目の玉が痛い、吐く、という症状が出たらもうマラリアです。

その来週の月曜まで検査結果を何もしないで待ってたら本当に死んでたかもしれません。
その病院は料金もけっこう高いし血液検査だけでも一般庶民の1,2ヶ月の収入を越すくらい高いのに、それでもこの対応ですからびっくりしてしまいました。

処方してもらったマラリアの薬を飲んだらだいぶ良くなり助かりましたが、とにかくマラリアは目が痛くなるのと、半端ない頭痛が続くために、パソコン画面を見ていると目と頭が痛くなりパソコンでの仕事が全く出来ずにとても困りました。

 

こちらは病院で処方してもらったマラリアの薬です。この他に3種類の薬を飲みました。そのあたりもあたらめて別記事でご紹介しようと思います。

 

フラフラになりながら空港まで荷物の輸送手配に

マラリアは完治していませんでしたが、出来るだけ早くやらねばならなかったのが日本からご注文を下さったお客様方にお送りする品々の輸送手配です。
立っているのもままならずフラフラでしたが、ご注文いただいた品々のお届け先を記入しパッキングし荷物を一つづつまとめ、徹夜で連日荷造りをしました。

コナクリ空港からこうして輸送手配完了しました!この後先月23日に無事日本に到着したそうです。
お客様方にお待ち頂いているのでやっとギニアからこうして送ることが出来て本当にホッとしました!

 

運送会社の梱包係員が最後に梱包してくれているところ

こちらに日本のお客様からご注文頂いたアフリカ布、シアバター、アフリカンプリントで作った服などがいっぱい入っています。

 

マラリア完治後に今度はパソコンが!

日本への荷物輸送の後は、頭痛、目の痛みがだいぶ治まってきたので、溜まりに溜まっていたパソコンの仕事がやっと出来るぞと意気込んでパソコンを開くと、カーソルが動かないという事態に!

 

ギニアとは思えない店内です。Mac関係やi Phone その他今どきの家電が販売されています。あまり知られてはいませんが、密かに修理も行っているお店です。

 

すぐにパソコン修理屋さんに持って行くと数時間で直してくれたのでホッとしたのもつかの間、翌日にまた同じ症状が現れました。そんなことを繰り返しながら約1週間が過ぎました。
ギニアで暮らしながら仕事をする上で、パソコンがなかったらもう致命傷です。
もしデータが消えたら?完全に壊れたらどうする?と不安な日々を過ごしましたが、最後の最後に修理屋さんのお兄さんがしっかりと直してくれました。
この1週間は不安でたまらない日々を過ごしていました。本当に感謝です。

 

またまた今度はご注文頂いた楽器商品を輸送

業者様からご依頼頂き製作をさせて頂いたジャンベとジャンベ用の皮を日本へ輸送致しました。

ギニアで活動する上で、外国からこのようにまとまった数の卸売のご注文を頂くことが出来るのは、本当に有難いことだと思います。
一つ一つの工程でそれぞれの職人たちが手作業だけで作り上げた心のこもった楽器がどのようなお客様の元へ届くことになるのだろうと考えるとワクワクします。

 

輸送直前に再度ジャンベとジャンベ用の皮を太陽に干し、皮を一枚ずつブラッシングする様子

 

そして只今引っ越し作業中です

前々から現在住んでいる自宅件、事務所の引っ越しが決まっておりましたが、やっとその新居が引き渡されたので、早速新居の中チェックに行くと、よく見たらけっこう古くて修理が必要でした。
まずはペンキ塗りから始まり、網戸屋さん、電気屋さん、水道屋さん、と勢揃いでリフォームを開始いたしました。
明日は新居に大きな荷物を運び込む予定です。
引っ越しといっても、隣の家なので楽チンです。

普通は引っ越しの場合は大家さんに敷金を1年分くらい(大家さんによってだいぶ変わります)
支払うのがギニア式ですが、現在の家と引っ越し先の隣の家も同じ大家さんの持ち家で、その大家さんがとっても良い方で、敷金を改めて支払う必要がないと言ってくださり、とても助かりました。
賃貸の場合、借り人には全く人権がない位大家さんはやりたい放題が多いギニアで、この大家さんは神様みたいです。

 

長くなりましたが、最後までお読み下さり、どうもありがとうございます。
空白の1ヶ月半、このように過ごしておりました。

 

そして、こうした日々を過ごしながらまた改めて思うのは、
「今までギニアで活動を続けて来た一つ一つのことが、パズルを組み立てるようにちょっとずつ大きな一つの塊になりつつあるような気がする」ということです。

 

今回の旅や、引っ越すことになり、痛感したこと、気がついたことなどもこれから書かせて頂くつもりです。引き続き宜しくお願い致します。

 

 イヌワリアフリカ 代表 バー由美子 

最近何か大きな変化を感じます。

日差しが強烈な今の時期、宗教的な意味でなく日除けの為に頭に布を巻いている女性も多いです。

 

こんにちは。西アフリカ・ギニア、コナクリからイヌワリアフリカ代表バー由美子です。

いつもイヌワリアフリカの商品を作ってもらっている、聾唖者のテーラーさん達の仕立て屋工房にまた新たな商品作りをお願いしていて、ほぼ毎日布屋さんとその工房を行ったり来たりしています。

 

大好評のイヌワリアフリカのシアバターのパッケージにしているアフリカ布の小袋もこちらで作ってもらっています。

 

布屋さんと工房の往復の毎日でしたが、最近特に日中の日差しが強烈に強く、乗り合いタクシーを探すのに道路に立っているだけでもう頭がクラクラしてしまい、炎天下の中布屋さんで布を選んだり、工房でいっぱい喋ったり怒ったり?笑ったりしていると自宅に戻ったらもう動けないくらい体力消耗しています!

 

マンゴーの木に実がいっぱい&強烈な日差しになってきたら、雨季が目の前

 

この日差しの強さは雨季に入る手前のお決まりのもので、あらゆる種類のマンゴーがマルシェに沢山並び、強烈な日差しのこの時期がやってきたら次は一気に雨季に突入するのだとギニアの人たちは皆知っています。

 

路上のフルーツ屋さん

マンゴーを煮込んだ今の時期限定のおやつ的食べ物”マンゲーソース” パームオイルで煮込むのがポイントです。

 

これから雨季に入ったら毎日雨!雨!が半年続きます。
ギニアの気候は乾季と雨季がくっきりと半分半分に分かれていて、今から年末までは雨ばかりの雨季、年始から5月までくらいは雨が全く降らない乾季となります。

 

雨季だと助かるギニアの電気事情

 

雨季になると本当に毎日雨ばかりなので、出かける時には大変なことも多いのですが、最近は雨季を心待ちにしています。
というのも、ギニアは水力発電なので雨が降らない乾季には停電が多くなってしまうそうで、最近ではダムに水がないそうで停電ばかりなのです。

日中は布屋さんや仕立て屋工房、その他の仕事の都合で外出し、夜間にパソコンで仕事をしようにも、停電で真っ暗で自家発電機は夜中はうるさくて近所迷惑になるので稼働できない、メールのやりとりをしているだけでパソコンのバッテリーが切れてしまうという状態が続き、こちらの記事を書くこともなかなか出来ませんでした。

首都のコナクリでこれですからギニアはやっぱりまだまだですね。
ギニアのインフラ整備も電気、水問題だけはなんとか頑張って欲しいものです。

 

コナクリではほとんどの街では水道水は週に2、3回、6時間くらい来てまた断水になります。水が来そうな時間には水道前にこうしてバケツが用意されます。水道の無いお家で暮らす人たちがご近所さんの水道でこうしてお水をもらうことも多いです。

 

開発と今までの生活のはざまで思うこと

 

ただ、インフラ、開発ということで最近どうしたものかと思っていることがあります。

先日道路脇でタクシーを探していたところ全然タクシーが来ないのでなんでかなと思っていたら、近所の港で暴動が起きたので通行止めで車が通っていないのだということでした。

 

近所の港の橋の上では魚、中古の服、木材などを売っている人たちがいます

 

港の前の材木や魚を売っている人たちがその場から追い出しをくらったということで暴動になったそうです。
以前にも、マルシェでアフリカンプリント布を売るおばちゃんたちの掘っ立て小屋的なお店が開発のために、無情にもいきなり屋根が壊されたことがあったので、今回も開発の為にいきなり力づくで追い出しになったのかと心配になりました。

皆店舗を持てず路上で逞しくいろいろなものを販売しています。
それでなんとか生計を立ててきたけれどいきなり立ち退きでは本当に大変かと思います。
最初からそこで商売をする権利なんてないのですからしょうがないと言えばしょうがないですが、日々なんとか生きている人たちには本当に大変だろうな。。と感じてしまいます。

これはどこの国でも同じ事なのでしょうが、なんとか地域の人たちの生活を守りながら開発をしてもらいたいものです。

 

ギニアとイヌワリアフリカの大きな変化を

 

さて、イヌワリアフリカは、フェアトレード商品の製作販売、そして自社が企画するギニア旅に特に力を入れてきましたが、個人、企業様からのギニア滞在の同行ガイド、通訳、その他さまざまな内容のお問い合わせや依頼が最近とても増えてきており、ギニアの変化、そしてイヌワリアフリカとしての大きな変化を感じています。

前記事にも同じことを書きましたが、あの後も続々と依頼やお問い合わせをいただいており、大変有難い限りです。

ギニア観光、外国からのギニア投資や事業が盛り上がれば、私たちは私たちの仲間に仕事を回す事ができます。それは皆の収入に繋がります。

 

ガイドをさせて頂いたお客様方を地元の大衆レストランにお連れした時に、店主のマダムに誘われ”フフ”作りにわたくしも挑戦させてもらいました。

 

真ん中の丸いものが”フフ”です。とうもろこし、キャッサパの粉が原料です。

 

ギニアで活動を始め9年目になりますがやっとこの時が来たなという想いです。
ギニアに拠点を置き、ギニアの人たちと共に生活しているからこそ出来る私たちにしか出来ないサービスをさせて頂けるよう誠心誠意頑張りたいと思います。

 

イヌワリアフリカ 代表 バー由美子                             Yumiko Bah / Inuwali Africa  Présidente

 

日本の業者様から注文をいただいた大量のジャンベ用の山羊皮も、太鼓の最適な音が出る為の処理を施す作業を雨季に入る前に一気にしなければならないので毎日外でお日様と暑さと格闘中です。

 

 

 

 

ギニアからクラウドファンデイングに挑戦しております!

ジャンベ界の伝説とも言われるギニアを代表するジャンベ奏者のファムドゥ コナテさんによるジャンベレッスンの時間

 

ギニア、コナクリからこんにちは。イヌワリアフリカ代表 バー由美子です。

ただいま開催真っ最中のギニアツアー、何しろここはギニア!なので問題無しとは言えませんが、お陰様でなんとか快調に過ぎております。

 

いきなりクラウドファンデイングに挑戦中です!

 

さて、そんな中、わたくしはいきなりCAMPFIREさんでクラウドファンデイングに挑戦しております。

 

CAMPFIRE クラウドファンデイングページ

CAMPFIRE クラウドファンデイング挑戦ページ

 

https://camp-fire.jp/projects/view/61814

 

私どもはギニアツアー期間中の今度の土曜日の17日に伝統音楽フェスティバルを企画しておりまして、主にそのフェスティバル出演者へより良い報酬を渡すために挑戦したクラウドファンデイングです。

フェスティバルを企画した当初は、シンプルに国際交流とギニアの魅力を音楽とダンスを通し多くの人に見てもらって皆んなで繋がりたいという思いで企画し、出演者への報酬はギニアで普通に渡される友情出演的な料金を考えておりましたが、いろいろと思うことがあり彼らにより多くの報酬を渡す事が出来るよう挑戦を決めました。

しかしいきなり決めたもので、準備もなにもせずに2日ほどでまとめて速攻のチャレンジとなり、
ギニアツアーの開催とも重なり、告知もままならずなかなかご支援を集める事が難しく難航を極め、
とうとう本日チャレンジ期間が残りあと2日を切りました!!

難航を極めてますが、それでも10名の方がご支援下さっていまして、本当に有難い事です。

 

 

開催するのは、こちらのフェスティバルです!

ジャンベとダンスでギニアの魅力を伝え、繋がるキッカケ作りと、ギニア人アーティストに、より多くの報酬を渡す事を目的としたギニアの大切な伝統音楽文化継承の保護にもつながるフェスティバルです。

〓〓スペクタクル ” La Voix de Guinee “〓〓 〓〓
日程:2018年2月17日(土曜)
場所 : シンバヤ コナクリ / ジャンベフォラ ファムドゥ コナテ邸
時間:16:00

入場料無料 どなたでも大歓迎

【出演グループ】
スペシャルゲスト
Ballet National Djoliba
ギニア国立舞踊団 バレエナショナルジョリバ
▪️Groupe Percussion de Balafone 《 DJELIDENY 》
バラフォンパーカッショングループ 《ジェリデニ》
▪️BANZAI Percussion バンザイパーカッション
▪️La Voix de Guinée ラ ヴォア デ ギネー / スペシャルゲスト・フォデ コナテ

 

あと2日!どんなミラクルが起きるか?諦めずに告知を頑張らねばです!

 

イヌワリアフリカのギニアツアー2018専用 HP

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イヌワリアフリカ 代表 バー由美子                             Yumiko Bah / Inuwali Africa  Président

ツアーで島に遊びに行った食事時・ 揚げただけのシンプルな美味しさの獲りたて魚がとても美味しかったです

ギニアツアー用の食材の買い出しに!

マルシェにある食材専門ブティック。お店の入り口には大きなタライに入った数種類のお米が並んでいます。後ろの袋は米袋です。

 

ギニア、コナクリからこんにちは。イヌワリアフリカ代表 バー由美子です。

 

明日から始まるイヌワリアフリカ主催のギニアツアーのお客様やスタッフの食事を調理するのに必要な食材を揃える為に、昨日は朝からお料理を作ってくれるスタッフのシーレと共に、大きなマルシェに出かけました。

 

 

袋に入っているのはマカロニとクスクス

 

こちらのお店で購入したもの

 

こちらは料理用オイル ギニア料理はオイルをふんだんに使うのでこんな沢山のオイルもきっとすぐなくなってしまいます。

 

ギニア料理に欠かせない固形ブイヨンもまとめ買い。多分1週間分くらい。

 

お米の50kg袋、ジャガイモや玉ねぎが入った大きな袋、箱入りスパゲッティ、箱入りトマトペースト缶、マスタード、マヨネーズ、インスタントコーヒー、お砂糖、ミルク、チーズなどの食材から、ギニアの健康茶ケンケリバを煮出す為の鍋、タライ、大人数がみんなで一緒に食べる用の大きなお皿、バケツ等々ブティックを何軒もハシゴしていっぱい買い込みました。

 

ついに明日から始まるギニアツアー、今夜もお客様がコナクリ空港に到着予定です。
お客様に ”来て良かった” と思っていただけるツアーにする事ができますように努めたいと思います。

 

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いよいよ開催!ギニアツアーの準備に追われながら。。

イヌワリアフリカ主催ギニアツアーの開催場所のお宅にて

 

ギニア、コナクリからこんにちは。イヌワリアフリカ代表 バー由美子です。

来週から、わたくしが代表を務めるイヌワリアフリカ主催のギニアツアー2018が始まる為、お客さまをお迎えする準備に追われております。

昨年末からは1日に6時間くらいしか電気が来ないという長時間の停電続きだった為、ツアー期間中は自家用発電機を使って発電をしようと思っていましたが、夜中眠る時にあの爆音!はたまらないので、嫌だなと思っていたところ、なんといきなりまた嘘の様に停電がなくなって、電気が調子良く来るようになったのでその心配もなくなりホッとしています。

でも、ツアーの準備を始めていた昨年末、停電よりももっと心配な事がありました。

 

物件探しに奔走し・・

 

さて、以前の記事 「【ギニアでの事業紹介③】ギニアツアーの企画・開催」
http://entre-africa.jp/yumiko_bah/4452.html

 

でもご紹介しましたが、イヌワリアフリカのギニアツアーは、外国からお客様を募り、ホームステイ感覚の滞在で、ジャンベとアフリカンダンスのレッスンを受けながら、地元の舞踊団を訪問し、ギニア人ミュージシャンやダンサーと共にダンスの練習をしたり、観光も合わせギニアを体験して頂くという内容となっています。

 

貸切の一軒家を借り切ってその家に皆で合宿の様に宿泊をしながら皆で行動を共にします。

 

でも、昨年末に近づいた頃に、予定していた前回のツアーでも使用させて頂いたお家での開催は事情があって急遽変更することになり、1ヶ月だけ賃貸出来る普通の家の物件を探しましたが、全然見つからずにヤキモキする日が続きました。

 

何故かって!まずは、コナクリって、1ヶ月だけ貸してもらえる一軒家というのは、高い賃料を払える超お金持ち用のめちゃくちゃ高い物件しかありません。
(コナクリ賃貸事情に関してはネタ満載なので、またいつか別で書かせていただきたいと思います。)

 

そして、1ヶ月間借りる場合は、不動産屋さんに1ヶ月分、大家さんに何か破損した時のための保障金1ヶ月分、賃貸料1ヶ月、プラス借りる期間になるまでその物件を押さえておくその日までの賃料まで支払わないといけません。
私たちが物件を探していた時だと、結局全部で4ヶ月分を支払わないといけなかったのでそれは絶対に無理でした。

 

安い物件があったとしても、お化け屋敷の様な怖い家で、水も出ないし電気も自分たちで工事しないとダメ、壁のペンキも禿げてる状態の家ばかり。。お客様を迎えるには大工事が必要になります。

 

アフリカなのに、太鼓禁止??

 

そして物件が見つからない絶対的にダメだ!という重大な理由が1つありました。

それは、コナクリは、意外にも「ここはアフリカなのに、太鼓を叩いたらダメという太鼓禁止の家が多い」という事です。

ジャンベ=太鼓を体験するツアーなのに、太鼓が禁止とは!

そして、

実は私たちが住んでいる家も太鼓禁止なんです 笑
だから私たちはギニアに住んでいるし、自宅にお客様にも宿泊して頂けるスペースもあるけれど、
ツアーを開催するには、わざわざ別の家を借りないといけないんです。

 

ジャンベのレッスン風景

 

灯台下暗し

 

1ヶ月以上物件を探したものの、結局見つからず焦っていたところ、夫が私と結婚して日本に行く前に、子供の頃から暮らしていた家の目の前のお宅があるじゃないか!という事に気がつきました。

 

我が屋の長男、ファムドゥさん、ジャンベレッスン講師を務めてくれるファムドゥさんの長男のフォデさん

 

その目の前の家のお宅の家主というのは、ジャンベ界の第一人者として世界中で活躍されているギニア人のジャンベ奏者ファムドゥ コナテさんという方で、このお家はファムドゥさんもご自分の海外の生徒さんを集めてご自身でギニアツアーを開催している場所で、私たちのように他のギニアツアー主催者にも貸し出しをしてもらえる他の人でも宿泊施設として使用可能な、宿泊設備の整った場所だったんです。

 

しかも、外国人のお客様用のお部屋のある3階建の建物があるのですが、真向かいの家に住んでいた夫は、その建設をする時にその作業を手伝ったんだそうです。

夫は子供の頃から音楽一家のファムドゥさん一家とお隣さんとして、そして夫自身もダンサーだったのでアーティストとしても深く関係し彼らと家族同然に育ったんだそうです。

 

灯台下暗し!

 

そして、ツアーでのジャンベのレッスンは、このお家に住んでいるファムドゥさんの長男であるジャンベ奏者のフォデさんにお願いしていたので、また一石二鳥となりました。

この方も夫とは子供の頃から付き合ってきた幼馴染のような関係なので、あんなに苦労して物件探しをしていたけど、近くにこんな良い場所があったってもっと早く気がつけばよかったのにね、と思いました。

 

早速ファムドゥさんとご家族に私たちのツアー用に家を借りたい旨を伝えると、「家族同然のテオドール(夫)からその家を借りたいと言ってもらえた事はとても嬉しい」というお言葉を頂き、私たちもとっても嬉しかったのです。

 

開催場所のお家はこんなところです!

 

ワイワイとご飯を作る場所。ギニアの健康茶ケンケリバが出来上がったところ。

こちらが煮出したケンケリバ茶

ツアー中の食事を作ってくれるシーレさん

ギニア料理を代表するメーニュー「ブラガエ」(芋の葉っぱのソース)を調理中。このソースをご飯にかけて食べます。

中庭にて、左から夫、シーレさん、このお宅のママ・ファムドゥさんの奥様、我が家の長女

お客様に宿泊していただく階の居間 日当たりも風通しも良いです。

お客様のお部屋

 

お部屋にはカーテン、テーブル、ベッドとシーツ、蚊帳までこちらで全部用意されていました。
私たちが用意しなくて済むとは!!有難いことです。

もっとお客様に快適に過ごしていただけるよう、私たちも出来る限りの事をしたいので、先週は建物の中のトイレを使用できるように完全に修理をし、明日は蚊が侵入しないように、職人さんに来てもらい網戸を取り付ける予定となっています。

 

今週金曜日にはお客様が到着され、来週月曜からいよいよツアー開始です!
私が初めてギニアに来た時に感じたような、ギニア人のあったかさや、生きていくのに大切なものってなんだろうってギニアの人たちの生活を見て考えた事とか、先進国にいたら考えないような事とか、何か心の中がキュンとあったかくなるような体験を、来て下さる皆様にもしてもらえたらいいなと思っています。

 

 

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家を出るとマンゴーが並ぶ赤土の凸凹道

2018年も宜しくお願いいたします!

年明け0時に予告もなく我が家の隣の施設から打ち上げられた花火。地響きしながらすごい爆音が続くので爆発が起きたのかと思いベランダの外をみたら花火でした。ギニアで初めて日本の花火大会の様な花火を見ました。

 

新年明けましておめでとうございます!ギニア、コナクリから、イヌワリアフリカのバー由美子です。

昨年は、日本AFRICA起業家イニシアチブに挑戦させて頂き、更に支援先に選んで頂けた事によって、もっともっと現実的に目標を定め、それを実現化させる為に今までしてこなかった行動を起こしてみたり、逆に今までしてきた事を手放してみたりと、自分のビジネスに対する信念や、ギニアへの想いが一層強まる事となりました。本当に感謝しております。どうもありがとうございました。

2018年、今年も何卒宜しくお願い致します。

 

さて、年末前からイヌワリアフリカのアーティスト支援活動で支援をしたグループが出演するコンサートなどイベントが多く忙しかったので曜日の感覚が無くなっていて、気がついたら29日の金曜日になっていました。その29日も夜に音楽イベントに行く予定があり、お財布の中身が少ないので銀行に行ってお金を下ろそうと思って出かけたところ、入り口付近に人だかりが!

もしかして今日はもう閉まっちゃったの?と思ったものの、今日出かける分のお金くらいは持ってる、明日また来ればいいや、明日は土曜だからお昼までくれば開いてるだろう、、なんてのんびりその様子を伺っていたら、ドアの前に立っているガードマンのお兄さんが、「今日は午前中でおしまいです!来週火曜からまた営業しますからね、また来年ですね!」と、ドアを開けて中に入ろうとして群がるお客さん達に叫んでいました。

普段、銀行は土曜日はお昼まで営業しているので、明日もあるから平気〜なんて思っていた自分が呑気過ぎました。お陰でお金が無くて、元旦にはロム島というコナクリから小舟で行く島のビーチでキャンプという計画もおじゃんとなりました。

どこにも行かず、引きこもって過ごした年末年始、やっと今日営業開始日の2日となったので朝一で銀行に向かいました。銀行内は大勢のお客さんでごった返していました。座る席は満席、立って待っている人も大勢いました。

 

コナクリにはいろいろな銀行がありますが、その中でも、BICIGUI , SGBG , Eco Bank が街中で割と多く見かけられます。私が利用しているのは Eco Bank エコバンクなのですが、エコバンクはイメージとしては、ちょっと今どきの店内内装や広告で若者受けしそうな感じの銀行です。
そしてなによりも他の銀行よりも従業員の感じが良く(一般的にお客様より従業員が神様的な態度です)、サービスが良く便利でもあります。

 

待つ椅子の席に座りながら見える光景、ここではお客さんはまず番号札を取り、呼ばれたらカウンターに行くというスタイルです。

こちらの銀行では、WESTERN UNION の送金サービスが利用出来ます

 

携帯電話のアプリで一瞬のうちに海外送金も出来ます

移住してすぐの頃の銀行は、番号札がない場合はお客さんが誰も一列に並ばず、我先に前にカウンターに行こうとして酷い事になっていましたが、ここ数年はかなり改善されたなという感じです。
ギニアもいろんな面で随分生活しやすくなりました。

日本の銀行の年末年始の営業日を見てみたら、日本では年始の営業開始は4日となっていましたから、年始の営業はギニアの方が1日早いということになります。

日本と同じ営業開始日だったらもう1日お金が無くて心細い1日を過ごさねばなりませんでした!
本当に助かりました。ギニアの方が日本より便利な時もある!と、少しだけ嬉しくなりました。

 

明日からはクリスマス前から冬休みだった娘の学校も始まります、ギニアのクリスマスから年始にかけてのお祭りモードもこれで終わりかもしれません。

それでは、改めて今年も何卒宜しくお願いいたします。

 

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銀行が既に閉まっていたあの29日!にたまたま寄った NOOM HOTEL のカフェ・自撮りをするお客さんでいっぱいでした。ギニアが今、本当に変わってきています。

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